男子高校生のマツダくんと主夫のツワブキさん

加地トモカズ

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戦う夏休み

ホシノ先生と大阪(※)

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 大阪に移動してホテルにチェックインした裕紀と一起は、夕飯を食べるために近くのお好み焼き屋に入った。


「お飲み物は何にいたしましょう?」
「俺は生中。一起は?」
「えっと……サイダーで。」
「かしこまりましたー。」

 席に着くやいなや飲み物を注文して、冷たいおしぼりで手を拭いた。一起の目は少し赤かった。

「……すいません、なんか、馬鹿みたいに泣いてしまって。」

 時間が経って冷静になった一起は自分の行動を恥じて、拗ねたように謝った。
 灰皿を自分の近くに引き寄せて、タバコを吸おうとしていた裕紀は咥えていたタバコを落としそうになった。

「馬鹿みたい…って……ブッ。」
「な……っ!何で笑うんですか!」
「そーだなぁ、クラスの連中にも見せてやりてーくらい傑作だったなぁ。お前でも以外で泣くことあんだな。」

 からかうように笑うその顔も色っぽくて一起は顔を真っ赤にした。そのタイミングで飲み物が運ばれてきた。


「あれ?星野やん!」


 ビールとサイダーを運んできたハチマキを巻いた店員が驚いたように裕紀に声をかけてきた。その人物を見た裕紀は目を丸くした。


柴原しばはら、何してんの?」
「それはこっちのセリフや!こっちおるなら連絡せぇよ。」
「いや、だって1泊しかしねーし。今日だってさっきまで西宮にいたし。」
「もしかして甲子園か!お前野球好きやったん?」
「ちげーよ。第四高校の松田智裕が俺のクラスの生徒だから観に行ったんだよ。」
「……えええええええ!」

 柴原と呼ばれた店員は「松田智裕」という名前を聞いただけで驚いた。そしてその会話が聞こえていた隣のサラリーマンたちも裕紀に絡み出す。

「にーちゃん!先生なんか?」
「あの東の松田の担任ってホンマか!」
「ワシ今日の試合めっちゃ痺れたわぁ!あれは将来が楽しみやで!」

 あまりの熱にさすがの裕紀も気圧されて困惑する。もちろん一起は呆然とする。

「なぁなぁ、星野。あとで住所教えるから、“東の松田”のサインもろおとってくれへん?」

 柴原はいつの間にか持ってきたサイン色紙を裕紀に渡してきた。

「えー、めんどくせーよ。」
「ええやんかー。生1杯サービスするし。」
「よし、おかわり。」
「はい、おおきにー!」

 これまたいつの間にか飲み干していた生ビールの入ってた空ジョッキを柴原は受け取ると厨房の方に戻って行った。

「あの人、知り合いですか?」
「あ?学生時代の友人だよ。」
「……バリバリ関西弁だったんですけど。」
「あー、俺、地元大阪ここだから。」
「………嘘ですよね?」
「そんなんで嘘ついてどうすんだよ。」

 一起はあまりの衝撃に固まってしまった。裕紀が2本目のタバコに火をつけ煙を吐いたタイミングで柴原が生ビールを持ってきた。

「はい、俺の奢り分や。サイン頼んだでー。」
「はいはい。」
「つーか星野、お前まさかこれで夏休み使つこぉたわけやないやろうな?」
「いや、そのまさかだけど。」
「はぁ?お前、今年は萌香モエカの17回忌やろ!」
「……そうだっけ?」

 裕紀は少し黙ったあと、トボけたように返事をした。一起はその反応に、少しだけ不安を感じた。
 裕紀の冷めた反応とは対照的に柴原の説教くさい会話が続く。

「そうだっけ?やないやろ!萌香が忘れられへんとか女々しい理由で2年で離婚したんは何処のどいつや?」
「もう昔のこと過ぎて忘れたし。」
「ほぉ…俺は4年前の結婚式に5万も包んだの忘れとらんぞ。」
「何?そんなに祝儀包んでくれたの?あざーす。」

 茶化すように裕紀は笑い、タバコを灰皿に押し付ける。


(もしかして……。)



_俺さ、夕方の空とか影とか色とか音とか、超苦手なんだよね。

_人のことばっかで、自分と向き合ったらさ、勝手に自分を追い込んで、1人で溜め込んで……それで終いだったよ。


 いつだか酔っ払った裕紀が零した言葉と涙が一起の脳内で再生された。


「それって俺に似てるって人、ですか?」

 思わず口に出してしまった疑念。その呟きに裕紀と柴原は驚いた表情で一起を見る。

「あの……。」
「星野、この子誰や。」
「あ?俺のコレ。」

 ビールを飲みながら、裕紀は小指を立てて柴原にあっさり白状する。一起は顔を真っ赤にしてしまう。

「いやいやいや!これ児童ポルノなるん違う?てかお前ソッチやったんか!」
「バーカ、冗談だよ。こいつは松田智裕の。担任特権でチケット貰ったから連れて来ただけだ。」
「なんやびっくりしたわぁ……あ、すまんな、置いてけぼりにして。」

 柴原はニコニコとしながら一起に詫びる。一起は慌てて「大丈夫です。」と伝えた。

「俺はこの星野の幼馴染の柴原や。実家がおんなじ町内でな、コイツのこと色々知っとるでー。」
「柴原、生中追加。あとミックス豚玉と焼きそば。さっさともってこい。」
「へいへい。ミックスぶたー、あと焼きそばー!」

 柴原は空のジョッキを持ってまた厨房に戻って行った。

「せんせ…。」
「ひーろーきー。」
「……裕紀さん、関東の人だと思ってました。」
「俺は両親が2人とも東京の人だったから、コテコテな関西弁は使ってなかったからな。」
「そうなんですね……。」

 一起はまたサイダーを飲んだ。その姿をタバコを吸いながら裕紀はじっと見つめた。


「ちゃんとお前には話さねーとな。」


 フーッと煙を吐くと、裕紀は一起の目を射抜くように見る。その視線に一起はまた心臓がうるさくなる。


「萌香っつーのは高校からの同級生だった女子で、18の時に俺の目の前で死んだ。」


 あまりに流暢に、あっさりとした口調で話される過去に一起はグラスを置いて呆然としてしまう。

「萌香は家庭の事情が複雑でな、それと将来への不安とか色々重なって追い詰められてたっぽくて…なのに死んだ日、補講で学校来てた俺に勉強教えてたんだぜ。笑顔で、いつもみたいに。そんな奴が数時間後に死ぬって誰が思う?」

 裕紀の悲しそうな笑顔が、一起の胸に痛く刺さった。

「夕方になって帰ろうとしたら萌香が屋上にいるを見つけて俺は無我夢中で走ったよ。既に柵の向こう側にいた。」


(まだ、生々しく、昨日のように覚えているよ。)


_裕紀、ありがとう。

_ちゃんと勉強するんだよ。


「俺が手を伸ばしたが間に合わなかった。まるで夕陽に吸い込まれるように萌香はそこから消えた。」
「………もう、十分です。」
「……一起は優しいな。」

 裕紀が長い手を伸ばして俯く一起の頭をわしゃわしゃと撫でると、冷たい触感に一起は涙が出てきた。

「お前今日泣きすぎだって。」
「……ごめ……な、さ……。」
「…………俺の代わりに泣いてくれてんのか?」
「ちが……う………ちが、く……て………。」


(どうしよう…言えない……先生の心の隅に、そのモエカさんが生きてることが……仕方ないことだって理解しているのに……嫉妬してるなんて言えない…。)

「やさ、し……く、なんか……ない……。」

 一起は手の甲で何度も何度も涙を拭い、だけど涙は止まらない。「ああ、明日は目の周り腫れるな。」なんて考えもよぎった。


「あー、星野が生徒泣かしとるー!教師の体罰やー!」


 料理と追加のビールを持って来た柴原が冗談めいた声で裕紀を責めるが、裕紀は相手にせず、一起の頭から手を離した。

「俺じゃねーよバーカ。さっさと焼けよ豚玉。」
「ウチはお客様に焼いていただくシステムでやっておりますぅ。」
「焼き方忘れたからやれよ。」
「お前ホンマ俺様でよぉ教師勤まっとるなぁ。」

 ブツブツと文句を言いながら柴原は手際よくお好み焼きを焼き始めた。

「にいちゃん、うちのお好みは絶品なんやで。食べて早よ元気出しぃ。」

 ジューっという音を鳴らしながら柴原が一起を慰めようと言葉をかけた。

「すいません……もう大丈夫、です…。」
「そーかそーか。あ、星野!別に法事はええけど、線香上げるくらいはせぇよ。俺が成海ナルミにどやされるんやから。」
「知るか。自分の嫁さんだろ、なんとかしろよ。」

 裕紀が冷たくあしらうと柴原の愚痴が溢れ出した。

「あのじゃじゃ馬が何とかなるなら俺も苦労せぇへんわ!はーぁ、郁海イクミ拓海タクミは心の優しい青年なんに、なんで長女はあんな暴力魔やねん。郁海か拓海が女やったらって何回も思おたわ。特に拓海は大人になってもその辺の女よりベッピンさんで可愛らしーし……なんで男やねん拓海!」

 なぜか悲しそうに叫んで柴原はお好み焼きをひっくり返した。

「拓海くん、今俺の職場にいるぜ。」
「え。」
「なんやと!我がご町内のアイドル拓海やぞ!まさか東京モンになって……。」
「お待たせいたしましたー焼きそばですー。」

 別の店員が鉄板の上に出来上がった焼きそばを載せた。ソースの匂いが漂う。空腹なのだが、一起の頭の中はそれどころではなかった。そして涙も驚きで止まった。

「それって、石蕗つわぶき先生のことですか?」
「そうだけど。」
「じゃ、じゃあ柴原さんって……石蕗先生の…。」
「義理の兄だよ。」
「えええええええええええ⁉︎」

 一起が大声を出して驚きを表すが、裕紀は何事も無かったかのように焼きそばを取り分けた。

「あ、そっか。君も拓海を知っとるんやなー。どや?男やけどベッピンさんやろ?惚れたらアカンでー。鬼みたいなブラコン姉がおるからなぁ、それで今まで何人の男や女が逃げていったか……。」
「拓海くん、男いるぞ。」
「…………はああああああああああ⁉︎」

 今度は柴原が大声で驚いた。その勢いで持っていたマヨネーズボトルを握り潰してしまい、お好み焼きの上にドバッとかかってしまった。

「男⁉︎えぇえええええ⁉︎嫁はんに逃げられてからもう恋愛せぇへんってゆーたで⁉︎しかも男⁉︎なんでや!拓海ホモちゃうで!」
「んなこと知るかよ。」
「止めろ!お前全力で止めろ!まーちゃんの教育上良ぉない!」
「知らねーよ、つーか拓海くんは俺のこと全く覚えてねーから。」
「あああああああ相手の男殺されるで!須磨の海に沈められるって!」

 柴原は涙目で裕紀の胸ぐらを掴んで揺らす。裕紀は一層顔をしかめる。

「だーから成海には絶対ぇ言うなよ。」

 裕紀が念を押すように言うと、奥の方から別の店員が柴原のことを怒って呼んだので柴原は戻っていった。
 ちょっとした嵐が過ぎて行った。


「悪いな、色々と騒いじまって。」
「いえ………なんかもう、泣いてたのバカバカしくなりました。」
「そりゃ良かった。これ以上泣かれたら困るしな。」
「すいません。」
「お前の泣き顔って可愛いからな。」

 また揶揄われて、一起は柄にもなく少しだけ頰を膨らませた。焼きそばをズルズルと食べると、その様子を見た裕紀がまた色っぽく微笑む。

「たくさん食っとけよ。」
「ん……せっかくの大阪ですしね。まぁ…修学旅行でまた来るんですけど…。」
「そうじゃなくてさ。」

 裕紀は前に乗り出して一起に囁いた。


「体力、つけとけよ。」


 その言葉の意味を理解した一起の顔は熱くなる。鉄板の高温のせいではない。裕紀から放たれる雄の熱。


***


 ホテルに戻るまでの道のりを一起は覚えられなかった。
 知らない人だらけの街だからか、人が多いからか、裕紀は指を絡ませて堂々と手を握る。時々動かす感触に、ビクッと肩をすくめてします。

(どうしよう……嬉しい……。)

 揺らめく夜の繁華街の光、速く動く群衆、この時間が止まればいいのに、一起は少しだけ願った。


 ホテルの部屋に入ると、裕紀は猛獣になった。

 まだ鉄板の匂いが微かに残る衣服を剥がされ、ベッドの上に放られる。一起の上に馬乗りになる裕紀も上半身の衣服を脱ぐことを急いた。


「せ、ん…せ……。」
「そうじゃねーだろ?」
「……ひろ、き…さん……。」
「よくできました。」

 噛み付くようなキスを一起は戸惑うことなく受け入れた。一起も欲していた。舌を絡ませて、グチャグチャに掻き乱して、互いに熱い吐息と声が漏れる。裕紀が唇を離すと。

「やだ…。」

 一起は裕紀の肩を引き寄せ、下唇と上唇を甘噛みしてまたキスをねだる。

「タバコくせぇの、嫌じゃなかったっけ?」
「メンソールは好きです……。」

 おねだりされた裕紀はそれに応えながら、一起のベルトを器用に外してジーパンのチャックを開けて、一起の興奮した象徴を取り出した。

「ん…ふ……んん…はぁ……や、だ…ひろき……さん…。」

 裕紀の舌先と一起の舌先が透明で繋がれ、一起を見下ろせば目は泣き腫らした上に熱に浮かされて潤んで赤くなったいる。その扇情的な表情に裕紀の興奮も高まる。ただでさえ一日中煽られた興奮が益々膨張する。

「ほんと、可愛いな……。」
「ん……か、わいく……なんか……。」

 中途半端に脱がされていた衣服も全て脱がされると、一起の見た目に反した綺麗な肌が全て裕紀の眼前に露わになる。裕紀は戸惑っている一起の左手を取ると、薬指にキスをする。

「……なに…を……。」
「ん?さぁ、ね。」

(なんで薬指、だったんだ?)

 ふと考えていると、今度はスルスルと腕を、脇腹をなぞられて、そのまま勃ち上がったソコを優しく扱われる。

「ふ…あぁっ!あ、あ…だめで……あぁっ!」
「溜まってんの?」
「んんっ!い、いわな…あぁあっ!」
「こんな早くイく?」

(だって、先生の手だから…。)

 そんな甘えた言葉、一起は呑んだ。すでに大量に溢れている先走りが裕紀の手の動きを滑らかにする。裕紀は一旦動かすのを止めて、一起の上半身を起こした。そして一起の右手を自分の熱へ導く。

「俺さ、今日ずっとこんなんだったんだよ。」
「そ、んな…の……。」

 グイッと抱き寄せられて、裕紀の吐息が一起の耳の中へ入る。響く低い声。


「俺が今興奮するのは、お前だけだ。」


(……そんなこと、先生にわかるか?)

 裕紀に自分の嫉妬心が見抜かれたのかと思い、一瞬痛い鼓動が鳴った。だが手のひらに伝う熱は本物だった。

(こんなこと……俺だって、先生じゃないと、やんないし、言わない。)


「俺も……裕紀さんが……欲しいです。」


***


 繋がった裕紀の上で、一起は腰を振る。羞恥などはとっくに本能でかき消された。

「あ、あ、あぁっ!奥、いっぱ、い…あぁ…っ!」
「すっげーエロい……。」

 両手は裕紀と指を絡めて支えられて、懸命に上下に動く。あまりに膨張した裕紀は挿れただけで一起のナカをそこかしこと圧迫し掠めて乱れさせる。裕紀の下腹部には既に白濁が溜まっている。全て一起のもの。だが一起のモノはまだ真っ赤に硬い。

「ひ、ろ…き……さ…きもちいぃ?」
「最高。」

 裕紀は上半身を起こし、一起を抱きしめた。一起もしがみつくように抱きしめて、また呼吸が乱れるような深いキスを交わす。

「んん…あ、あぁ…ふぅ、ん……んん。」
「っん……一起……ん……。」
「はぁ…ん、なぁ…に…?」

 キスの合間に会話をする。止められないキス。体が求めてしまう、中毒になったように。

「も、我慢、できねー……ん。」
「ん、俺、も……ぉん……してぇ……。」

 意味がわからずに承諾した一起は、押し倒され、裕紀に足を持ち上げられ、脹脛ふくらはぎを吸い付かれて所有物の証を刻まれる。その少しの痛みで、ナカが裕紀を締め付ける。


「あー……お前、たまんねーわ。」
「へ……あ、あぁああっ!」

 裕紀に手首を掴まれると、激しく腰を打ち付けられる。パンパン、と肌がぶつかる音とパチュ、プチュ、と体液のぶつかる音。

「あ、あ、あ、あ、はげし、あああっ、はぁあっ!」
「こんな、じゃ…足んねーよ……。」
「あああ!や、もぉ、イッちゃ…あ、あああっ!ひろきさん、ひろきさん!」
「一起、ナカに出すぞ…っ!」
「いいから、あ、あぁあ、も…ああ、はああぁっ!」

 2人は同時に射精をした。一起の体は白濁で汚れた。

「あ…あぁ……。」

(ナカ…こんな…熱いの……初めて……。)

 注がれる熱は初めてだった。自分が愛しい人を全部受け止めていると思うだけで、なんとも言えぬ充実感があった。

 まだ敏感で余韻に浸っている一起の身体を、裕紀は間髪入れずにまた攻め始めた。ゆるゆると律動を再開する。


「ちょっと…うご、か…ないでぇ…んん、あ、あ。」
「言ったろ?足んねーって。」
「あ、あ、あぁあっ!も、なんで…っだ…。」

 翻弄されながらも、一起は考えた。


(先生、今日俺と見た夕陽はどうでした?俺は辛かったですけど、隣に先生がいたから少し平気でした。先生、俺と一緒なら夕陽を見ること出来ますか……なんて言えない。)


「好き……あ、あ、あぁ!」
「あぁ…そうか…じゃあもっと激しくしていいな。」
「ん、あぁああっ!」

(先生は?俺のこと、好き?俺のことは……でも、それでもいいや。)


 それから先は考える余裕もなくなる快感が一起の体を蝕んだ。はしたなく、声を荒げる。

「キス、し、て……。」

 そうねだって与えられるキスで全身が痺れ、舌先とナカを激しく犯され、ふるふると震えるソレが裕紀の硬い腹筋で擦られ、もう精液は空っぽのはずなのに絶頂に達して足の先がピンと張って震えた。


「一起、一起…。」
「あ、あぁ…ひろき、さん……好きぃ…。」

 伝えたい言葉と同時にまた涙をこぼす。これは本能じゃない、感情の涙だった。

 そして裕紀の頬にも汗と一緒に、少しの涙が伝って、一起の胸に落ちた。
 

***


 午前0時を回った。一起はすっかり体力を奪われて眠っていた。その顔は決して幸せそうではなかった。
 その横で裕紀はボクサーパンツだけを穿いて、座ってタバコを吸った。

(……好き、か。)

 裕紀の何度も脳内に響くのは、一起が自分へ向ける好意。それはとても純粋なものだと理解する。


「だから…まだ俺はお前に……ごめんな。」


(……コイツがいつか離れる時は、手を引こうって決めてる、けど。)


「離れたくねーなぁ……一起……。」


 眠る一起の頬を撫でて、裕紀はまた涙を流した。


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