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和臣の話
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「オレ、真面目なだけが取り柄で融通が利かないから、いっつも弟にフォローしてもらってたみたいなとこがあって。悠人は、高校生の時から茶髪にピアスでも先生に怒られないような、要領のいいやつなんです。明るくて人気があって、自慢の弟でした。」
仲がいいと思っていたんですけどね、と、寂しそうに綾人は笑った。
理解はされなくても、そこまで拒絶されるとは思わなかった。だから、今はきっと同じ気持ちのわかる、和臣さんとこうしてお話できてうれしいです、そう言って笑顔を見せた綾人を、和臣は抱きしめた。
個室でもない、週末で混雑した恵比寿の飲み屋のカウンターだった。
一緒に暮らそう、うちにおいで。
愛しさだけで先走って、まだ数回食事に行っただけの和臣からの誘いを、綾人は受け入れてくれた。
綾人がカフェの近くに借りていた古いアパートを引き払って和臣のマンションに来た時のことを、今でも思い出す。
綾人が肩から下げていた青いスポーツバッグ。質の良いグレーのダッフルコート。
和臣の革靴の隣に外向きに揃えられた、かかとの潰れていない黒いスニーカーを見て胸が震えたこと。
はじめの三か月は、まさに蜜月だった。
綾人がそこにいるだけで幸せだった。
二人で作って食べる稚拙な料理も、週末の外出も、なにもかもが楽しくて、出勤するときは別れがたくて始業ギリギリになった。家に帰ればきっとそこにいるとわかっているのに、綾人と少し離れるのもつらかった。こんなに誰かを想う自分に驚いた。
それなのに。
過ぎる時間が、お互いの初々しい気持ちを少しずつはがしていった。
広告代理店に勤める和臣は、もともと多忙だった。綾人と同棲を始めてから毎日のように早く帰宅していたツケが、真綿のように和臣の首を絞めていった。
後回しにしていた書類や接待に追われ、終電に飛び乗る日が増えた。
疲れて帰ると、食事の支度をして待っていた綾人が、
「忙しいのはわかるけど、LINEの一本くらい送れないのかなぁ」
と責める。たまに早く帰ると、綾人が携帯電話でゲームをしている。別にいいじゃないか、ゲームくらい。そう思うのに、お前は気楽でいいよなと、つい苛立つ自分を抑えられなかった。
綾人はカフェのバイトを続けていて、そのうえで家事もすすんでやってくれていたのに、和臣は自分より勤務時間の短い綾人が、ずっと家にいるような錯覚を覚えていた。
仲がいいと思っていたんですけどね、と、寂しそうに綾人は笑った。
理解はされなくても、そこまで拒絶されるとは思わなかった。だから、今はきっと同じ気持ちのわかる、和臣さんとこうしてお話できてうれしいです、そう言って笑顔を見せた綾人を、和臣は抱きしめた。
個室でもない、週末で混雑した恵比寿の飲み屋のカウンターだった。
一緒に暮らそう、うちにおいで。
愛しさだけで先走って、まだ数回食事に行っただけの和臣からの誘いを、綾人は受け入れてくれた。
綾人がカフェの近くに借りていた古いアパートを引き払って和臣のマンションに来た時のことを、今でも思い出す。
綾人が肩から下げていた青いスポーツバッグ。質の良いグレーのダッフルコート。
和臣の革靴の隣に外向きに揃えられた、かかとの潰れていない黒いスニーカーを見て胸が震えたこと。
はじめの三か月は、まさに蜜月だった。
綾人がそこにいるだけで幸せだった。
二人で作って食べる稚拙な料理も、週末の外出も、なにもかもが楽しくて、出勤するときは別れがたくて始業ギリギリになった。家に帰ればきっとそこにいるとわかっているのに、綾人と少し離れるのもつらかった。こんなに誰かを想う自分に驚いた。
それなのに。
過ぎる時間が、お互いの初々しい気持ちを少しずつはがしていった。
広告代理店に勤める和臣は、もともと多忙だった。綾人と同棲を始めてから毎日のように早く帰宅していたツケが、真綿のように和臣の首を絞めていった。
後回しにしていた書類や接待に追われ、終電に飛び乗る日が増えた。
疲れて帰ると、食事の支度をして待っていた綾人が、
「忙しいのはわかるけど、LINEの一本くらい送れないのかなぁ」
と責める。たまに早く帰ると、綾人が携帯電話でゲームをしている。別にいいじゃないか、ゲームくらい。そう思うのに、お前は気楽でいいよなと、つい苛立つ自分を抑えられなかった。
綾人はカフェのバイトを続けていて、そのうえで家事もすすんでやってくれていたのに、和臣は自分より勤務時間の短い綾人が、ずっと家にいるような錯覚を覚えていた。
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