王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり

文字の大きさ
3 / 16

ー3-

しおりを挟む

 セドリックは王宮の中庭のベンチに一人座り、ぼぉーっとしていた。
 シンシアが立ち去った後も、彼女が消えた方向を見つめながら立ち上がることが出来なかった。

 スコット侯爵家の嫡男であるセドリックは、王太子であるステファンと同い年で学園の同級生だった。
 それ以前から側近候補として王家から申し渡され、ステファンのそばを付かず離れず守り続けていた。
 何人かいた側近候補者も次第に一人、二人と抜ける中、最終的に腹を割って話せるまでになったのはセドリックのみだった。


「セドリック様、こちらにいらっしゃいましたか。殿下が心配されております」

 王太子の従者がセドリックを探しに来たのだ。「もうそんな時間か?」彼は立ち上がると王太子の執務室へと急いで向かった。


「遅くなり、申し訳ありません」

 王太子の執務室に入るなり謝るセドリックに、

「いや、話がはずんでいるようなら放っておけと言ったんだが、その様子じゃうまくいかなかったのか?」

「はい、私が行った時にはお一人でベンチに腰掛けていました」

 先ほどの従者がうっかり口を滑らせ、セドリックに睨まれる。シュンと小さくなった彼は「用事を思いだしました」と、逃げるように部屋を出て行った。

「で? 一人って、お前なに? ふられたの?」

 ステファンの発言に視線を合わさず、無言の抵抗をしてみる。

「無言ってことは当たりなんだ? はあ、オリヴィアになんて言おう?」

 ステファンは執務机に向かい座ったまま頭を抱え込んだ。それを見てセドリックが「わざとらしいんだよ」と、彼の髪をぐしゃぐしゃと回し始めた。

「やめろよ! 髪型が乱れるだろう? これからオリヴィアに会うのに、どうしてくれるんだよ」
「お前の空っぽの頭にはそれくらいがちょうどいい」

「お前……、振られたからって八つ当たりするのはやめろ!」
「ああ? 誰が振られたって?」

「なに? じゃあ、お前が振ったのか?」
「いや、断ろうとはした。だから、振ったわけじゃない」

「え? 断ったの? 勿体ない。だって、彼女絶対お前の好みドンピシャだろ?」
「ドン……って、おいっ!」

 セドリックが口に手をあて、にやけそうになる口元を隠した。
 それを見たステファンが意地悪そうに笑いながら「白状しろ」と詰め寄られ、事の顛末を話して聞かせるはめになった。
 それを聞いたステファンは、

「おまえねぇ、子供じゃあるまいし何やってんの? いつもの執務みたいにビシッ!と言えばいいだろう? なんでできないんだよ」
「それが出来たら苦労はしてない……」

「はぁ。そんなんだからずっと婚約者もいないまま、この歳か? その様子じゃ、相手は怒っているだろうなぁ」
「ああ、そうだな。最後は切れ気味に去って行ったし、次はないよ。だから良いんだ。俺はこれからもお前を支え、国を守るために生きるさ。最初からそのつもりだったんだ。問題はないよ」


 ステファンの言う通り、セドリックにとってシンシアはまさにドンピシャだった。
 
 冷静沈着な王太子側近と呼ばれる自分が、女性を前ににやけた顔をしていたなどと噂を立てられては王太子の名に傷が付きかねない。セドリックはなるべく見ないように、視界に入れないように必死に体制を作り、何とか真面目な顔を作っていたのだ。決してシンシアが嫌なわけではない。でも、彼女にしてみれば面白くないのもわかる。わざとぶっきらぼうに答える男など、良い印象を持つはずがないのだから。


「俺は誰かを愛する資格なんてないんだから」

 ぽつりとつぶやいた声は、書類を束ねる紙の音にかき消された。
消える瞬間、ステファンはその声を拾い、眉をひそめた。

(昔のことだ。こいつが気に病むことはないのに)

 ステファンは親友の寂しそうに笑う姿に心を痛め、なんとかしなければと、要らぬお節介心を燃やし始めていた。



~・~・~



「それはあり得ませんわね」
「そう言わないで、そこを何とか。もう一度だけダメかな?」

「ダメですわ。ステファン様がお許しになっても私が許しません。あの子は私専属の侍女です。あの子のために成らぬことは私が許しません。諦めてください」

 ステファンとオリヴィアの夫婦の時間。いつもならグラント王子の話題など、楽しいひと時になるはずなのに今日は違っていた。何やら険しい空気が流れ始めている。

「あいつは女性に慣れてないから仕方なかったんだ。大目に見てやってくれないか?」
「だとしてもですわ。女性に慣れてなかったとしても、シンシアがあんなに怒るなんて……。この話はなかったことにしてくれと言われましたもの。ですから、この話はこれでお終いです。他に良い方をご紹介くださいませ」

「他にって言ってもなぁ。ほら、ねえ?」

「…………」
「…………」


 今までにも声をかけた者はいる。
だが、知らぬ間に彼女には『男嫌い』のレッテルが貼られていた。声をかけてもことごとく言い負かされる。その達者な口に男達は皆、距離を置き始めたようで、気が付けばお眼鏡に叶うような若い文官は王宮内にいなくなってしまった。
 たとえ王太子妃殿下の後ろ盾があったとしても、遠巻きに断られてしまう。
そんな気の強い令嬢でも良いと言い寄る者もいるにはいるが、そういった者達はなにかしらの後ろめたさを抱えている者や、家柄に問題があるものなど、中々うまくいかないのが現状だ。

 シンシアとセドリックはお互いの主の移動で付き従うため、顔見知りではあった。
 業務報告程度に会話をすることも当然ある。
 それぞれの主は、この二人がお互いに悪く思っていないことは十分気が付いている。だからこその見合いだったのに、セドリックの態度があまりにも酷く、シンシアのプライドを傷つけてしまったのだ。

「オリヴィアが彼女を思うように、僕もセドリックを心配しているんだよ。あいつは未だに昔のことを引きずっているんだ。そろそろ解放してやりたいと本気で思っている」
「あんな昔のことをですか? だって、あれは誰が見てもあちらに非がありますのに」

「そうなんだけどね、あいつは未だに気にかけているんだ。そういう男なんだよ」


 親友を思い寂しそうに語るステファンを、複雑な思いで見つめるオリヴィアだった。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完】真実の愛

酒酔拳
恋愛
シャーロットは、3歳のときに、父親を亡くす。父親は優秀な騎士団長。父親を亡くしたシャーロットは、母と家を守るために、自ら騎士団へと入隊する。彼女は強い意志と人並外れた反射神経と素早さを持っている。 シャーロットは、幼き時からの婚約者がいた。昔からのシャーロットの幼馴染。しかし、婚約者のアルフレッドは、シャーロットのような強い女性を好まなかった。王宮にやってきた歌劇団のアーニャの虜になってしまい、シャーロットは婚約を破棄される。

エデルガルトの幸せ

よーこ
恋愛
よくある婚約破棄もの。 学院の昼休みに幼い頃からの婚約者に呼び出され、婚約破棄を突きつけられたエデルガルト。 彼女が長年の婚約者から離れ、新しい恋をして幸せになるまでのお話。 全5話。

愛に死に、愛に生きる

玉響なつめ
恋愛
とある王国で、国王の側室が一人、下賜された。 その側室は嫁ぐ前から国王に恋い焦がれ、苛烈なまでの一途な愛を捧げていた。 下賜された男は、そんな彼女を国王の傍らで見てきた。 そんな夫婦の物語。 ※夫視点・妻視点となりますが温度差が激しいです。 ※小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

マジメにやってよ!王子様

猫枕
恋愛
伯爵令嬢ローズ・ターナー(12)はエリック第一王子(12)主宰のお茶会に参加する。 エリックのイタズラで危うく命を落としそうになったローズ。 生死をさまよったローズが意識を取り戻すと、エリックが責任を取る形で両家の間に婚約が成立していた。 その後のエリックとの日々は馬鹿らしくも楽しい毎日ではあったが、お年頃になったローズは周りのご令嬢達のようにステキな恋がしたい。 ふざけてばかりのエリックに不満をもつローズだったが。 「私は王子のサンドバッグ」 のエリックとローズの別世界バージョン。 登場人物の立ち位置は少しずつ違っています。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】さっさと婚約破棄が皆のお望みです

井名可乃子
恋愛
年頃のセレーナに降って湧いた縁談を周囲は歓迎しなかった。引く手あまたの伯爵がなぜ見ず知らずの子爵令嬢に求婚の手紙を書いたのか。幼い頃から番犬のように傍を離れない年上の幼馴染アンドリューがこの結婚を認めるはずもなかった。 「婚約破棄されてこい」 セレーナは未来の夫を試す為に自らフラれにいくという、アンドリューの世にも馬鹿げた作戦を遂行することとなる。子爵家の一人娘なんだからと屁理屈を並べながら伯爵に敵意丸出しの幼馴染に、呆れながらも内心ほっとしたのがセレーナの本音だった。 伯爵家との婚約発表の日を迎えても二人の関係は変わらないはずだった。アンドリューに寄り添う知らない女性を見るまでは……。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

処理中です...