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魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

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その日、世界には勇者ロキが魔王を討伐したという喜ばしい事実が報じられた。
人々は、魔王が倒されたことに歓喜した。




※勇者ロキ視点

「よく戻ったな。いや、戻れたなと言うべきか。勇者ロキよ」
膝を椅子の肘当てにつき、勇者を見下ろすのは王だ。
彼は髭も生やさず、年齢は30代くらいほどで比較的若い風貌をしている。王冠だけでなく、マントをはじめとした衣装は全て金製だ。

権威を示すためなのか理由は分からないが、民が魔王軍の侵攻に苦しむ中、煌びやかな装飾で贅沢を楽しむ王を僕はあまり好きにはなれなかった。

他人を見下すような高慢な態度も苦手だ。

「はい、ただいま戻りました。エスカダル王」
ただ、王は王だ。ここでは最低限の礼儀は示さなくてはならない。

膝をつき、頭を下げる。
王を目の前にした時の当たり前の所作。

敬服の意を示すその行為を僕は何度も行ってきた。
苦手な人物だが、この王の顔を見ることはもうそんなにはないだろう。

魔王を討伐した僕には多額の報奨金が支払われるはずだ。
だけど必要以上の大金は必要ない。大半は魔王軍侵攻の復興のため寄付するつもりだ。僕の取り分は少しでいい。必要な分だけ褒美を貰えればそのお金で田舎に引っ込み、隠居生活を送りたい。

この僕の役目はもうすぐ終わるのだ。

そう考えたていた。

「ふむ。何から話そうか。そうだな。まず、貴公に渡す報酬はない。銅貨の1枚すらな」

だが、王は今まで見たこともない邪悪な笑みを浮かべてそう言った。
「なっ!?」

聞き違いかと思った。
だって僕は勇者だぞ!?
バカみたいに強い魔王を倒して世界を救ったんだ。

真の英雄とは褒美を欲しがらない謙虚な傑物と物語ではよく聞くが、僕はそこまでの自己犠牲の精神はない。
こちらにも生活があるし、そんな無欲な奴がいたとしたら正直不快感すら覚えるだろう。

好きな人がいるんだ。

その人と幸せな世界で生きるために僕は勇者になった。
彼女は今田舎で1人で暮らしている。

遂に魔王を倒し、平穏が戻ってきた。だから、これからは彼女と結婚して慎ましく生きていこうと思ったのに。

「王。恐れながら…私は王に何かご不快を与えてしまったのかもしれません。ですが、仕事に対して最低限の対価を支払う。この当たり前を私情で曲げてしまっては、国は成り立ちませんよ」
「貴公がこの国を破壊するからか?」
?、どういうわけかさっきから話が全く噛み合っていない。
「ロキ、貴公は何か勘違いしているな。私が貴公に報酬を支払わないのも、なんなら罰を与えるのも、国外永久追放の刑を与えるのも、私情ではない。国家にあだなすテロリストに報酬を支払う法律はないと言っているのだ」
「は?」

こいつは何を言っているんだ?全く身に覚えがない。

すると、後ろから宰相であるアルカスが前に出てきた。

「ロキ殿の仲間が証言致しました。貴殿はこの国をその人並外れた力で乗っ取ると常日頃から漏らしていたそうですな。そのため、まずは邪魔な魔王を我ら国の力を借りて討伐し、その後この国を制圧すると」

「っ!そんな馬鹿な話があるわけがないでしょう。私の仲間に誓ってそんなことは断じてしない」

「その仲間が証言したのだ。これ以上の証拠もあるまい」
王が言う。

「誰なんだ!?その仲間というのは!せめてその証言を聞かせてくれ。僕の前で。僕の仲間がそんなこと言うはずがないだろうが」
「言えるわけがないでしょう。言えば貴殿からの報復は必至なのですから」
これ以上は禅問答だ。相手が証拠も何ひとつ開示せず罪をなすりつけてくるというのなら、なすすべはない。

「そういうわけだ。お前には国家転覆を企んだ容疑がかけられている。悪いがしばらく留置所で拘束させてもらうぞ」
その時、一瞬だけにやりと宰相アルカスが笑ったことをロキは見逃さなかった。
その顔を見て、俺は全てを悟った。

王は僕を消し去るつもりなんだ。適当に罪をなすりつけて。このままだと恐らく死刑になる。

「お前ら、何のつもりだ!!」

剣は、ここに来る前に預けてしまったが、臨戦態勢を取る。
僕の闘気が部屋中に充満する。

これでも魔王に勝ってここにきたのだ。王の私兵がいくらいようと、負ける気はしない。

「本性を現したか」
王が呟いた。
「あ?」
何が本性だ。それはこっちのセリフだ。

「私が貴公を捕らえるために、何の準備もしていないとでも?そういえば、貴公には恋人がいるといっていたな。なんでも、どこぞの田舎で貴公の帰りを待っているのだとか」
「お前、彼女に…エレナに何をしたっ!!」
僕は声を荒げて王に問いただした。

「生きてはいる。死んでいては意味がないというのは貴公にも分かるだろう。だが、私に何かあればすぐにでも殺せる、とだけは言っておこう」

「…何が望みだ」
「それでいい」
王はとても満足そうに笑い、立ち上がった。

そして、僕は王の部下に連行させられ、地下牢に閉じ込められた。

3日が経ち、僕の仲間たちも同様に連行させられてきた。
みんな優秀で王の兵などに捕まえられることはないはずだ。

ただ、みんな僕と同じように大事な人を人質に取られ、王の命令に逆らえなかったようだ。

そして、3日後僕らの公開処刑が決定した。


◇◇

-3日後-

この3日間僕らはこれでもかという程痛めつけられた。
食事も最低限のものしか与えられなかった。

痛めつけた兵士の会話の流れから、僕たちに対する扱いはどうやら王の命令のようだ。

なぜ王がこれほどまで僕ら…いや、僕を憎むのか、僕には皆目見当もつかなかった。

そして、処刑当日の今。

僕らは牢から連れ出され、処刑場の広場へと連行された。
途中、王が僕に耳打ちした。

「いいことを教えてやろう。エレナ・ローザも幽閉している。簡単に言えば貴公が冒険に出てからずっと今の貴公と同じ目にあっていたわけだ。見せられないのが残念だ」
「お前っ!」

「おっと。怖い怖い。もっといいことを言っておくと彼女は貴公の処刑後解放することになっている。これは嘘ではないぞ。
貴公が大人しく処刑されればな」
「後悔するぞ」
「…したことがないなぁ」
下卑た笑顔で勝ち誇ったように王が言う。

エレナが僕が同じ目にあっている。
つまり、ひどく痛めつけられてしまったのだろう。
心の底から殺意が沸き上がる。
ギロリと王を睨みつけた。

その様子を見てチッと王は舌打ちする。
「なんだその顔は?もう少し絶望する顔をみたかったのに。つまらんなぁ」
そう言って王は僕の顔を殴りつけた。
「くくっ、だったらエレナに会わせてくれればいいのに。よっぽど僕が怖いとみえる。もう一度いっとくよ。後悔するってね」
「なんだと?」


僕は心のどこかで少し冷静さを残していた。
余裕でいるわけではない。エレナが確実に生き残るため、頭を回すためだ。

王は僕をもう一度殴りつけ、不機嫌そうに出ていった。

広場にでると、そこには大勢の人が集まっていた。
少し、国民たちが大反発して助け出してくれることを期待した。

だが、その期待はすぐに裏切られることになる。
僕が広場に出た途端、そこら中から罵詈雑言が飛び交った。
「殺せー!!」
「私たちを殺すつもりだったんでしょ!信じられない!!」
「お前らは最低だ」

どうやら王が言う国家反逆罪を本気で信じているようだ。

僕の心の中で失望が広がっていく。

王だけが狂っているのだと思っていた。国民たちはこの処遇に反発していると。僕らを助けるため行動してくれないとしても、別に構わなかった。ただ味方でいてくれれば。勇者を信じてくれれば。

この国でも魔物退治からゴミ拾いみたいな泥臭い仕事まで、皆のために頑張ったつもりなんだけどな。

僕たち勇者パーティの身に覚えのない罪状を、宰相アルカスが次々と発表していく。
そして、罪状がすべて述べられると処刑人が大斧を持ち、僕らの背後に立った。

「最後に何か言い残すことはあるか?」

アルカスが僕らに問う。
王はニヤニヤとした目つきで僕を見ていた。最後に命乞いをする姿でも見たかったのだろうか。
今に見ていろ。きっとそんな顔はしていられなくなる。

周りの暴言も少し静まった。僕が何を言うか、注目しているのだろう。

共に捕まった僕のパーティメンバー、魔法使いのパーラと剣闘士のジュカイルが僕に目線を合わせた。

僕がこれから言うことを、おそらく理解しているのだろう。

「僕は国家転覆なんてくわだてちゃいない!
僕らが、魔王を倒したと諸君らは知っているだろう。
僕、勇者ロイは果てない冒険の末、魔王と一騎打ちをし、魔王を殺した」

僕はそこにいる皆に聞こえるように叫ぶ。
その場にいた人々が顔を見合わせた。それはお前がこの国をつぶすために魔王が邪魔だったからだろう、と思っている顔を皆していたし、そういう声も小さく聞こえた。誰も僕の言葉を信じる気はないらしい。

いや、今更信じたくないのかもしれないな。それは王に逆らう事と同義だから。そして、自身が悪者になってしまうから。だけど、その自己中心的な感情は僕の目には醜いとしか写らない。共感したくもない。だから、真実を叩きつけてやろう。次に僕が言う言葉で、その場の空気は一瞬で凍りついた。


「そう、魔王は死んだ。それは……嘘だ!!」


全員が静まり返った。

全員が絶句した顔をする。
王の顔からも笑いが消えた。先ほどまで、命乞いをしているとでも思ったのだろうか、満面の笑みでこちらをみていやがったくせに。

いい気味だな。エスカダル王。

「どういうことだ!!!貴様!!私を謀ったか!!」

王が立ち上がり、ものすごい形相でこちらを睨む。

「違いますよ。王。あなたがこんなことをしでかさなければ、それは真実でした。残念です」

「どういう…そうか、貴様!嘘だな。この場で貴公の存在価値を上げ、生かしてもらおうと考えているのだろう。
その手には乗るか。すぐ殺せぇ!!」

処刑人が大斧を振るい落そうとしたとき、グチャリという音が鈍く響き、処刑人は全員破裂した。

そして、それと同時に処刑台は吹き飛び、土煙の中から一人の男が現れる。

「ひっ」
王は恐怖で尻もちをつく。

その姿は誰もが知る異形。
体躯は3mほどとでかく、人の顔に角が生え、漆黒のマントの下からは尻尾が姿を見せている。

勇者とは異質の強さを持つ怪物。魔王がそこに降臨したのだ。

「どうやら、賭けは俺の勝ちのようだな」

魔王の背には一人の女性の姿があった。

顔中あざだらけで、弱々しく息をしている女性は間違いなくエレナだった。

「感謝する」
力を込めて自力で自身を縛る縄をほどき、僕は宿敵である魔王に深々と頭を下げた。


◇◇

人々は何が起きているのか分からずに、全員がその場に立ち尽くしていた。

魔王は優しく僕の腕にエレナを託してくれた。
「エレナ!」
「ロキ君…ごめんなさい。あなたの、足を引っ張ってしまって」
「いいんだ。こっちこそすまない。僕が間違ってた。君のそばを離れるべきじゃなかった。一緒に、村に帰ろう。今度こそ、ずっと一緒にいよう。こんなひどい目にあって、僕のことはもう怖いかもしれないけど、だからこそ君を守らせてくれ!」
「ロキ君の、何を怖がることがあるの?ロキ君、ならこんな、奴らに絶対負けないのに。私を守るためにそんなにボロボロになって。ロキ君、愛してるわ 」

そこまで言って、エレナは気を失った。
僕はエレナを優しく抱きしめる。

「さて」

魔王は武器である杖を構えた。

僕も民たちの方に目をやった。

彼らはしばらく僕とエレナを見ていたようだったが、魔王が臨戦態勢を取った途端、我に返り、悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。

蛇に睨まれた蛙のようにブルブルと震えながらも、その場から動けないものも何人かいるようだった。

つい先日戦ったときはその杖を一振りするだけで、山が粉々になっていた記憶がある。
この国の民たちにあの力に対抗する術はないだろう。

「1人として逃げる事は許さん」

魔王が杖を振るうと結界が広場を覆い、逃げる人々の行く手を阻む。

「ひぃい」
悲鳴をあげ、全員が混乱状態に陥る。
 
そして、誰かが思い出したように、我に返ったように言った。

「勇者様、助けてください」




◇◇

1月前

魔王城で僕は魔王と戦っていた。


「フンッ」
魔王がどデカい魔法をいくつも放つが、僕はそれを持ち前のスピードで掻い潜り、魔王を斬りつけた。

「ぐう」
流石の魔王も膝をつく。

1対1だったが、明らかに僕の方が優勢だった。
だが、油断する気はない。
確実に一撃で息の根を止められるまだ削って倒す。

「まいった。俺の負けだ」

「?」
魔王の発言に僕は首を傾げる。
何を言っているんだ。今まで散々人族を襲っておいて降参なんて選択肢があるわけないだろう。エレナに害をなす可能性のある奴を生かしておくわけにもいかない。剣を構え、ゆっくりと近づく。

「ちょ、待った待った待った。負けたって。もう交戦の意思はない。本当に勇者かお前?殺意が高すぎる!」
魔王は杖を捨て、降参のそぶりを見せる。
杖を捨てたとはいえ、うかつに攻め込むのはまずいか?
相手は魔王だ。

そう考え、魔王の会話にのることにする。

「…待てと言われてもな。そう言って油断を誘う作戦か?」
「勇者にあるまじき非情さだな。他の勇者はもっと甘かった。まぁいい。俺は負けたのだ。それで俺を殺すか?それで帰ってお前にとって幸せが待っているとでも?」

「何が言いたい?」
「人間たちがお前を受け入れられるのかと言う話だ。断言してやろう。このまま俺を殺し、帰ってもお前は拒絶され、弾圧の対象となる」
「…どういうことだ?」
「やっと興味を持ってくれたようだな。と言ってもそんなに難しいことじゃない。お前は異常だ。魔王であるこの俺とサシで戦って勝てるやつなど、
人間で生まれてくるはずがないんだ。異端は必ず排除される」
「それは……いやそんなはずない」
「その間…心当たりがあるんじゃないか。確かにお前の功績でお前を信望する者は多くいるかもしれん。だが、そんなお前を疎ましく思うやつもまた、必ずいる。必ずな。そいつは同調する者を集め、徒党を組んでお前を迫害するだろう。それが人間というものだ。お前には大切な人間がいるか?」
「…1人、絶対に守りたい人がいる」
「そいつは不幸になるだろうな。どんな形かは分からんが」
エレナが不幸になる。
そんな想像をしただけで、身の毛がよだつ思いだった。

彼女の安全が守られるためならなんでもしなければならない。
僕はもう少し魔王の話を聞いてみることにした。

「…忠告はありがたく受け取るが、それがここでお前を倒さない理由にはならないぞ」
「すぐに殺す方向にもっていくな!何もしないと言っておろう。ほれ」
そう言って魔王は懐から巻物を取り出した。
「それは?」
「契約の魔証と呼ばれるものだ。このスクロールに契約内容と取引をする2者の血の印を入れることで、契約は絶対に破れないものになる。くだらん抜け道もない、絶対の契約だ。これを使ってお前と契約を交わす。契約内容は…そうだな。もし、俺の考えが間違いでお前が人間に快く受け入れられれば、俺の心臓は停止し、完全に死亡するものとする。この場で本来の決着がついた時と同じ結果となるわけだ。だが…逆にお前が弾圧された時、俺はお前の力になろう。代わりにお前は俺を殺すことを禁ずる。お前の大切な人間にも絶対に手は出さん」
つまり、僕が勝ったら魔王は死ぬが、僕が負けたら魔王にはもう手を出せなくなるということか。だが、負けても僕や仲間が害されることは特になさそうだ。

「なるほど。ずいぶんと僕に利がある契約だな」
「敗者は俺だ。懇願する立場なのだからこれくらいは当然だろう。ま、俺にとっての一世一代の賭けだ。不義理はしないさ」
「…破ったら?」
「破る前に死ぬ。お前や俺がいくら化け物とだろう関係はない」
「そうか…だが、僕は人を信じている。ならば、お前をここで殺しても何も関係はないんじゃ」
「だから、直ぐに殺す思考になるんじゃない!サイコかお前は。なるほど、ここで俺を殺すか。お前ならそれもできるだろう。だが、俺とて魔王。
殺される前に意地は見せてやるとも。お前に殺される前に、お前の手足どれかを奪うくらいはしてみせよう。あるいは、お前が連れてきたパーティメンバーを道ずれにしてやろう。彼らもお前の大切な人間ではないのか?」
少し考え込んだ。先のことや魔王が僕を嵌めようとしていら可能性など、リスク管理は必要だ。だが、割とすぐに答えは出た。
「僕が賭けに勝った場合、僕はノーリスクでお前を殺す事ができるということか・・・いいだろう。のってやるさ」
「契約成立…だな」


◇◇

「助けてください。勇者さま」

そして、国に帰った途端これだ。
今あれだけ散々俺を罵った人間たちが俺に懇願している。

これが、僕が信じていたものか…

もっと尊いものだと思っていた。
幻想が音を立てて崩れ落ちていく。

残念だが、この賭けは魔王の勝ちだ。魔王の方が僕より余程全体が見えていた。

「無理だ。もう僕は魔王に手は出せないし、君たちを救おうとも思えない」
「そんな、なんで」
魔王が攻撃の手を止める。このやり取りの成り行きを見届けたいといったところだろう。
「なんで?…さっきまで君たちの発言をよく思い返してみたらどうだ?思考停止し、愚かな王の言葉を信じ、僕ら勇者の冒険を否定した」
「…それは、ですがこのままでは私たちは殺されてしまいます」
「別に君たちに死ねとは言っていない。君たちが魔王に勝てば君らは生き残れるんだ。シンプルだろ?」
「そんなことできるわけ」
「できるわけない?だから僕に懇願する?魔王が死んだ途端に僕を見限ったのに?そうだな。君らは勇者という希望に全部任せて寄りかかっていたわけだ。でも勇者も魔王も人間が勝手につけた称号。本来人が助かるにはいつだって自分の力で道を切り開くしかない。そのことわりに叛いたからきっとこんな歪な結末になったんだ」

もはや誰も口を開くことはなかった。

僕はすぐにその場を移動した。1番許せないやつを逃さないために。

「つくづく勇者らしからぬ男だ。嫌いではないがな」
魔王がポツリと呟いた。




◇◇

※エスカダル王視点です。

何故こうなった。
私は全てを持つ王の筈なのに。
魔王。まさか本当に生きているとは。

民を囮にして、必死に逃げる。

ロキのやつ。仕損じたのか?いや、それはありえない。

あいつに敵う奴などいるはずがないのだから。

ロキを初めて見た時の記憶が、鮮明に蘇る。

冷たい眼をしていた。
まるでこの世の何もかもを見下しているかのような。

財、地位、名誉。私こそが、この世の全てを手に入れた至高の存在であるはずだった。

だが、一目見て確信した。

この男は私の力すらも無意味なものにしてしまう、怖ろしい存在だと。

だが、それは獣と何ら変わらない野蛮な力だ。

それならば、私の努力次第でうまく扱ってやればいい。そうすれば、あの魔王でさえ敵ではなくなり、この世界の覇権は完全に私のものになる。

そう考えていた。

だが、ある時からロキの眼が変わった。
なにか、優しさを孕んでいるような暖かい眼になった。

今思えば、あのころからロキがエレナという女の話をたまにしているのを小耳に挟むことが多くなったな。
私には話さないが、誰かに話している場面をよく見たのだ。

そして、ロキの周囲への態度は軟化し、次から次に人望が集まるようになっていった。

私はすぐ変化に気づいた。ロキは私が持つ力の領域に踏み込んで来たのだ。

私はロキに対して別の恐怖を持つようになった。周りの人間に担ぎ上げられ、信頼を増やし、いずれロキは私の地位を奪うのではないかという懸念だ。

私が王族だろうと、すべて覆せる力がロキにはある。その恐怖は次第に大きくなっていく。だが、私はそれと同時にロキという存在を許せなくなった。

全てを手にしているのは王である私でなければならないのに。
なぜ私を差し置いてなにもかも全てを持っている?王になる気などない?

関係ないさ。望めばすべてが手に入るのに行動しないのならば、それはいらないと言って捨てているのと同じだ。

そして、ロキが魔王討伐の旅に出た時、宰相のアルカスが勇者断罪計画を持ち掛けてきた。
アルカスは私とは違い、ただ純粋に勇者が怖ろしいと言っていた。いつ国に牙を剥くか分からない存在をそばに置いておきたくないと。

私はその話に乗った。

そして、今私は勇者ロキに追い詰められている。どうしてこうなったのだろう?




◇◇

「待ちなさい!王を追うなど無礼にもほ」
「邪魔」

宰相アルカスは、ロキを止めようとしたが、思い切り殴られ、吹き飛ばされた。
アルカスは宙に舞い、そのまま地面に叩きつけられるように落下する。

彼が落ちた後を見ると、白目をむいて痙攣していた。
顔にはくっきりと拳の跡が残っている。

ほぼ手加減なしだ。

馬鹿が。こうなったら権力で止まるロキではないだろう。

「はぁ、はぁ」

息絶え絶えになりながらもひたすら走る。

意味がないことは分かっていた。
それでも足を止めることはできなかった。

自分の中の恐怖が無理矢理足を前へと進ませるのだ。

この状況にならないためにわざわざエレナを人質に取り、最新の注意を払ってロキを追い詰めていたのに、まさか魔王が出てくるなんて。

思っていた通り、逃げることに意味はなかった。
一瞬で距離を詰められ、踏みつけられる。

「ガハッ」

地面とロキの足に挟まれ、内臓が圧迫される。
そのままロキは踏みつける力を強くしていく。

息ができない。
かろうじて振り返ると、ロキは無表情だった。
冷たい眼をしていた。
いつか見た腑抜ける前のあの恐ろしい眼だ。

「ひっ」
「後悔すると言いましたよね。最後に聞いておきます。何故裏切ったんですか?」
ロキは私が声を出せるようにか、足の踏みつけを弱くした。かろうじて息ができるようになる。
「はぁ、はぁ、なぜ、か。それが分かっているからお前は魔王と手を組んだのではないのか?」
そう答えた時、ロキの足の力が急激に強まった。
思わず吐血し、口の中に血の味が広がる。

またロキは踏みつける力を弱めた。この私を痛ぶる気か。王としてのプライドが、ロキへの怒りの感情を作る。だが、その怒り以上に恐ろしかった。

「組んでいませんよ。僕は魔王との賭けをしただけです。魔王の命を賭けて。僕は人間の善性に、魔王は人間の醜悪に賭けた。そして、僕が負けた。それだけのことなんです。なんで、裏切ったんですか。そんなことしなければ、全てが上手くいったのに。なんでエレナをあんな目にあわせた!」
「…なぜか。なぜだろうな。正直論理的な理由は持ち合わせていない、な。貴公が、全てを手に入れられる力を持っているのに、そうやって女にかまけ、どんどん平和ボケしてつまらない勇者になっていくのがひどくもどかしかったから…いや違うな」
嘘はない。
その理由は私の中で整理がついていなかった。本当にロキのことが気に食わなかった。その理由を知るため私は自分の中で、心の内を探してみる。

「ああ、そうか、分かったぞ。貴公の存在が許せなかったんだ!私より上の奴などいてはならないんだ。この私が頂点に立つために。私が王だ。1番なのだ。私を恐怖させる異端のものなど、存在してはならなかったのだ。消えろ。このっ」

そこまで言った時、エスカダル王の意識は飛んだ。
言い終わる前に、ロキはエスカダル王を本気で殴っていたのだ。
ロキの拳は王の顔にめり込み、その反動で王の後頭部も地面にめり込んだ。

ただ、殺してはいない。


「お前のいう通り、分かってたよ。僕はお前の考えを否定しない。だから、この1発はエレナの分だ」

ロキはフンと強い鼻息を吐いた。




終幕
「殺さなくてよかったのか?」
魔王が気絶した王を見て尋ねる。

「ああ、これは仲間を、好きなひとを傷つけられたことに対するケジメだ。だから、命までは取らない」

「同じことだぞ。俺は再びこの街を襲う」
「いいさ。僕の使命は本来彼らが背負う筈のもの。どうなろうと彼らの責任だ」
「そうか。…思えば、どんな理不尽でも勇気を出して一緒に背負ってくれる、そんなお人よしを勇者と呼ぶのかもな。その善意に甘え、他人事気分で関与せず、自ら守られる権利を放棄するとは。つくづく人間とは愚かな連中だ」
「さて、僕はもういくよ。エレナを休ませてあげないといけない」
「そうか。では2度と俺の前に顔を見せないでくれると助かる」
「それはお前次第だな」
「分かっているさ」

そして、勇者ロキは去った。

その後、勇者ロキがどうなったのか。
その伝承は、どの文献にも残されていない。

ただその日エスカダル王が統治する王国は魔王の手に落ち、魔物が支配する国となった。そのことは、今日誰もが知る歴史の一幕である。





魔王は、エスカダル王から奪った王座に座り、1人ワインを嗜む。

彼は処刑場からロキを助ける前のことを思い出していた。

1人の子供がいじめられていた。
助けていじめの理由を聞くと、
ロキの無罪を主張したかららしい。

魔王は数日以内に国が滅ぶことを伝え、とある村に避難するよう勧めた。もし勇者派の人間が他にもいるなら彼らも一緒に、と。

きっと国が滅ぶ時、勇者がその村に移住するからと。

なぜそんなことをしたのか。
なんとなく、と答えるしかない。ただ、あの状況で勇者を心棒した人間まで死ぬことは、魔王の中で納得がいかなかった。

だが、この行為はほんの気まぐれだ。
今後侵攻時にどんないい奴がいようと、容赦はしない。

「お前は気づいていない。助ける価値のある人間もいることに。目に見えるものしか見えていない。お前は勇者だったのか。ただの偽物だ。私に唯一勝る闘神よ。愛するものと幸せに過ごし、ゆっくりと腐り堕ちていくといい」

そして、魔王は空になったグラスを握りつぶした。
破片は部屋中に飛び散る。

「お前が自分の小さな世界を守るならば、それ以外の世界は俺が支配してやろう。全てはいらぬ。足ることを俺は知っている。愚かな人間共と違って、な」

そして、魔王は歩み出した。











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短編書いてみました。

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『かつて親友だった最弱モンスター4匹が最強の頂きまで上り詰めたので、同窓会をするようです。』
も連載中なので、よかったらそちらも見てみてください。







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