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『銀玉事件(前編)』
しおりを挟む井手氏と関わるようになり、過去を聞くこととなる我々の関係だが、初期の頃私は井手氏の指が全部揃っていることに驚いた。
「ワシの自慢はなぁ。エンコも詰めたこともないし、トラ箱(酩酊状態の人物を拘留させておく場所)にも入ったことも、ましてやムショの経験もないンや」
ヤクザの世界では『人生大学』とさえ呼ばれている刑務所。
それほど身近で、何回も入る者もいる。
しかし、井手氏は一度もお世話になったことはないのであった。
「やっとったシノギもケンカも、一から十まで胸を張って説明できるほどや。後ろめたいことなんぞしたこともない」
だが・・・・・・
「そんなワシでもなぁ・・・・・・一回だけ・・・・・・留置場に入ったことがあるンや」
まあ、ヤクザ者。
極道社会でそれくらいは普通だろうと、最初は思った。
それでもやはり十人十色。
なかなかに、特殊な事件だったーーーー
時代は遡って数十年前。
まだY口組直参大阪N西組の現役構成員だった頃。
賭け事には、とんと興味のない井手だったが仲間に誘われて、パチンコ店に行ったことがある。
ギンギラギンギラ!!
ジャラジャラ!!
うるさいのなんの・・・・・・さらに当時は紙巻きタバコも許されていた時代。店内はモクモクと煙が滞留していた。
「やっかましいのぉ!!」
「そう言うなや井手!! 『飲む・打つ・買う』もしないお前に、大人の遊びを教えてやるわ!!」
「そうは言ってもバクチにゃ興味ないンや」
「まま、今日のところは俺が打つとこ見ててや。きっと自分も打ちたくなって、手がうずうずしてくるわ」
まだ打ち方にテクニックが要求されていた頃だ。
次々と発射される銀玉が、釘の森を抜けて外れ穴に飲み込まれていく。
「コレの何が楽しいンや?」
「まだまだこれからや!!」
あっという間に時間も金も溶けていった。
(賭場とそう変わらへんなぁ)
そろそろ飽きてきて、腹も減った井手は仲間の肩を揺さぶる。
「なあ、もう腹減ってきたからメシでも行かンか?」
「まだまだやぁ!! これからじゃあ!!」
ダメだ。
完全に脳内麻薬が、ドバドバ分泌されてハイになってきている。邪魔でもしたら、噛みついてくるかもしれない。
井手はため息をつきながら、仲間が金を失っていくのを黙って見守ることとしていた・・・・・・が。
ここで異変が起こった。
先ほどまでジャラジャラと外れに飲み込まれていたにもかかわらず、次々と当たりに入っていくのだ。
するりするりと・・・・・・パチンコ玉が大当たり。
数え切れないほどのパチンコ玉が出口から、溢れてきた。
「来た!! おい井手!! 箱持って来い!!」
「お、おう!」
要領の分からない井手は、ドル箱を一個持ってきた。
「それだけじゃ足らン!! もっとや!!」
「わ、分かった!!」
ひとつ・・・・・・
ふたつ・・・・・・
みっつ・・・・・・
よっつ・・・・・・
凄まじい速度で箱にいっぱいの玉が貯まっていく。
「ヒーヒヒヒ!! ジャンジャンやぁ!!」
だがなぜこうもアタリが連発し続けているのか・・・・・・
ふと、井手はパチンコ台を見てみると、異変に気がついた。
釘の一本が曲がり、そこに一個のパチンコ玉がハマっていたのである。
ゆえに、外れに行く道が潰され、必然的にアタリに導かれていく。
「エエ女抱いた介があったわ!!(博打打ちの古い伝統で、抱いた女性で当たり外れが左右されるという都市伝説があった)」
徐々に他の客たちが、異次元の大当たりを見ようと集まり、野次馬で狭い通路が埋め尽くされていった。満杯の箱を井手が積み重ねる度に、野次馬らが歓声を上げる。
これは、なかなかパチンコというものは面白いのかもしれない・・・・・・
そんなことを思っていた矢先。
「ちょっとお客さん!!」
パッと見るとそこには店員が立っていた。
「その台、故障しておりますから、その間の出玉はなかったということで・・・・・・」
などと、やや強引なことを言う。
一般人でも黙ってはいられない状況だが、さらに相手はヤクザ者。
上機嫌だった組員は青筋を立て、のっそりと椅子から立ち上がった。
「オドレ誰にモノ言うとるンじゃゴラァ!!」
椅子をガツンと蹴り上げて怒号を飛ばす。
「この出玉は俺のモンじゃ!! 取る言うなら店長でもオーナーでも出さんかい!!」
井手も、店員の一方的な言い分には少しカチンときていたので、手は出さなかったが睨みつけて、
「パチンコ台が壊れとったンはそちらの不手際でっしゃろ? こっちが一文無しになる理由にはならんと思うけどなぁ? どないやねん!?」
「そう仰られても壊れた台から出た玉は無効になりますので・・・・・・回収します」
マニュアル通りの店員がドル箱に手を伸ばした。
が、
「何さらすんじゃ!!」
案の定、組員と店員が揉み合いになった。
強さで言えばヤクザであろうが、カタギを暴行するのはマズい。
得意の渉外(脅し)で何回か揺さぶれば、向こうも何かしらの対価を出すはず。
そんな損得勘定で、井手は揉めている二人の間に入って止めに出た。
「まあまあ落ち着いて。二人とも」
「井手!! ワシの稼ぎが奪われるんやで!? 落ち着いていられるかい!!」
「お客様!! 何度も申し上げますが・・・・・・」
と、その時だった。
ガシャン!!
ドル箱のひとつが転がり、蜘蛛の子のように出玉が散らばった。
「ッッ!! オドレ!!」
ガンッッ!!
「あぎゃ!!」
店員に重い一撃が加えられた。
「ちょい待てや・・・・・・兄ちゃん大丈夫・・・・・・」
さらに・・・・・・
すてーん!!
ゴロンッッ!!
ふらついた店員が、足下の出玉に足を取られて派手に転んだのだ。
まさしく、踏んだり蹴ったり。
「どうした!?」
奥から応援の店員たちが駆けつけてきた。
「こ、この二人に襲われて・・・・・・」
・・・・・・ん?
ふ・た・り?
「警察呼べ!!」
・・・・・・え?
続くーーーー
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