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しおりを挟むセドリックは王宮の中庭のベンチに一人座り、ぼぉーっとしていた。
シンシアが立ち去った後も、彼女が消えた方向を見つめながら立ち上がることが出来なかった。
スコット侯爵家の嫡男であるセドリックは、王太子であるステファンと同い年で学園の同級生だった。
それ以前から側近候補として王家から申し渡され、ステファンのそばを付かず離れず守り続けていた。
何人かいた側近候補者も次第に一人、二人と抜ける中、最終的に腹を割って話せるまでになったのはセドリックのみだった。
「セドリック様、こちらにいらっしゃいましたか。殿下が心配されております」
王太子の従者がセドリックを探しに来たのだ。「もうそんな時間か?」彼は立ち上がると王太子の執務室へと急いで向かった。
「遅くなり、申し訳ありません」
王太子の執務室に入るなり謝るセドリックに、
「いや、話がはずんでいるようなら放っておけと言ったんだが、その様子じゃうまくいかなかったのか?」
「はい、私が行った時にはお一人でベンチに腰掛けていました」
先ほどの従者がうっかり口を滑らせ、セドリックに睨まれる。シュンと小さくなった彼は「用事を思いだしました」と、逃げるように部屋を出て行った。
「で? 一人って、お前なに? ふられたの?」
ステファンの発言に視線を合わさず、無言の抵抗をしてみる。
「無言ってことは当たりなんだ? はあ、オリヴィアになんて言おう?」
ステファンは執務机に向かい座ったまま頭を抱え込んだ。それを見てセドリックが「わざとらしいんだよ」と、彼の髪をぐしゃぐしゃと回し始めた。
「やめろよ! 髪型が乱れるだろう? これからオリヴィアに会うのに、どうしてくれるんだよ」
「お前の空っぽの頭にはそれくらいがちょうどいい」
「お前……、振られたからって八つ当たりするのはやめろ!」
「ああ? 誰が振られたって?」
「なに? じゃあ、お前が振ったのか?」
「いや、断ろうとはした。だから、振ったわけじゃない」
「え? 断ったの? 勿体ない。だって、彼女絶対お前の好みドンピシャだろ?」
「ドン……って、おいっ!」
セドリックが口に手をあて、にやけそうになる口元を隠した。
それを見たステファンが意地悪そうに笑いながら「白状しろ」と詰め寄られ、事の顛末を話して聞かせるはめになった。
それを聞いたステファンは、
「おまえねぇ、子供じゃあるまいし何やってんの? いつもの執務みたいにビシッ!と言えばいいだろう? なんでできないんだよ」
「それが出来たら苦労はしてない……」
「はぁ。そんなんだからずっと婚約者もいないまま、この歳か? その様子じゃ、相手は怒っているだろうなぁ」
「ああ、そうだな。最後は切れ気味に去って行ったし、次はないよ。だから良いんだ。俺はこれからもお前を支え、国を守るために生きるさ。最初からそのつもりだったんだ。問題はないよ」
ステファンの言う通り、セドリックにとってシンシアはまさにドンピシャだった。
冷静沈着な王太子側近と呼ばれる自分が、女性を前ににやけた顔をしていたなどと噂を立てられては王太子の名に傷が付きかねない。セドリックはなるべく見ないように、視界に入れないように必死に体制を作り、何とか真面目な顔を作っていたのだ。決してシンシアが嫌なわけではない。でも、彼女にしてみれば面白くないのもわかる。わざとぶっきらぼうに答える男など、良い印象を持つはずがないのだから。
「俺は誰かを愛する資格なんてないんだから」
ぽつりとつぶやいた声は、書類を束ねる紙の音にかき消された。
消える瞬間、ステファンはその声を拾い、眉をひそめた。
(昔のことだ。こいつが気に病むことはないのに)
ステファンは親友の寂しそうに笑う姿に心を痛め、なんとかしなければと、要らぬお節介心を燃やし始めていた。
~・~・~
「それはあり得ませんわね」
「そう言わないで、そこを何とか。もう一度だけダメかな?」
「ダメですわ。ステファン様がお許しになっても私が許しません。あの子は私専属の侍女です。あの子のために成らぬことは私が許しません。諦めてください」
ステファンとオリヴィアの夫婦の時間。いつもならグラント王子の話題など、楽しいひと時になるはずなのに今日は違っていた。何やら険しい空気が流れ始めている。
「あいつは女性に慣れてないから仕方なかったんだ。大目に見てやってくれないか?」
「だとしてもですわ。女性に慣れてなかったとしても、シンシアがあんなに怒るなんて……。この話はなかったことにしてくれと言われましたもの。ですから、この話はこれでお終いです。他に良い方をご紹介くださいませ」
「他にって言ってもなぁ。ほら、ねえ?」
「…………」
「…………」
今までにも声をかけた者はいる。
だが、知らぬ間に彼女には『男嫌い』のレッテルが貼られていた。声をかけてもことごとく言い負かされる。その達者な口に男達は皆、距離を置き始めたようで、気が付けばお眼鏡に叶うような若い文官は王宮内にいなくなってしまった。
たとえ王太子妃殿下の後ろ盾があったとしても、遠巻きに断られてしまう。
そんな気の強い令嬢でも良いと言い寄る者もいるにはいるが、そういった者達はなにかしらの後ろめたさを抱えている者や、家柄に問題があるものなど、中々うまくいかないのが現状だ。
シンシアとセドリックはお互いの主の移動で付き従うため、顔見知りではあった。
業務報告程度に会話をすることも当然ある。
それぞれの主は、この二人がお互いに悪く思っていないことは十分気が付いている。だからこその見合いだったのに、セドリックの態度があまりにも酷く、シンシアのプライドを傷つけてしまったのだ。
「オリヴィアが彼女を思うように、僕もセドリックを心配しているんだよ。あいつは未だに昔のことを引きずっているんだ。そろそろ解放してやりたいと本気で思っている」
「あんな昔のことをですか? だって、あれは誰が見てもあちらに非がありますのに」
「そうなんだけどね、あいつは未だに気にかけているんだ。そういう男なんだよ」
親友を思い寂しそうに語るステファンを、複雑な思いで見つめるオリヴィアだった。
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