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しおりを挟む「ちょっと待ってください。どうしてそうなるのですか? なぜ僕なんです? 他にも妥当な人間はいるでしょう!」
クラウスは父であるリューマン公爵の執務室で、大きな声を上げていた。
「お前の気持ちはわからないわけじゃない。我が公爵家にとっても次代を繋ぐ者の誕生が遅れるんだ、問題視しないわけじゃない。
だが、他にいなかったんだ。いや、こうなる運命だったのだろう、な……」
リューマン公爵は眉間にシワを寄せ、腕組をしたまま苦い顔をしている。
その後ろには長年仕えていてくれる家令のセバスチャンも、面白くない顔をしていた。
彼がこんな風に表情を表に出すのは、非常に珍しい。
「運命って何ですか。そんなもんクソくらえだ!」
クラウスは長椅子に座ったまま、ダンッとソファーに拳をめり込ませた。
この日、リューマン公爵家の嫡男であるクラウスは、己の婚姻相手の話を父から始めて聞かされた。この婚姻は王命だと言う。
かつての王女を祖母に持つクラウスは、筆頭公爵家嫡男として自らの婚姻に自由を望むつもりは毛頭なかった。
そこには公爵家として、国としての益が一番であり、愛だの恋だのそんなことを言うほど愚かではない。家族としての情が湧く相手であれば良いと、それくらいに思っていたし、だからこそ二十歳を迎える今まで婚約者を決めることなくきていたのに。
『こんなことなら、もっと遊んでおけば良かった』と、恨み節がフツフツと沸き上がってくるのだった。
「国王からも良きに計らえと言質を取っている。取れる物は取れるだけふんだくってやる。それで我慢しろ」
父がそれで治めると言っている以上、クラウスにはもうどうすることもできない。
すでに決定事項なのだとわかってはいても、心の底から納得はできないクラウスだった。
ここ、ペテルセン王国は農業に富んだ国であり、隣国のストローム王国は鉱業で富を成した国だった。共に小国ながら折り合いをつけ、対等に上手く渡りあっていた。
だがここに来て、両国を覆うように隣り合うマデール帝国が、この二つの国に揺さぶりをかけ始めたのだ。
大国であるマデール帝国に攻められては、とてもではないが無傷ではいられない。
ならば、ペテルセンとストロームで協定を結び、マデールに対抗するしかないとのことから、王族同士の婚姻をとなったが、生憎ペテルセンの王子たちは全て婚姻済み。
ならば王族に準じた者同士でと探すも、適齢期の者達は全て婚約済。
どちらも側妃制度は認めておらず、かといって婚姻、婚約した者達を別れさせるわけにもいかず、残ったのがクラウスとストローム王国唯一の王女ローザだった。
王女と言っても若干十歳。婚姻をするには幼すぎ、その相手となるに相応しい年齢の者がペテルセンにはいないのだから仕方がない。
完全なる政略結婚だが、それが自分に見合う相手であればクラウスとて文句を垂れるつもりはなかった。それなのに……。
「御年十歳の王女様と何をすれば良いんだ? おままごとか? 無理だろ?」
クラウスは額に手をあて、大きなため息を漏らした。
それを見た父と家令もまた、大きなため息を漏らすしかなかった。
両国とも成人は十六歳。
王女の成人を待っての婚礼と相成ったが、その前に近隣諸国へのけん制も込め、婚約式を盛大に行うこととなった。
それに合わせて王女が一度ペテルセン王国に訪問することになる。
「十歳の歳の差はあれ、政略結婚にはよくある話だ」と、一笑した国王から準備金として相当な額をもぎ取った公爵により、王都の公爵邸は益々豪華絢爛になり王女を迎える準備を整えた。
たとえ政略といえども、意に添わぬ婚姻であったとしても、相手は一国の王女様である。クラウスも腹を決め、良き婚約者を演じることに決めた。
「十歳のお子様に手紙なんて、何を書けばいいんだ?」
クラウスは王宮内、第三王子リチャードの執務室にある自分のデスクで肘を付き、独り言をつぶやいた。
クラウスは第三王子であるリチャードの学友であり、側近補佐の仕事もしていた。
次期公爵としての勉強期間の中、時間を見つけては彼の元に足を運んでいる。
クラウスの独り言を聞き逃さなかったリチャードが「手紙を出すのか?」と、わざとらしく揶揄うように聞いてくる。それが面白くないクラウスは、彼をギロリと睨んだ。
「元はといえば、お前が去年結婚なんかするから悪いんだ。そうすればお前がこの婚姻の当事者だったはずなのに。どこまで運が良いんだか」
執務机に向かい羽ペンを握りしめ、一言も書けぬままに真っ白な便箋を見つめるクラウス。
「いくら十歳とは言え相手は王女、ちゃんとそれなりの教育は受けているはずだ。
しかも、大層聡明だって言う話じゃないか。それなりの文言を綴った方が良いんじゃないか? 間違っても、好きなお菓子は何ですか?とかはマズイと思うぞ」
リチャードの言葉に固まるクラウス。今まさに彼が考えていたことをこの男の口から聞くことになるとは。
「じゃあ、何を聞けばいんだ? 好きな遊びか? 好きな絵本か?」
「え、なに? お前、本当に好きなお菓子とか考えてたの? ブフッ!
いや、それはないって。それはない」
面白そうに笑いを堪えるリチャードを見ながら、悔し紛れにスラスラとペンを走らせた。子供扱いをするなというなら、妙齢の女性にあてるつもりで書いてやる。そんな思いで文をしたためた。
『私の瞳の色は紺碧。同じ色の宝石を、あなたに身に着けて欲しいと願っています』
そして、まだ見ぬ婚約者にサファイアの髪飾りを贈ったのだった。
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