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第7章「魔王の生まれし森」

王墓を守りし者たち

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 †


 身体がひりひり痛む。
 杖は没収され、帽子もローブも脱がされ、ユンは一人で牢屋に入れられた。牢屋といえば、窓が小さく光が射し込まないと思いがちだが、セラプ族の場合は逆だった。窓は付いていないのに関わらず、部屋中が真昼のように明るいのである。
 ユン、もといセラプ族の者にとって、光は毒だった。鬱蒼と木々が生い茂る森のおかげで、昼間は過剰な日光を浴びなくて済むが、僅かな光を防ぐために帽子を被り、肌が見えないように長いローブを着ている。夜は彼らにとって安息の時間であり、月光は高ぶった感情を落ち着かせるのだ。
 やましいことをすると、咎の間に入れられる。昼間のイェーインの言動から、おそらく彼も罰を受けたに違いない。

(我慢しなくちゃ……)

 目を開けていることすらできない。顔を上げていれば、光の当たる面積が増え、痛みが増す。ユンは縮こまり、目に光が入らないように堪える。

 ――ユン、答えなさい。

 酋長の声が聞こえる。低く穏やかだが、どこか厳めしい。

 ――遺跡で何を見た。
「……イェーインにも同じことを聞いたの?」
 ――彼は黒魔石の結晶を見たと言った。知ってのとおり、黒魔石は悪魔の血の塊だ。我々が魔術を使えるのは、この身体と黒魔石のおかげでもある。黒魔石は滴ほどの大きさでも絶大な魔力を誇る。だが、彼が見たのは我々と同じ背丈もある大きな黒魔石だった。古より伝えられてきた話だが、この地に一体の悪魔が封印されているという。魔王ではない。

 ユンは痛みを堪え、じっと話を聞いている。酋長には何でもお見通しなのかな。

 ――かの者は、闇の帝国で『漆黒の五魔将ごましょう』と呼ばれた帝王の配下の一人だという。女の姿をした悪魔で、名前をヴァレンと言ったそうだ。封印は遺跡のどこかにあるとされていたが、誰も見つけられなかった。黒魔石の結晶ならば、悪魔が封印されている可能性もある。イェーインとザイノン、プノンは結晶を持ち帰ろうとしたが、消失したという。お前はイェーイン達と別れた後、三日も帰ってこなかった。その空白の時間、お前は悪魔の女と会っていたのかね?

 会ったと答えれば、ヴァレンとの話を洗いざらい話さなければならない。そうなったら最期、ユンの願いは一生叶わない。もしかしたら、今こうやって黙っている間にも、酋長はユンの胸の内を探っているかもしれない。

「ユンは……」

 息苦しくなってきた。熱い、もしかしたら身体から蒸気が上がっているかもしれない。早くここから出たい。告白すれば楽になる。

「あんた、牢屋に入れられたの?」

 いきなり酋長の気配が消えた。

「ヴァレン……?」

 ヴァレンの声が耳元で聞こえる。気持ち身体の痛みが引いた気がする。

「うん。一昨日、ユンは村に帰らなかったから、みんなお冠だったみたい」
「あたしのせいにしないのね」
「うん、ヴァレンは悪くないよ。ユンが無断で遺跡に行ったから、怒られたの」
「は? あんたそれで良いの?」

 初めて出会った時と同じ、苛立ちを含んだ声だ。姿が見えなくても、声色からどんな表情を浮かべているのか推し量れるのが不思議だ。

「ヴァレン、ありがとう。ユンはヴァレンに会えて、嬉しいよ。だって……ずっと寂しかったもの」
「あんた、こんな誰が聞いているか分からない所で、ぬけぬけ喋っていていいの? さっきまで族長と話していたんじゃないの?」
「うん、ヴァレンがみんなを眠らせたんでしょ」

 ユンには、一瞬辺りの空気が張りつめるのを感じた。やっぱりヴァレンはすぐそばにいる。

「あんた、こんな所にいても良いの?」
「ヴァレンも光に弱いんじゃないの?」
「そういう意味じゃないわ。あんたは幼いけど、魔力が強い。こんなちんけな村に収まっていて満足かって、言ってるの?」
「ユンはね、お父さんに会えれば――」
「その話は、もういいわ。あんたって、くどいわね」

 舌打ちする音まで聞こえる。

「まあいいわ。あんたにおもしろいものを見せてあげる」

 おもしろいものって何と聞こうとしたけれど、尋ねる前にヴァレンの気配が消えた。
 嫌な予感がすると同時に、痛みが襲ってきた。行かないで、ヴァレン。ユンはお父さんを救うために、ヴァレンの言うことを聞くから。
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