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第5章「ニャッカ王国珍道中」
はじめての町
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「ライオンっ? どうして??」
獅子と人間、両者の力の差は歴然だった。たてがみを振り乱して掴みかかる獅子に、サルティンは有無を言わさず建物の壁に叩きつけられた。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
ライオンはハアハアと息を荒げながら、未知に近寄ってきた。
「ら、ライオンが喋った……」
前にもこんな光景に遭遇した気がするが、思い出せない。何よりも百獣の王にご対面したら、誰でも今度は自分がやられると戦慄するに違いない。
「た、食べないで……」
「お姉さん、僕のことを覚えていませんか?」
「ら、ライオンをいじめたことはないよ……」
獅子は未知の目の前でぴたりと立ち止まった。
「僕はワットリー山脈の麓の森で、あなたに助けられたんです」
「私があなたを……?」
だが、獅子の玉虫色の瞳と、その声にはどことなく聞き覚えがあった。
――そうか。この緑色の石が黒魔石だったとはな。
ふとジュリスの言葉が未知の脳裏に浮かび、目の前にいるライオンに遭遇したことを思い出した。
「あの、あの時罠に掛かっていたライオンですかっ? あの時、剣が急に光って何が起きたのか分からなかったんです……」
「僕はスピリジといいます。あの時、お姉さんに救っていただけなかったら、僕は力尽きていた」
「あ、あなたは宵の獣人なんですか?」
確か宵の獣人は、人間と獣の混血であり、双方の姿になれるという。目の前の獅子が宵の獣人ならば、きっと人間の姿があるに違いない。
「はい」
と、スピリジは返事をすると、後ろ足で勢い良く地面を蹴って、近くの木の枝に飛び乗った。ガサガサと数回枝葉がしなると、獅子の代わりに青年が軽やかに降り立った。
「人……」
未知は何が起きたのか分からず、呆然と立ちつくしている。
「お姉さん、僕です。スピリジです」
青年の髪型はグラデーションボブで、一見女性かと間違えてしまいそうだった。引き締まった細身の体から、彼が本当にライオンなのか目を疑ってしまう。
しかし、青年の落ち着いた声は紛れもなく獅子と同じだった。瞳孔に違いはあれど、玉虫色の瞳も然りだ。
「改めて、あの時、僕を助けてくれてありがとう」
スピリジは未知に手を差しだした。
「おっと、礼を言いたいのは俺の方だ」
だが、差しだされた手は力なく垂れ下がった。青年の背後には、拳銃を構えたサルティンが立っており、もう片方の手を標的の額に押しつけていた。狡猾な獣人狩りの手には、深紫色に光る玉が握られている。
「くくく、動けないよな? お前は悪魔の血を受けた獣人だからな。黒魔石を前にすれば、手も足も出ない」
サルティンは拳銃をスピリジのこめかみに突きつけた。
「まさか宵を助けた小娘につられて、宵が出てくるとは、俺はついているな」
「お姉さん、逃げてくださいっ……」
いつしか恐怖で右腕の痛みを忘れていた。未知は両手を上げて、降参のポーズをとった。
「おうおう、小娘。こいつの威力をよく分かっているじゃねぇか」
サルティンはさらに銃口をスピリジのこめかみに密着させる。
「そういえば、お前はこいつを逃がす時に変な光を出したらしいな。俺の手下が光る剣を見たと言っていたっけな。背中の物をさっさと下に置け」
逆らったら、スピリジの命がない。否、相手はいきなり銃を私に向けて発砲してくるかもしれない。未知は全身の震えに必死に抵抗しながら、剣を鞘ごと地面に置こうとした。
獅子と人間、両者の力の差は歴然だった。たてがみを振り乱して掴みかかる獅子に、サルティンは有無を言わさず建物の壁に叩きつけられた。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
ライオンはハアハアと息を荒げながら、未知に近寄ってきた。
「ら、ライオンが喋った……」
前にもこんな光景に遭遇した気がするが、思い出せない。何よりも百獣の王にご対面したら、誰でも今度は自分がやられると戦慄するに違いない。
「た、食べないで……」
「お姉さん、僕のことを覚えていませんか?」
「ら、ライオンをいじめたことはないよ……」
獅子は未知の目の前でぴたりと立ち止まった。
「僕はワットリー山脈の麓の森で、あなたに助けられたんです」
「私があなたを……?」
だが、獅子の玉虫色の瞳と、その声にはどことなく聞き覚えがあった。
――そうか。この緑色の石が黒魔石だったとはな。
ふとジュリスの言葉が未知の脳裏に浮かび、目の前にいるライオンに遭遇したことを思い出した。
「あの、あの時罠に掛かっていたライオンですかっ? あの時、剣が急に光って何が起きたのか分からなかったんです……」
「僕はスピリジといいます。あの時、お姉さんに救っていただけなかったら、僕は力尽きていた」
「あ、あなたは宵の獣人なんですか?」
確か宵の獣人は、人間と獣の混血であり、双方の姿になれるという。目の前の獅子が宵の獣人ならば、きっと人間の姿があるに違いない。
「はい」
と、スピリジは返事をすると、後ろ足で勢い良く地面を蹴って、近くの木の枝に飛び乗った。ガサガサと数回枝葉がしなると、獅子の代わりに青年が軽やかに降り立った。
「人……」
未知は何が起きたのか分からず、呆然と立ちつくしている。
「お姉さん、僕です。スピリジです」
青年の髪型はグラデーションボブで、一見女性かと間違えてしまいそうだった。引き締まった細身の体から、彼が本当にライオンなのか目を疑ってしまう。
しかし、青年の落ち着いた声は紛れもなく獅子と同じだった。瞳孔に違いはあれど、玉虫色の瞳も然りだ。
「改めて、あの時、僕を助けてくれてありがとう」
スピリジは未知に手を差しだした。
「おっと、礼を言いたいのは俺の方だ」
だが、差しだされた手は力なく垂れ下がった。青年の背後には、拳銃を構えたサルティンが立っており、もう片方の手を標的の額に押しつけていた。狡猾な獣人狩りの手には、深紫色に光る玉が握られている。
「くくく、動けないよな? お前は悪魔の血を受けた獣人だからな。黒魔石を前にすれば、手も足も出ない」
サルティンは拳銃をスピリジのこめかみに突きつけた。
「まさか宵を助けた小娘につられて、宵が出てくるとは、俺はついているな」
「お姉さん、逃げてくださいっ……」
いつしか恐怖で右腕の痛みを忘れていた。未知は両手を上げて、降参のポーズをとった。
「おうおう、小娘。こいつの威力をよく分かっているじゃねぇか」
サルティンはさらに銃口をスピリジのこめかみに密着させる。
「そういえば、お前はこいつを逃がす時に変な光を出したらしいな。俺の手下が光る剣を見たと言っていたっけな。背中の物をさっさと下に置け」
逆らったら、スピリジの命がない。否、相手はいきなり銃を私に向けて発砲してくるかもしれない。未知は全身の震えに必死に抵抗しながら、剣を鞘ごと地面に置こうとした。
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