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2話.勇者との過去

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「はあ!」
子供の頃の俺は村の草原で剣の素振りをしていた。
勇者を目指して毎日のように剣の素振りをしていたっけ。

村の図書館で読んだ英雄譚にあこがれて、本気で魔王を倒したかったんだ。
きっとあの頃の俺はどうかしていたのだろう。
凡人がそんな努力したところで何の意味もなかったのに。
そんな時だった。ソフィと出会ったのは。

「なに…やってるの?」
ソフィは木の陰から隠れるようにして話しかけてきた。
美しい少女だった。
風で揺れるセミロングの銀髪を押さえながら、どこか怯えたようにみている。
彼女と目が合い、俺はしばらく時が止まったような錯覚を覚えた。

「誰だおまえ?」
「あ、ごめん、なさい」
「いや、そういう意味じゃなくて、見かけない顔だし、どこの子かなって」
「私ソフィっていうの。数日前このカナル村に越してきて。よろしく、お願いします」
ソフィはペコリとおじぎをする。

「どうりで」
「それで何をしているの?」
オドオドとしながらも訪ねてくる。
内気な子なのかなと思う。だが、質問内容はまさに俺が聞いてほしいことだった。

この村は、子供が少なかった。
だから、自分の考えを誰かに話せるというのは、貴重な機会だ。逃す手はない。

「素振り…いや特訓さ。魔王を倒すためのな」
再び前を向き、素振りを続けつつ、俺は答える。
「えっ!?…魔王を倒す?」
驚いた顔をして、ソフィが言った。
期待通りの反応に内心嬉しくなりながらも、おれは言葉をつづけた。

「そうさ、今王都で魔王軍と戦争が起きてるんだって。王都の騎士団はなかまを求めてるらしい。そこに行って、のし上がって魔王を倒してやるんだ。そのために今から強くなる必要があるんだよ」
「…でも、それをあなたがやる必要があるのかな。怖くないの?誰か英雄が現れて、魔王をたおしてくれるかもしれないじゃない」
「…あるさ!俺が、魔王を倒したいんだ」
「そんなの…無理だよ。だって、魔王ってとっても怖いんだよ。普通の人が勝てるわけがないよ」
自分の考えを否定する言葉にムキになった俺は、素振りを止め、ソフィの方を向いて声を張り上げて言う。
「無理でもやるんだ。だって無理だったら誰が皆を守るんだ」
「それは、だから、きっと誰かが」
「誰かなんているか分かんないじゃんか。それで、誰もこなかったら大事な人みんな死んじゃうじゃん。だから俺は、知らない英雄を待つより、自分が英雄になりたいんだ。だってそれが1番確実で、なによりかっこいいから!」
今思えば、無邪気に理想論を語る俺が可笑しく見えたのかもしれないと、恥ずかしくなる。

だが、彼女は何かに納得したようにクスリと笑い、言った。

「……そっか。誰かなんて普通こないよね。そうだよね。私も大切な人は自分で守りたいかも」


次の日から、ソフィは毎日俺の特訓を見に来るようになった。

そして、しばらくすると「私もやっていい?」と言って俺と一緒に特訓するようになった。

クワを剣に見立てて、素振りをする2人の子供。
そんな子たちに対し、村人の反応は様々だった。奇異の目で見るものもいれば、微笑ましいと笑う人、畑を手伝わせるべきだと言う人もいた。

当時の俺は、そんな評判全てを鼻で笑い、ソフィに愚痴を語っていた。恥ずかしくなるくらい得意げにだ。

「あいつらは分かってない。この村にだっていつ魔王が襲ってきてもおかしくないんだ。畑なんて耕したってそうなりゃ一瞬で焼け地にされて終わりさ。それより、力をつけた方がいい。勇者がいれば、魔王だって手を出さなくなるしな」

所詮は村の図書館で見た勇者の英雄譚を見て勝手に思ったことを言っただけ。

かじった知識で自分を大きく見せていただけだ。

ソフィは、そんな俺のにわか知識をいつも嬉しそうに、感心したように聞いていた。

そんな肯定的な態度に俺は益々調子に乗って、英雄譚を読んでは、そこで得た知識をソフィに語ったものだった。

そうして、ソフィと会ってから5年ほどの月日が流れた頃だったか。ちょうど15になった辺りだ。

その頃になると、周りの同期は皆大人になり、英雄になるという俺の考えについてくるものはいなくなった。

昔は皆子供だったから、英雄に憧れ、俺の考えに賛同するものも少しはいた。

だが、大抵のものはそんな夢物語より、現実の暮らしを選んだのだ。

両親の畑仕事を手伝うか商人になるなどの進路に進んだ。

しかし、ソフィだけはずっと俺についてきた。
そんな彼女をいつの間にか、俺は好ましく思っていた。恋愛的にだ。

だが、同時にソフィをかわいい子分のようにも認識していた。そのせいでソフィへの好意にはっきりと気づけなかったのだ。

そのため、告白などはしないでいた。


そしてこの年、俺たちは王都に赴いた。

長年計画していた騎士団に入団するためにだ。
そこで実力をさらに磨き、魔王討伐特殊精鋭舞台、通称勇者パーティに選抜される機会を伺う。

それが俺たちの計画だった。



試験は2つあった。

剣術試験と魔法試験だ。
剣術試験の形式は、試験官である騎士団の隊員と模擬戦を行い、そこで受験生の適正を測るというものだった。

次の魔法試験は剣術試験と比べて簡単で、高名な魔法使いが受験生と面接をし、魔法の適正を測るのもだった。

先に剣術試験が行われた。

「123番、レオ!」
「はい!」

威勢良く俺は返事をした。

そして、試験官と剣を交える。
そこそこ善戦できていたのではないかと俺は思っている。

結局、持っていた剣を弾かれて負けてしまったが、試験は受験者の潜在能力を測るものと聞いていた。

事実、俺の前にいた全ての受験者が試験官に負けていたし、いきなり本職の騎士に勝てるはずもない。

その観点で行くと十分合格ラインに届いたのではないかと、俺は結果に満足していた。

次はソフィの番だった。
彼女も試験官相手に劣勢だった。

とはいえこの5年間、俺と剣の素振り、模擬戦をやっていた彼女だ。

俺ほどではないが、善戦している。

ただ、気になることがあった。

試験官の剣を受け切れず、
キャッ、と女の子らしい悲鳴を上げてソフィが倒れる。
すると、試験官が、「立て!」と喝を入れたのだ。

今までの模擬戦であれば、倒れた時点で終了していた筈だったのにだ。

その後試験官は、まるで指導でもするかのように、ソフィと剣を交えた。

あげく聞こえなかったが、何か助言のようなことまで言っていた。

すると、徐々にソフィの動きが良くなっていく。
俺は驚いて、ソフィと試験官との戦いを凝視した。

俺といた時は、彼女の剣の成長はお世辞にも早いと言えなかったのに。
この一瞬でソフィは俺が知るよりはるかに強い剣士になったかに思えた。

結局ソフィも試験官に勝つことはできなかった。
だが、模擬戦は他の受験者に比べてかなり長いこと行われていたように感じた。

俺は胸中に言い知れぬ不安を感じ始めていた。


次の魔法試験。

これは最悪だった。
試験官に軽い質問をされた後、水晶に触るように言われた。言われた通り触ると、か細く水晶が輝いた。
その水晶の効果は知らないが、恐らく魔法適正は低いという結果が出たのだろう。

魔法使いの試験官は俺に興味を無くしたような目で退席を促してきた。

俺はこの時、試験に落ちたことを悟った。

その時もショックだった。
だが、それだけならまた来年と立ち直れただろう。出来のよかった剣術を精一杯磨き、魔法も知識をつけて再チャレンジすればいいだけだ。

だが、俺の心を完膚なきまでに折った出来事はそれではなかった。

ソフィが呼ばれた直後、受験会場の部屋の扉の隙間から光が漏れ出しているのが見えた。

恐らくソフィが水晶に触ったのだろう。
そして、「なんと!」という感嘆の声が聞こえた。

俺が振り返って見ていると、部屋から魔法使いの試験官が、ソフィの腕を握り、血相を変えたような顔で飛び出して行った。

ソフィと一瞬だけ視線が交差した。

だが、それも一瞬。ソフィは試験官に引きずられるように俺の前から去っていった。


それから、ソフィは帰ってこなかった。
試験官は1時間ほどした後、待機していた受験生に、「試験を再開する」とだけ言って部屋に戻って行った。




こうして、試験は終わった。

試験結果はすぐに公開された。

受験結果に123番はなかった。
予想はしていたこととはいえ、子供の頃からのずっと見続けてきた夢だ。

自然と涙が溢れる。
だが、全力で向き合った結果だ。

泣き喚くようなみっともないことはしない。
そうしたくなる感情を、拳をギュッと握ることで抑え、涙を拭った。

そして、もう1度結果に目を通す。

思った通り、おれの次の124番。ソフィの番号があるのを見つけた。

俺が受からず、彼女は合格。
正直そんな結果は全く予想していなかった。

ソフィのことは俺の後についてくる妹分みたいに思っていたから。
自分が落ちるわけがないなどと驕っていたわけではない。

俺が落ちるならソフィも無理だろうなと彼女を心のどこかで下に見ていたのだ。

結果を突きつけられて、その事を無理矢理自覚させられたような気がした。
「ダセェな、おれ」

ポツリと呟いた。

その後、俺はソフィにかける言葉を考えながら、試験会場の前でソフィを待った。合格したといっても、そのまま王都に拘束されるわけでない。今日はこのまま一緒に帰ることになっている。

正直気まずい。
自分が情けなくてどんな顔で彼女に会えばいいか分からない。

確かにこの結果は悔しいが、そのことは飲み込んでまずは、祝いの言葉をかけるべきだろう。

それから、無意識とはいえ、彼女のことを見下してしまっていたことも謝罪すべきだろうか。

いや、今はいいかと、頭を振る。
来年こそは合格して、それからだと頭を切り替えた、

だが、いつまで経ってもソフィは戻ってこなかった。

代わりに1人の男が声をかけてきた。
確か試験官の1人だ。

話があるとのことだった。

もしかしたら補欠合格かもと心が少し躍った。

だが、用件はそんなことではなく、むしろ俺にとって最悪のことだった。正直この時の話が、俺が夢を諦める1番の原因になったと思う。


男は、俺を客室に招き言った。
「単刀直入に言わせてもらう。今後ソフィ嬢とは、一切の接触を禁じさせてもらう」
あまりの発言に俺は一瞬言葉を失った。
だが、それは一瞬のこと。
言葉の意味が自分の中で消化できたと同時に俺は激高していた。

「…はぁ!?ふざけんなよ。おっさん。俺とソフィのこと何も知らないで!!俺たちは」

「幼馴染なのだろう。ソフィ嬢から聞いた。だからこそ会うなと言っている」

冷静な、しかし一切引く気はないという強い態度で男は言った。

「そんなこと言われる筋合いねぇよ!確かに俺は試験落ちたけど、それとこれとは関係ねぇことだろ」
こっちだって、絶対に譲れない。
こっちはお互いのことを1番よく分かってて、強い絆で結ばれているのだ。

いくら地位が高かろうと、ポッと出の奴にそんなことを指図されて怒らないわけがない。
何様のつもりだ。

だが、男はそんなこちらの気持ちなど気にもとめていないようだった。
まるで冷静になれとでも合図するかのように眼鏡の位置をクイッと上げ、会話の間を開けたあと言葉を発した。

その態度全てが気に入らなかった。
だが、男の話を聞き、反論ができなくなってしまう。

「彼女が弱い理由。それは、ソフィ嬢と君がずっと一緒にいたせいだからだ!」

その言葉を聞き、脳に衝撃を受けたように俺の体は動かなくなった。
全く心当たりはなかったが、試験時のソフィの剣技の急成長、魔法の資質。
俺はソフィの事が分からなくなっていた。

その後男の解説を聞き、理解が進むに連れて、徐々に目の前が真っ暗になっていく。

男の話を要約すると、ソフィは剣の上達を無意識に抑え込んでいたということだった。
それは、ソフィだけが強くなってしまうと、レオという彼女の唯一の親友を失ってしまうかもしれないから。
もう一緒にいられないかもしれないから。

その変化を恐怖したソフィは鍛錬の目標をレオのちょっと下の強さになることへ設定してしまったのだ。
そんな低い目標を立てたものが強くなれるはずもない。

そうして、ソフィはレオと足並みを揃えて成長することになった。

その結果ソフィは強くなろうとする飢えを失ってしまい、自身の才能に気づくこともなくなってしまったのだ。

試験官たちは試験時ソフィの凄まじい才覚を見出したが、故になぜソフィの力が弱いのか不思議に思ったらしい。
ソフィの訓練期間は5年と結構長い。ソフィの才能ならば、すでにかなりの高みへ到達しているはず。

その疑問を解くためソフィに聞き込みをし、その結論に至ったようだ。


「君の騎士団加入の動機は面接を通して分かっている。だが」
その時の面接官は目の前の男ではなかったが、内容が共有されたのだろうと思う。

魔王を倒し世界を救いたいということを話したはずだ。

「何もするな。ソフィ嬢のことは忘れろ。それが1番世界を救うことになる」

男は冷たくそう言った。



その後の俺の記憶は曖昧だ。
1人で帰宅し、そのままベットに潜り込んだ。

そして、部屋から出ることはなかった。

レオには、地方の兵士として働かないかという声かけがあった。
どうも試験で剣の腕は評価されたらしかった。

王城ではソフィに会う可能性があるが、地方ならそれもない。

騎士には魔法適正も必要だが、地方の1兵士程度ならそれもいらない。

だが、惨めすぎてそんな事をする気にはとてもなれなかった。

自分をみくびっていたのかとソフィを恨みもした。

いや、これは逆恨みだ。
事実、この3年でソフィは信じられないほどの成果を上げている。

自分が邪魔だったことは事実なのだ。
だから、俺は何も言うことができない。確実に俺が悪いのだから。


そうそう、帰って1月くらいしてからだったか。
1度だけソフィが訪ねてきたことがあったんだ。

「一緒に戦って欲しい」  
ソフィの要件を要約するとそんなところだ。
会うことを拒絶したら、ドアを蹴破って入ってきたんだっけな。

ソフィはどちらかというとおしとやかな女の子だ。
だから、その時は衝撃だった。
絶望感で記憶が曖昧な時期だったのにそのことだけは鮮明に覚えてるほどだ。

王都にいたのでは?
という疑問に、無理矢理抜け出て来たんだと彼女は言う。

「騎士団の人たちは何も分かってない!!レオがどれだけ凄いかなんて。あんな人たちより、私はレオと冒険したい。行こう。一緒に強くなって、それで魔王を倒そう!レオと一緒なら私なんだって」

途中から涙声になってソフィは言う。

だが、「一緒に強く」。
その言葉に俺は無性に腹が立った。
ソフィは悪くない。
それが分かっていても言葉が止まらなかった。

「やめろよ」
おれはピシャリと言い放つ。
「え」

「俺がすごい?何がすごいってんだよ。すげぇのはお前の方だろうが!!俺は、俺はお前の足枷になってだだけだ。それしかできねぇクズだったんだ。一緒に?冗談いうなよ。勇者の天才さまが、おてて繋いでおんなじペースで強くなってあげますねってか?馬鹿にするんじゃねぇ!2度とごめんだ」
頬にまで涙を流し、顔を歪めながらソフィは声を絞り出すように言う。
「本気で、言ってるの?」
「ああ、2度とここには来るな」

俺はそう言ってソフィに背を向けた。
ソフィは走りながら去って行った。

一瞬、ソフィが言い表せないほど悲しそうな顔をしているのが見えた。

自分が最低な行いをしたのだとその時、理解した。
泣き喚き、部屋に閉じこもる。

外からも泣き喚く声が聞こえて来た。
ソフィのものだろう。だが、その涙に俺は答えることはできない。

しばらくして、母が部屋に入って来た。
そして、思いっきり引っ叩かれた。

どうやら、俺の声が聞こえてたらしい。
そして、ソフィを追いかけるようにとも言われた。

だが、母に何を言われようとも俺は自分の考えも行動も変える気はなかった。
ソフィのことも追わなかった。

そして俺は酒に溺れるようになった。









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読んでくださりありがとうございます。


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