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第4章
新着メッセージ
しおりを挟むある日の夕方、夜の開店準備をしていた店内で大きな音が響いた。
「すみません」
「どうしたの。大丈夫?」
「あっ、大丈夫です。すみません」
半年間働いて初めてやってしまった。ここまで大きな失敗はなかったのに、ボーっと食器を運んでいたらどこかに足を引っかけ五枚の皿が地面に粉々になって散らばった。
優しいスタッフの男性陣が駆け寄ってきて一緒に破片を集めてくれる。そんな状況にも平謝りするのが精一杯で顔が熱くなった。
「珍しいね。体調でも悪い?」
「すみません、ボーッとしてて。でも大丈夫ですから」
気にかけてくれるオーナーの言葉にも必死で笑顔を取り繕う。
でも大丈夫とは言ったものの、私は全然大丈夫なんかじゃない。
全ては今朝送られてきた突然のメッセージが原因で、その送り主に心乱されていた。一日中頭は真っ白だ。
「顔色悪いよ? 今日は休んでいいから」
何の事情も聞かずに気遣ってくれたオーナーに付き添われ、私はバックヤードに戻される。
ひとりになった瞬間、着替える気力もなくなって力が抜けるように近くの椅子に座り込んだ。
おもむろに携帯へと伸びた手が無意識のうちに画面を開く。先ほどまで見ていたメッセージが開いたままになって残っていた。
【久しぶり。突然ごめん。来週の土曜、両親が帰って来ることになって晴日ちゃんに会いたいって言ってる。こんな頼み言えた義理じゃないのは分かってる。でも一日だけ戻ってきて欲しい。返信待ってます】
大きなため息が出て無造作に携帯を手から離した。
頭を抱えるようにして真っ白な机をジッと見つめながら呼吸を整える。
かれこれ半年近く連絡なんてこなかった千秋さんからの突然のメッセージである。
一度だけあった着信を無視して以来なんの音沙汰もなかった。ふたりの関係は終わったのだと思い込み自分の中でも過去になろうとしていた。最近では考えることも少なくなって吹っ切れたと思っていた。
でも彼の名前を見た瞬間、一気に記憶が頭の中を駆け巡る。
心臓が騒がしくなるのを感じ、忘れることなんてまるでできていなかった。
「瀬川さん?」
着替えもせずに座っていたら、ちょうど出勤しようとする創くんが声をかけてくる。
「大丈夫っすか?」
「ごめん。ちょっと体調悪くて休ませてもらっちゃった」
彼に気づき心配かけまいと慌てて立ち上がるが、朝から食欲もなく何も食べていないせいか足元が少しフラついた。
「大丈夫じゃないでしょ。送ってきましょうか」
駆け寄ってきた彼は支えるように腕を掴んでくる。
「何言ってんの。開店しちゃうよ?」
「そうですけど」
「ありがとう、お疲れ様」
私は笑顔を作りスタッフルームに入った。
重い体を動かしゆっくり制服を脱いでいく。自分のロッカーの前に立ちながら頭がガンガンとしてきた。
「あの」
ひとりの世界に入りぼんやり着替えていたら、扉が開いたのにも気づかず呼ばれた声にハッとする。
「胡桃ちゃん」
私は傍に立つ彼女を見て慌てて荷物をまとめる。
「ごめんね、帰らせてもらっちゃって」
そう言いながらロッカーの扉を閉めて急いで帰ろうとしたら、私の目の前に立ちはだかる彼女がギロリと睨みつけてきた。
「どうでもいいです」
「え?」
「瀬川さんって結構したたかですよね。わざわざ創さんが来るタイミング見計らって、か弱いとこ見せて気を引こうとかやめてもらえますか」
いつも不気味なほどの笑顔を向けてくる胡桃ちゃんが今日は一段と怖い顔をする。なんだか勘違いされているようで、ここから弁解するのかと思うと考えるだけでもどっと疲れた。
「えっと気に障ったならごめん。でも胡桃ちゃんが思っているようなことは何もないし、創くんとはただのお友達で」
「へえ、それが本当ならいいんですけどね」
全く信じてくれる様子はなく棘のある言葉が刺さる。
「ちょっと綺麗だからって七つも年上のおばさん、創さんが相手にするはずないでしょ。優しくしてくれるからって勘違いしない方がいいですよ」
むしろ何かに火をつけてしまったようで語尾がだんだんと強くなっていく。勘違いに巻き込まれた私はそれどころではなく、続く罵倒に言い返す気力もなく正直ぐったりしていた。
「恋人もいない結婚もしてない。三十手前で焦ってるからって学生の恋愛に入り込んでこないでください!」
これほど感情をむき出しにして暴言を吐く胡桃ちゃんを初めて見た。息を切らしながら私を睨みつけ背を向けると、それでも言い足りなかったのか最後にニコッと笑顔を作ってこちらを振り返った。
「胡桃、子供じみた嫌がらせなんてしませんから。何かあっても胡桃を疑わないでくださいね?」
扉は大きな音を立てて閉められた。
私はその状況に呆気に取られ放心状態だ。
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