マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

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第一章

カモに葱を背負わせてみたら(1)

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 平凡な大学生の日常は、何事もなく過ぎていく。一年生の講義は一般教養が多く、退屈なものもあれば新鮮で楽しく感じられるものもあった。
 侑哉はほぼ毎日、家と大学とバイト先の古書店を行き来してるだけだったが、必要以上に周りに気を使わないで済むのは楽である。とは言っても、クラスメイトと全く顔を合わせないわけではない。フランス語で一緒の岩本と侑哉は、講義が終わって学食に移動するまで同じ経路を行く。
 岩本は一浪だ。和風の顔立ちに黒縁眼鏡をかけ、やや短めの黒髪を作為的な無造作ヘアにしている。173センチの侑哉と同じくらいの身長で、並ぶとコンビ感が出ないわけでもないが、侑哉はあえて、いつもさらっと岩本から距離を置き、小さいテーブル席に移動して食べていた。
 だがあるとき、いざ食べようとした侑哉の前に、岩本がトレイを持って立った。
「ここ、いい?」
 ドラマでたまに見るナンパのシーンのような言い回し だ。高校の同級生なら、無言で座って弁当を広げて無言 で去っていくだろう。しかし、よく考えたらほぼ話した ことのない男子に突然無言で真ん前に座られたら、引く。
 侑哉がつとめて冷静に、いいよ、と返事をすると、岩 本はとたんに気を許したのか、どっかりと座ってガンガ
 ンしゃべりだした。
「なあ、それA定食? 美味い? てか細いわりに案外がっつり食べるのな。そうだ、秋月ってサークル入ってる?」
「いや......」
 なんてこった、こういうキャラかよ。と、心の中で、岩本の侵入を許した自分を侑哉は責めた。とはいえバイトは一応接客業である。入ってない、とやや営業的な声音で侑哉が答える前に、岩本はさらに話す。
「サークルってさー、どこもなんか同じっぽくね? いくつか新歓にも参加したけど、結局新入生はタダ食い目当てだし、そのあと個別に連絡先交換したらもういなくなってるしさ」
 お前も新入生だろ。そして個別に連絡先が交換できなかったのか、そもそも交換したかった女子は速攻でいなくなっていたのか。侑哉にはその様子が容易に想像できて、岩本への印象が先ほどまでのうざったいものから同情すべきヘタレへと変わった。

「で」
 岩本が、ちょっと「タメ」を作った。
「秋月さ。ピンクのツインテの子は、彼女?」
 侑哉は、岩本の表情を観察した。嫉妬と期待だ。そうだ、『非モテの僕が異世界でツインテ美少女から告白されました』でこういうシーンがあった気がする。現実世界ではもてなかった主人公が異世界のその町一番の美少女と仲がいいとわかると、それまで異世界人ということで主人公をハブにしていた町の人(主に男子)が、急に友達ヅラをし始めるのだ。
 なるほどと侑哉は頷いた。
 この頷きは『非モテ(以下略)』の作品考証に関する頷きだったのだが、岩本には自分の質問に肯定した意味ととらえたようだ。面白いくらいにわかりやすく、岩本は侑哉に顔を近づける。
 近い、と顔をそむけた侑哉の耳に、なぜか「きゃあ」という女子の黄色い声が聞こえた。大学というのは謎が多い。しかしなぜ、岩本が花子のことを知っているのか。
「いや、おれ、せっかく古書店街の近くに通ってるんだしと思って、ちょっとぶらぶらしてみたんだよ。そしたら秋月が古書店の店頭で本を並べてるのを見て」
 侑哉は授業の合間にバイトに行くので、開店と閉店、 つまり本の入ったワゴンなどを道路側に並べたりする作業は、侑哉が店番に入る前に友義が既に終わらせていることが多い。
 先日はたまたま、買い取った本を並べるように言われ たのだが、そういえば花子が来ていて一緒に作業をしたのだった。岩本はもう一度やや侑哉のほうに身を乗りだし、もったいぶって言った。
「なあ、あの子は彼女? それとも、友達?」
 侑哉は回想した。
 花子は、中学生の頃から三年ばかり、ほぼ毎日夕方になると友義の古書店に来ている常連なのだ。
 買わないで、読むだけ。
 最初は友義の言う「買うまでもないけど知識を入れるために読みに来る」一人だったらしい。もともと古書は高いので、中学生に買えという気などさらさら無い友義は、立ち読みで得た知識を楽しそうに話す花子と、怪しくない程度に仲良くなっていった。
 ところが去年、制服のブレザーはある日セーラー服に変わり、長期休暇でもないのに平日昼間によく来るようになった。そこで友義が花子にそれとなく聞いたら、入ったばかりの高校をやめたのだという。他人だからと言えばそれまでだが、友義はそっかー、と言っただけだった。
 そうしてずっと、花子は古書店に通っている。普通なら高校二年生になるわけで、侑哉とは二学年違いだ。
「はなちゃん」
 侑哉は悩んだ挙げ句、友義と同じ呼び方を採用することにした。
 花子も仕方ないという風に了承し、じゃあ、と侑哉にも同様のルールを適用した。
「なぁに、侑哉」
 ちょっと意地悪っぽく、でもやや甘えたな感じで異性の友達を呼び捨てるツインテ美少女、というのは、まさにラノベ『非モテの僕が異世界でツインテ美少女から告白されました』の世界である。侑哉は男子校出身、四つ離れた弟がひとり。身近な女子といえば三年に一度顔を合わせる従姉が数人。つまり、それほど女子慣れしていない。そんな侑哉が年下の美少女から呼び捨てされたら、舞い上がるかといえばそうではなかった。
「それさ」
 侑哉はうんざりした口調で言った。
「その呼び方さ、『非モテ』のまりんちゃんみたいだからやめない?」
「えー、同じ名前だから喜ぶかと思ったのに」
 花子は、わざとらしく身をよじりながら、鼻にかけた声を出す。そう、作中の主人公もユウヤというのだ。
「だから嫌なの。俺の中の、まりんちゃんのイメージを壊さないでくれ」
 ちなみにまりんちゃんの髪もピンクのツインテだが、 そこはやはり二次元と三次元の差があり、まりんちゃんのボリューミーな髪と比べると花子のツインテは重力に したがって自然に垂れている。毛先三分の一ほどがカールしているのは、普通に可愛い。
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