セイヨクセイヤク

山溶水

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6.ぬくもり

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「昨日ぶり、ですね」

 マキと一緒に帰った次の日のことだった。
 再びマキと駅で会ったアキヒロはマキに声をかけた。

「はい、昨日ぶりですね」

 そう言ったマキの微笑がアキヒロにはたまらなく嬉しかった。

「いつもこの時間なんですか?」

 マキの方からアキヒロに問いかけた。

「え、いや、普段はもうちょっと早いです」

「じゃあ、なんでこの時間に?」

 それはあなたを待っていたから。

 なんて言えるはずもない。
 アキヒロは慌てて答えた。

「今日は委員会があったんです」

「あ、同じですね。私も今日は委員会だったんです」

「じゃあ、いつもはもっと早い時間に?」

「はい。三本前の電車です」

 三本前、それはアキヒロが普段乗っていた電車の一つ後の電車だった。
 良い情報を得た。
 アキヒロは嬉しさが顔に出そうになったがそれを抑えた。

 会話が途切れたところで電車が来た。

 二人は電車に乗り、今度は自然と隣に座った。
 あっというまに時間は過ぎ、マキの降りる駅に着いた。

「じゃあ、私はここで」

 マキの隣。
 なんとなく居心地が良くて、ぼーっとしていたアキヒロは我に返った。

「はい、さようならっ」

 慌てていたせいか、大きな声が出てしまった。
 幸いにも周囲には人が少なく、近くのおじいさんが振り向いた程度だった。
 そんなアキヒロに一礼をして、マキは電車を降りた。





 マキが駅に来る時間が分かってから、アキヒロはマキと一緒に帰ることが多くなった。
 マキが委員会で遅い時は、アキヒロは終わるのを駅で待った。
 駅で会った二人は、少しずつ会話の数が増えていった。
 好きな食べ物の話や今日あったことなど、他愛もない会話だったが、アキヒロにとっては幸せな時間だった。

 一方マキは、自分のことを性的な目で見ない(?)アキヒロに対して、はじめは不思議な印象しかなかったが、悪い人ではなさそうだ、という認識へと変わっていった。



 二人の距離は少しずつ、だが確実に縮まっていった。






















 マキが委員会で帰りが遅くなった日のことだった。
 アキヒロはいつものようにマキを待っていた。
 冬と言うこともあり、日が短く、真っ暗な中で駅の電灯の下でマキを待っていた。
 マキが駅に向かうと、アキヒロの姿が見えた。
 アキヒロもマキに気付き、声をかける。


(この人は……私を待っていたんだ。こんな寒い中、私を)
(何だろう……この気持ち)


 そんなことを考えながらマキは電車に揺られた。
 隣にはアキヒロがいた。

 ガタンッ

 電車が大きく揺れ、マキとアキヒロの距離が縮まる。

(あたたかい……)

 ふと、マキはそんなことを感じた。

(あれ、なんだろうこれ。なんだか、懐かしいような……)

 そう考え込むマキの隣でアキヒロもまた考えていた。

(今日、送っていこうかな。外も暗いし、変じゃないよな?)

(……よし)

 アキヒロの心には「勇気」があった。
 いや、「自信」の方が近いのかもしれない。
 今までは持ち合わせていなかった「自信」がアキヒロの中に芽生えたのはマキのおかげだろうか、それともアキヒロ自身の変化だろうか。

 マキの降りる駅に着いた。


「外も暗いし、送っていくよ?」


「え……?」


 アキヒロのことを考えていたマキは突然のことに驚いた。

「いや、悪いよ、駅、一つ先でしょ?」


 断られた──?


 普段のアキヒロ、いや、以前のアキヒロだったらここで諦めていただろう。

 しかし、今のアキヒロは違う。

「ごめん、俺が送っていきたいんだ」

 アキヒロの言葉に、マキはドキっとした。
 しかしその胸の鼓動の正体にまだマキは気付かない。

「じゃあ……お願いします」


 二人は駅を後にした。





 駅からマキの家は遠くはなく二人はしばらく無言で歩いた。
 車の通りが少ない道に入った。
 二人の他には誰もいない。



「手、つないでもいい?」



 沈黙を破ったのはマキだった。

 アキヒロは驚く。
 それ以上に驚いていたのはマキだった。
 その言葉マキ自身さえ予想していなかったものだった。
 なんで自分の口からそんな言葉が出たのか、答えを見つけるより先に、アキヒロの返事が返ってきた。


「いいよ。俺もつなぎたい」


 アキヒロは当然驚いた。
 が、それよりも嬉しさが勝った。

 二人は手をつないだ。


 
 あたたかい……



 マキはアキヒロの手のぬくもりを感じていた。
 なんで自分はアキヒロと手をつなごうと思ったのか、そんなことはどうでもよくなった。

 今はただ、このぬくもりを感じていたい。

 ただ純粋に、そう思った。
 しばらく手をつないで歩いている時に、マキは気付いた。


 
 このあたたかさ……秋菜の笑顔と一緒だ……



 
 電車が揺れて、アキヒロに寄りかかった時のなつかしさの正体がわかった。
 マキの心をあたためてくれた秋菜の笑顔、そのあたたかさをアキヒロとつないだ手の中に感じていた。



 好き。



 マキの心にその言葉が浮かぶ。

 そしてマキはわかった。今まで自分でも分からなかった行動の意味が。



 私、アキヒロ君のことが好きなんだ。



 自分の気持ちを理解したマキは、改めてアキヒロの手のぬくもりを感じた。










 しかし──





 アキヒロの手の中に










 ぬくもりは、無かった。







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