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第一章 クリスマスと藁人形

互いの気持ち②

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「うーん。綺麗な顔立ちなんやけどな」
 たくましい腕を組んだ胸元では、柔らかいバストではなく、胸筋が存在感を主張している。関節を鳴らすように首を傾げたのは、赤いワンピースが似合う美女。肩より下まで真っ直ぐ伸びた茶色い髪はやや猫っ毛だ。バーのスタッフである、直美……もとい、岩本正太郎氏である。
「風悟くん、思った以上に骨っぽく育ったな。昔はもっと、かわいいーて感じやったのに」
「……すみません」
 内田の言葉に、思わず風悟は謝ったが、頼んだわけでなく突然化粧をしてきたのは正太郎である。当然、風悟の服装もニットにGパンというラフなもので、プロ仕様の化粧とは明らかにちぐはぐだ。
「ま、ええやろ。なんや、スマホ壊れて金欲しいんやて? こんな時期になあ」
 そう笑いながら、内田は封筒を風悟に渡した。
「前払いや。佐々木先生の信用が担保やから、しっかり働いてな」
 中身は、昼間のバイトなら一か月働かないと稼げないくらいの紙幣が入っている。風悟はありがたく封筒をおしいただいた。
「感謝します。もう、スマホないと彼女と連絡取れなくて……」
「今の子たちは、なんでもスマホに入れてるからな」
「機械に頼らないと会えない関係なんて、なんて脆いのかしら」
 最後の台詞は、桃である。前回は店の近くへ来るのを拒んでいたが、今日はぴたりと風悟に寄り添って、おかしそうに風悟の顔を眺めている。
「口紅つけたの、初めて見たー」
「そりゃそうやろ」
「ん? 何か言った? 風悟くん」
「いえ何でもないです」
 桃の声は佐々木家の人間以外に聞こえないので、つい相づちを打ってしまったあとのフォローは既に条件反射みたいなものだ。風悟は特に小さい頃は霊感少年のように言われたが、実際、桃以外の雑多なものからも好かれやすい。
「ところで、先生はクリスマスには来られるって?」
 正太郎が、風悟の顔にほどこしたメイクを拭き取りながら聞いてきた。
「あ、はい。おそらく……」
 それまでに正太郎の悋気がおさまっていたら、だろう。正嗣は藁人形を祈祷したはずだが、不可解な出来事はまだ続いている、と内田が依頼を継続してきたのだ。確かに桃ではなくとも、実際に正太郎の近くにいると、なにか空気がざわついているのが風悟にもわかる。しかし。
「ねえ、正太郎さんて小さい頃から女装が好きなの?」
 桃は前回よりはるかに機嫌が良く、興味津々で正太郎を見ている。風悟は少し考えたが、憶測で言うより直接聞いたほうが良いだろう、と口を開いた。
「えーと。正太郎さんてその……」
「ゲイか、ってことか?」
 風悟の質問を一段階進めた内容を、正太郎自らあっけらかんと言った。不意なことに言葉を詰まらせた風悟を、正太郎は笑顔で見つめる。
「だから男子校選んだわけやないけど」
 風悟は黙った。どう質問を続けたらいいか、わからないのだ。戸惑った視線が服装に移ったのを、見られた本人はわかるのだろう、桃の質問への答えが図らずも正太郎の口から聞けた。
「こういう格好をがっつり最初にしたのは、文化祭で女装カフェやることになってからやな。まあそれから、紆余曲折が」
 内田は正太郎の隣で苦笑している。
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