男子高校生のマツダくんと主夫のツワブキさん

加地トモカズ

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マツダくんの秘密

ツワブキ親子の楽しい休日

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 石蕗つわぶき拓海タクミ、24歳、職業は高等学校の養護教諭、そしてシングルファーザー。
 石蕗茉莉マツリ、1歳、好きな食べ物はうどん、最近のお気に入りはコチョコチョされること。


 日々、仕事で忙しい拓海にとって日曜日は娘との大切な時間。午前7時にかけた目覚ましの音で起きて、髭剃りをして洗顔をして着替えると茉莉の朝ごはん作りを始める。

 日曜日は思いっきり遊ぶため、いつもその前の晩に1週間分の茉莉用の茹で野菜を仕込んで取り分けて冷凍する。朝は電子レンジで解凍するだけで済むように。
 小さい一口サイズのおにぎりを作って、お食事用プレートに乗せる。茹で野菜と、茉莉が好きなタコさんウインナーをフライパン時短ボイルして、デザートのバナナを一口サイズに切り分ける。
 そして自分の朝食は適当に卵かけ御飯とインスタントの味噌汁になってしまうがもう慣れたものだった。

 朝の8時になったが茉莉は起きない。

「まーちゃん、起きましょー。」

 声をかけて揺すってもイヤイヤな顔をする。

「まーちゃーん……起きない子はぁ……コチョコチョコチョー!」

 くすぐり攻撃をすると茉莉は「キャハハ」と笑い起きる。拓海は一緒に笑いながら茉莉を抱き上げて、床に下ろすとオムツ交換をして、パジャマを脱がせて普段着に着替えさせる。

「ぱーぱ!」
「なぁに、まーちゃん。」
「あーい!」

 ニコニコしながら茉莉は拓海に抱きつくので、拓海はそのまま抱えてダイニングに移動した。そして茉莉専用のお食事椅子に掛けさせ、食事用エプロンを着けさせて、お待ちかねの朝ごはんプレートを茉莉の前に置く。

「はい、まーちゃん、いただきまーす。」
「いたあーあー!」

 最近、茉莉は自分で食事をしたがり、拓海が手を出すと抵抗して怒るので、茉莉が食べやすいように拓海も工夫している。
 ハラハラしながら拓海は茉莉の食事風景を見守る。でも3分の1はボロボロとこぼれてしまっているが茉莉は大満足だった。水分補給でマグストローを持つと、乾杯を要求するので拓海は自分のコップで毎度毎度付き合う。

「ぅおいちー!」
「美味しいねー、まーちゃん。」

 面倒な時もあるが、その何倍も喜びの方が大きかった。

 食器を洗って、洗濯物を干して、掃除を始めると茉莉は拓海のそばにやってくる。

「あーと!あーあ!」

 拓海の掃除風景を覚えた茉莉はお手伝いをしたいらしい、ということが拓海もわかってきた。なので茉莉には仕上げ用のフローリングモップを収縮して渡す。
 局地的に点々と茉莉はモップをかけてくれる。掃除機をかけ終えると、茉莉も同時に仕事を終える。

「まーちゃん、ありがとう。パパ助かっちゃった。」
「あいあー!」

 午前10時になるといろんな店や施設も開店しだすので、拓海は買い物がてら茉莉を自転車に乗せて出かけることにした。
 ハート柄のヘルメットをかぶせて前のシートに乗せる。

「まーちゃん、出発進行ー!」
「おー!」

 川沿いのサイクリング、ランニングコースをゆったりと走る。茉莉はすれ違う人や、看板を指してはしゃぐ。しばらくまっすぐ走ると、公園が見えてきたのでそこに向かう。

「たー!ぱーぱー!」
「まーちゃん、パパと一緒に走ろうねー。」

 茉莉は公園中をあちこちに走り回る。まだ上手くはない足取りで危ういが、転んでもすぐに立ち上がって拍手をする。
 父の心配をよそに子供は楽しむ。

「あー!」

 茉莉は空いていたブランコにしがみついた。どうやら乗りたいらしいが、茉莉はまだ上手く乗れない。
 拓海は茉莉を抱っこすると、自分がブランコにのり、片手で茉莉を支え、片手でブランコを持つ。

「いくよー、それー!」
「きゃあぁあ!おぅおお!」

 茉莉はブランコの揺れでいっぱい笑う。拓海は手が疲れてくるが楽しくて何度も揺れる。


 公園でいっぱい遊んで、そろそろお昼ご飯の時間になった。また自転車を漕いで、今度はスーパーに向かう。その道中にあるファミレスに2人は入る。

「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「大人1人と子供1人です。」
「ただ今ご案内いたします。」

 店員に席に案内されている途中だった。


「あ!ツワブキちゃん!」
「え?あ、本当だ、石蕗先生だ。」
「はわぁ…あれが噂の石蕗ドーター……可愛すぎるうぅ。」
「ツワブキちゃんこっち来れば?」

 声をかけてきたのは恋人のクラスメートだった。大竹おおたけ高梨たかなし里崎さとざき増田ますだ宮西みやにしの5人。
 里崎が店員さんに頼んで隣の机をくっつけて、2人が座れる場所を確保した。そして何故か5人は席替えし、茉莉の隣に宮西が座る。

「ツワブキちゃん、茉莉ちゃんは俺が見とくから、ゆっくりご飯食べなよ。」
「え…わ、悪いよそんな…。」
「いいんですよ先生、あいつ昔から母親の代わりに弟たちの世話してるし慣れてるから。」
「そ、そうなんだ……じゃあお言葉に甘えようかな?宮西くんありがとう。」
「どうも。」

 宮西はキッズメニューを茉莉に持たせてどれに興味があるか見極める。そしてすぐに呼び出しボタンを押す。

「あ、先生決まってた?」
「あ…えっと俺はいつも決まってるから。」

 店員さんが来たので親子は注文する。そして宮西の指示が的確だった。

「ヨーコさん、子供用のコップに野菜ジュース入れて子供用ストローな。」
「はいはーい。」
椋丞リョースケ、詳しすぎだろ。」
「慣れてんだよ。やっとチビらがお子様ランチ卒業したんだから。」

 里崎と宮西はもはや父と母のような動きだった。

「宮西くんと里崎さんはお付き合いしてるんだね。」
「もう小6からだし、私なんて飯炊き女房くらいのポジションですよ。」
「あ、あと性欲処理な。」
「椋丞、あとで覚えてなさいよ。」

 こんなに賑やかな食卓は里帰り以来で、茉莉も手を叩いて楽しんでいた。

「大竹くん、松田まつだくんは連絡ついたの?」
「あー既読すらつかねぇから寝てるわアイツ。」
「もう12時過ぎじゃん!」
「あいつはそーゆー奴よ、昔っから。」
「茉莉ちゃんはそんなダメ人間にならないようにねー。」
「あーい!」
「はうぅ!高梨さん、もう幼女たまらん!」
「増田さん、落ち着いてぇ。」

(へー……智裕くんってこんな時間まで寝ちゃうのかー。可愛いなぁ。)

「ツワブキちゃん、そんな残念そうな顔、可愛すぎるよ。」
「え?」
「恋は盲目とは言いますけど、ねぇ。」
「そんなこと……。」
「ねぇ、先生はあの松田ヘタレのどこが好きなの?」

 高梨は身を乗り出して訊ねた。突然の質問に拓海は顔が熱くなる。少しだけ茉莉が気になるが、先程もらったお子様ランチのおもちゃで宮西が遊んでくれていた。
 そして視線を高梨に戻すと、高梨だけでなく宮西以外の全員が興味津々な眼差しで拓海を見つめていた。

「なんで…そんなこと訊くかなぁ?」
「だって先生くらい美人でしっかりした人ならもっと良い相手いますよ。男女問わず。」
「成績は中の下だし、アホだしヘタレだし、顔も中の中のモブ顔だし……ねぇ。」

(なんか薄々感じていたけど、みんな智裕くんにすごく辛辣だなぁ…。)

「しかもツワブキちゃんが付き合い始めた日って、トモが家の鍵落として締め出されてるとかダサすぎでしょ。」
「だからさ、2人のこと応援しつつも七不思議だったんだよねぇ。」
「えー…っと……。」

 4人の視線が痛くて、逃げられない。

「じゃあさ、ツワブキちゃんは智裕のどこがカッコいいと思ってるの?」
「へ⁉︎あ、え、っと………顔、とか、手とか……全部かなぁ。」

 4人は拓海がそういうので、なんとなく智裕の顔を思い出すが、まったくピンと来なかった。
 拓海が顔を真っ赤にしていたら丁度茉莉と自分の料理が運ばれてきた。なんとなくそれ以上の詮索を回避できた。

「いあーあー!」
「はい、いただきます。」
「え⁉︎椋丞、今のでわかんのかよ⁉︎エスパーか!」
「普通にわかるだろ。ね、ツワブキちゃん。」
「いや、すごいよ、宮西くん。俺もわかるまで3日かかったもん。」
「おいちー!」
「まだ食べてないでしょうが。」

 茉莉がはしゃぐとつられて周りも楽しくなっていた。拓海は外食で久しぶりにゆっくりと料理を味わうことが出来て、それを噛み締めていた。



「あいあー!」
「茉莉ちゃん、またねー。」
「またねー!」
「ツワブキちゃんもバイバーイ!」
「みんなまた学校でね。」

 生徒たちと別れ、再び茉莉を乗せた自転車を漕いでスーパーに向かった。
 1週間分の大体の食材を購入する。茉莉はパッケージの形が好きなお菓子を離さないでいたので、店員さんはテープを貼ってくれた。
 自転車を走らせると茉莉が楽しげにはしゃぐので、拓海は童謡を歌い聞かせながら家路についた。


 家につくと、茉莉の上着を片したり、買い物したものを片付けをした。

「まーちゃん、おてて洗いましょうねー。」
「あーい!」

 洗面台で茉莉の手を洗ってあげて、茉莉のお気に入りの子供向け番組を録画したものを再生してあげる。
 茉莉がそれに夢中になっている隙に、野菜と肉、果物の下ごしらえをした。野菜は皮を剥いて加熱したり、ヘタを取って水洗いしてキッチンペーパーで拭う、果物も同様。そしてタッパーに小分けで入れて冷凍庫や野菜室にしまう。肉も今日使う分以外は骨や余分な脂肪を削ぎ落として1食分をラップして冷凍する。

「今日は生姜焼きにしようかな。」

 茉莉も食べやすように、塩分控えめの優しい味付けをして、茉莉の分は肉を小さく切った。

「まーちゃんの好きなミニトマト……あとお味噌汁かな。うん、オッケー。」


 洗濯物を取り込んで茉莉に邪魔されながらも畳んで片付け、そうすればいつのまにか夕方になっていた。


「まーちゃーん、お風呂ですよー。」
「あーたー!」
「はい、ばんざーい。」
「たぁー!」

 湯船にお湯をためたら、茉莉の身体を洗う。安定して湯船で遊んでくれるようになったので半年前に比べたらすごく楽に入れられるようになった。
 アヒルさんやボールで遊び、自分も身体や髪を洗い、寝巻きに着替える。

 走り回る茉莉をなんとか着替えさせて、すぐに麦茶を飲ませて、その間にご飯を温めて、食卓を彩る。
 茉莉は小さいおにぎりを頬張り、自分でフォークを使って生姜焼きとミニトマトを口にはこぶ。その度に拓海は茉莉を褒める。

 食器を洗い、風呂から上がったときに稼働させていた洗濯機から洗濯物を出して、部屋干し用の竿にハンガーを掛けて干す。明日が天気ならばベランダに干せばいいようにする。

「まーちゃん、もうおねんねの時間ですよー。」
「あうーあ。」
「歯磨きしましょうね。」

 歯磨きはどうも嫌いらしい茉莉を押さえて丁寧に歯を磨く。抵抗されるがもう慣れたものだった。
 歯磨きの後はいつも不機嫌なので、自分の歯を磨き終えると、抱っこしてなだめる。そのままベッドに運んで横になる。

 お腹をトントンとリズムをとるようにすると、茉莉はすぐに眠ってしまった。今日ははしゃいだ上に昼寝をしなかったからだろう。

 ベッドを抜け出し、ダイニングテーブルに置きっぱなしにしていたスマホを手に取ると急に着信して震えた。

「あ……。」

 画面には、「智裕くん」の字が表示されていた。拓海は心臓が跳ねてしまう。
 ひとつ、呼吸をして心を落ち着かせて通話ボタンを押した。

「もしもし。」
『拓海さん?ねぇ、もう茉莉ちゃん寝てる?』
「え?えっと…寝てるけど……。」
『じゃあさ、そっと玄関開けてくれる?』
「え?うん…ちょっと、待ってて。」

 電話を耳に当てたままお願いされた通りに玄関に行って茉莉を起こさないようにそっとドアを開ける。
 すると急にドアが引っ張られて「ひゃっ」と驚くと、中に人が入り込んできた。その人に拓海は抱き寄せられて、いきなり、キス。

(え、何、え、智裕くん、だよ、ね?)

 拓海の唇に割って入る舌先、拓海の後頭部を掴むゴツゴツとした手、そのあたたかさは間違いなく拓海の大好きなものだった。

「ごめん、ちょっと会いたくなった。」
「智裕く……。」

 「どうしたの?」と尋ねようとする拓海の唇に人差し指を当てて言葉を塞いだ。その仕草が拓海の心臓を潰すようだった。

 ドクン ドクン

「オフクロにお使い頼まれてるから、あと1回だけキスさせて。」
「あ、あの……智裕、くん……。」
「なーに?」

(どうしてだろう。なんでだろう。)

「俺も、智裕くんに会いたかった、なぁ…。」

(俺が足りないと思ってたら、会いたいと思ってたら、目の前に現れてくれた。)

「拓海さん、可愛いこと言わないで。1回しか出来ないんだから。」

 ドクン ドクン ドクン


(また明日から、頑張れるなぁ……。)



 智裕がそっと出て行ったあと、茉莉の寝顔を確認すると、さっきよりも笑ったような顔になっている気がした。


「おやすみ……。」


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