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遺書
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―この文章を、私以外の誰かが見ていると言うことは、もう私はこの世にいないのでしょう。
私は、この後自殺します。
お父さん、お母さん。私は、黙って旅立ちます。
せめて、迷惑はかけぬよう、黙って逝きます。
:
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充電器に差しっぱなしだった電話が音を立てた。
その音で意識が引き戻され、急いで電話に出る。
電話の内容は、親友だった者の死を知らせる内容だった。
『娘の鈴子が、自殺しました。睡眠薬を大量に飲んで、私が寝ている間に逝きました。藤原さんには生前、本当に仲良くしてもらってて…。ご連絡しなくてはと思ったんです』
電話口で、母親らしい人は泣いていなかった。
それに、驚いた。
鈴子が死んだ。
同い年の19歳で、大学一年生だった。
ついこの間、卒業証書を持って、校門の前で写真を撮った。
あれが最後だった。
「お悔やみ、申し上げます」
この歳では言い慣れてない言葉が、するっと喉から出てきた。
『近いうち、会いに来てやってください。もう、葬儀は済ませましたけど、仏壇に写真が飾ってありますから』
「えぇ、伺います。…なるべく、近いうちに」
『ありがとう』
「…遺書は、ありませんでしたか?」
『…ありました。だから、早いうちに自殺だと認められました』
電話の彼女は、ずっと冷淡だった。
『……娘が、私より先に逝くなんて、思いませんでした』
「私もです。鈴子と最後に写真を撮ったのが、つい昨日のように感じます」
当たり障りのない、無難な台詞を言うと、電話の向こうはため息を吐いた。
「お疲れですね。…心中お察ししますが、あまり悲しみすぎないでください。鈴子も成仏できません』
すると、もう一度、大きなため息が聞こえた。
『藤原さん、あなただけに言いますが…。私はなにも、悲しみで疲れているわけではありません』
「………えぇと、と言うと?」
『あなたは体験したことないでしょうから、同意は求めませんがね。自殺者の遺族は、てんてこ舞いなんですよ。警察の聞き取り、ご近所の噂話…。もう散々なんです!』
最後は声を荒げて、それに私が息をのむと、彼女は深呼吸した。
そうして、低い声でつぶやいた。
『自殺なんて、絶対いけません。本当に馬鹿なことです』
一瞬、私は言葉に詰まって、
「…自殺とは、馬鹿なことでしょうか」
『そうです。親はたまったものじゃありません。せっかくここまで育てて、たくさんのお金をつぎ込んで。うちは母子家庭だったのに、大学へも出したんです!それなのに自殺!遺書まで書くほどなら、私に相談してくれればよかったものを。あの子は、本当に、親不孝者です』
また、向こうは声を荒げた。
私は、質問を続けた。
「鈴子さんは、親不孝者ですか」
『ええ。あの子の死は、多大な迷惑を残しただけです』
「迷惑以外は、残りませんでしたか」
『ええ、ええ。残りませんでしたとも』
言い切った彼女の声が、頭に嫌に響く。
『藤原さんは、そんなこと考えるような人では無いと思いますけど。鈴子は馬鹿で、浅はかでした』
「そうですね。自殺とは、馬鹿なことです」
ずっと握っていた万年筆が、私の右手から、滑り落ちる。
書き途中の紙に、インクが垂れる。
携帯を右手で持ち直して、左手で、その紙を握りつぶした。
ベッドの横。
蛍光灯にしっかり結ばれた紐。
垂れ下がったそれの、一番先にある歪な輪。
そこを、虚ろに私は見つめる。
「鈴子さんと違って、私は、馬鹿なことはしませんよ」
私は、この後自殺します。
お父さん、お母さん。私は、黙って旅立ちます。
せめて、迷惑はかけぬよう、黙って逝きます。
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充電器に差しっぱなしだった電話が音を立てた。
その音で意識が引き戻され、急いで電話に出る。
電話の内容は、親友だった者の死を知らせる内容だった。
『娘の鈴子が、自殺しました。睡眠薬を大量に飲んで、私が寝ている間に逝きました。藤原さんには生前、本当に仲良くしてもらってて…。ご連絡しなくてはと思ったんです』
電話口で、母親らしい人は泣いていなかった。
それに、驚いた。
鈴子が死んだ。
同い年の19歳で、大学一年生だった。
ついこの間、卒業証書を持って、校門の前で写真を撮った。
あれが最後だった。
「お悔やみ、申し上げます」
この歳では言い慣れてない言葉が、するっと喉から出てきた。
『近いうち、会いに来てやってください。もう、葬儀は済ませましたけど、仏壇に写真が飾ってありますから』
「えぇ、伺います。…なるべく、近いうちに」
『ありがとう』
「…遺書は、ありませんでしたか?」
『…ありました。だから、早いうちに自殺だと認められました』
電話の彼女は、ずっと冷淡だった。
『……娘が、私より先に逝くなんて、思いませんでした』
「私もです。鈴子と最後に写真を撮ったのが、つい昨日のように感じます」
当たり障りのない、無難な台詞を言うと、電話の向こうはため息を吐いた。
「お疲れですね。…心中お察ししますが、あまり悲しみすぎないでください。鈴子も成仏できません』
すると、もう一度、大きなため息が聞こえた。
『藤原さん、あなただけに言いますが…。私はなにも、悲しみで疲れているわけではありません』
「………えぇと、と言うと?」
『あなたは体験したことないでしょうから、同意は求めませんがね。自殺者の遺族は、てんてこ舞いなんですよ。警察の聞き取り、ご近所の噂話…。もう散々なんです!』
最後は声を荒げて、それに私が息をのむと、彼女は深呼吸した。
そうして、低い声でつぶやいた。
『自殺なんて、絶対いけません。本当に馬鹿なことです』
一瞬、私は言葉に詰まって、
「…自殺とは、馬鹿なことでしょうか」
『そうです。親はたまったものじゃありません。せっかくここまで育てて、たくさんのお金をつぎ込んで。うちは母子家庭だったのに、大学へも出したんです!それなのに自殺!遺書まで書くほどなら、私に相談してくれればよかったものを。あの子は、本当に、親不孝者です』
また、向こうは声を荒げた。
私は、質問を続けた。
「鈴子さんは、親不孝者ですか」
『ええ。あの子の死は、多大な迷惑を残しただけです』
「迷惑以外は、残りませんでしたか」
『ええ、ええ。残りませんでしたとも』
言い切った彼女の声が、頭に嫌に響く。
『藤原さんは、そんなこと考えるような人では無いと思いますけど。鈴子は馬鹿で、浅はかでした』
「そうですね。自殺とは、馬鹿なことです」
ずっと握っていた万年筆が、私の右手から、滑り落ちる。
書き途中の紙に、インクが垂れる。
携帯を右手で持ち直して、左手で、その紙を握りつぶした。
ベッドの横。
蛍光灯にしっかり結ばれた紐。
垂れ下がったそれの、一番先にある歪な輪。
そこを、虚ろに私は見つめる。
「鈴子さんと違って、私は、馬鹿なことはしませんよ」
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