ほの明るいグレーに融ける

さほり

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月曜日

6.

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和臣はナギサを探して街を歩いた。

まず足を向けたのは地元駅前の交差点だ。和臣のマンションとは駅舎を挟んで反対側にあるので事故以来初めて見たが、そこはつい3日前に大きな交通事故があったとは思えない風景だった。

通行人はいつもどおり急ぎ足で通り過ぎ、車の往来も激しい。よく見れば、一部ガードレールが撤去されているし、その下には複数の花束が手向けられている。それでも、事件の当事者以外にとってここは生活道路の一つにすぎず、事故の後始末が終われば大多数の生活には何の影響も及ぼさないことを、和臣は痛感させられた。

ナギサはいない。
事故現場の交差点にぼうっと立っている姿を想像して来たのに、その付近を歩き回ってもナギサの明るい金髪を見つけることはできなかった。
現場に戻るものだと思ったのに。
いや、それは犯人か。
バカな考えに、和臣は一人苦笑した。

歩き回って、一つ発見したことがある。人間は、あるいは自分だけかもしれないが、脚を動かしているときの方が頭が働くのだ。

「ありえない」を置いておこう。
そう決めたことで、思考が柔軟になった。喫煙室やデスクで考えていたときには、思考が堂々巡りだった。右に行こうとしても左に行こうとしても、「ありえない」にぶつかってしまう。
和臣は、「ありえない」をとりあえずよそに置いておいて、考えてみることにした。

自分が8歳のときに亡くなった祖父のことを思い出したからだ。

気難しい人で、可愛がられた覚えがなかった。初孫で内孫の自分が大事にされなかったはずはないと今ならわかるが、当時は盆と正月に会いに行くのも気が進まなかった。「ありがとう」ではなく「ありがとうございます」と言いなさいと叱られてから、プレゼントをもらっても素直に喜べなかった。

その祖父がある晩、小2の和臣の夢に出てきたのだ。冬休みに入る前の、寒い夜だった。夢の中で和臣は、できるようになった二重跳びを披露した。覚えたての九九を諳んじ、一輪車にも乗って見せた。祖父はただベンチに座って、目を細めて頷きながら見ていた。
もっといろいろなことを見せようと思ったのに、祖父はおもむろに立ち上がると、何も言わずに去っていった。和臣は呼び止めたけれど追いかけなかった。
祖父は振り向きもせずそのまま消えた。

翌朝目が覚めると両親はばたばたといつもより忙しなく、暖房で温められた部屋はかすかに樟脳のにおいがした。和臣は母親から、祖父が昨夜急逝したのだと知らされた。

世の中には、不思議なことがたくさんある。
科学で証明できないことが多すぎる。
死ぬときに夢に出てきた祖父のように、死んだ綾人が和臣に会いに来たっていいじゃないか。

ナギサは綾人なんだ。
いまや和臣はほぼ確信していた。
綾人が会いに来てくれたんだ。

あの身体はどうしたのだろうか。
たとえば、偶然事故現場に居合わせた他人の身体に、綾人の精神が入り込んだとしたらどうだろう。
肉体と精神が入れ替わる、漫画やドラマではよくある話だ。
困惑した綾人はとりあえず俺に会いに来る。いきなり綾人だと言っても信用されないだろうから、あえて全くの他人を装って……

違和感がある。
それならばきっと、綾人はその身体でいきなり俺に抱かれたりはしないだろう。
他人の身体を借りて。
その人にはその人の、培ってきた人生があるのに。一時的に借りているだけかもしれない男の身体で、俺に抱かれる?
そんなことを、綾人がするとは思えない。
それならばあれは綾人本人だと考えるほうが、よほど自然だ。

幽霊に触れるなんて、信じられないけれど。

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