ほの明るいグレーに融ける

さほり

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エピローグ(1年後)

4.

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「さて、行きましょうか。」

きりっとした時佳の声に促されて、和臣と綾人は悠人の墓を後にした。

和臣の前を歩く綾人は、少し右足を引きずっている。
一年前の事故で、綾人の足には軽微な障害が残った。普通に生活していれば気にならない程度だが、疲れた時や坂道では靴底をわずかに地面に擦るような歩き方になる。激しい運動や長時間の歩行は無理だと医師から言われていた。

墓地の不安定な足元や短い階段が、身体に負担をかけただろうか。

「綾人。」

和臣が声をかけると、綾人は振り向いて弱く微笑んだ。

「ありがとう。」

そう言って、差し出された杖を受け取る。
綾人の杖は折り畳み式で、大きめのかばんになら収納できるサイズに作られている。とはいえ意外に重量があるので、常に杖をついて歩くのは嫌だという綾人のために、一緒にいるときには和臣が持ち歩くことにしている。
和臣が必要だと判断して差し出したときには、意地を張らずに使うという約束になっていた。

「帰ったらマッサージしよう。」

和臣は優しい顔でそう言うと、

「足じゃないところもね。」

綾人の耳元でそう付け足した。

「ば…… っ!」

横目で姉を見ながら口を開けた綾人の表情を見て、和臣の脳裏にナギサの顔がよぎる。

髪と肌の色は自然に戻し、ピアスの穴はわずかな跡を残してすべてふさがった。整形してつった大きな目はそのままだけれど、外見はほぼ昔の綾人の姿に戻っている。
それでも、綾人のささいな言動や表情に、ナギサがふわっと重なって見えることがよくあった。ほんの3日間一緒にいただけのナギサが、綾人の変装で、しかも生霊だったらしいことは理解しているものの、その違いすぎる二人の印象が重なると、和臣はいつもどきっとしてしまう。

「脳には異状なかったんだって、よかったな。」
病院で、頭の包帯が取れた綾人にそう言ったら、
「オレの頭なんて、とっくにいかれてるよ。」
ニヒルに笑った姿に度肝を抜かれた1年前を思い出す。
綾人とナギサが融合している、と、その時は思ったが、もともと綾人にもそういう部分があったというだけの話だ。

かっこ悪いと言って杖をつくのを嫌がる綾人だって、昔の彼からは想像できなかった。
いろんな表情をみせてくれるようになった綾人を、和臣は心から愛しいと思った。

「あとで無理させるから、いまは身体休めとけよ。」

時佳に聞こえないように、綾人の耳元で、和臣はささやく。

「ちょ……っ、だからもお、そおいうの、やめろよ…… っ」

和臣は、わずかに身をよじって嫌がる綾人の脇に手を伸ばした。そこにある留め具を外すと、綾人のボディバッグがするりと外れて確かな重量感とともに手におさまる。
和臣はそれを自分のかばんにしまうと、指のはらで綾人の頬をひとなでしてから、ゆっくりと歩き出した。


白い花びらを乗せた強い春風が、境内を吹き抜ける。
弟の声が聞こえた気がして、綾人は振り返った。
そこにはただ、彼の墓前に供えられた青やピンクの鮮やかな花が揺れているだけだったけれど。

悠人の手が背中を押してくれているような気がして、綾人は追い風に背筋を伸ばし、一歩を踏み出した。

【了】
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