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第8章「イストギールの夜明け」

石造りの街で

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「ちょっと、どうして町に入れないんだい?」

 ようやくイストギールの市門まで来たものの、通行人が群がって揉め事を起こしている。すぐさま門番の兵士が寄ってきて、事態の収拾を図ろうとする。

「悪いが、新王の即位式が近いため、武器の持ち込みを制限している」
「何だって?」

 通行人が声を荒げるのが聞こえる。兵士は数人掛かりで男を取り押さえ、市門から引き離す。すぐに通行を望む者が列を成し、兵士の許可をじっと待っている。

「さっきの牛のおっちゃんが言ってたことは、本当だったんだね」
 センテバはひそひそ声で未知に尋ねる。
「一国の王様の即位式だから、不審者が入らないようにしているのかな」
「ふしんしゃ?」
「王様を良くないと思っている人がたぶんいるのじゃないかな」

 列の先頭の者は、何やら兵士から木の札を受け取っている。

「なぜ今、新王の即位式があるのですか? 先の王はまだまだ政務に支障がないお年だったはずですが――」

 と尋ねつつ、商人は渋々腰に帯びている短剣を差し出す。兵士は対になっている札を短剣の柄に結びつけ、もう片方の札を商人に渡した。

「時代は違うけど、ユニコーンが前に言ってた太古の世界を思い出すよ。人間が武器を所持していたら、悪魔に処刑されるという恐ろしい時代があったんだって」

 かつてのイストギール王国は、陰影の森にある遺跡だ。王墓と呼ばれるピラミッドが建っている場所に城があり、魔王が君臨していたのだという。

「何か良くないことが起きそうなの」

 ユンは不安げに杖を握りしめている。検問の順番はすぐ目前に迫っている。

「君達子供がここに何しに来た」

 未知達の番がやってきた。兵士は明らかに三人を相手にしていないようだった。

「おら達は世界を救う旅をしてるんだ」
「世界を救うだって? 君達三人が?」

 センテバは思い切った発言をしたものだ。まるでテレビアニメに登場する熱血主人公の台詞だ。未知は恥ずかしくなって、赤面してしまう。

「後ろが支えているんだ。さあ、帰った帰った。里に戻って、近所の悪ガキどもと戦ごっこでもしていればいい」

 それは言い過ぎだと肩を叩いて、別の門番が制止する。

「大人も子供も関係ない。町に入りたければ、ここに武器を置いていきなさい」

 兵士は一向に警戒を弱める様子はない。
 仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。よくよく考えてみれば、包丁を携帯して外出するのと同じなのだ。見つからなければ良いという問題ではない。
 しかし、この世界には、退治屋という護衛がいても、警察という広く国民の安全を守る機関がない。自分の身は自分で守らなければならない。ニャッカ王国や、セラプ族の村に入るにしても、今までが順調にいきすぎたのかもしれない。
 それでも、未知にとって、神の剣を預けるのには抵抗がある。夜に鞘から抜けば、不穏な気配がする剣だ。兵士が誤って夜に剣を改めるならば、不穏だけでは済まないかもしれない。ほぼ肌身離さず身につけている剣を手放すのは、身内がいなくなってしまうような心細さがある。

「ちぇっ、 分かったよ。置いてけば良いんだろ。ユンも大丈夫だよね?」
「……うん」

 杖を手放すユンの手は小刻みに震えている。確か衣服や帽子に加え、魔法で光から身体を保護しているという。闇の力が強い黒猫だ。他の猫族よりも至極光に弱い。魔術で防御している割合が大きいに違いない。未知は止めに入ろうとしたが、ユンは気にしないでと首を横に振るだけだった。

(次は……私)

 未知も倣って、背中に携行している剣の布を解こうとしたが、

「通っても、いいぞ」

 と、あっさり入国を許された。まさか門番は剣の存在に気づいていないのだろうか。もし街中で不意打ちに遭ったとしても、センテバやユンに頼れない。果たして一人で立ち向かえるのか。それに、自分だけ武器の所持を許されたのには罪悪感があった。
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