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~6~ 侯爵令嬢の初恋

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フランシスは第二王子として自分の立場をよく理解していた。
もちろん不満などあろうはずもなく、自分自身の置かれた立ち位置も十分納得し、国のため、民のため、この身を捧げる覚悟も持っていた。
それでも、学園での友人達との格差、王太子である兄との違い、兄を排除し自分を祭り上げようと画策する貴族達からの視線を感じる度に、自分でもわからない思いが心を埋め尽くし、どうしようもない感情がくすぶり始めていることに気がついてもいた。
親友と呼べる仲間たちでも、この気持ちを理解してもらえるとは思えず、さりとて父や母、兄に話せるほど彼のプライドは安いものではなかった。

心のくすぶりを沈めるために一人になりたい時も、王宮ではそれすら許されることはなかった。
王子の周りにはつねに甘い蜜を吸おうとする害虫たちがひしめきあい、まだ少年とも呼べる彼にすら、妃候補になろうと色香を漂わせる毒蛾が飛び交っていたのだから。

そんな彼も、親友であるジョルジュのラルミナ邸では一人になれることができた。
もちろん、常に護衛騎士が付かず離れず側についてはいるが、フランシスの邪魔をすることはなかったから、邸宅の者達の厚意を感じつつ物思いにふけることができた。
フランシスが一人になりたい時は、庭の隅にある四阿か、図書室であった。

ある日のこと、フランシスが庭の四阿で一人になっていた。
護衛に背を向け、読むつもりもない本を片手に思いを巡らせていると、後ろの方から少女と犬の声が聞こえてきた。
(ああ、リリーが飼い犬と遊んでいるんだな。)と、ぼんやり考えていると、その声はどんどん近づいてきて、しまいには護衛に止められる声がする。

「こちらには、今は行ってはいけませんよ。」
「なぜですの?この先の木の実が欲しいの。とてもおいしいのよ。騎士様にも後でわけてあげますね。」
「ありがとうございます。でも、今は我慢をしていただけますか?木の実なら後で私が取ってあげましょう。」
「大丈夫よ。私、一人で木に登れるもの。みんなは危ないって言うけど、私、木登りは得意なの。一度も落ちたことないのよ。」
「それは、それは。でもレディが木登りとは褒められたことではありませんね。あとでぜひ、わたくしめに取らせていただけませんか?」
「いやよ。木登りは私も好きだもの。騎士さまでも譲れないわ。だめ。」
「これは困りましたねえ。しかしながら・・・」

「ふふ・・・」
背中越しに聞こえてくるリリアーナと護衛の会話に、笑みがこぼれる。

フランシスは立ち上がるとリリアーナを手招きして、四阿に呼び寄せる。
すでに飼い犬はどこかに走り出して姿が見えないが、リリアーナは「王子様!」と嬉しそうにフランシスの元に駆け寄った。

「王子様、何をされているのですか?あ!ご本を読んでらっしゃったのね?」
テーブルに置かれた本に気づくと、さも当然のようにフランシスの横に座る。

「私もご本は大好きよ。王子様もご本はお好きですか?」
「うん。そうだね。本を読むことは好きかな。リリーはどんな本が好き?」
「私は、王子様が出てくるご本が大好きなの。あのね、ふふ。実は。
フランシス様は、私が大好きなご本に出てくる王子様にそっくりなんです。」
そう言って、はにかみながらフランシスの方をチラリと見上げる。

「なるほど、だから僕のことを王子様って呼ぶんだね?」
「ええ、そうなんです。そうだ、今度ご本をお見せしますね。中に書かれている絵姿がフランシス様にそっくりなの。とてもカッコいいんですよ。」
「その絵姿に似ているということは、僕もカッコいいという事かな?」
「え?そうですね。フランシス様もカッコいいと、思います。」
と、落ち着きなくふわふわしながら、少し俯く。

「リリー、僕は実は本当の王子様なんだ。」
「知っています。王様の二番目のお子様なんでしょう?お兄様が言っていました。」
「そうか、知ってたのか。リリー、その本にはお姫様は出てくるの?」
「ええ、出てきます。最後は王子様と結婚して幸せになるの。その絵姿も載っていたし。」
「へえ、王子様とお姫様は結婚するんだね。なるほど。
ねえリリー。リリーはお姫様になりたい?」
「お姫様?うーーん。フランシス様が王子様なら結婚しても良いわ。
だって、絵本の絵姿に似てとてもカッコいいし、お兄様たちと違ってフランシス様は優しいから、お嫁さんになってあげてもいいですよ。」

どうだ!と言わんばかりの上から目線でも、フランシスは嫌な顔ひとつせず、むしろこの少女の一言に存在意義を認めてもらったような恍惚感を覚えた。

「では、リリアーナ嬢、あなたが大きくなったあかつきには、わたくしただ一人の姫になっていただけますか?」

そう言って、リリアーナの手を取り、プロポーズのまねごとをする。
調子に乗ったリリアーナも「よろしくてよ。」と、そのプロポーズを受けるのだった。

まだまだ少女であったリリアーナだが、幼い初恋をこの時経験するのであった。

フランシスもまた、初めてのプロポーズの高揚感と、愛らしい少女からの告白を生涯忘れることができなかった。

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