『戦場に咲いた愛』~侯爵子息と子爵令嬢の身分違いの恋~

蒼あかり

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 足早に進むパトリシアの後をついてブラッドリーも中へ入る。
 血や汚物の入り混じった、すえたような何とも言えない匂いが充満している。
 戦地でも怪我人は多くいる、そこで命を落とす者も少なくない。だが、ここよりも環境は良かったように思えた。
 見れば横になっている怪我人の衣服は薄汚れ、満足に着替えもしていないようだった。
 体に巻き付けられている包帯すらも、綺麗な物を使っていない。
 見渡すと見覚えのない顔ばかり。他の戦地から回されて来た者が多いのかもしれない。
 ブラッドリーは同じ戦士として、劣悪な環境にやるせなさを覚えた。

「物資が足りているようには見えないのだが。国はなんと?」
「国? 管理する貴族もいないのに、国がここを把握しているとはとても思えませんが?」

 パトリシアは怪我人の手当をする手を止めずに、背後から聞こえる質問に答えた。
 その声には呆れと、怒り、そして哀しみがこもっていた。

「すまない。そうだな、君に言っても仕方ないことだ。
 だが、同じ戦士として礼を言わせてほしい。あなたのような女性がこんな環境で、彼らの命を繋いでいてくれている。感謝しかない。ありがとう」

 パトリシアの手が思わず止まる。
今まで感謝をされるのは皆、死にゆく者からの最後の言葉だったから。
 未来につながる者からの感謝の言葉など、ここに来てから一度も無かった。
 むしろ、出来ぬことへの怒りが交じった暴言を浴びせられてきたのだ。

 今まで張りつめていた糸がプツリと切れたように、パトリシアの頬を涙がつたう。
 怪我人に動揺を与えぬよう、人前で泣くことは我慢していたのに。
 しかし、やっと現れた理解者であり、自分よりも強く皆を導いてくれそうな人間を目の前にして、思わず弱さが溢れてしまった。
 彼女とて平凡な令嬢なのだ。それを責めることなど誰もできはしない。

「今まで、よくがんばってくれた」

 そう言いながらブラッドリーはパトリシアの肩に手をおき、そっとその場を離れて行った。残されたパトリシアはこぼれ落ちる涙を拭うこともせずに、怪我人の手当を休むことなく続けた。


 教会からの手伝いと共に一通りの手当が終わり、食事の準備の手伝いをしようと厨房に行くと大勢の兵士が作業をしていた。
 そして、ここに来て久しぶりに見る豊富な食材に目を見張った。

「一体、これは?」
「あ! パトリシア様、先ほど到着された兵士の皆様が持ち込んでくださったんです。
 見てください、干し肉まであるんです。これで皆さんに滋養の有る物を召し上がってもらえますね」

 パトリシアと一緒に手伝ってくれているマリアが干し肉を手に、駆け寄って見せてくれた。この地でも珍しいほどの上等な干し肉だ。

「いただいてもよろしいのですか?」

 申し訳なく問いかければ

「ともに戦った仲間のためです。惜しんだりはしませんよ」

 手伝っている兵士の中で、一番年上そうな人が笑顔で答えた。
 その晩、ここに来てどのくらいぶりだろう、笑顔のある食事を取ることができた。
 怪我をした者の介助も元気な兵士が手伝ってくれ、励まし勇気づけることで皆の顔に自然と笑みがこぼれたのだ。
 やはり仲間の力は大きいのだとパトリシアは思い知らされ、少しだけ寂しい思いを心の隅に宿らせた。
 どんなに心を尽くしても、所詮安全な所にいる自分では本当の意味での辛さを分かち合うことは叶わない。
 寂しさと少しばかりのやるせなさを感じながら、それでも怪我を負った者達の心が安らかになるならと、自分の思いに蓋をするのだった。


 その晩、兵士たちが持ち込んだ夜具や、ありあわせの道具を持ちよりなんとか床を作り皆は眠った。
 いつもは夜盗などに脅えるように身を寄せ合い眠っていたのに、今日は安心して眠ることが出来る。一番年上で唯一の貴族であるパトリシアが傷ついた兵士や彼女たちを守らなければと、毎晩物音に反応し目が覚めては確認する。そんな日々を過ごしてきた。

「パトリシア様。元気な人がいるって、こんなにも頼もしいものなんですね」

 一緒に苦楽を共にしてくれる仲間たち。不安に感じていたのは自分だけではなかったのだ。

「そうね、あなた達も安心して眠ってちょうだい。私はもう一度様子を見てきます」

 そう言ってパトリシアは病室に向かった。
 空きが目立つようになっていたベッドの数が、今日からは満員になってしまった。
 しかし、少しはまともな食事を取ることが出来、そして仲間が見守ってくれる。そんな思いが彼らを安眠へと導いてくれているようだ。いつも聞こえる、苦しそうなうめき声が少ない気がする。パトリシアは貴重な蝋燭を片手に、ゆっくりと様子を見ながら一人ひとり怪我人を見て回った。




 月夜の美しい夜だった。見回りを終えたパトリシアは蝋燭の灯を吹き消すと、月明かりを頼りに少しだけ夜風を感じに外に出た。
 もうすぐ花が芽吹き新しい命が目覚めるこの時期、夜風はまだ身に染みて寒い。
 それでもパトリシアは、今日一日の疲れを風に吹かれることで流したい気分だった。

 町並みから外れたこの場所は、木々が植わっているだけで他には何もない。
 パトリシアはゆっくりと木のそばまで進むと、幹を背にして寄りかかる様に腰を下ろした。月を見つめ風に吹かれながら一人になるこの時間だけが、唯一心を整理できる時間だった。大きく息を吸いながら瞳を閉じる。
ふと背後からガサリと物音がして、あわてて立ち上がると建物に逃げ込もうと走り出した。

「すまない。驚かせてしまった」

 聞き覚えのある声に足を止め振り返ると、団長のブラッドリーが木々の間からこちらに向かって歩いてくる途中だった。
 
「団長様……」
「少しばかり見回りをしてきたところだ。ここは本当に何もないんだな。隠れて襲撃されることは無いが、その分標的にもなりやすい。いままでよく無事だったと感心するよ」

「そうなのですか? 国はなぜこのような場所を用意したのでしょう」
「長い戦いで使える施設も限りがあったようだから、仕方が無かったのかもしれない。
 それにしても君のような若い娘さんが、よく今まで頑張ってきたね。家族は心配しないのかい?」

「家族とはもうずっと連絡を取れていません。私の事はもう諦めていると思います。
 二年ほど前、貴族籍の家から一人以上を派遣するようにと国からの通達があり、自分で志願して来ました。一人につき国から恩賞が貰えたので。
 領地が狭く大きな産業もない家はどこも経営は厳しいと思います。わが子爵領地も働き手の男性は皆戦地へ取られ、残された女こどもだけではとても……」

「子爵? 貴族家の令嬢だったのか? 名は何と?」

「パトリシア・オランドと申します。王都から西の外れの地が領地になります。
 子爵家と言っても名ばかりで、王都に行った事も数えるほどしかありませんし、社交界デビューも果たしてはいない私のような者など、貴族の娘とよべるかどうか」

「社交界か。どうも私はあの手の華やかな場は苦手でね。
 あ! 私の挨拶がまだだったね。私はブラッドリー・アッカー。一応、侯爵家の三男と言うことになっているが、三男ともなれば自分に爵位が回ってくることはほぼ無いに等しい。だから自分の腕一つで上り詰められる騎士を目指したというわけだ」

「侯爵家の……、そうでしたか。でも、今は団長様にまで上り詰められておいでですし、さぞや立派な功績をお持ちなのでしょう?」

「立派かどうかなど、戦が始まれば皆同じだ。たまたま運よく団長になれただけで、力の差など大して変わらないさ」

 なるほど、そういうものなのかと、パトリシアは納得をした。

 その晩、二人は長い時間をかけて話をした。
 初めて会ったとは思えぬほどに話が弾み、お互い心に温かい物を感じていた。
 肌に当たる風は冷たくとも、心には温かい風が吹き穏やかな気持ちになっていった。
 この地で怪我を負った者たちの面倒見て来た日々の中、今が一番心穏やかに過ごせているかもしれないと、そんな風に感じていた。
 ブラッドリーが語る話は為になることが多く、彼の博識に感心をする。
 そして、仲間を語る時の彼は優しい表情に変わり、本当に部下を大切に思っていることが伝わってくる。
そんな彼の熱い瞳に時折自分の姿が映る。それが何だか嬉しいような、恥ずかしいような、そんな不思議な気持ちに戸惑うパトリシアだった。

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