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~3~ 侯爵令嬢は懐柔される

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ゼノン王国 第二王子の婚約者であるリリアーナは、ラルミナ侯爵家の末娘である。
ラルミナ侯爵である父は王宮勤務の重鎮であり、母は若い頃社交界の花とうたわれた淑女。
兄ジョルジュは王太子ロベールの側近、姉はもう嫁いでいる。
リリアーナは現在、第二王子フランシスの婚約者として後宮に部屋を用意されつつ、第二王子妃になるべく妃教育を受けている。
リリアーナは王国貴族学園の最終学年に在籍をしており、自邸と王宮を行き来しつつ、妃教育と学園の学生としての勉学を平行している。
リリアーナは学園卒業後、1年ほどの期間を最終妃教育と婚礼準備にあてたのち結婚式へと進む予定となっている。

王宮の自室で、高位侍女予定のダンテス伯爵家令嬢のエミリーと向かい合わせでソファーに座っている。
中級、下級侍女と違い高級侍女予定のエミリーは、リリアーナの話し相手や、お出かけの際の付き人、ドレスや貴金属の管理などをする予定となっている。
同い年の二人は学園へも一緒に通い、リリアーナの身辺警護もかねていつも付き添い行動を共にしていた。
侍女にお茶を入れてもらいながらエミリーは愚痴る

「いい加減、走って逃げ回るのはおやめなさい。フランシス殿下だって何も取って食いやしないわよ。ちゃんと節度を持っていらっしゃるでしょ。
私はあなたたちみたいに、王宮を走り回るような芸当は持ち合わせていませんからね!」

主従関係はあるものの、同い年で学園でも同級生。家族や婚約者よりも長い時間をともにするその関係は、親友以外の何者でもなく二人きりの時はくだけた話し方をしていた。

「節度って、あれは節度なんてものじゃないでしょ?やりすぎだと思うわ。」

リリアーナはむきになって、抱きかかえていたクッションをボフンッと膝の上に叩きつけた。

「あなたたち婚約してから何年経っていると思うのよ。もう2年になるんだし、来年は学園も卒業して王宮に移り住むのよ。そしたら一緒にいる時間はもっと、もーっと長くなるわ。こんなんじゃ収まらないわよ。さっさと慣れておくことね。」

エミリーは諦めろとばかりに一瞬ニヤリと笑い、紅茶を一くち口に含んだ

「そ、その時はその時よ。そうなったら私だって、だんだん、だんだん、少しずつ、だんだんと。ねえ?」

「なんで、ねえ?って疑問形なのよ。私は知らないわよ。自分でなんとかしなさい。」

「ええ!ひどいわ。フランシス様がひどい時には今まで通り助けてくれるんでしょ?
私一人では無理よ。フランシス様を止めることなんてできないわよー。」

半べそをかきながらクッションに顔を沈める。

「フランシス殿下はねえ、あなたのその態度を面白がってるのよ。
すぐに顔を真っ赤にして恥ずかしがったり、むきになって怒ったりする姿が可愛くて仕方がないんでしょうね。ま、分からなくもないけど。」

「面白がるって、そんな。ひどすぎない?仮にも婚約者なんだから、もっと優しくしてくれても良いと思うの。」
そう言いながら口をとがらせる

「十分お優しくしてるでしょうが。確かにたまにやりすぎの感はあるけど、リリーが嫌がることは絶対にしないし、いつも紳士にお守りしてくださってるじゃない。
これ以上文句言ったら罰が当たるわよ。」

エミリーはクッキーをリリアーナの口元に運び、機嫌を直せとばかりに食べ物で釣ろうとする。モグモグと咀嚼する口は、いつのまにか尖ることをやめていた。
根が素直なリリアーナは少し強気に出れば、すんなりと納得してしまう。
エミリーにとってリリアーナの機嫌を直すのは簡単なことだった。

「そうかもしれないわね。私が子供っぽいからフランシス様もよほどご無理をなさっているのよね。うん。次は頑張るわ。少しずつ。少しずつ。
そうよ、少しずつでいいってマリアンヌ様もおっしゃってくださったし。
私、頑張るわ。エミリーも応援してね。」

「ええ、私はいつでもリリーの見方よ。ずっとそばで応援してるわ。」

そう言ってニコリとほほ笑み、ふたつ目のクッキーをリリアーナの口に放り込む。
ムシャムシャと咀嚼するその姿は小動物のように愛らしい。

(まったく、この子は。私じゃなかったら良いように操られてるわよ。仕方のない子)
そう心の中でつぶやきながら慈しむ子供を見る目でリリアーナをみていた。



この日は妃教育も終わりフランシスと夕食を共にする予定もなかったので、リリアーナは早々に帰宅することとなった。

「私は侍女長殿と少し打ち合わせがあるから、もう少し残るわね」そう言って馬車止めまでリリアーナを送り、馬車が小さくなるまで見送る。


その後、なぜか後宮にある侍女長の部屋ではなく、執務管理棟へ歩き出す。

重厚感のあるドア。王家の紋章が彫り込まれたドアの前まで来ると「コンコン、コンコンコン」とノックを5回。間もなく中からドアが開く。

自らドアを開け部屋の中に入るよう誘導するのは、他ならぬ第二王子フランシス。
彼は躊躇することなくエミリーを部屋の中へ迎え入れると、静かにドアを閉めた。

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