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第二節 ガラス越しの君と僕

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「やっ、おはよ。ツトム君」





――翌日、昨日と同じように巨房に話し掛けられる主人公であった。

「お、おはよう」

「ねね、ゾムビーを目の前にした時、どんな気持ちで戦ってるの?」

マイクを手にしているように右手を主人公に差し出しながら聞く巨房。

「え? そうだなー、一般市民を、この街の皆を守りたいって一心で戦ってる、かな?」

「おお――――」

巨房の質問に答える主人公。

「そっか、正にヒーローって感じだね!」

「! ……」

思ってもみない発言に虚を突かれる主人公。

(ヒーロー……僕が……ヒーロー?)

固まってしまう主人公。

「……おーい。だいじょぶ?」

巨房が主人公の目の前でパタパタと手を動かしてみる。

「……ハッ! えーと、ごめんごめん。なんか固まっちゃった」

「……変なヒーローさん。そろそろ朝礼だから、席戻るね」

巨房に手を軽く振る主人公。

(ヒーロー……か……生れてはじめて言われた)

朝礼が終わり、授業が始まる。昼休憩、午後の授業、放課後と、時間は過ぎていく。数時間、時間が経過しても主人公の頭にあるのは一つの言葉だった。





『そっか、正にヒーローって感じだね!』





(単純に、嬉しい。……ミノリちゃん……可愛くて胸がデカくて性格も良い娘に、ヒーローって言ってもらえるなんて……普通に、気になってるのかも。でも……)

ふと、尾坦子の姿が目の前に浮かんでくる。



(僕は、それ以上に、尾坦子さんが好きだ!)



カバンを持ち、学校を後にする主人公。

(このもやもやとした気持ちをどうしようか?)

帰路に着く途中で主人公は考える。

「……ちょっと不安だけど……」

何か思い立った主人公は、途中で進行方向を変えた。数十分後、主人公は狩人ラボに足を運んでいた。



「コンコン」



「誰だ?」

「主人公ツトムです」

爆破自室のドアをノックする主人公。

「分かった、入れ」

「失礼します」

爆破の許可を得て、入室する。

「ガチャ……バタン」

ドアから入ってくる主人公に向けて爆破は言う。

「それにしても何の用だ? ツトム、今日は招集もしていないのに」

「ハハ、ちょっと相談がありまして……」

経緯を話す主人公――



「成程、恋の相談か」

赤くなる主人公。

「心に決めた人がありながら、他の人のことが気になっていていいのかなぁと思って……」



「いや、しかしだな、彼氏いない歴イコール年齢みたいな女に相談したところで、何が得られるというのか、疑問だな」



「はっ! ……えっ!」

爆破の意外な言葉に、虚を突かれる主人公。

「……まぢ……ですか?」

神妙な面持ちの主人公が問う。

「ああ、いや。正確には半生がいない歴かな? ある年齢から、恋愛に疎くなってしまってな。しかし何だ? 心はもう決まっているんだろう? ツトム」

コクリと頷く主人公。

「それなら前を向いて進むしかないだろう。丁度同じ施設に居ることだし、今日話でもしたらどうだ? 平日に来るのは珍しいんだ。何か新しい発見があるかも知れんぞ」

「……分かりました。この件以外でも、尾坦子さんには話したいことがあるので、この後話してきます」

「よろしい」

ペコリと会釈して部屋を出ようとする主人公に、言葉を投げかける爆破。

「それと、ツトム。一つ覚えておくんだ」

「?」

爆破の言葉に反応する主人公。

「女に弱いのは男、しかし男は女に強い。それが真実だ」

「??? え? あ、ハイ。じゃあ、失礼します」

主人公は理解できない様子であったが、爆破自室を後にした。



――廊下にて。

(意外だった。あの容姿端麗なスマシさんが独り身で且つ、十年くらい、かな? 彼氏がいないなんて。それにしても最後の言葉、何だったんだろう? 女に弱いのは男、男は女に強い――、か。一見矛盾しているような……謎だ……)

いつの間にか研究室の前まで来ていた。



「ウィ――ン」



研究室の扉を開ける。

「お疲れ様です」

「お、平日に来るとは珍しいな」

「はは……」

軽く研究員と挨拶を交わすと主人公は、奥のガラス張りの部屋まで足を運んだ。ガラスには修学旅行で買ったシーサーのキーホルダーや、プレゼントしたブレスレッドなどが飾られてある。

「あ、ツトム君! 珍しいわね。こんな日に」

「尾坦子さん、こんにちは。話がしたくて……」

キョトンとする尾坦子。





「そっか、修学旅行が終わって、新しい学年になったんだね」

軽くうなずく主人公。

「そうだ! 修学旅行のコト、詳しく聞いてなかったから話してほしいなー」

「うん、今から話すよ」

尾坦子の応じかけに答える主人公。

「海では泳いで、特別な施設ではシーサー造りをした」

「へー」

相槌を打つ尾坦子。

「あとは、平和について学んだかな。話を聞いただけだったけど、ひめゆりの塔、平和記念資料館、防空壕って具合に名所を回った感じ」

「うんうん」

「それでね、一つ引っかかることがあったんだ」

「ん? どんなコト?」

「その旅行ではゾムビーに出くわしたけど、在日米陸軍に助けられて事無きを得たんだ。でもね、軍隊だから、過去の歴史から言って人を殺していた集団なんだって。僕の所属している狩人も、一種の軍隊でゾムビーを殺す、米陸軍と同じで何かを殺す集団に、僕は所属しているんだなって思えてきて」

「……」

尾坦子はしっかりと主人公の話に耳を傾ける。

「それで、ゾムビーにも仲間がいて仲間を殺されているわけであって、そもそもゾムビーは元々人間だった個体もいて、その元人間の家族は――、それで尾坦子さんだって元は人間であって――」





「ストーップ!」





テンパってきた主人公を制止する尾坦子。

「落ち着こ、ツトム君」

ニッコリと笑う尾坦子。

「あ、……ハイ」

「で、何が言いたいのかな? ツトム君は」

問いかけてくる尾坦子。主人公は口を開く。

「狩人の活動は、人助けであって、どの方面から見ても良いことをしてると思ってたんだ。でも実は、酷いことを、残酷なことをしている面もあるんじゃないかって。僕は、表面上は良いことをしているように見せかけて、酷いことをしているんじゃないのかって、心のどこかで思うようになったんだ」

心中を吐露した主人公。しっかりと、話を聞いたうえで口を開く尾坦子。

「そっか。元は人だったゾムビーを殺してしまうのは酷いコトだって思うようになったんだね」

コクリとうなずく主人公。



「でも、仕方ないんじゃないかな?」



「!」

尾坦子の言葉に鋭く反応する主人公。

「医療の現場でもね、厳しいコト言うようだけど、ウイルスに感染した患者さんを、まだ健康な状態の人から隔離する事が多いんだよ? 他の人に感染しないように。だから、キミも他の健康な人の為に、被害が拡がらないようにしている活動でしょ? 狩人の活動は。人を助けたいから、しているコトじゃん。人を殺したくてやってるわけじゃないから、仕方ない部分だってある。それに――」

「?」

主人公は首を傾げたかのように、自分では想像のできない、次の言葉を待つ。

「キミは人に優しくできてるよ? 人だから」

「!」

目頭が熱くなる。主人公の目には涙が溢れた。溢れた涙がこぼれない様にするのがやっとだった。

「お……尾坦子さんだって……!」

主人公はハッとなる。

「私は……ね……」

紫色の手、足、顔。尾坦子は、今となってはゾムビーと同じ姿をした、ゾムビーと同じ生物になってしまっていた。キッと目を鋭くし、主人公は言う。

「尾坦子さんだって、ちゃんと人間やってて、他人の為に生きてるし、人に優しくできてるよ。もう、今の時点で! だから、尾坦子さんが、人間として生きていける道を、僕は探していくよ!」

「あら! 嬉しい」

主人公は研究室を後にする。家路へ着く前に、狩人ラボの方を振り返る主人公。

(尾坦子さん……いつか、必ず)

主人公は決意を新たに、戦いへと身を投じていく事を誓う。

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