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34.月代ナツ
しおりを挟む「私、小学校の頃、好きな男の子がいたの」
「きっかけは好きな漫画の話とか、日常の何気ない会話だったと思う」
「名前、地口君って言うんだけど出席番号が近かったのもあるかな。掃除の班とか、グループで分けられる時一緒のことが多くて。話していくうちにどんどん好きになって」
「そんな中で、両思いだってことがわかったんだ。好きな人だれ?って質問、流行ってたよね、小学生の頃。それで、私が地口君のことが好きってことも伝わったし、相手が私のことを好きってことも知ったの」
「でも小学生だったから、付き合うとかよくわからなくて。家も遠いから一緒に帰るとかはしなかった。バレンタインデーにこっそりチョコあげるとか、それぐらいだったんだけど、地口君と話してるだけでも幸せだった」
「卒業式の色紙に、これからもよろしくお願いします、みたいなこと書いて小学校は卒業して、同じ中学校では6クラスあるのに同じクラスになれて、嬉しかった」
「でも中学校に入ってからは、あまり話さなくなって。色々思い悩む時期だからなのかな。部活とか始めたのもあるだろうし、周りの目とか気になってるみたいだったし、2人きりで話したりするっていうのはなくなっちゃった」
「そんな感じで2年生になって。これ、ほんとすごいなって思ったんだけど、2年生も同じクラスだったんだ。でも、全然話さないままだったから、手紙を渡したの。小学校の頃やってたみたいに、小さい紙を折って作る手紙。言うの恥ずかしいけど、今でも私のことを好きですか? 嫌いになってしまいましたか? みたいなこと書いたと思う」
「そしたら、直接会って話したいってことで、休みの日に小学校の近くで会うことになって」
「そこで、告白されたの。『ずっと好きでした。付き合ってください』って。すごく嬉しかったんだけど、言い方が気になって。『でした?』って過去形に言及したら、ちょっと焦った様子で『今も好きです!』って言ってくれて、その後には『これからも、ずっと好きです』って言ってくれたの。あの日は本当に幸せだった。人生最高の日だった」
「でも、相変わらず学校では話しかけてくれなくて。寂しかった」
「でも何も無いってわけでもなくて。クリスマスが近かったから、友達の家でパーティというか、ダブルデートみたいなことしたことがあって、私、誕生日が12月24日だから、パーティのプレゼントと誕生日プレゼントもらったんだ。お菓子とキーホルダーだったんだけど、二つ用意してくれてて嬉しかった」
「……でもやっぱり、学校では話しかけてくれなくて。そのまま卒業しちゃった」
「同じ県内の高校とは聞いてたけど、いまはどこにいるのかわからないの」
「でも、信じてたの。あの時言ってくれた、ずっと好きです、これからも好きですって言葉を。だから、自然消滅みたいには思えなかった。また何かあるんじゃないかって思ってた」
「……ついこの前ね。女の人に話しかけられたの。全くの初対面なのに。地口アキヒロのこと、まだ好きなんでしょって言われて、正直かなり動揺したわ。畳み掛けるように、面白いものが見れるわよ、って言われて、危ないとは思いつつ女について行ったの」
「そこは屋上だった。言われるままに女の指さした方向を見ると公園があって、男女二人組が歩いてるのが見えたの。女の不思議な力で、二人の会話が聴こえてきて、顔まで確認できたの」
「……そこにいたのは地口君だった。すぐにわかったわ。顔も、声も、忘れてないから」
「地口君は、その女の子と付き合ってたの。地口君は、別れ話をもちかけられて、改めて女の子に告白したの。『あなたのことが好きです』って。はっきりと」
「……ショックだった。そんな言葉聞きたくなかった。でも、私は地口君から目を離せなくて」
「……二人が抱き合ってるところを見たわ」
「地口君が、相手の女の子を本気で好きなんだなってことがわかって。私、悲しくなって、辛くなって。体に力が入らなくて」
「二人がいなくなるまで、その場に立ち尽くしてたら、女が話しかけてきたの」
「そこで、全部聞いたの。契約のこと、契約者のこと。そこであなたが契約者だってことも知ったわ。でも私の頭の中は地口君のことでいっぱいで。地口君は今、契約を破って、あの女の子のぬくもりを感じるために戦っているんだってことを知って。辛くて悲しくて悲しくて辛くて、もう泣くことしかできなかった」
「そんな私に、女は『とっておき』の話をしたの。あなたも知らない『契約』の話を」
「契約者は契約をする時に意中の相手がいる場合、その人と性行為をすることができるんだって。契約者の記憶から、意中の相手を作り出して、特殊な空間で性行為を行う。限りなく現実に近い夢を見ることができるんだって。そうすることで契約は完了するって」
「そこで知ったの。地口君の意中の相手が私だったんだって。地口君は私を抱いた上で、あの女の子のことを好きになって、女の子のぬくもりを感じるために戦ってるんだって」
「……そこまで聞いたら、悲しいとか、辛いだけじゃなくなったの」
「……許せないって気持ちが出てきた」
「地口君は、少なくとも契約をする時まで私のことが好きだった。それで夢とはいえ、私のことを抱いた。なのに、新しい女の子のことを好きになった」
「それって、おかしいよね。私のことが気になってるのに、他の女の子と付き合うって、私にも相手にもひどいことしてるよね」
「中学校の頃の告白は嘘だったってことだよね。私、嘘に踊らされて喜んでたってことだよね」
「──だから、私も契約したの」
「契約の女に誘われたからじゃないの。私の意思で決めたことなの」
「私、地口君から契約の力を奪うって決めたの」
「たとえこの先、私が『ぬくもり』を感じることが出来なくなっても、ね」
「だって、私が欲しかったのは地口君の『ぬくもり』だけなんだから」
「長くなってごめんね。これが、私の全てよ」
……
…………
……………
待ってくれ。
ちょっと時間をくれ。
頭が追いついていない。脳が理解しきれていない。
今目の前で、これまでの恋愛を語った人物が、私の知っている月代ナツその人なのか?
本当にそうなのか?
この話は、あまりにも、私の中の月白ナツのイメージとはかけ離れている。
恋愛の話なんて全く聞いたことがないし、興味もないと思ってた。
そんなナツだからこそ、友達になれたのだ、とすら思っていた。
わかってる。
今の話が事実だと言うことはわかってる。
ナツの嘘なんて今まで聞いたことがないし、現にナツは既に契約をしている。
でも
それでも
嘘だと言ってほしかった。
私の中の「月代ナツ」像が壊れていく。
それはもう、粉々に、跡形も無く。
話の内容についても、思うところはある。だけど、今は現実を受け止めることで精一杯だ。
頭を抱えて、必死で状況を理解しようとするみのりに、ナツは話しかけた。
「ごめんね、みのり。なんか驚かせちゃったみたいで」
「……いや、いいよ。大丈夫」
「それでね、今日はこの話をしに来ただけじゃないの」
……え?
まだなにかあるの?
正直、これ以上はもう勘弁してほしいんだが……
そんなみのりの思いは届かず、ナツは「本題」を口にした。
「私に、戦い方を教えてほしいの」
「…………え?」
終わったと思ったらまだあった。
みのりは夏休み最終日の宿題のことを思い出していた。
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