「兵は詭道なり」孫子の兵法・かんたん解説

サ号級バケツ艦隊

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【計篇】

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 計篇の内容は、

「兵は国の大事なり」
「五事」
「七計」
「勢は利に因りて権を制する」
「兵は詭道なり」
「未だ戦わざるに廟算して勝つ」

 の六つに分けてまとめてみました。

◆「兵は国の大事なり」

 孫子は言いました。

「戦争は国家の重大事です」

 戦争というのは、民が生きるか死ぬか、国家が存続するか滅亡するか、大きな分かれ道となります。

 ですから慎重によく注意して検討しなければなりません。
 軽はずみに戦争を起してはいけないのです。

 なので、戦争を行おうとする前にはまず、自分がどんな状態にあるのか、敵がどんな状態にあるのか、よく計測して、よく見比べて、確認します。


◆「五事」

 自国と相手国の状態を計測する為に使うのが「五事」です。
 この「五事」というのは以下の要素からなります。

 一つ目「道」
 二つ目「天」
 三つ目「地」
 四つ目「将」
 五つ目「法」

 この五項目です。

・道

 まず道。
 第一に道です。
 筆頭の最重要項目です。

「道」というのは、君主と民は志を同じくしているか? という事です。
 つまり、
 君主がやろうとしている事を国民は支持しているか? という事です。

 要するにで言うと『支持率』です。

 何故この『国民からのトップへの支持率』が戦争において重要かというと、

「君主に反感を抱いている兵達は真面目に戦わないが、しかし、君主に心から賛同している兵達は命を賭けて死を恐れずに戦う」

 からです。

 兵士一人一人にやる気があってこそ、軍隊は強い。
 逆に兵士達が戦意喪失していてやる気ゼロだったら何万人いようがどうしようもない。
 なので、この「道」要素がとても重要であると孫子は説いているのです。

 実際、今現在(執筆時2022年4月6日)に行われているウクライナVSロシアの戦争でのウクライナ軍とか、祖国防衛の為に士気が高くてめちゃくちゃ強いですよね。
 逆にロシア軍側の兵士達は士気が低くて、戦力が非常に低下していて、圧倒的に有利な兵力を持っている筈なのに、大苦戦していると聞いています。
 ウクライナ軍の強さもロシア軍の苦戦も、士気だけが原因では無いでしょうが、大きな要因の一つにはなっているのではないか、と思います。


・天

 道の次に天。
 第二が天です。

「天」とは、明るいか暗いか、寒いか暑いか、季節の変化などです。

 要するに「今って戦うのに適している時期?」という事です。タイミングです。戦機です。

 自分達にとって戦うのに有利なタイミングで戦えば有利です。
 相手側にとって戦うのに不利なタイミングで戦えば有利です。

 一方で、

 自分達にとって戦うのに不利なタイミングで戦えば不利です。
 相手側にとって戦うのに有利なタイミングで戦えば不利です。

 これらの法則は実に当たり前の事ですが、ゆめゆめこれらを軽視してはなりません。

 チャンスは逃してはいけませんし、ダメな時に勝負を仕掛けてはいけないのです。

 ですが、この「ベストなタイミングを掴んで行動する」というのは、実際に実行するのは、とても困難な事です。

 というのも、暗い時に戦うのは基本、不利ですが、しかし夜襲して相手の不意を突ければ有利になる時もあります。

 また「巧遅よりも拙速」という言葉があるように「何がベストなタイミングか」は単純ではなく、それを見極めるのは大変困難な事だからです。

 特に追い詰められたり、土壇場の極限状態になると、難易度は跳ね上がります。

 冷静さを保って、頭を冴えた状態にし、よく周囲を監察して情報を掻き集め、最善を判断し、勇気を持って決断しなければなりません。

 強い軍はこれらの要素の有利不利に対して、時に正攻法を用いたり、時に奇策を用いたりして、自由自在に利用して勝ちます。

「チャンスを逃してはいけない」と突っ込んでくる敵の動きを読み切って、待ち構えて罠に誘い込んで勝利したり。

 ダメな時に敢えて攻撃を仕掛け、相手側は「まさか攻めてくるとは」と油断していたタイミングだった為に、その不意を突いて勝利する事ができた。

 などです。

 これは前者は一見チャンスに見えてチャンスではなく、仕掛けては駄目な時に仕掛けてしまったという事であり、後者は一見ダメな時に見えて実際はダメな時ではなく、むしろ好機であり、それを逃さずに掴み取った。

 という事になります。


・地

 天の次が地。
 三番目が地です。

「地」というのは、地形的な要素です。

 戦場は遠くにあるのか、近くにあるのか。
 険しい所なのか、平らな所なのか。
 その場所は広いのか、狭いのか。
 兵が自由に動ける場所なのか、それとも動きにくい場所なのか。

 兵は優位な位置を占有する為に機動し、機動力は地形によって大きく左右され、位置関係の優位は戦闘結果に甚大な影響を及ぼします。
 ですので、地形要素は、戦いの有利不利に直結します。

・将

 地の次が将。
 四番目が将です。

 孫子曰く

「将とは、智・信・仁・勇・厳なり」

 これらの資質を将が備えているか?
 つまり、指揮官の将軍としての能力が優れているか、いないかを見ます。

 この能力の各要素が何なのかというと、

「智」は知恵です。
「信」は信義です。
「仁」は仁愛です。
「勇」は勇気です。
「厳」は威厳です。

 これらの能力が高い将軍こそが、兵を率い指揮して戦争を行う上で、優秀な将軍です。
将が優秀な方が戦争は有利です。

 優れた戦術を実行し、一瞬の勝機を掴む、あるいは苦境に耐えるには知恵や勇気が必要です。
 しかし盤上遊戯とは違い、人間は感情の無い駒や機械ではなく、一人一人考えを持つ血の通ったリアルな人間です。
 ですので、意志持つ人である兵士達をまとめあげなければならない将軍には、人の上に立つに足る人間的な魅力、カリスマ等も必要となります。

 なので、知恵や勇気だけでなく、信義や仁愛や威厳などもまた、古代中国では重要視されたのです。


 
・法

 将の次が法。
 五番目、最後に法です。

 この法は大別して三つあります。

 一つ目、軍編成の詳細や軍律を定めた法。
 二つ目、軍を監視する監察官の地位・職務らを定めた法。
 三つ目、将軍に君主から与えられている裁量・指揮権などに関する法。

 これらが滅茶苦茶だと軍隊はまともに力を発揮できません。

 兵種の比率や装備がその戦場に適しておらず、めちゃくちゃだったら弱いです。
 褒章や罰則などの規則がめちゃくちゃだったら、兵がまともに動きませんのでやはり弱いです。

 軍を監視する監察官が私情全開だったり汚職塗れだったりしてめちゃくちゃだったら将兵はやる気なくしますからやはり弱いです。

 日本の会社でいうなら、人事の査定がめちゃくちゃで、実績ではなく私情や賄賂によるエコ贔屓ばっかりだったら、社員はやる気なくして、会社の業績悪化しますよね。
 兵士や軍隊もまた同じです。

 戦争に関して素人な上に戦地から遠く離れた位置にる君主が、戦争のプロで現地にいる将軍に対して、ああしろこうしろとあれこれ注文をつけて、将軍が思うように戦えないと、どんなに優秀な将軍でも手足を縛られて戦うような状態になるので、やはりその軍隊は弱くなります。

「現場の事を表面上しかわかってないにわかなお偉いさんが、全部を自分がわかっている気になって、後ろから無茶苦茶を言う」

 という現代日本の会社でもよくある事におきかえると、それがどれだけ害悪かわかりやすいと思います。
 あと縦割り行政とか「これうちの管轄じゃないんで……」とかの職責の区分やその効率性なども含みます。

 これが、めちゃくちゃではなく、全部きちんと効率的にしっかりできている軍隊は当然強いです。

 なので、法の整備がよりしっかりしている方が軍隊は強いのです。

 五事とは以上になります。

 意味をひらたくざっくり乱暴にまとめると

「1に民衆(=兵士達)からの支持率(戦争に対するやる気)」
「2に戦うべきタイミング」
「3に戦う場所の地の利」
「4に兵士達を率いる将軍の能力値」
「5に各種法律と規則がきちんと効率よく整えられているか」

 ということになるでしょうか。

 この五事に関して将軍である者ならおよそ聞いた事が無いという者は存在しません。それくらい有名な事です。
 つまり「これが大事だというのは今(孫子の時代)の中華の軍事常識です」と孫子先生は言っています。

 この五事に関しての情報量が多く、かつ、よく理解している者が勝利し、情報量が少なく、かつ、あまり理解していない者は敗北します。

 そして、この五事の情報は「計」というものを使って見比べます。


◆「七計」

 使用する「計」は七つあります。

 一つ目「主」
 二つ目「将」
 三つ目「天地」
 四つ目「法令」
 五つ目「兵衆」
 六つ目「士卒」
 七つ目「賞罰」

 以上七つ。
 これらが、現代日本で俗に「七計」と呼ばれているものです。
(原文には「計」があり、その数は七つあるが「七計」とは称されていない)

 五事ではかったことを、七つの計を使って比較します。

・主
 君主はどちらが有能か?

・将
 将軍はどちらが有能か?

・天地
 時勢や気候、地形らはどちらにとって有利か?

・法令
 法律、軍律、軍法、規則、命令などなど、それらの法令・規律はどちらの方が徹底して実行されているか?
 
・兵衆
 軍隊の基礎スペックはどちらの方が高いか?(数や武装など)

・士卒
 兵士達や隊長達はどちらの側がより高度に訓練されているか?

・賞罰
 賞罰はいずれが公正明大に行われているか?

 以上七つを比べる。

 これによって勝敗を(実際に戦争する前から)知る事ができます。


◆「勢は利に因りて権を制する」

 これらの計を重要視して用いれば勢いを作り、諸々の事をたすけます。
 勢いとは「有利な状況」というものの働きによって生まれ、そしてその勢いが主導権を取ります。
 要するに、勝ち馬なら皆イケイケドンドンになる、という事です。
 好循環になってゆく。

 逆に敗勢となると日和ってた者達が一斉に逃げ出したり敵に回ったりしてどんどん不利になります。
 悪循環になってゆく。

 これが「勢」です。
 この「勢」つまり「勢い」というのは「有利」によって生まれるもので、その根源となる有利を生み出すのが「計(五事七計)」である、と述べている訳です。

 事前の情報収集・情報分析が有利をつくり、有利になるから勢いが発生し、勢いがついているからその他の事まで好循環が波及してゆく。

 もしも貴方がMOBA等の対戦系ゲームのプレイヤーなら、要するに

「スノーボール(雪だるま)現象」

 のことを言っている、で理解と共に実感できると思います。
 スノーボール中は大体何やってもよほど決定的なミスを冒さない限りは上手くいきます。

『圧倒的に敵よりも有利だから』です。

 多少のミスや強引さがあったとしても巨大な有利がそれらを捻じ伏せてくれる。

 これが「勢いは他の事も助ける」という事です。


◆「兵は詭道なり」

 孫子は言いました。

「戦争というのはまっとうではない道、騙し合いです」

 だから実際には出来るのだとしても出来ないふりをする。

 動いているのに、動いていないように思わせる。

 近くにいるのに、遠くにいるように思わせる。

 遠くにいるのに、近くにいるように思わせる。

 利益があるように見せて誘い出す。

 充実しているように見せて備えさせる。

 強いように見せて避けさせる。

 卑屈にへりくだって見せて驕らせる。

 余裕なように見せて疲労させる。

 敵の味方面して働きかけ敵を仲違いさせる。

 敵が備えていない所を攻め、敵が予想もしていないところへと出る。

 こういった騙し討ちが兵家の勝ち方であるので、前もってどのように勝つのかを報せる事はできない(前もって言うとこちらの狙いと嘘がバレるから、防がれてしまう為)。


◆「未だ戦わざるに廟算して勝つ」

 開戦前に宗廟(作戦会議の場)において、敵と味方とを比較検討した際に、五事七計で見比べて優勢な点が多い側が、実際に戦っても勝つ。
 優勢な点が少ない側が、実際に戦っても負ける。

 有利な点が多ければ勝ち、有利な点が少なければ負ける。
 いわずもがな、有利な点が一つもないというなら、勝てる訳が無い。

 はい、孫子先生、言い切っています。
 孫子は摩訶不思議な妖術めいた神算鬼謀で、どう考えても勝てないものを無理やりひっくり返す!
 とかそういうたぐいのものではないのです。

 当たり前の道理に則っている事を、一つ一つ因果を積み重ねて、

「まぁそうなるよね」

 という勝って当然の状態にして勝つ。

 ではどうすれば、当然のように戦いに勝つ事ができるようになれるのか?
 その方法を説明しているのが、孫子という本の内容です。

 とりあえず計篇の最後は、

「私はこの五事七計を用いてその結果を観る事により、
 実際の戦争の勝敗の行方もまた、
 戦う前から見えるのである」

 という意味の言葉で締めくくられます。
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