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青春イベント盛り合わせ(9月)
ワカツキの企みとエガワくんの懸念
しおりを挟む日曜日の午後、2年5組の男子は若月によって駅前のカラオケボックスに召集された。
部屋に入るなり、若月はマイクの電源を入れて喋り始めた。
「いやいや諸君、今日はお集まりいただきあざーす!」
「なんだよ急に。」
「部活組もチョッパヤでご苦労様でぇす☆」
野球部を始めとする運動部は新人戦を控えており、午前中の厳しい練習のあと超特急で帰宅して着替えてやってきているので疲労の色が尋常じゃない。
「実はー、来たる文化祭なんですけどねー、俺またバンドやるんだよね。」
「おー、今年もやるのか。」
若月は昨年も同学年の男子とバンドを結成して演奏を披露していた。因みに若月はベース担当である。
「やるんだけどねー、ボーカルを探してんのよ。去年ボーカルやったのって3年生だから今年は不在なわけよ。」
「いや、逆にボーカルがいねぇのかよ。」
「まぁまぁ。てなわけで俺を助けてちょーだい!お願い、お願い、おねがーい!」
若月は頭上で手を合わせて懸命に頼む。しかしその場にいる全員が顔を見合わせながら困惑する。
その空気を察した若月は手馴れたようにリモコンタブレットを操作し、曲を入れた。
「つーわけで、お前ら1人ずつ十八番の曲を歌ってもらいます!デモンストレーションでまず俺から行くぞー!」
そう言ってスピーカーからは、バンドとは程遠いパリピ御用達のアゲアゲトランスが流れてきた。
先ほどまでこの場にいる(若月を除いた)全員が「若月が歌えばいいのに。」と思っていたが、その考えは一気に覆された。
「なぁ……若月って……。」
「いつも音楽聴いてたりするのにな。」
「絶妙な…下手さ…だな。」
しかし若月はやりきった顔をして歌い終えた。
「よし、じゃあ次は委員長いくかー!」
「いや、俺、マジで歌知らない。」
「いやいや、ちょっとは知ってるだろ。アニソンでも懐メロでもいいから。」
「えー……。」
指名された一起は困惑しながらリモコンを操作して曲を入れた。流れてきたのは数年前の朝のドラマの主題歌だった。
「お!これ懐かしー!」
「中学の合唱コンで歌ったわー。」
「あれ?でもこれボーカル女じゃなかった?」
弦楽器のイントロが終わりドラムが盛り上がってまずサビが始まった。
「なんでメインボーカルじゃねーんだよ!」
「それ明らかに男声パートだろ!」
「歌詞を歌え!あー、じゃねーんだよ!」
一起は合唱で習ったとおりに歌ったようだった。なのでハモりパートオンリーの歌唱だった。そして一起は歌いきると演歌歌手のように一礼をした。
「いやいやいや、拍手とか無理!」
「は?俺これで先生に褒められてたぞ。」
「合唱じゃ褒めるよ?だけどメイン歌ってくれない?」
「習ってないからわからん。」
「このクソ真面目!」
(歌は上手いけど絶望的に教科書通りなんだろうな…江川っち。)
そんな哀れみの視線を送っていた智裕は次にターゲットにされる。
「はいそこ、前日まで野球漬けだからとかカンケーねーから。松田から入れろ!」
「はぁ⁉︎常識的に考えろよ!無理に決まってんじゃん!」
即座に若月に反抗するが、妙に大人しくしてた悪友幼馴染ズの裕也と宮西がコーラを飲みながら、ふとわざとらしく大きめの声で発言する。
「そういやトモがカラオケで歌ってんのあんま見たことねーな。」
「あ、それ俺も思った。」
「いや……だって、俺あんま流行りの曲知らねーし。」
「大丈夫、今合唱練習したやついるから、入れろ。」
宮西にリモコンを渡されて智裕は渋々曲を入れた。
♪チャーンチャチャーンチャラチャンチャチャチャーン
画面に流れるのは10年も前のプロ野球試合と飛び交うジェット風船の映像。某関西の球団の応援歌だった。
「なんで応援歌なんだよ!」
「しかも歌詞見てねぇ!」
智裕は立ち上がって左手を拳にしてブンブン振り回しながら節をとっていた。その歌唱する姿には貫禄さえ感じる。
「ふぅ……ひっさしぶりに歌ったから汗かくわー。」
「そうか……その手があった!次、俺歌う!」
野村は閃いたようにリモコンを受け取って操作すると曲を入れた。
♪チャッチャチャチャチャチャチャチャッ…
「今度は音頭かよ!」
「はぁーヨイヨイッ!」
智裕は立ち上がって合いの手を入れる。野村のハツラツとした笑顔は久し振りだった。
「野球バカ2人はもういいや。次はぁ…おぼっちゃま片倉!」
「だからそのおぼっちゃまやめろ。じゃあ…無難にこの曲を。」
片倉のお陰でその後はマトモな、今ドキ男子高校生らしいカラオケ大会になっていった。
「フワーハハハハハーッ!お前も●人形にしてやろうか!」
しかし安パイだと思われていた宮西の十八番に全員ドン引きした。
「俺さ、宮西とは3歳からの付き合いなんだよね。」
「俺も6歳からなんだよね。」
「宮西が閣下なんて一度も聞いたことねーぞ。」
「右に同じ。」
全員が歌い終わるが、若月は更に頭をかかえた。
「もうお前ら全員フツーすぎてだめ!論外も何人かいるし、はぁ……今年はボーカル無しか?大竹ー、なんか情報ねーのかよ!」
「3組の西崎がクソ音痴なのは知ってる。あと歌上手いって聞くの女子ばっかだぞ。」
「女子かー…もう女子でいいかなー。」
その選択肢の出現は若月にとっては嬉しい悩みだったが、一斉に批難を浴びる。
「それはダメだ!」
「絶対お前がつまみ食いするだろ!」
「他のメンバーはそれ見越してんだろーよ。」
すると一起が松田の方を向いて訊ねる。
「石蕗先生なら知ってそうじゃないか?女子からよく話聞いたりとかしているし。」
「あー…あり得るかもな。今拓海さん電話出るかな?」
智裕はスマホを取り出して早速拓海に電話をかける。5コール目で拓海と繋がった。
『智裕くん?どうしたの?』
「あー、拓海さん。今電話平気?」
『うん。大丈夫だよ。』
いつのまにか横に座っていた若月が「スピーカーにしろ!」とせがんできたので、智裕は嫌がりながらスピーカーモードにした。
「やっほー♪ツワブキちゃーん!5組のチャラ男こと若月でーす♪」
『え?若月くん?なんで?』
「つーか今5組男子大集合中だよーん。」
『そうなんだぁ…本当に仲良しだね。』
「あーもーツワブキちゃんかーわーうぃーいー♡」
「とっとと本題に入れ。」
調子に乗り出した若月を諌めるように一起が頭を叩く。代わりに智裕が話を切り出した。
「拓海さん、うちの学校で歌の上手い男子って知ってる?」
『歌の上手い男子?』
「女子がキャーキャー騒いだり噂になってたりとかでいいんだけど。聞いたことない?」
『歌が……うーん……あ、思い出したけどぉ……。』
拓海は考え出した。そんな迷う声も可愛く感じる智裕は鼻の下が伸びていた。
「松田、顔キモい。」
「うるせー!」
『生徒じゃないんだけど、星野先生がすごく歌が上手だって聞いたことあるよ。』
意外、しかも身近な人物過ぎて全員固まった。数秒の沈黙後、叫んだ。
「嘘だろーーー⁉︎」
「あのガチムチがカラオケ王⁉︎」
「ガチムチだから音痴じゃねーの⁉︎」
電話の向こうの拓海はあまりの音量に耐えきれずスマホを耳から離してしまったようだった。
「え⁉︎拓海さん、それどこ情報⁉︎」
『何処っていうか、古文の吉田先生から聞いただけだよ。吉田先生と星野先生、同じ大学で同級生らしいんだけど、大学時代に文化祭とかで軽音楽部の助っ人で歌ってたんだって。ギターも弾けるってさ。』
「ほっしゃんがギターあぁ⁉︎」
「ブフッ!にあわねぇ……。」
『詳しいことは吉田先生に聞いた方がいいかもね。俺は見たことも聞いたこともないし。』
男たちはとんでもない情報を握ってしまった。この時、拓海は事の重大さに気が付いていなかった。
***
翌朝、裕紀はホームルームの始まる5分前に、休み明け特有のダルそうな顔で教室に入った。
(くっそ…一起の奴、昨日めちゃくちゃ抱き潰す予定だったのによぉ……クラスの親睦会なんで無理です、とか。俺よりあの馬鹿共を取ったのが気に食わねーなー……あー、一起とセックスしてぇ…。)
「おーっす、全員来てるかー……………何これ。」
裕紀は一瞬で目が覚めた。
黒板の前には教卓がなく、替わりにパイプ椅子が1脚とその隣にアコースティックギターが置かれていた。
「なんだこれ、ストリートライブでも始めんのか?」
「ささささ、星野先生様、こちらにどうぞ。」
若月と宮西の2人がかりで裕紀をパイプ椅子に座らせた。
「は?いや、これ何?」
訳が分からない裕紀はキョロキョロとしながら状況を把握することで精一杯だった。
「いや、とある情報通からほっしゃんのおもしろ……意外な特技を聞いたからこれは文化祭実行委員として検証する義務があります。」
「おもしろいとか言ったなお前。いや文化祭?話がまるで見えないんだが。」
「星野裕紀!お前は完全に包囲されている!今からそのギターで十八番を語り弾いてもらうぞ!」
「はあ⁉︎」
裕紀は思わず間抜けな声が出てしまうくらいに呆気にとられた。ズバッと決め台詞のようなものを吐いた裕也の後ろで2年5組全員が惜しみない拍手を送っている。
「そんなん学生時代にチョロっとやってただけで今は全然触ってもねーんだから出来ねぇっつの。」
「じゃあアカペラでいいから!歌!十八番!お願いします!」
「ほっしゃんの歌ききたーい。」
「歌えー!」
約40人vs1人、拳の勝負ではないから圧倒的負けだった。特に女子の期待オーラは裕紀にとっては凶器だった。
「わーったよ!1回だけだからな!」
裕紀は出席簿を乱暴に床に置き、立て掛けられたアコースティックギターを手にした。慣れたように弦に挟まれたピックを取って1本1本爪弾いてチューニングを簡単にする。
「ほっしゃん、マジで弾けるんだ⁉︎」
「チューニング姿が……。」
「想像よりは似合ってる。」
そしてギターを構え、呼吸を1つ大きくして、ギターをかき鳴らし始めた。
教室に歌声が響く。いつもの気怠そうな喋り方からは想像出来ない、低すぎないテノールの音で甘い声で、流暢に英語歌詞を紡ぐ。
からかってやろうと構えていたヤジ部隊も息をのんで黙ってしまった。女子は口を押さえたり、心臓部を押さえたりしてウットリしている。そしてこの空間で誰よりも放心してしまっているのは一起だった。
サビを歌い終えたところで裕紀は演奏をやめた。ため息を吐いて顔を上げると、生徒が全員固まっていたのでその光景にギョッとする。
「いや、お前らがやれっつったんだろ。何黙ってんだよ。」
「……………嘘だろほっしゃん!嘘だと言えほっしゃん!」
「はぁ⁉︎」
「ガチムチのくせに何でそんな歌うめぇんだよ!」
「ガチムチ関係ねぇだろ!」
「俺たちからまた女子をかっさらっていくんだろ!」
「知るか!」
「つーか今の曲なに?英語だったし。」
「お前らオアシス知らねーのかよ……ったく最近のガキは。」
「あとでダウンロードするから曲名教えてー。」
全員がワイワイと裕紀を囲みながら騒ぐ。一起だけはその輪に入れず後ろで佇んでいた。
「オアシスの“ワンダーウォール”って曲だ。有名だろ。」
洋楽にとんと疎い生徒たちは首をかしげた。そして若月は裕紀の足元で土下座をした。
「ほっしゃん!まじで頼む!文化祭俺らのバンドで歌って!ボーカルやって!5曲プラスアンコール!お願いお願い!マジで一生のお願い!」
裕紀の歌声にすっかり魅了された若月は本気だった。「お願いしますー!」と泣きながら裕紀の足に抱きついた。
あまりのウザさとしつこさに、10分ほど攻防した末に裕紀が降参した。
「わかった!わかったから!やりゃーいいんだろ!」
若月は「ほっしゃん最高!」と逞しいガチムチに抱きつき、万歳三唱がおこった。戸惑うのは一起だった。裕紀はクラス中の勢いに気圧されてそれに気がつかなかった。
***
_I don’t believe that anybody feels the way I do about you now
「江川っち。」
「………………あなたのことを、こんなに考えている…人は、俺以外にいない……。」
「……江川っち?」
(ギター弾けるの知らなかった……家にもそんなの無かったし…CDも小さなラックに収まる程度にしか……そんでこの曲……きっと…。)
「江川っち!」
「え、あ、何?」
智裕の再三の呼びかけにやっと気がついた一起は顔を上げた。
「何この英文?」
「え……あ………うん……今朝先生が歌ってた曲の歌詞…リスニングして書き取ってた。」
「マジ⁉︎そんなん出来るの⁉︎」
「割と分かり易かった。バラードだし。」
智裕は机の上に置いてた一起のスマホを手に取ると、画面にはCDのジャケット写真が映っている。
「しっかし古いし知らねー曲だったな。なー、若月、このバンド有名なのー?」
一起の斜め後ろの席に座っている若月に智裕が訊ねると、若月は立ち上がって一起の席までやったきた。そして智裕が持ってるスマホを手に取り「あー」と声を上げる。
「oasisって超有名だっつーの!スタジアムとか普通にライブしてっし、この曲もすげー有名だし。つーかほっしゃん上手すぎてビビったし!」
「英語凄かったよなー。何言ってんのかわかんねーけど。」
「この曲は作曲者のノエル・ギャラガーが彼女の為に作ったラブソングだからな。ほっしゃんも高校時代に彼女に歌ったんじゃね?」
「うへぇ…隅に置けねーなガチムチなのに。」
若月と智裕がニヤニヤと話しているそばで一起はますます俯いた。そして書き取った英文を指でなぞった。
_you’er my wonder wall
(ワンダーは奇跡って意味のはず……じゃあ…その奇跡って…。)
「あ、委員長、ここは分けねーんだよ。ワンダーウォールって1つの名詞だから。」
若月は「wonder wall」と書かれたところを指でなぞって指摘した。
「多分これは造語なんだよなぁ。色んな解釈があるんだけど直訳したら“不思議な壁”とかダセェじゃん?ラブソングだから、“君は俺を守ってくれる存在”とかそんな感じ。」
「やべぇ、若月が賢く見える!バカなのにチャラいのに!」
「お前よりは英語の成績いいからな!はーはっはっは!」
こんなアホなやり取りをしていたら、いつもなら一起から「どんぐりの背比べだ」とかツッコミを入れられるのだが、今日はそれがなかったので智裕は不自然に感じた。
(もしかして……ほっしゃんと何かあった?そういや夏休み江川っちずっとバイトしてたし……。)
「江川っち、昼休みちょっと付き合え。」
***
昼休みになった途端、智裕は一起の腕を引っ張り教室から遠ざけた。2人が向かったのは保健室だった。
「ツワブキ先生ー、失礼しまーす。」
ガラッと無遠慮に開けて、一起を保健室に引きずり込む。未だに一起は困惑していた。保健室には机の上でお弁当を広げていた拓海がいた。
「と…松田くん、と江川くん?どうしたの?」
ピシャリとドアを閉めると智裕は江川を拓海の横の椅子に座らせる。そして拓海に抱きつく。
「拓海さん補充ー!」
「へ⁉︎え⁉︎な、何⁉︎てゆーか江川くん見てるよぉ…。」
「松田?何で保健室なんだよ。」
一起はしかめ面をして智裕に訊ねると、智裕は拓海を撫でながら答えた。
「お前、ほっしゃんと何かあったろ?あの…何?今朝の曲の歌詞とか見てずーっと落ち込んでんだもん。」
「……チッ。」
「俺らには話せねーかもしれねーけど、拓海さんに話してみ?俺の拓海さん貸してやんだから感謝しろよ。」
「と、智裕くんってばぁ……。」
智裕は拓海のツムジにキスをすると、パッと離れた。
「俺はトレーニングあるから、ごめんね拓海さん、一緒にいれなくて。」
「え……いや、その…大丈夫だよ。頑張ってね。」
「うん!拓海さんだーい好き!」
智裕はいつものように拓海の唇にキスをして満足したら保健室をあとにした。
残された2人は少し緊張したが、話を切り出したのは拓海だった。
「江川くん、一緒にご飯食べよ?!
拓海が微笑んでそういうと一起も少し朗らかになった。
一起は昼食を食べながら大阪であったことを一通り拓海に話した。
「え⁉︎義兄さんと会っちゃったの?」
「はい、それと……星野先生は石蕗先生のこと覚えてましたよ。」
「あー……ごめん、俺全然知らない…そっか10歳上だから姉と同じだ…世の中狭いなぁ……。」
拓海はモグモグと箸を進めながら「あー」「うー」と困ったような表情をする。
(コロコロ表情変わる人だなぁ…こりゃ男でも惚れちまうな、松田。)
一起はパンを食べながら拓海の百面相を密かに楽しんだ。
「その……萌香…さん?って名前だけは俺も聞いてた。俺の姉が親友だったらしくてさ……いつも強い姉が酷く泣いていたのは覚えてるよ。そっか…その人が星野先生の…。」
拓海も悲しそうな表情をした。一起はパンを最後の一欠片をストレートティーで流し込んで、「はぁ」とため息をつくと遠くを見る。
「付き合っては無かったとか言ってた気がします。ただ、その…柴原さんが言うことが本当だったら…今の俺って何だろうって……ただ面白い奴なのか、身体の相性がいいだけなのか…それに…さっきの松田と石蕗先生を見てて気がついたんです。」
「何が?」
「俺、先生に一度も“好き”とか……ああ言う風に言われたことないなって……“可愛い”とか“煽ってる”とか…まるで揶揄うような言葉しか……それが好意なのかも分からなくて…。」
一起は俯いて、片手で顔を覆った。肩が震えて、泣いていることが拓海にはわかった。拓海は箸をおいて、一起に近づいて頭を優しく撫でる。その震えに拓海は覚えがあった。
「不安だよね…俺は、さっきみたいに好きって言ってもらっても、ずっと不安だから。」
「え?」
「だからね、我慢するの少しだけ止めた。流石に人前じゃ恥ずかしくてやんないけど、もっと智裕くんと一緒にいたいし、そばに居れるときは自分の不安が無くなるまで甘えたり…智裕くんはすっごく優しいから全部受け止めてくれて……って俺の方が年上なのに可笑しな話だよね。」
拓海は「えへへ」と恥ずかしそうに頬をかいていた。
「江川くんはしっかり者だから難しいかもしれないけど、少し我慢を解いてみたらどうかな?そうしたら星野先生の気持ちも解けてくれるかもしれないし……。」
「でも…怖い、です……本当に…俺の心配通り、だったら……怖くて、怖くて……っ!」
「江川くん。」
優しく名前を呼ばれると、拓海は一起の顔を両手で包み、額と額をコツンと合わせた。
「大丈夫…大丈夫だよ……。」
そう呟くと、顔を離してまた拓海は無邪気な笑顔を向けた。
「大丈夫のおまじないだよ。1歩踏み込むことは怖いけど、江川くんは強い子だから出来るよ。俺は信じてる。」
「石蕗先生……。」
一起は額をさすりながら、柔らかく笑った。その顔を見た拓海は少し顔が赤くなる。
「江川くんって、そうやって笑えるんだね。」
「え?」
「いっつも険しい顔しか見たことないから…ふふ、その笑顔ならみんな江川くんのこと好きになっちゃうかもね。」
「いや…先生には敵いませんよ。」
拓海と笑いあって、一起の心に勇気が植えられた。
「でもやだなぁ……先生、なんか若月とバンドやるって…。」
「あー!さっき智裕くんからメッセージで教えてもらった。ふふ、楽しみだね。」
「いや…多分あの人、歌ったらモテる……カッコよかったから……。」
「あー……江川くん…まだ学校レベルならマシじゃないかな?」
拓海は悲しそうにパソコンを操作しだした。そして一起に見せてきたページは、「U-18 世界選手権 出場選手一覧」と書かれていた。一起がマウスを借りてスクロースすると、智裕の顔写真があった。
「え、なにこれ…詐欺写真?8割り増しくらいでカッコよく写ってません?」
「それで女子たちが智裕くんカッコいいとか言い出して……それがSNSとかでも盛り上がってるみたいなんだよぉ…。」
(それは俺なんかの比じゃないな……。)
眉を下げている拓海を今度は一起が慰めることになった。
***
松田智裕
背番号 10
ポジション 投手
身長 183cm
体重 72kg
投打 左投げ左打ち
経歴
神奈川県立第四総合高校 2年
野球を始めたきっかけ
友達と野球ごっこしてたから。
大会に向けた意気込み
必ず優勝して今度こそ負けない。
アピールポイント
マウンドでは人格が変わると思います。
憧れ・目標の選手
由比壮亮投手
野球人生で一番嬉しかったこと
今の仲間に出会えたこと。
野球人生で一番悔しかったこと
甲子園で降板し大切な人を悲しませたこと。
「ふーん……大切な人、ねぇ。」
数日前に更新された「U-18 選手一覧」のページをスマホで眺めながらほくそ笑む。
「由比さん、顔めっちゃニヤけとるぞ。」
「え、ああ…ごめんなさい。」
「エッチな画像でも見とるん?」
「いや、今日はU-18の投手特集だから予習してたんですよ。」
「今更かい!ちゃんと進行してやー。」
「はーい。」
用意されたスタイリッシュなスーツを着こなして、関西の夕方のワイドショーのスタジオに向かったのは今日のコメンテーター、由比壮亮だった。
「しっかし由比さん、大丈夫かいな。」
「何がですか?」
「この前の生放送で関本さんおるのに、東の松田を贔屓するようなコメント吐いてもーて。」
「あー…でも本当のことですから。彼には期待してますよ。だから今日は“東の松田特集”なんですよね?」
「はいはい。今日もシュッと関西の奥様をトリコにしてやー。はい、由比さん入られまーす。」
由比がスタジオの定位置について、すぐにCMが明けた。
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『はい、よろしくお願いします。』
『由比さんは今日の放送を持ちまして暫くお休みになります。寂しいですねー。』
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『茶の間のゆいすけファンが嫉妬しちゃいますよー。』
『ふふふ、僕は視聴者の皆様が大好きですよ。また戻ってきますので、お休みの間はU-18の選手達の応援をよろしくお願いします。』
『それでは次はプロ野球情報です。引き続き由比さん、お願いします。』
『はい、それでは昨日の試合結果と共に解説をしていきましょう。VTR、どーぞ。』
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