セレントモーメント

ライラ

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失った彼女“記憶”

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彼女…世羅 菜月
俺…鳴川 雄士



「ずっと好きでした」
「うん」
「貴方が、好きでした」
「…うん」
「そばにいてくれてありがとう」

細い腕が俺の方へ伸びて来て、反射的に俺はその手を掴んだ。
本当は、“俺も好きだった”と、言いたかった。“好きだ”と答えて、彼女の笑った顔が見たかった。
でも、彼女はそれをさせない。
身体の何倍も大きく見える病院特有の白いベッドに彼女は横たわる。
彼女の目は一瞬も揺れず、俺の心までを見据える。

“何も言わないで、聞いて”

訴えかけ、牽制するような彼女の目に、俺は涙も呼吸も詰まらせて何も言えなかった。
彼女はさらに続ける。

「ねぇ」
「…っ」
「…泣かないでよ」

あれ、泣いていたのか。俺。
涙はツーっと頬を伝っていた。

「っないて…ねーよ」
「…うそばっか」
「…」
「泣かせるつもりなかったんだってっ。ただ、私が告白して、私が振られただけ。だから雄士がなくことない、」

顔を上げてハッと気づく。
彼女も目に、大粒の涙を浮かべて耐えていたという事。

「っ菜月、あのさ」
「何も言わないで」
「…菜月」
「何も言わないで、いい?言ったら怒るよ」

言いたいことは山のようにあった。
好きだと言って、抱き締めたかった。
今にも壊れそうに細い、彼女の身体を。
俺の前では強がるなと言いたかった。
菜月の苦しみや悲しみを分けて欲しいと。
ごめんなって謝りたかった。
菜月の力になれなくて、支えになれなくて。
生きていてくれと叫びたかった。
病気が菜月をむしばんでゆくのをみているしかない、無力な俺が。

「俺、無力だな」
「…そんなことない」
「菜月になにもできてない」
「何も言わないでって言ったのに…」
「…独り言だよ」
「うそつき」
「うそじゃない」
「すぐそうやって」
「なんだよ」
「反論する」
「…反論じゃない」
「はいはい」
「なんだよ」
「はーいはい、ねぇ、そろそろ帰って」
「帰んない」
「お願い」
「菜月、」
「お願い!」
「……じゃあ…帰るわ」
「……うん…バイバイ」

彼女は泣いた痕跡のある赤い目で俺にいつも通りの会話をしてくる。
そんな何気ない会話で余計に涙が出そうになって、じわりと目頭が熱くなるのを感じながら俺は、必死に涙をこらえた。
彼女はそんな俺にきっときずいていた。
あえて何も言わなかったんだろう。
そんな葉月の優しさに、俺は気づかないふりをして、そっと病室を後にした。















「菜月ちゃんが死んだの!」
母から電話をもらい、俺は学校から一目散に病院へ走り始めた。
涙が止まらないせいで何度もなんども視界が霞んで仕方がない。

「死んだ?菜月が?そんなはずない、昨日俺と元気に話してたんだ、うそだよ。なぁ?うそだって!誰かうそだって言ってくれよ!」

俺の叫びはどこまでも広がる空にかき消された。病室へ、病室へと、一直線に向かいながら俺は昨日のやりとりを考えていた。
俺も好きだと、伝えておけばよかった。
これから苦しいのは、のこされた俺の方だ。
言うなと言われても後悔を残したまま彼女と別れるのは苦しすぎて耐えきれそうにない。


菜月の病室まであと、300メートル





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