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しおりを挟む「あの方は、ずっと孤独だったんだ」
デリックは騎士隊の隊長になる以前、幼少期のアーサー専属護衛騎士を努めていた。
幼い頃からずっとそばで彼を見守り続けていたのだ。
「あの方は幼い頃から聡い方だった。きちんと自分の生まれと立場を理解し、立ち回っておられた。
この国は出来不出来に関わらず、先に産まれた男児が後を継ぐ。そんな兄を大事に可愛がり育てるくせに、二番目には無頓着で愛情を示すこともしない両親を前にしても、あの方は愚痴ひとつこぼさなかった。
自分は二番だから日陰の存在で良いと言って、ずっと耐え続けてこられたんだ。
確かに兄の方も優秀だ。しかし、それは上辺だけのこと。裏にある汚いものは見ようともしない。だが、あの方にはそれが出来る。何の躊躇も無しに握りつぶす姿は、恐ろしさも感じたがな。
だからこそ、あの方を頂点に登らせようと画策する輩も出て来たが、あの方はそいつらさえも制裁対象にしていた。兄を支える自分が、兄を引きずり下ろすことなど考えられないんだろう」
デリックは酒を飲みながら独り言のようにつぶやく。
それをレイモンドも黙って聞いていた。
「俺が知る限り、あの方が我儘を言ったのはたった一度きりだ。
『白百合の君』が欲しいと。そのたった一回だけ。
その時は王太子も婚姻を結んでいたし、あの家は家格的にも十分釣り合う。何の問題もなく願いは叶った。
あの方だって始めからあんなに病的だったわけじゃない。最初は本当に彼女を大事にされていた。彼女もあの方を支えるつもりで、仲睦まじい時もあったんだ。
それを壊したのは、我々にも責任があるのかもしれん。
彼女の評判は国外にも及ぶ。あの方と婚約が結ばれてなお、縁談の話は舞い込んでいたらしい。一国の大事な方の婚約者だ。それを寄こせなんて、この国を下に見ている証拠だ。
あの方が悪いわけなんて何ひとつないのに、何故か婚約者を管理できない無能呼ばわりされ始めた。バルジット家へも忠誠心が足りぬと苦言を呈したところで、あの家にだって罪はない。向こうさんは勝手に欲しがってるだけだ。こっちが貰ってくれと頼んでるわけじゃないんだから。
それもこれも全部あの方の力不足だと責められる。そのうち、国内でも不釣合いだなんだと言い始める奴らが出てくるわ。皆で『白百合の君』とか言い出し、まるで聖女扱いだ。
愛する女を褒められて悪い気はしないさ。だが、いつ奪われるかわからない。いつ心変わりされるかわからない。そんな環境の中、若い男が正常でいられるわけがないんだよ。
終いには名前で呼ぶことを禁止し、家名で呼ぶように言い出すほどに追い詰められて。
あの頃から、あの方の心は蝕まれていったんだろうな。
あの方のそばにいる人間がもっと話を聞いて、見た物を、聞いた物をきちんと伝えていれば。もっと、あの方を守ってあげられていれば、もしかしたらこんな風にはならなかったかもしれない。
……。いや、なるべくしてなった結果なのかもしれんな」
初めて聞くアーサーの真実の姿に、レイモンドは言葉を無くし聞いていた。
デリックの言葉に納得し、それで許せるわけじゃない。だが、少しだけ同情する気持ちがあるのも確かで。同じ女性を好きになり命がけで求め続ける姿は、自分に重なるところが大きい。今なら彼の気持ちが痛いほどわかる。分かりすぎて苦しくなるくらいに。
彼の幸せを心から祈らずにはいられなかった。
―・-・-・-・-
「父上。私は、わたしは……」
バトラン王国第二王子であるアーサーが父である国王と、兄の王太子に向かい合わせに座っている。
あれからアーサーはずっとアリシアを探し求めていた。
視察や公務と言う名目を無理矢理作り、国中の地を回りただひたすらにアリシアを探し、この手にと求め続けていた。
王宮に、王都にいない日々が続き、いつしか臣下の間でも噂が広がり始める。
病気を隠すためではないか? いやいや、各地に恋人が、色香に溺れた愚王子に成り下がってしまったのでは?と。たとえ王家でも醜聞が広がっていくことを止めることはできなかった。
彼の耳にも届いていただろう。今までならその力を持って握り潰していたことも、今はそんな噂話に時間も労力も割いてはいられないほどに焦っていた。
一刻も早くアリシアをこの手に、この腕に抱きしめるまでは何も手につかない、何も考えられない。
ただひたすらにアリシアを求め続ける日々。
父は願った、早く目を覚ませと。
兄は忠告した、早く諦めろと。
しかし、その願いが、その声が、彼に届くことは終ぞなかった。
「アーサー。お前を大国の姫の元へと婿入りさせることに決めた。これは決定事項だ。何があっても覆ることはない。
あちらはその身ひとつで良いと、すぐにでも入国を望んでいる。私もそれで良いと思っている」
「あ、ああ、父上。そんな、この国を、アリシアのいるこの国を離れたくはありません。
なんでもいたします。どんなことも、どんなことでもして見せます。必ずやお役に立って見せます。ですから、ですから私を、私をこの国においてください。父上!!」
「身支度が整い次第出国せよ。国内には私の名で触れを出す。せめて最後はお前の名に傷がつかぬよう、大国の姫のためにも美しく飾ってやる。安心しろ」
呆然と一点を見つめるアーサーの瞳はすでに色を、光を失っていた。
ただ、一点を見つめ視線が動くことはない。
言い終わると父、国王は振り向くことなく部屋を出て行った。父の手は堅く握られ、震えているようであった。
王太子である兄アリスターは、項垂れる弟アーサーに寄り添うように語り始めた。
「お前は覚えていないかもしれないが、大国の姫君とは一度お会いしている。
お前たちの婚約披露パーティーに、国王と王太子とともに観光を兼ねこの国に来ていたんだ。その時、お前は姫君とダンスも踊っている。どうやらその時にお前を見初めたらしい。
何か声をかけられたと聞いているが、覚えているか?」
兄の問いにアーサーはぼんやりと記憶を辿る。
まだ社交界にデビューしたてのような幼さの残る姫だった。彼女は特に飛びぬけて美しいわけではなく、むしろ大国の見目麗しい王家の中では目立たぬ存在だと思う。
ただ、髪色だけがアーサーの目を引き、それで鮮明に覚えていた。
髪色がアリシアと同じ銀髪に近い色だったのだ。
アリシアに比べ透明感のある輝く銀糸のような色合いではなく、どちらかいうと灰色に近い銀髪だった。それでもアーサーにとってはアリシアに近い髪色は、他の令嬢達に比べ大変好感度が高く、美しく感じられた。
確かあの時「美しい髪色ですね。とてもよくお似合いです。末はきっと美しくお成りになられことでしょう」そんな事を口にした記憶が残っている。
お世辞などではなく、心からでた真の言葉だった。
それを彼女はずっと心に温め続けていたのだろうか?
無言のまま、返事をしないアーサーに兄はなおも語り掛ける。
「お前の言葉が忘れられず、ずっと想いを募らせていたようだ。
お前の婚約解消を聞きつけ、すぐに打診が届いていた。だが、あの時のお前の様子ではとても話を出すような雰囲気ではなかったから、父は独断で断りを入れていた。
それでも再三に渡り打診は届く。せめて一目だけでもと、懇願に近い内容に変わってきて、それで受けることにしたようだ。
もちろん、今のお前を国内に留めておくことが我が国にとって、利益にならないと判断してのことだ。
アーサー、俺は何度も忠告した。忘れろと、諦めろと。何度も言い続けた。
だが、国王や私の願いはお前に届くことはなかった。
残念だが、もう両国での話し合いはついている。覆ることはない。
気持ちを切り替えて、せめて姫君と心を通わせてほしい。
お前も、どうか幸せになってくれ」
隣に座るアリスターがアーサーの肩に手を置き、静かに語り掛ける。
静かに流れる時間の中でアーサーは呼吸をすることを忘れ、兄の肩に身をゆだねるように瞳を閉じていった。
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