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番外編:学校でkissをする

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act. 放課後の教室     



息をつめて集中するのは、30分が限度だ。そろそろ、ら行変格活用の応用があやしくなってきたな、と思ったとき、
ボクの正面にすわっている関口が、うぅん、と唸った。
「つっかれたーーー」
「読み下し文は頭に入ったのか?」
間延びした関口のぼやきに、間髪いれずに佐原がつっこんだ。
「あ~、三分の一・・・くらい?」
開いていた古文のテキストの上に持っていたペンシルを置いて、見た目ばりばり体育会系の関口が可愛らしく首をかしげる。
そのまるっきり似合わない仕草の関口を、いかにも生真面目に見える佐山がすがめた目で睨みつけた。
「ある程度、暗記しておかないとテストで泣くのは関口だぞ」
放課後の教室で、ボクと関口と佐山は机を寄せ合ってテスト勉強をしていた。
「俺、全然、単語とか年代とかさ憶えられなくってさー、ひとりでテキストを繰り返しやってても、すぐ他のことをし始めるんだよなー」という関口のぼやきに、「あ、それ、ボクも!」って返事したら、その場にいっしょに居た佐山も、「まあ、たしかにな」って言ったから、
じゃあ、教室でいっしょに勉強しよう、ということになったのだ。
ボクもコツコツと暗記物をするのが苦手だったから、すごく助かっている。それに、隣で真剣に勉強に取り組んでいる友だちが居ると、余計に集中力が増すし。
その期末テストは、いよいよ明後日からだ。
「あさっての俺の事まで、心配してくれてサンキュー、佐山。でもなー、今の俺の心配もしてくれよお。もう、俺、頭ん中、爆発しそうなんだぜ」
って、関口が身振り手振りで、そのバクハツの様子を伝えようとするから、ふたりのやり取りを傍観していたボクは、ぷっと吹き出した。
堅物の佐山も呆れた顔で、関口のパフォーマンスをながめている。
普段は、あまり表情を動かさない佐山だけど、どこに居ても何があっても相手が誰であっても自分のペースをくずさない関口には、少々、振り回され気味だ。
「休憩、いれよっか?」
「おう! そうしようぜ」
ボクの提案に、関口はすぐに活き活きとした返事したけど、
「藤原まで、・・」
佐山はあまり乗り気じゃなさそうだ。
「いーじゃんよぉ、凛一だって、疲れたよなー」
ボクが何か言う前に、関口が割って入った。
佐山は、ボクのことを名字の「藤原」で呼び、関口は「凛一」と名前で呼ぶ。
「うん、ちょっとね」
もう、休憩モードに入っている関口にそう答えて、それから、ボクの右っかわにすわっている佐山に顔を向けて、尋ねた。
「佐山は、もちょっと続けたい? 静かにしてたほうがいい?」
文系に強い佐山と理系に強いボクと、学力よりも体力のほうが断然に勝っている関口とは、性格はばらばらだけど、なんとなく気が合う友だち同士だ。
「・・・いや、休憩を入れよう」
仕方ない、といった感じに佐山が肩をすくめた。
うん、仕方ない・・。ボクも苦笑した。
目の前では、もうとっくにテキストを閉じた関口が、両手を伸ばして背伸びをしていたから。










「あ、曽根崎センセーっ!」
関口の声に、え? とボクは関口の視線を追って廊下のほうを見た。
(修平・・)
ボクらの教室の前を、片手に何かの教材らしきものを持った修平が通りすぎようとしているところだった。多分、職員室から国語科研究室に行く途中なのだろう。
今日もいつもの紺のスーツに水色のシャツ。
あ、でも、ネクタイは見たことがないやつだ。新しく買ったのかな?
しっかり、勉強するんだぞ、ってことで、テスト前1週間から修平のマンションへは出入り禁止だ。その上、今日は国語の授業がない日だったかったから、
今日は修平とは会えずじまいかなー、と思ってたから、ちょっぴりうれしい。
「俺、質問がありまーーーす!!」
関口が、陽気に片手をふりあげて、修平に呼びかけた。
もし、今、ここに佐山が居たら、「やたらデカイ声をだすな」と言っただろうけど、
佐山は、さっき、じゃんけんに負けて食堂の自販機までジュースを買いに行っている。





「なんだ、関口。いやに熱心だな。ようやく、鴨長明のおもしろさがわかったか」
修平が教室に入ってきた。
ボクたちは教室のうしろの戸口に近い席に居たから、すぐに修平がボクと関口のところへ歩いてきた。
「あーー、鴨のおじさんは、まあ、イケてるんスけど、それより、テストはどこが出るんですかー」
関口・・・・・。
「――――・・・わかった特別に教えてやる」
いやに真剣な表情になった修平が、腕組みをした。
「教科書の34pから56pを丸暗記すりゃあ、80点は硬いぞ」
「って、センセ、それ、出題範囲全部じゃないですかー」
「そうだ。それから、テキストの2章と3章もばっちりやっておけば残りの20点は、もう、お前のものだ」
それ、全然、特別教えてくれてねーじゃん、
という関口のつぶやきに、
「まぁ、こまかいことは気にすんな」
と、修平が笑った。
関口が、あーあって顔をしてると、廊下側の窓から、隣りのクラスのやつがひょっこり顔をだして、
「関口ーっ、部室で先輩が呼んでるぜ」
と、言った。関口と同じに真っ黒に日焼けしていて、やたら元気そうな感じの生徒だ。
関口は軟式テニス部だ。本人の談によると、かなりミラクルスーパー的に下手いのだそうだ。
ちっちぇボールは苦手なんだよ、と言っているワリには、嬉々として部活に励んでいるから、きっと、楽しんでるんだろうな。
「あ? まじ? なんで?」
「ユニフォームのサイズがどうとかって、言ってたぜ」
「あー、あれな。了解、了解」
関口はすばやく席を立つと、ボクに「オレ、ちょっと行ってくる」と言った。
ボクが、うなずくと、
「センセー、次は、もう少し、甘いヒントをお願いしまーす」
と修平に両目ウィンクをして教室を出て行った・・・・・。







他にも、教室の前のほうに、2人。窓際の真ん中らへんに4人の生徒が固まって勉強をしているけど、
嵐のように陽気な関口が居なくなると、教室が急にしんとした感じになった。
「藤原は、何か質問はあるか」
いつだって行動の早い関口の背中を見送っていると、修平がボクにそう聞いてきた。
「・・あ、はぃ、」
テスト期間が始まったから、
指折り数えて、もう5日も修平とまともにしゃべっていない。
「どこだ?」
低い、声。
ボクをまっすぐに見つめる瞳。
「え、ええと・・」
引き止めたいけどコトバがうまく出てこない。
でも、しゃべりたいし、
空気をまぜあわせたいし、
ずっと、隣に居て欲しい。
(修平も、そう思ってるかな・・――――)
しばらくぶりにこんない近くに居るっていうのに、修平は全然、ふつうの顔してるから、
ボクばっかりの想いが強すぎるんじゃないかなって、少しだけ不安になる。
「あ、あの、ここのところが、」
ボクは開いていた、テキストを指さした。
「ああ、これか」
修平が教科書を覗き込むようにして、ボクに顔を近づけてきた。
そして、
「変格の用法は、判ってるな」
(・・あ、)
「は、・・い」
そぉっと、かさなってきた。
あわさったところからまるで何かが、ながれてくるみたいにして、
じんじんと皮膚がさわぎはじめた。
あたたかくて、少しかさついた肌。
修平の体温。


周りの気配を探る。
教室に居る他の生徒たちは、自分達の勉強に熱中しているみたいで、
ボクと修平のことなど気にもとめていないようだった。


「判ったか、藤原」
お互いのぬくもりをわけあうと、胸のオクに、あかるい何かが灯るような感じがする。
「わか、りました・・」
修平にたずねられて、ただの教師と生徒のふりをしてそう答えると、
名残りのように、修平の指先がボクの人差し指を撫でてって、
そして、
もいちど、
ボクの指に、指をかさねてきた。


それは、
指先だけでかわす、甘い、ひみつのキス。








( おわり )

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