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第一章
日ノ丸テレビ新人研修 ③
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「ほんっと瀬尾って真面目だな」
いつも通り就寝前に座学の復習を始めた瀬尾を眺めながら、直人は純粋に感心の声を上げた。
同室になって約一ヶ月。もはや見慣れた光景である。
「なんかもう日課になっちゃってね。でも俺、大学じゃ遊んでばかりだったんだよ。だからこんなに勉強熱心になった自分に俺自身が一番驚いてる」
ノートに目を向けたまま、ははっと笑って瀬尾が答える。
「本当か? ずっと優等生って感じに見えるけどな」
「うん、よく言われる。自分で言うのもなんだけど成績は良かったからね。けど優等生っていうより効率良く生きてきたって感じかな」
ふーん。そう返した声はやたらと気の抜けた声になった。
横になっているだけですぐ眠たくなるのは、やはりそれだけ研修がキツイ証拠だろう。だがそんな直人の態度にも気を悪くした風はなく、むしろ瀬尾はまた笑った。
「この復習だって始めたきっかけは勢戸先輩みたいに何か一つ得意分野が欲しかったからなんだよね。その方が特別報道隊に選ばれる確率が上がると思ったからさ」
直人は苦笑した。しかし同時に納得する。
特別報道隊に選ばれるために有効な努力をする――確かにそれは効率が良い選択に違いない。そして直人が歩んでこなかった生き方だ。
直人は一つのことを愚直に続けるのは得意だが、逆に応用が利かないところがある。
「でもまぁ、そういう打算を抜きにしても今日だけは復習してたと思うけどね」
「どういうことだ?」
「今日の座学って〝報道管理法について〟だったろ? だからさ」
そこまで言われてもピンとこない直人に瀬尾は声のトーンを一つ落として、
「今日の座学で指導員が報道管理法をなんて呼んだか覚えてる?」
なんとなく責められているような気分になって、座学の内容を必死に思い出す。この日のためにわざわざ本社からやってきたという女性指導員は、確かこんな風に言っていたはずだ。
「……我々に与えられた罰だったか?」
「そう。罰って呼んでた。普通政府が作った法律を自分たちへの罰なんて言わないだろ? でも、そこにはそう呼ばれるだけの理由があった。だからこれから報道に関わっていく人間として、報道管理法をしっかり理解しておく必要があると思ったんだ」
「なんか……耳が痛いな」
「だったら今日だけでも一緒に復讐するかい?」
うげ、なんか面倒な方向に話が飛んだ……。直人は心の中で苦った。
しかしここで断るのはなんだか負けた気がして渋々布団から起き上がる。それに直人も罰という言葉には引っかかっていたのだ。
のそのそと瀬尾の所まで這い寄って、キレイにまとめられたノートを覗き込む。
そこには今日の座学で延々と流された『過去のマスコミの行為』を見た瀬尾の率直な感想が箇条書きで記されていた。
・アポなしで出待ちする礼儀知らずな報道陣。
・ストーカーと呼ばれても過言ではないパパラッチ。
・幾度となく名誉棄損で訴えられた週刊誌砲。
思っていた以上に辛口だったことに驚いたが、決して間違ってはいなかった。
揶揄《やゆ》でもなんでもなく、スクリーンに映っていたマスコミは直人の知らない存在だったのだ。
『知る権利』を盾に都合の悪いことから目を背け――。
『報道の自由』を剣にただただ利益を追い求めるだけの存在――。
呼ばれてもいないのに勝手に集まっておきながら『せっかく集まった報道陣に何か一言!』なんてセリフが流れた瞬間、ぶつける先の無いイラつきが湧いた。
話題性を求めるあまり、有名人の自宅を何日も張り込むパパラッチの姿には恐怖を覚えた。
浮気や不倫は確かに人としてどうかと思う。しかし芸能人のプライバシーを無視する週刊誌の記事には疑問を感じた。
だからそれらの姿は罰を与えられて当然だと思った。
遠慮なくきっぱり言うならば――醜悪でしかなかった。
「衝撃的だったよね。報道管理法が生まれてなかったらアレと同じことをさせられてたかと思うと……、きっと俺はこの職に就きたいなんて思わなかった」
低い声で言われ、思わず頷いてしまう。
「その気持ち……なんとなくわかるよ」
直人や瀬尾はもちろんながら、二つ年上の勢戸でさえ生まれたときから報道管理法が存在している。だからマスコミが不祥事を起こした様など見たことがないし、それがこの社会の普通だと思っていた。
でも、もし仮に……。
報道管理法が存在していなかったら――?
直人だって特別報道隊を目指さなかったかもしれない。
それどころか人生そのものが変わっていた可能性だってある。
……もちろんタラレバの話をしたって意味なんか無い。けれど報道管理法が作り出され、特別報道隊という役職が生まれたからこそ、直人はこの道を目指すことを決めた。
それは紛れもない事実だ。
だって、俺が特別報道隊を目指したきっかけは――。
そこまで考えて。そこで考えるのを止めて、またのそのそと布団に戻る。
満足に復習ができたとは思えないが、報道管理法の重要さは改めて思い知った。今の自分にはそれくらいで十分だ。
瀬尾も戻っていく直人には何も言わなかった。
布団に着いて「おやすみ」と声が掛かる。
「うん、おやすみ」そう返して、直人は電気を半分消した。
いつも通り就寝前に座学の復習を始めた瀬尾を眺めながら、直人は純粋に感心の声を上げた。
同室になって約一ヶ月。もはや見慣れた光景である。
「なんかもう日課になっちゃってね。でも俺、大学じゃ遊んでばかりだったんだよ。だからこんなに勉強熱心になった自分に俺自身が一番驚いてる」
ノートに目を向けたまま、ははっと笑って瀬尾が答える。
「本当か? ずっと優等生って感じに見えるけどな」
「うん、よく言われる。自分で言うのもなんだけど成績は良かったからね。けど優等生っていうより効率良く生きてきたって感じかな」
ふーん。そう返した声はやたらと気の抜けた声になった。
横になっているだけですぐ眠たくなるのは、やはりそれだけ研修がキツイ証拠だろう。だがそんな直人の態度にも気を悪くした風はなく、むしろ瀬尾はまた笑った。
「この復習だって始めたきっかけは勢戸先輩みたいに何か一つ得意分野が欲しかったからなんだよね。その方が特別報道隊に選ばれる確率が上がると思ったからさ」
直人は苦笑した。しかし同時に納得する。
特別報道隊に選ばれるために有効な努力をする――確かにそれは効率が良い選択に違いない。そして直人が歩んでこなかった生き方だ。
直人は一つのことを愚直に続けるのは得意だが、逆に応用が利かないところがある。
「でもまぁ、そういう打算を抜きにしても今日だけは復習してたと思うけどね」
「どういうことだ?」
「今日の座学って〝報道管理法について〟だったろ? だからさ」
そこまで言われてもピンとこない直人に瀬尾は声のトーンを一つ落として、
「今日の座学で指導員が報道管理法をなんて呼んだか覚えてる?」
なんとなく責められているような気分になって、座学の内容を必死に思い出す。この日のためにわざわざ本社からやってきたという女性指導員は、確かこんな風に言っていたはずだ。
「……我々に与えられた罰だったか?」
「そう。罰って呼んでた。普通政府が作った法律を自分たちへの罰なんて言わないだろ? でも、そこにはそう呼ばれるだけの理由があった。だからこれから報道に関わっていく人間として、報道管理法をしっかり理解しておく必要があると思ったんだ」
「なんか……耳が痛いな」
「だったら今日だけでも一緒に復讐するかい?」
うげ、なんか面倒な方向に話が飛んだ……。直人は心の中で苦った。
しかしここで断るのはなんだか負けた気がして渋々布団から起き上がる。それに直人も罰という言葉には引っかかっていたのだ。
のそのそと瀬尾の所まで這い寄って、キレイにまとめられたノートを覗き込む。
そこには今日の座学で延々と流された『過去のマスコミの行為』を見た瀬尾の率直な感想が箇条書きで記されていた。
・アポなしで出待ちする礼儀知らずな報道陣。
・ストーカーと呼ばれても過言ではないパパラッチ。
・幾度となく名誉棄損で訴えられた週刊誌砲。
思っていた以上に辛口だったことに驚いたが、決して間違ってはいなかった。
揶揄《やゆ》でもなんでもなく、スクリーンに映っていたマスコミは直人の知らない存在だったのだ。
『知る権利』を盾に都合の悪いことから目を背け――。
『報道の自由』を剣にただただ利益を追い求めるだけの存在――。
呼ばれてもいないのに勝手に集まっておきながら『せっかく集まった報道陣に何か一言!』なんてセリフが流れた瞬間、ぶつける先の無いイラつきが湧いた。
話題性を求めるあまり、有名人の自宅を何日も張り込むパパラッチの姿には恐怖を覚えた。
浮気や不倫は確かに人としてどうかと思う。しかし芸能人のプライバシーを無視する週刊誌の記事には疑問を感じた。
だからそれらの姿は罰を与えられて当然だと思った。
遠慮なくきっぱり言うならば――醜悪でしかなかった。
「衝撃的だったよね。報道管理法が生まれてなかったらアレと同じことをさせられてたかと思うと……、きっと俺はこの職に就きたいなんて思わなかった」
低い声で言われ、思わず頷いてしまう。
「その気持ち……なんとなくわかるよ」
直人や瀬尾はもちろんながら、二つ年上の勢戸でさえ生まれたときから報道管理法が存在している。だからマスコミが不祥事を起こした様など見たことがないし、それがこの社会の普通だと思っていた。
でも、もし仮に……。
報道管理法が存在していなかったら――?
直人だって特別報道隊を目指さなかったかもしれない。
それどころか人生そのものが変わっていた可能性だってある。
……もちろんタラレバの話をしたって意味なんか無い。けれど報道管理法が作り出され、特別報道隊という役職が生まれたからこそ、直人はこの道を目指すことを決めた。
それは紛れもない事実だ。
だって、俺が特別報道隊を目指したきっかけは――。
そこまで考えて。そこで考えるのを止めて、またのそのそと布団に戻る。
満足に復習ができたとは思えないが、報道管理法の重要さは改めて思い知った。今の自分にはそれくらいで十分だ。
瀬尾も戻っていく直人には何も言わなかった。
布団に着いて「おやすみ」と声が掛かる。
「うん、おやすみ」そう返して、直人は電気を半分消した。
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