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10.とくべつ

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「明日も来るから」
金曜日の夜、修平の部屋からの帰り際に言った。
明日は土曜日だけど、午前中は授業があるから、学校。
そのあと放課後に、ボクが部屋に来るって言ったら、
「俺、明日は飲み会で遅くなるし、日曜日は昼から用事があるって言っただろう」
聞いてなかったのか? みたいな渋い顔して、修平が言ったけど、
聞いてたよ。聞いたから、絶対に来ることにしたんだよ。
「わかってるって。いいだろ、勝手にご飯食べてお風呂に入ってテレビ観て寝てるから」
そう言ったら修平が、ため息ついて、怖い声で言った。
「勉強もしろ」










「なんだ、まだ起きてたのか?」
午前2時。
ほのかな灯りのフロアランプだけつけていたリビングに修平が入ってきた。
少し酔っ払ってるのか、歩き方がヨレっとしてる。表情もなんか疲れてるっぽい。
鍵をまわす音は聞こえていたけれど、べつだん迎えにも出なかった。
手に持っていた雑誌をわざとらしくガラスのローテーブルに置いてソファから立ち上がった。
「すっごい、遅かったね」
飲み会ってこんなに遅くなるもんなのかよ?
ホントは、0時をすぎたあたりから、ずっとイライラしていた。
ケータイに連絡しそうになったのを、何回もガマンした。
仕事や、プライヴェートは邪魔しないってのが ―――― せめて、それが、7つも年下のボクが社会人の修平の恋人をやっているプライド。
帰ってきてすぐの、修平のにおいを嗅いだ。
スーツと髪の毛からは、タバコとアルコールと焼き鳥のにおいしかしなかった。
「なんなの、お前?」
「べっつにぃ」




教育実習生が4人、うちの学校にやってきたのは2週間前。その教生のうち3人は卒業生で、ひとりは母校の高校が遠いからということで、ツテを頼んでうちの学校に来たのらしい。
そして、クラスのみんなが大ガッカリなことに教育実習生はみんな男だった。―――― うちは男子校だから卒業生は当たり前だけど。
で、その教生のうちの一人、小宮山っていうヤツが、修平が卒業した大学に通っているってことらしく、そのせいかどか知らないけど、学校内ではなにかと修平に話しかけているのをよく見かけた。
それを見るたびに、ムカついていた。
修平にもそれとなく言ったけど、「教育実習でいろいろ判らないことがあるんだから、質問してくるのは当たり前だろう」って返された。
けど、
ボクが気にしてたのはソコじゃないから。
小宮山は、本当に教師志望なのかよ、って思うぐらい派手な顔立ちをしていて、なんか服とかもなにげにお金がかかってそうだったし。それに、もう社会人っていっても言いぐらいの落ち着いた雰囲気があった。
担当は世界史で、ボクらのクラスの授業も受け持っていた。
最初こそは硬い雰囲気で授業を進めていったけど、日を追うにつれちょっとくだけた感じも垣間見えて、世界史の重要項目のあいだに歴史の裏話とか歴史上の人物の逸話とかを面白おかしく話したりしてくれた。わりとそれが歴史観の把握に役に立ったから、へえけっこうやるじゃん、とかも思ったけど、
でも、キライ。
「修平、小宮山からなんか言われなかった?」
今晩は、一昨日で終った教育実習の慰労会が、教生と関係の教師たちであるって修平が言ったから、ボクはこんなに遅くまで起きて、修平が帰ってくるのを待っていた。
だって、
小宮山、なんかいつも修平にべたべたくっついてた。修平と同じ大学だからって、教科も全然ちがうのに、職員室ではいつもべったりで、お昼とか一緒に食べてたし。放課後の書道教室にもやってきて、修平が授業の準備をしてるのに、しゃべってたり、とか。
とにかくムカつくヤツだった。
「それでか?」
ネクタイをゆるめながら、何かに感づいたように修平が言った。
「そーだよ。だから、起きて待ってた。 ―――― 小宮山、ずっと修平にべったりだったじゃん」
開き直って言ってみた。胸のムカムカとモヤモヤがイヤな黒い渦になってしまわないうちに。
「まあ、たしかにそれらしいことは言われたけど」
やっぱり! なんか、修平を見てる目がちがうと、思ってたんだ。
それに、小宮山は、前に修平が言っていた「好みのタイプ」に近かった。
だから、本当は、ちょっと不安だった。
ボクはかなり年下で、ガキで、全然、修平のタイプとは違ってるから・・・。
「なんて答えたのさ、修平」
「どっちかつーと年上好みだから、みたいなことを、ま、さりげなく」
「なんだよ、ボクだって年下だろ」
なんだよ、もっとビシッと断れよ。
「そりゃ、だって、―――― 凛一は、」
修平がにやって笑った。
だいたい言う台詞が想像できた。
うっかり、だとか、想定外だとか、アクシデントだとか、そんなこと。
いーけどさ! わかってるけど。
今まで、修平、年上としかつきあったことないって言ってたし。
「特別だからな」
・・・・・・・・・・・・。
「―――― お風呂はいる?」
「ってか、流すなよ」
呆れたみたいに修平が言ったけど、
「沸かしてくる」
くるっと背を向けて、バスルームに行った。急に早くなった心臓の音に気づかれたくなかった。
修平は、
真面目な顔して冗談言ったり、
茶化したふりして、本音を言ったりするんだと、最近なんだか、わかってきた。
あんなふうな、身体よりも気持ちにひびいてくるようなことを言われると、とっさには、すごく、どうしたらいいかわからなくなる。
赤い顔してないよな、大丈夫だよな、と風呂場の鏡で確認して、ガスを点けた。
お風呂は先にボクがつかってお湯をはっていたから、少し温めれば、すぐに入れる。
リビングに戻ると、スーツの上を脱いだ修平が、ぐてーっとソファにすわっていた。
「すぐ沸くよ」
修平のとなりにぴたっと座った。ちょっとだけ、体重をあずけて、目を閉じた。さっきまで、あんなにボコボコになっていた感情は、もう、スーっとなだらかになっていた。
ボクを、すぐにイライラさせるくせに、あったかい気持ちにもさせる。すっごくよく判らない。ほんのちょっとした仕草や言葉なんかで、なんで、こんなに両極端な気持ちをボクに味あわせることができるんだろう。
今だって、こんなにも胸がほわり、とあたたかい。
くっついた肩の体温を感じながら、隣でソファの背に頭をあずけてうすく目をつむっている修平を見上げた。
夜の繁華街のにおいがする大人の修平。
いつになったら、ボクは追いつけるんだろう。
ボクは教師志望なわけじゃないけど、修平の隣で一緒に仕事の話しをしている小宮山がすごくにくらしかった。ボクだって、あんなふうに、修平の隣に並んでみたい、と思った。
伸ばしてた足をソファの上に持ち上げて、膝を抱えた。
修平のアゴのあたりに伸びてきているヒゲが見える。明日は、ずっと習いに通っている書道の先生のところに作品を見てもらいに行くのだと言っていた。
「今日、する?」
「あー、今日は、パス。飲み会で疲れた。2次会じゃあ、学年主任の嫁姑板ばさみの愚痴をえんえんと聞かされたからなー」
長かったよ、と修平はため息をついた。
「ふうん」
ちょっと、したかったのにな・・・。
「口でしてあげよっか?」
「ああ?! 何いってんだ凛一」
修平が気色ばんだ。
ち、まだ根にもってるな。
「お前、この間、噛んだじゃねーか」
本当に、イヤそうに修平が言った。
だってさ、悪かったなあとは思ってるけどさ、しょーがないだろ、まだ、要領がよくわかんないんだから。
「なんだよ、ちょっと、歯があたっただけだろ」
・・・あー、素直にゴメンって、こんなに難しい。
「俺のはデリケートなんだよ。お前みたいに丈夫な皮につつまれてるわけじゃないからな」
人が気にしていることを!
ヒドっって思ったけど、息をこらえた。
だって、ケンカしたいわけじゃない。
だから、
「・・・・・・じゃあ、おしえてよ。修平の気持ちいいようにサ」
そんなふうに言ってみたら、
ふ、と修平が力を抜いたのがわかった。
ああ、そうか、
がんがん押して自分の意見を無理に通すんだけじゃなくて、
引いてみる、ってのも、ありなんだ。
「そんなに、エロっちいこと言われたらその気になるけど、本当に今日はパス。 ―――― 俺、明日は朝から出かける準備するしな」
目元がやさしい感じになって、でも、
本当に疲労でいっぱいって顔で言われた。
なんだよ、年寄りくせえー。
くちびるとがらせて修平を見上げたら、くしゃっと髪の毛をなでられた。
「風呂に入ってくるから先に寝てろ」
「あ、あのさ、」
ソファから立ち上がった修平を呼びとめた。
「あ?」
「ボクも、」
受けとった気持ちをこんなふうに返したくなることってあるんだな。
「―――― 修平のこと特別だからな」
そっけなく言ったら、
「サンキュ」
かるく返されて、ちょっとシュン。もっと、熱っぽく言えばよかったかな・・・・・・。
でも、そんなの、すっごい、恥ずかしいし。
そんなこと思ってたら、
修平に、
でこちゅーされた。
「おやすみ」
「・・・オヤスミ」
バスルームへ歩いていく修平を見送りながら、
こころの中で、言った。


全部、言わなかったけど、
特別、大好き、だからな!






( おわり )
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