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番外編

特別編: 車掌ちゃんとネム 後編

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32. 交渉 その3

「グラヴィス様」
車掌ちゃんが言う。

「フィリア。主の言い分は分かった。だが、それで私がイエスというとは思っていまい。
ここはユメの世界で唯一、感情論抜きで議論する場。己の考えを通したければ、利で示せ」

「そういう所が嫌いなんですよー。ここはユメの世界。もっと自由であるべきです。」

「世界を回すためには理想論だけでは足りぬのだ。子供のお前ではわからないかもしれんが」
「…では、ネムがいればもっと多くの人に大きな希望を与えられると言ったらどうですか」

「ほう?」

「ネムが私に協力してくれるようになってマヨイビトの案内成功率が90%は上がりました。これにより、感情エネルギーの回収率も大幅なアップが見込めます」

「ふっ、何を言うかと思えば、そんなちっぽけな利益とこの世界の破滅、天秤にかければどちらを選ぶべきか、考えなくても分かるだろーが」
別の管理者が口をはさんだ。
「ええ。ですが、そうやってネムがエネルギーを貯めれば、大量の黒液生物を生み出せるんです。ご存じと思いますが、彼らは少ない食事で長時間動くことができる。その労働力を全車掌さんたちに提供すれば、この世界全部の案内成功率は何倍にも跳ね上がる」

「な、なんと」
「そんなことが可能なのか」
「危険はないのか?」

「ネムとちがって本来の黒液生物はそんなに食べないので、日々食事をちゃんと提供すれば、危険はありません。かわいいもんですよー」

「グラヴィス卿、これは一考の余地が」
グラヴィスは管理者の耳打ちを手で静止し、言った。
「では、ネムとやら、そんなところに隠れてないで出てきてくれまいか」




33. グラヴィス・モーティスとネム

「なんですか」
ネムが扉から入る
「ネム、だったかな。私はユメの管理者代表、グラヴィス・モーティスという。そこで聞いてたのであろう。単刀直入に聞くが、そこの者の言は真か」

グラヴィスが静かに言った。

「…もちろん。車掌ちゃんは嘘ついてないよ。私は食べれば余った栄養で黒液生物を生み出せる。私からは独立した個体になるから、結託の心配もない」

「そうか。いいだろう。だが、決定を下す前にもう一つ聞きたいことがあるのだ。いいかな」

「なに?」
「主は何を思ってマヨイビトを救おうとする?主の考えを聞きたいのだ」

利で語れって言ってたのに、
とネムはグラヴィスの矛盾した事を疑問に思いつつも答えた。

「そんなたいそうなものじゃないよ。ただ、感情ってものをもっと知りたいだけ。マヨイビトの皆が、車掌ちゃんが夢に持ってる情熱の正体を私も感じたいんだ」
「その結果私たち世界を敵に回してもか?」

「当然!それが私の生きる意味だから。そのためだったらどんな障害も乗り越えてみせる」

「…そうか、よかろう。それではフィリアの提案の可否について、ここで決を採る!!」


34. 判決

「はぁ~緊張したー。きわどかったねー」
車掌ちゃんは息を撫で降りしたように
ドリーム号の席に腰を下ろした。

「反対4に賛成5だからねぇ。でもあのグラヴィスって人が賛成だったのは意外だったなぁ」

「そうでもないよー。あれでいいとこあるんだ」

「ちっ、まさか本当に無罪とは。意外だったぜ」
リムニウムが言う。

「ねー、ほんと…」

「…なんでいるのっ!?」

35. 監視

「ひでぇな。車掌さんよ。条件付きの可決だったろう。しばらく監視者をつけて問題がないか見るって。選ばれたのは俺だ。残念だったな。貴様ら変なことしやがったら逐一報告してやるから精々気をつけやがれ」
へっ、こんな危ない化け物放置してられん。ある事ないこと報告してまた追い出してやる。

「はいはい」

「じゃ、出発進行―」

「おい、無視するなぁ!!」


36. 見せつける

あれから幾月か経ち、何度かマヨイビトが表れた。

「そっか。やりたいことが見つけられないってつらいよね。痛いほどわかるよ。私もそんな経験あったけど、でもやってみたら何とかなったくちさ。やり始めてからやりがい見つけるってやり方もすごい良いと思うよ」

「そっか。そのザンギョウ?つらかったんだね。ここはユメの世界。ゆっくり休んでいいんだよ」

「いい夢だと思うよ。私も全力で応援する!!」

な、なんてやつだ。
一人一人マヨイビトの心をここまで的確につかむなんて。
あの車掌はネムが案内成功率のカギになったと発言したらしいが、
その考えがやっと実感となって理解できた

とリムニウムは思った。

37. 監査修了

「これで、今回の監査は終了だ」
「あれー。ずいぶんあっさりだね」

「ああ、報告すべき失態はなにもない」

「リムニウム…」

「悪かったな。ネム。化け物とか言っちまってよ。お前は確かに化け物みたいに強いけど、心は俺なんかよりちゃんと立派だったよ」

「なんか変なものでも食べた?」
「うるさいっ!とにかく、貴様ら合格だ。今後も精々励んでこの素晴らしき世界に貢献しろぉ」
クスッとネムが笑う。

「リムニウム―。君も何か迷いがあったらおいでー。一緒に旅をしたよしみで相談くらいにはのってやるよー」

「フンっ、相変わらず偉そうなやつだ」

38. まさかの

リムニウムは帰路につく。
「さて、どうやって報告するか。良い所はあるが悪い所は…いや、奴ら我ら軍人をなめてやがる。偉そうな態度だけは報告して」

ドンッ とその時誰かにぶつかった。

「貴様、どこを見て」
「ほう?私に非があると?」

目の前にいるのはここにいる事を一番疑いたくなる男だった。
余りの衝撃で、一瞬思考が止まる。

「グ、グラヴィス様ぁ!!!???」

39. 理由

「なっ、ななななぜここに!?」

「フン、娘の様子を見にくるのは親として当然のことよ。責任もある」

「な、なななるほどぉ。確かにその通りでございます」

奇麗に90度お辞儀をしながら、リムニウムは慎重に言葉を選ぶ。
ユメの世界最高トップがなぜここにと疑問だったがなるほど。
娘さんの様子を見に来たのか。納得だ。ん?
え?待てよ。

「娘ぇ!!??」

40. 親ばか

「そうだ、あの道楽車掌は私の娘だ」

「な、なんと」

「娘の決断が正しいのか、私には見届ける義務がある。ここ数か月、ずっと様子を見ておった」
まさか、俺が監視していた間ずっと。
「あやつにはあやつなりの考えがあることは分かった。それで今は納得しよう」
「そ、それはご立派ですな」
「ところで、先程私の娘に偉そうとか何とかぬかしておったな」

「はっ、ははぁ。それは完全に言葉のあやでございますー」
リムニウムは奇麗に土下座して謝る。

「…冗談だ。面を上げよ」




41. それぞれの出発

「では行くとするか」
「いいんですか?」

「ああ、もう十分だ。主もご苦労であったな。引き続き励め」
「あ、ありがたきお言葉」

さて、フィリスよ。励むがいい。主の夢の先。私に見せてみよ。

こうしてグラヴィス達は去っていった。

一方その頃
「じゃあ、いこっかー」

車掌ちゃんたちのドリーム号は再び出発したのだった。




42.車掌ちゃんとネム 完

「これで、もう大丈夫なのかな」
ネムが聞いた。

「うん、ネムの存在はこの世界に認められた。ネム自身の力で証明したんだよ。だから、きっともう大丈夫」

「違うよ。私だけじゃ無理。私たちの力で認めさせたんだ」
「そうだねー。その通りだ」


「次はどこ行こうか?」
ネムが聞く。
「もちろん、線路のままに、楽しいことを見つけにいこー」

汽笛が夢の世界に鳴り響く。

ユメ列車ドリーム号は今日もユメの世界を走っている。
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