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一章 エルメの冬
少憩 ー甜甜華ー
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バタバタとけたたましい足音を立て、なだれ込むように調理場へ入ってきたのはメルだった。ロッカは驚き、大鍋の火を消しながら「どうした」と慌てて尋ねたが、メルはよほど混乱しているのか、うまく言えない様子で口ごもっている。
ひとまず、普段は荷物置きにしている木箱の上にメルを座らせ、あらためて何があったのか尋ねようとすると、エルメとユノンが食堂の扉を開き、ひょいと顔を覗かせた。調理場と食堂は入り口こそ分かれているが、窓付きの壁が半端に両者を仕切っているだけで、ほとんど繋がっているのである。
「ほら、やっぱりここにいた」
エルメのあからさまな呆れ声を無視して、メルは訴えるようにロッカの服の袖を掴んだ。
「お、おにい、聞いてくれよ!ユノン先生がさ、今までずっと、おれのことが一番好きだって言ってたから、おれは今日までずっとその言葉を信じてたのに、突然、それが嘘だったって言うんだよ……!」
「ええ……?ば……っかだなぁ、おまえ。ユノン先生は誰にでもそう言うんだぞ。なんで今まで知らなかったんだ?」
そう言い、ロッカはエルメにそっくりな呆れ顔で大きなため息をついた。メルは息をするのも忘れて絶句しているようだったが、ロッカにはどうしてやることもできない。申し訳程度にメルの前髪を少しばかり撫でてやり、ロッカは再び大鍋を火にかけた。
* * *
「ごめんごめん。ずっと信じてる子がいるとは思ってなかったんだ。メルにはちょっとたくさん言い過ぎたのかな、こんどから気をつけるね」
「そんなさ、ちょっと塩入れすぎちゃったけど次は気をつけるね、みたいな謝りかたある?」
「うーん、ごめんねぇ」
「結局おれは一番じゃないってこと?」
「そんなことないったら。メルのことも、エルメもロッカもみんな大好きで大切だよ。ぼくにとってはみんな一番だから、メルが一番というのも嘘じゃないもん」
「みんな一番てなんだよ。べつにさ、おれのことは先生だから好きになったんじゃないはずだろ、それとも違うの?仕事辞めたらおれのことも忘れるの?」
「おい、本物の修羅場になってきたぞ」
「メルは拗ねるとねちっこくなる」
ロッカとエルメの二人が立つのは調理場である。春学生用のおやつを用意をしつつ、食堂の卓子を挟み向き合うユノンとメルの攻防を見守っていた。
「ロッカ先生もユノン先生の一番だった?」
「おれは言われないまま大きくなっちゃったなぁ。早い段階で『一番だよ』を言う側になったから。そういう役割の子も何人かいたんだよ、本当に少しだけどな」
ユノンの経験から導いたところによると、子どもにとって『一番』という言葉は特別であるらしい。特に褒めるときは、他のどんな言葉よりわかりやすく響くのだそうだ。
特別優れたところがあろうがなかろうが「きみのことが一番好きだ」という台詞だけは、誰に対しても、どんな状況でも言うことができる。だから便利でよく使う、とのことだった。
「エルメもうんざりするほど言われただろう。なんでメルだけああなったんだろうな」
「いや、わたしもおにいと同じ。言う側というほどじゃないけど、そっちに近かった」
「そうだったっけ……まあ、そういうこともあるか」
木でできた器を棚から取り出しながら、ロッカは軽く笑う。互いに夏学生であった頃から、てっきり食事と同じような頻度でかの台詞を言われているものと思っていた。実際にメルはそうだったから、今になってこのように揉めているわけだ。
「エルメは魂が弱っているから。メルよりも酷いみたい。だから元気になれるお話をしてあげてね。暴れん坊みたいにしてたら怖がっちゃうわよ」
エルメとメルが理天学院に住まうようになったのは、ロッカが十一歳になったばかりの頃である。わざわざ言われずとも、エルメとメルの様子がおかしいのは目に見えて明らかだった。魂が弱っているという姉弟を見て、なんとなく少し怖い、と感じたのを覚えている。しかしそれ以上に哀れでもあり、二人の魂を助けてやらなければ、とも思った。
なぜ魂は弱るのか、回復させる魔法はないのか、と、わざわざシャートの元へ尋ねに行き、様々な本を見せられながら特別授業をしてもらったのも一度や二度ではない。
ロッカは、子どもたちの元へおやつを運ぶよう姉弟に頼み食堂から送り出すと、疲れてぐにゃりと身体を曲げているユノンの前に、とんと皿を置いた。簡素な角皿に載せられたのは、チーズをたっぷりと塗った甜甜華である。
「ムウ!豪華なおやつだね。今あの子たちが持って行ったのもケーキだった?」
「いいえ。あれはただの蒸しパンと果物の甘煮です、朝食の余りなんで。これは、メルの誕生日にいつもと違うものを用意してやろうと思って、さっき試しに作ったんですよ。いないうちに早く食べちゃってください」
「なるほど。じゃあ鼻歌を歌うのは後にして、早く食べないとね」
半円の形から、本来円型だったものを半分に切ったものとわかるが、それでも少ない量ではない。ユノンはさっそくケーキを手に取り、口を大きく開けてかぶりついた。
東世の甜甜華は、蒸しパンに甘く柔らかいチーズを塗って重ね、果物や花で華やかに飾り付けたものが一般的だが、こちらはチーズが紫がかっており甘酸っぱい。スグリやグミのような木の実を何種類か潰して練りこんであるのだ。歯触りが良くなるまでしっかりと炙ったクルミが蒸しパンにまぶしてあり、それもまた一層香ばしく、まろやかなチーズの風味と互いに引き立て合うようで美味い。
「おいしいね、これ。『流れ星』の味に少し似てないかな?」
「そうかも。木の実の酸味は苦味と相性が良いかなと思って、色々細工したらそうなりました。ああ、あと、蒸しパンにほんの少しだけ胡椒を混ぜたから、それのせいかもなぁ」
調理場の中で普段愛用している椅子を運びながら、半分独り言のようにロッカはそう話す。ユノンからやや離れたところに座って一息つくと、ロッカも残っていたもう半分のケーキを手に取り、がぶっとかじりついた。
「途中から聞いてませんでしたけど、メルはもういいんですか?」
「よくないみたい」
ユノンはケーキを口に含んだまま、軽い調子で即答した。紫色のチーズが顎や鼻先、制服の袖にも付いている。
「どう思う?ぼくはてっきり、みんないつの間にかどうでもよくなるものだと思ってた。かれこれ十年以上、多分四十人以上かなぁ。いろんな子たちにずーっと好きだよ好きだよって言ってきたけど、初めて怒られちゃったね」
ロッカの方を向きながらそう言うと、ユノンの頬やら顎やらに付いていたチーズがポタポタと少し落ちた。姉弟のどちらかが同席しているときは、なるべく手と口の周り以外を汚さぬよう丁寧に食べることができたが、ユノンは元来、短時間で服や卓上を汚すのが上手い。
「でも、エルメには言ってなかったんですね」
「そうなんだよ。エルメのほうがぼくより上手だったものだから、使いどきがなかったんだ」
思い出すだけで悔しいのか悲しいのか、ユノンが珍しく鼻歌を歌い始めたので、ロッカはケーキをかじりながらしばし待つことにする。
しかし今日は案外すぐ気が晴れたようで、少しだけ小さくなったケーキをつまみながら、ユノンは唐突に話を再開した。
「エルメはね、冥裏郷で家族と一緒に暮らしていたとき、よく『エルメとメルどっちが好き?』ってお母さんに聞いてたんだって。答えはいつも絶対に『どっちも同じ』と決まっているんだけど。意地の悪いことを聞く子だって叱られても、やっぱりまた聞いて、また叱られる。エルメはわざわざ叱られに行くようなことはしない子に見えたから、どうして何回も同じことを聞いたのって聞いたら、ぼくにこう説明してくれた」
「どっちも一番なのはしょうがないの、お母さんだもん。でもエルメはね、お母さんが一番好きだから、ウソでもいいからお母さんにもエルメが一番好きって言ってほしかったの。言ってほしいから何回も聞いちゃって、怒られた」
「でもユノン先生は、いつもメルにそう言ってあげてるから、優しいね。そういうウソはダメじゃないと思う。ウソつきって怒られたら、エルメが言ってあげるからね」
途中まで神妙に聞いていたが、ロッカはこらえきれず笑い出す。
「笑いごとじゃないよ、ロッカ。あんな小さな子にウソでもいいから、なんて言われたら、さすがにぼくも黙っちゃう」
「でも、褒めてもらえて良かったじゃないですか。やりかたは良いぞって、子どもから直接太鼓判をもらったようなものだし……ふふっ」
ロッカからすれば、出会った当初のエルメは痩せこけた生気のない少女であり、憐れみを誘うような印象ばかりが強い。それが案外か弱いだけの存在ではなく、あまつさえユノンを振り回し慌てふためかせていたというなら、少なからず痛快な話である。
「だから、笑いごとじゃないの。その手が通じないんだ。さあ、どうやってエルメを褒めたらいい?」
「色々あるでしょ」
「ない。エルメはぼくがいつもウソをついてるってわかってるんだもん。何を言ったって『ウソでも嬉しい』くらいにしか思ってもらえないよ」
「それは『身から出た錆』って言うし」
「でも『嘘も方便』って言うし!」
ユノンは機嫌を損ねた子どものようにベトベトの唇を尖らせた。
「メルもまだ怒ってるし……抱きしめただけで全部気持ちが通じてわかりあえたら楽なのになぁ」
「急に恋の歌みたいなことを」
「何回言わせるんだ。恋の話が聞きたいならよそへ行ってよ」
「じゃあ調理場に行きます。早くこのお皿片付けないと。そこ、綺麗にしておいてくださいよ」
はーい、と間延びした返事を背に受けて、ロッカは再び調理場へ向かう。と、同時に、小さな夏学生たち、ノエとハックが食堂の扉を開いた。ユノンを探していたようで、早く早く、と急かすように両脇から服や腕を掴んで引っ張って連れて行こうとする。
先ほどまでチーズでぐちゃぐちゃだったユノンの服も手も顔も、もう汚れてはいなかった。
ふとロッカが目をやると、あれほど食べこぼしで汚れていた卓子も床も、まるで最初からそうであったように綺麗に片付いている。
『きちんと後始末をするなら、どんなに汚しても叱らない』
それがロッカ先生の信条である。
ひとまず、普段は荷物置きにしている木箱の上にメルを座らせ、あらためて何があったのか尋ねようとすると、エルメとユノンが食堂の扉を開き、ひょいと顔を覗かせた。調理場と食堂は入り口こそ分かれているが、窓付きの壁が半端に両者を仕切っているだけで、ほとんど繋がっているのである。
「ほら、やっぱりここにいた」
エルメのあからさまな呆れ声を無視して、メルは訴えるようにロッカの服の袖を掴んだ。
「お、おにい、聞いてくれよ!ユノン先生がさ、今までずっと、おれのことが一番好きだって言ってたから、おれは今日までずっとその言葉を信じてたのに、突然、それが嘘だったって言うんだよ……!」
「ええ……?ば……っかだなぁ、おまえ。ユノン先生は誰にでもそう言うんだぞ。なんで今まで知らなかったんだ?」
そう言い、ロッカはエルメにそっくりな呆れ顔で大きなため息をついた。メルは息をするのも忘れて絶句しているようだったが、ロッカにはどうしてやることもできない。申し訳程度にメルの前髪を少しばかり撫でてやり、ロッカは再び大鍋を火にかけた。
* * *
「ごめんごめん。ずっと信じてる子がいるとは思ってなかったんだ。メルにはちょっとたくさん言い過ぎたのかな、こんどから気をつけるね」
「そんなさ、ちょっと塩入れすぎちゃったけど次は気をつけるね、みたいな謝りかたある?」
「うーん、ごめんねぇ」
「結局おれは一番じゃないってこと?」
「そんなことないったら。メルのことも、エルメもロッカもみんな大好きで大切だよ。ぼくにとってはみんな一番だから、メルが一番というのも嘘じゃないもん」
「みんな一番てなんだよ。べつにさ、おれのことは先生だから好きになったんじゃないはずだろ、それとも違うの?仕事辞めたらおれのことも忘れるの?」
「おい、本物の修羅場になってきたぞ」
「メルは拗ねるとねちっこくなる」
ロッカとエルメの二人が立つのは調理場である。春学生用のおやつを用意をしつつ、食堂の卓子を挟み向き合うユノンとメルの攻防を見守っていた。
「ロッカ先生もユノン先生の一番だった?」
「おれは言われないまま大きくなっちゃったなぁ。早い段階で『一番だよ』を言う側になったから。そういう役割の子も何人かいたんだよ、本当に少しだけどな」
ユノンの経験から導いたところによると、子どもにとって『一番』という言葉は特別であるらしい。特に褒めるときは、他のどんな言葉よりわかりやすく響くのだそうだ。
特別優れたところがあろうがなかろうが「きみのことが一番好きだ」という台詞だけは、誰に対しても、どんな状況でも言うことができる。だから便利でよく使う、とのことだった。
「エルメもうんざりするほど言われただろう。なんでメルだけああなったんだろうな」
「いや、わたしもおにいと同じ。言う側というほどじゃないけど、そっちに近かった」
「そうだったっけ……まあ、そういうこともあるか」
木でできた器を棚から取り出しながら、ロッカは軽く笑う。互いに夏学生であった頃から、てっきり食事と同じような頻度でかの台詞を言われているものと思っていた。実際にメルはそうだったから、今になってこのように揉めているわけだ。
「エルメは魂が弱っているから。メルよりも酷いみたい。だから元気になれるお話をしてあげてね。暴れん坊みたいにしてたら怖がっちゃうわよ」
エルメとメルが理天学院に住まうようになったのは、ロッカが十一歳になったばかりの頃である。わざわざ言われずとも、エルメとメルの様子がおかしいのは目に見えて明らかだった。魂が弱っているという姉弟を見て、なんとなく少し怖い、と感じたのを覚えている。しかしそれ以上に哀れでもあり、二人の魂を助けてやらなければ、とも思った。
なぜ魂は弱るのか、回復させる魔法はないのか、と、わざわざシャートの元へ尋ねに行き、様々な本を見せられながら特別授業をしてもらったのも一度や二度ではない。
ロッカは、子どもたちの元へおやつを運ぶよう姉弟に頼み食堂から送り出すと、疲れてぐにゃりと身体を曲げているユノンの前に、とんと皿を置いた。簡素な角皿に載せられたのは、チーズをたっぷりと塗った甜甜華である。
「ムウ!豪華なおやつだね。今あの子たちが持って行ったのもケーキだった?」
「いいえ。あれはただの蒸しパンと果物の甘煮です、朝食の余りなんで。これは、メルの誕生日にいつもと違うものを用意してやろうと思って、さっき試しに作ったんですよ。いないうちに早く食べちゃってください」
「なるほど。じゃあ鼻歌を歌うのは後にして、早く食べないとね」
半円の形から、本来円型だったものを半分に切ったものとわかるが、それでも少ない量ではない。ユノンはさっそくケーキを手に取り、口を大きく開けてかぶりついた。
東世の甜甜華は、蒸しパンに甘く柔らかいチーズを塗って重ね、果物や花で華やかに飾り付けたものが一般的だが、こちらはチーズが紫がかっており甘酸っぱい。スグリやグミのような木の実を何種類か潰して練りこんであるのだ。歯触りが良くなるまでしっかりと炙ったクルミが蒸しパンにまぶしてあり、それもまた一層香ばしく、まろやかなチーズの風味と互いに引き立て合うようで美味い。
「おいしいね、これ。『流れ星』の味に少し似てないかな?」
「そうかも。木の実の酸味は苦味と相性が良いかなと思って、色々細工したらそうなりました。ああ、あと、蒸しパンにほんの少しだけ胡椒を混ぜたから、それのせいかもなぁ」
調理場の中で普段愛用している椅子を運びながら、半分独り言のようにロッカはそう話す。ユノンからやや離れたところに座って一息つくと、ロッカも残っていたもう半分のケーキを手に取り、がぶっとかじりついた。
「途中から聞いてませんでしたけど、メルはもういいんですか?」
「よくないみたい」
ユノンはケーキを口に含んだまま、軽い調子で即答した。紫色のチーズが顎や鼻先、制服の袖にも付いている。
「どう思う?ぼくはてっきり、みんないつの間にかどうでもよくなるものだと思ってた。かれこれ十年以上、多分四十人以上かなぁ。いろんな子たちにずーっと好きだよ好きだよって言ってきたけど、初めて怒られちゃったね」
ロッカの方を向きながらそう言うと、ユノンの頬やら顎やらに付いていたチーズがポタポタと少し落ちた。姉弟のどちらかが同席しているときは、なるべく手と口の周り以外を汚さぬよう丁寧に食べることができたが、ユノンは元来、短時間で服や卓上を汚すのが上手い。
「でも、エルメには言ってなかったんですね」
「そうなんだよ。エルメのほうがぼくより上手だったものだから、使いどきがなかったんだ」
思い出すだけで悔しいのか悲しいのか、ユノンが珍しく鼻歌を歌い始めたので、ロッカはケーキをかじりながらしばし待つことにする。
しかし今日は案外すぐ気が晴れたようで、少しだけ小さくなったケーキをつまみながら、ユノンは唐突に話を再開した。
「エルメはね、冥裏郷で家族と一緒に暮らしていたとき、よく『エルメとメルどっちが好き?』ってお母さんに聞いてたんだって。答えはいつも絶対に『どっちも同じ』と決まっているんだけど。意地の悪いことを聞く子だって叱られても、やっぱりまた聞いて、また叱られる。エルメはわざわざ叱られに行くようなことはしない子に見えたから、どうして何回も同じことを聞いたのって聞いたら、ぼくにこう説明してくれた」
「どっちも一番なのはしょうがないの、お母さんだもん。でもエルメはね、お母さんが一番好きだから、ウソでもいいからお母さんにもエルメが一番好きって言ってほしかったの。言ってほしいから何回も聞いちゃって、怒られた」
「でもユノン先生は、いつもメルにそう言ってあげてるから、優しいね。そういうウソはダメじゃないと思う。ウソつきって怒られたら、エルメが言ってあげるからね」
途中まで神妙に聞いていたが、ロッカはこらえきれず笑い出す。
「笑いごとじゃないよ、ロッカ。あんな小さな子にウソでもいいから、なんて言われたら、さすがにぼくも黙っちゃう」
「でも、褒めてもらえて良かったじゃないですか。やりかたは良いぞって、子どもから直接太鼓判をもらったようなものだし……ふふっ」
ロッカからすれば、出会った当初のエルメは痩せこけた生気のない少女であり、憐れみを誘うような印象ばかりが強い。それが案外か弱いだけの存在ではなく、あまつさえユノンを振り回し慌てふためかせていたというなら、少なからず痛快な話である。
「だから、笑いごとじゃないの。その手が通じないんだ。さあ、どうやってエルメを褒めたらいい?」
「色々あるでしょ」
「ない。エルメはぼくがいつもウソをついてるってわかってるんだもん。何を言ったって『ウソでも嬉しい』くらいにしか思ってもらえないよ」
「それは『身から出た錆』って言うし」
「でも『嘘も方便』って言うし!」
ユノンは機嫌を損ねた子どものようにベトベトの唇を尖らせた。
「メルもまだ怒ってるし……抱きしめただけで全部気持ちが通じてわかりあえたら楽なのになぁ」
「急に恋の歌みたいなことを」
「何回言わせるんだ。恋の話が聞きたいならよそへ行ってよ」
「じゃあ調理場に行きます。早くこのお皿片付けないと。そこ、綺麗にしておいてくださいよ」
はーい、と間延びした返事を背に受けて、ロッカは再び調理場へ向かう。と、同時に、小さな夏学生たち、ノエとハックが食堂の扉を開いた。ユノンを探していたようで、早く早く、と急かすように両脇から服や腕を掴んで引っ張って連れて行こうとする。
先ほどまでチーズでぐちゃぐちゃだったユノンの服も手も顔も、もう汚れてはいなかった。
ふとロッカが目をやると、あれほど食べこぼしで汚れていた卓子も床も、まるで最初からそうであったように綺麗に片付いている。
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