コトバミズ

白美希結

文字の大きさ
1 / 9

文字を飲ませる少年

しおりを挟む
文字を飲ませる少年

「何だ。その態度は!子供のくせにそんな言い方があるか!」
 おい。爺さん。周りを見ろ。お前が店員二人に、怒鳴ってるせいで列ができてるぞ。せめて一人は解放してくれよ。レジを止めるな。それに『子供が!』って社会で働ける歳なんだから、その表現はおかしいだろ。みんな白い目で見てるぜ。
 
「申し訳ございませんでした」
 「一体どんな育てられ方をしたら、お前みたいな子供になるのか、親の顔を見てみたい」
 「はい。申し訳ございませんでした」
 後ろに並んでいるおばさん二人が小声で話している。
 「いい大人が恥ずかしいわ。素直にタバコの番号を言えばいいのよ。銘柄が分からないからって怒鳴る事ないでしょ。あれはもう、カスハラよね。警察呼んであげようかしら」
 「威力業務妨害罪に該当するわね」
 「さすが、弁護士さんの奥様。専門用語がすらっと出てきちゃうんだから」
 「別に専門用語でもないわよ」
 二人でクスクスと笑っている。呑気な人たちだ。こんな、状況でもお喋りさえしていれば、何時間でも退屈せずに待っていられるのだろう。
 
 男の子が突然列から外れ、爺さんの隣に立った。ゆっくりと振り返り頷いた。目線の先にはマスクをした母親らしき人が並んでいた。
 「おじいさん」
 爺さんの袖を掴んでいる。
 「び、びっくりしたなぁ。いつの間にこのガキは、隣に来たんだ」
 『ガキ』って。さっきから失礼な爺さんだな。
 その隙に一人の店員がレジに立った。
 「ボク、ナイスだ!」
 思わず、口に出してしまった。爺さんと少年のやり取りを横目に進んだ。
「おじいさん、のどがかわいてない?このおみず、のんで」
「おじさんにくれるのか?」
 ペットボトルの蓋を空け、ゴクゴクと水を飲み干した。小さな子供から、何の遠慮もなく水をもらう図々しさに溜め息が出る。
 「あんなにたくさん、お話したら喉が渇くでしょ」
 「なんて気が利く子だ。君の親は立派なんだろうな。困っている人に手を差し伸べられる子に育てたのだから」
 店員にいつまでも文句を言っている爺さんこそ、一体どんな親に育てられたんだと突っ込みたくなる。
 (こくり……)
 男の子はゆっくりと頷いた。

 「……ぐ、苦しい。い、痛い……」
 ……ゴボゴボゴボという音と同時に、爺さんの口から何かが大量に吐き出されている。
 「……ぐ、ぐ、くるし……」
 「い」を言い切れぬまま、爺さんはその場に倒れた。
 次から次へ、何かが吐き出されている。
 「キャー!」
 「救急車を!」
 店内にいた人達の悲鳴が飛び交う中、僕は爺さんに近づき、吐き出されているものを確かめた。残念ながら、息絶えてしまったようだ。
 「文字?そんなわけないよな」
 いや、絶対に文字だ。爺さんの周りには真っ黒な字が溢れている。口元を凝視していると、テロップのように『マニュアル』『番号』『迷惑』などの単語が吐き出されてくる。ゴツゴツしている文字からして、書体はゴシック体だろう。
 
 「ペットボトルを渡していた男の子は、どこに行ったのかしら」
 「母親もいないのよ。あのお爺さん、お水飲んだ後に倒れたわよね」
 「きっと偶然よ。怒りすぎて血管でも切れちゃったんでしょ。理不尽に怒鳴ったりしてるからバチが当たったのよ」
 おばさんたちの会話を聞いている限り、文字が見えていないらしい。ひょっとして、僕だけが見えている?
 「あの、すみません。お爺さんは何か吐き出しているように見えませんか?」
 「泡よ。嘔吐物なら匂いでわかるし、見るからに白いでしょ。泡でしょ。泡」
 そんなに何度も『泡』と言わなくても……。
 「それにしても嫌な人生の終わり方よね」
 「本当よね。せめて家族に見守られて逝きたいわ」
 このままだとさらに、話が逸れる。
 「泡ですよね。変な質問してすみませんでした」
 「あなた、よくそばで見られるわね。変な感染症とかだったら怖いじゃない」
 「そうですよね……。そこまで考えませんでした。すみません」
 注意されてしまった。
 やっぱり僕にしか見えていないらしい。小説家志望の僕はついに頭がおかしくなったのだろうか……。

 店員が通報した為、救急車とパトカーが到着した。現場検証、事情聴取などにより、店は臨時休業となった。
 「だから、みんなが言ってるだろ。急に倒れたんだよ。忙しいんだ。勘弁してもらえないかなぁ」
 「お爺さんにお水をあげた男の子は、何歳位だったかな」
 「スマホでお客さんとやり取りをしていたから、しっかりと見ていない。俺らに聞くより防犯カメラを見ればわかることだろ」
 スーツを着たサラリーマン風の人が、貧乏ゆすりをしながら訴えている。
 確かに迷惑な話である。勝手に怒った爺さんが何らかの原因で倒れ、店内で死亡した。亡くなった人を悪く言いたくないが、彼以外にもそう思っている人はいるだろう。
 現場に居合わせた人達は、警察官に連絡先を伝え、やっと解放された。
 後に聞いた話だが、事件性はなく心臓発作による、病死で解決した。死因に違和感を感じた。喉からとめどなく吐き出された文字が現実であれば、窒息死なはずだ。やっぱり僕は、幻覚を見たのだろう。

 僕は幼い頃から活字が大好きだ。新学期に配られる国語の教科書を、ずっと心待ちにしていた。新しい物語に出会えるワクワク感がたまらなかった。しかし、あっという間に読み終わってしまう。
 裕福な家庭ではなかった為、本を買ってもらえるはずもなく図書館で読み漁っていた。僕にとって天国そのものの場所だった。
 しかしそのせいで、いじめの対象にもなった。
 『男のくせに』『本ばかり読んでいて暗いやつだ』『頭がイカれている』そんな言葉をたくさん浴びてきた。
 好きなことをしているだけなのに、どうして非難されなければならないのか不思議だった。
 『言葉』というものはとても素晴らしいものだ。自分の気持ちを伝えられる唯一の手段なのだから。
 今なら分かる。こんな風に、文学的な考えをしてしまうのが、いじめられた要因の一つだ。という訳で、中森康太。三十五歳。小説家志望のフリーター。僕には友達がいない。
 
 あれから数週間経ち、爺さんの事などすっかり忘れていた。
 「たまにはさ、飯食って帰ろうぜ。康太どうせ暇だろ」
 「暇ですけど……。どうせって、ひどくないですか?」
 「ほら、暇じゃんか。本当のことだろ」
 「そうですね。食べて帰ります」
 「よしきた!」
 今まで友達が居なかったので、人との距離感がイマイチ分からない。しかし、バイト先の赤堀先輩は、細かいことを気にしない人だ。そのおかげで僕は自然体でいられる。
 交差点を曲がろうとした時、警察官と運転手が停止線の近くで揉めていた。
 「何をこんなところで揉めてるんだよ。警察官は大変だよな。俺は絶対になりたくない」
 「大丈夫ですよ。赤堀先輩はなれませんから」
 「失礼なやつだな、俺だって本気になればなんでもなれるさ」
「なんか、そんな映画ありましたよね。いい歳したおじさんが、漫画家を目指しているとかって話だったかなぁ」
 「もう、お前がその類の話をすると長くなるから終わり!早く行くぞ」
 
 先輩がお気に入りの居酒屋は一駅先にある。
 「わざわざ、電車に乗るんですか?」
 「歩いて行くよりマシだろ」
 「そうですけど、その辺の居酒屋でいいですよ」
 「お前は、先輩の言うことが聞けないのか」
 「すいません。でも、割り勘なんですから僕にも意見する権利はあると思います」
 「康太に、なぜ友達が居ないのか分かった気がするよ。俺がいてよかったなぁ」
 「先輩の方こそ、後輩の僕ばっかりと一緒にいて、本当は友達いないんじゃないですか」
 意地悪な顔をしてやった。腹が減ったなと考えていたら、突然ドアのそばに立っていた若い女性が倒れた。
 一瞬でその場が凍りつき、何が起きたのか理解するまでに数秒を要した。
 「だ、大丈夫ですか」
 彼女のそばに行こうとした瞬間、ペットボトルを持った男の子が目に入った。辺りを見回すと……。いた……。マスクをした母親らしき人も……。背中が『ゾクっとした』
 「ただの偶然だよな……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...