ほの明るいグレーに融ける

さほり

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3ヶ月前

1.

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24歳の11月、綾人はおよそ2年ぶりに「社会」に足を踏み出した。

振り返ると、白い紙粘土で作ったような大四角い大きな建物が視界のすべてを占める。エントランスに施設名などの表示はなく、すべての窓に鉄格子が嵌められていた。
綾人は自分が1年半もお世話になったこの施設が、精神病院なのか療養施設なのか、最後までわからなかった。

わからないと言えば、わからないことだらけだ。
自分を監禁していた男がどこの誰だったのかも。自分に投与されていた薬が、どんな名前でどこから仕入れられたのかも。
ただ、あの薬が完全に身体から抜け、気が狂うような渇望を伴う副作用が消えて、自立した生活を送れると判断されるまで、2年もの月日を要したことは担当の医師から聞かされていた。

綾人は繁華街の路地に棄てられていたのだという。
毛布にくるまれて横たわる人らしきモノは多くの人に目撃されていたが、酔っ払いかホームレスだと思われ、長時間放置された。見かねた近所の店の人に通報され保護された時、裸同然の綾人は凍傷と栄養失調と薬物中毒で瀕死の状態だった。

10週間にわたる監禁生活は、廃人同様になった綾人をもてあました犯人が路地に遺棄することで終焉を迎えたらしい。
もしかしたら、店長の忍がサイトにコメントを寄せたことが、きっかけだったのかもしれない。和臣の話を聞くまで、そんな外的要因のことを考えたこともなかったけれど。

事件性を認めた警察が何度も病室に話を聞きに来たが、まともに話のできる容態になってからも綾人から有力な情報は得られず、被疑者が特定できなかった。

若い身体は順調に回復したが、綾人の精神状態はなかなか安定しなかった。
小柄とはいえ成人した男の突然の嘔吐や自傷行動に、一般病棟では対応しきれない。
身体への治療が完了してまもなく、綾人は転院を余儀なくされた。その後も転院を繰り返し、最終的に落ち着いたこの施設の個室で、綾人は1年半を過ごした。

綾人の入院生活を支えたのが、勘当されたとはいえ戸籍上は父親である名木佐総一郎の財力だったことは間違いない。しかし、彼が息子の見舞いに来ることは一度もなかった。

退院が決まり、施設の職員に、父の秘書から預かったという紙袋を渡された。現金の入った封筒。契約済みだというアパートの住所と鍵。再交付された運転免許証と健康保険証。
中身はそれだけだった。

父親だけではなく、施設の外の人間は、一人として、見舞いにも、出迎えにも来なかった。
この世界の誰にも、必要とされていない。施設の職員たちが退院を喜んでくれたことさえも、綾人の孤独に追い打ちをかけた。


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