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文字を飲ませる少年
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文字を飲ませる少年
「何だ。その態度は!子供のくせにそんな言い方があるか!」
おい。爺さん。周りを見ろ。お前が店員二人に、怒鳴ってるせいで列ができてるぞ。せめて一人は解放してくれよ。レジを止めるな。それに『子供が!』って社会で働ける歳なんだから、その表現はおかしいだろ。みんな白い目で見てるぜ。
「申し訳ございませんでした」
「一体どんな育てられ方をしたら、お前みたいな子供になるのか、親の顔を見てみたい」
「はい。申し訳ございませんでした」
後ろに並んでいるおばさん二人が小声で話している。
「いい大人が恥ずかしいわ。素直にタバコの番号を言えばいいのよ。銘柄が分からないからって怒鳴る事ないでしょ。あれはもう、カスハラよね。警察呼んであげようかしら」
「威力業務妨害罪に該当するわね」
「さすが、弁護士さんの奥様。専門用語がすらっと出てきちゃうんだから」
「別に専門用語でもないわよ」
二人でクスクスと笑っている。呑気な人たちだ。こんな、状況でもお喋りさえしていれば、何時間でも退屈せずに待っていられるのだろう。
男の子が突然列から外れ、爺さんの隣に立った。ゆっくりと振り返り頷いた。目線の先にはマスクをした母親らしき人が並んでいた。
「おじいさん」
爺さんの袖を掴んでいる。
「び、びっくりしたなぁ。いつの間にこのガキは、隣に来たんだ」
『ガキ』って。さっきから失礼な爺さんだな。
その隙に一人の店員がレジに立った。
「ボク、ナイスだ!」
思わず、口に出してしまった。爺さんと少年のやり取りを横目に進んだ。
「おじいさん、のどがかわいてない?このおみず、のんで」
「おじさんにくれるのか?」
ペットボトルの蓋を空け、ゴクゴクと水を飲み干した。小さな子供から、何の遠慮もなく水をもらう図々しさに溜め息が出る。
「あんなにたくさん、お話したら喉が渇くでしょ」
「なんて気が利く子だ。君の親は立派なんだろうな。困っている人に手を差し伸べられる子に育てたのだから」
店員にいつまでも文句を言っている爺さんこそ、一体どんな親に育てられたんだと突っ込みたくなる。
(こくり……)
男の子はゆっくりと頷いた。
「……ぐ、苦しい。い、痛い……」
……ゴボゴボゴボという音と同時に、爺さんの口から何かが大量に吐き出されている。
「……ぐ、ぐ、くるし……」
「い」を言い切れぬまま、爺さんはその場に倒れた。
次から次へ、何かが吐き出されている。
「キャー!」
「救急車を!」
店内にいた人達の悲鳴が飛び交う中、僕は爺さんに近づき、吐き出されているものを確かめた。残念ながら、息絶えてしまったようだ。
「文字?そんなわけないよな」
いや、絶対に文字だ。爺さんの周りには真っ黒な字が溢れている。口元を凝視していると、テロップのように『マニュアル』『番号』『迷惑』などの単語が吐き出されてくる。ゴツゴツしている文字からして、書体はゴシック体だろう。
「ペットボトルを渡していた男の子は、どこに行ったのかしら」
「母親もいないのよ。あのお爺さん、お水飲んだ後に倒れたわよね」
「きっと偶然よ。怒りすぎて血管でも切れちゃったんでしょ。理不尽に怒鳴ったりしてるからバチが当たったのよ」
おばさんたちの会話を聞いている限り、文字が見えていないらしい。ひょっとして、僕だけが見えている?
「あの、すみません。お爺さんは何か吐き出しているように見えませんか?」
「泡よ。嘔吐物なら匂いでわかるし、見るからに白いでしょ。泡でしょ。泡」
そんなに何度も『泡』と言わなくても……。
「それにしても嫌な人生の終わり方よね」
「本当よね。せめて家族に見守られて逝きたいわ」
このままだとさらに、話が逸れる。
「泡ですよね。変な質問してすみませんでした」
「あなた、よくそばで見られるわね。変な感染症とかだったら怖いじゃない」
「そうですよね……。そこまで考えませんでした。すみません」
注意されてしまった。
やっぱり僕にしか見えていないらしい。小説家志望の僕はついに頭がおかしくなったのだろうか……。
店員が通報した為、救急車とパトカーが到着した。現場検証、事情聴取などにより、店は臨時休業となった。
「だから、みんなが言ってるだろ。急に倒れたんだよ。忙しいんだ。勘弁してもらえないかなぁ」
「お爺さんにお水をあげた男の子は、何歳位だったかな」
「スマホでお客さんとやり取りをしていたから、しっかりと見ていない。俺らに聞くより防犯カメラを見ればわかることだろ」
スーツを着たサラリーマン風の人が、貧乏ゆすりをしながら訴えている。
確かに迷惑な話である。勝手に怒った爺さんが何らかの原因で倒れ、店内で死亡した。亡くなった人を悪く言いたくないが、彼以外にもそう思っている人はいるだろう。
現場に居合わせた人達は、警察官に連絡先を伝え、やっと解放された。
後に聞いた話だが、事件性はなく心臓発作による、病死で解決した。死因に違和感を感じた。喉からとめどなく吐き出された文字が現実であれば、窒息死なはずだ。やっぱり僕は、幻覚を見たのだろう。
僕は幼い頃から活字が大好きだ。新学期に配られる国語の教科書を、ずっと心待ちにしていた。新しい物語に出会えるワクワク感がたまらなかった。しかし、あっという間に読み終わってしまう。
裕福な家庭ではなかった為、本を買ってもらえるはずもなく図書館で読み漁っていた。僕にとって天国そのものの場所だった。
しかしそのせいで、いじめの対象にもなった。
『男のくせに』『本ばかり読んでいて暗いやつだ』『頭がイカれている』そんな言葉をたくさん浴びてきた。
好きなことをしているだけなのに、どうして非難されなければならないのか不思議だった。
『言葉』というものはとても素晴らしいものだ。自分の気持ちを伝えられる唯一の手段なのだから。
今なら分かる。こんな風に、文学的な考えをしてしまうのが、いじめられた要因の一つだ。という訳で、中森康太。三十五歳。小説家志望のフリーター。僕には友達がいない。
あれから数週間経ち、爺さんの事などすっかり忘れていた。
「たまにはさ、飯食って帰ろうぜ。康太どうせ暇だろ」
「暇ですけど……。どうせって、ひどくないですか?」
「ほら、暇じゃんか。本当のことだろ」
「そうですね。食べて帰ります」
「よしきた!」
今まで友達が居なかったので、人との距離感がイマイチ分からない。しかし、バイト先の赤堀先輩は、細かいことを気にしない人だ。そのおかげで僕は自然体でいられる。
交差点を曲がろうとした時、警察官と運転手が停止線の近くで揉めていた。
「何をこんなところで揉めてるんだよ。警察官は大変だよな。俺は絶対になりたくない」
「大丈夫ですよ。赤堀先輩はなれませんから」
「失礼なやつだな、俺だって本気になればなんでもなれるさ」
「なんか、そんな映画ありましたよね。いい歳したおじさんが、漫画家を目指しているとかって話だったかなぁ」
「もう、お前がその類の話をすると長くなるから終わり!早く行くぞ」
先輩がお気に入りの居酒屋は一駅先にある。
「わざわざ、電車に乗るんですか?」
「歩いて行くよりマシだろ」
「そうですけど、その辺の居酒屋でいいですよ」
「お前は、先輩の言うことが聞けないのか」
「すいません。でも、割り勘なんですから僕にも意見する権利はあると思います」
「康太に、なぜ友達が居ないのか分かった気がするよ。俺がいてよかったなぁ」
「先輩の方こそ、後輩の僕ばっかりと一緒にいて、本当は友達いないんじゃないですか」
意地悪な顔をしてやった。腹が減ったなと考えていたら、突然ドアのそばに立っていた若い女性が倒れた。
一瞬でその場が凍りつき、何が起きたのか理解するまでに数秒を要した。
「だ、大丈夫ですか」
彼女のそばに行こうとした瞬間、ペットボトルを持った男の子が目に入った。辺りを見回すと……。いた……。マスクをした母親らしき人も……。背中が『ゾクっとした』
「ただの偶然だよな……」
「何だ。その態度は!子供のくせにそんな言い方があるか!」
おい。爺さん。周りを見ろ。お前が店員二人に、怒鳴ってるせいで列ができてるぞ。せめて一人は解放してくれよ。レジを止めるな。それに『子供が!』って社会で働ける歳なんだから、その表現はおかしいだろ。みんな白い目で見てるぜ。
「申し訳ございませんでした」
「一体どんな育てられ方をしたら、お前みたいな子供になるのか、親の顔を見てみたい」
「はい。申し訳ございませんでした」
後ろに並んでいるおばさん二人が小声で話している。
「いい大人が恥ずかしいわ。素直にタバコの番号を言えばいいのよ。銘柄が分からないからって怒鳴る事ないでしょ。あれはもう、カスハラよね。警察呼んであげようかしら」
「威力業務妨害罪に該当するわね」
「さすが、弁護士さんの奥様。専門用語がすらっと出てきちゃうんだから」
「別に専門用語でもないわよ」
二人でクスクスと笑っている。呑気な人たちだ。こんな、状況でもお喋りさえしていれば、何時間でも退屈せずに待っていられるのだろう。
男の子が突然列から外れ、爺さんの隣に立った。ゆっくりと振り返り頷いた。目線の先にはマスクをした母親らしき人が並んでいた。
「おじいさん」
爺さんの袖を掴んでいる。
「び、びっくりしたなぁ。いつの間にこのガキは、隣に来たんだ」
『ガキ』って。さっきから失礼な爺さんだな。
その隙に一人の店員がレジに立った。
「ボク、ナイスだ!」
思わず、口に出してしまった。爺さんと少年のやり取りを横目に進んだ。
「おじいさん、のどがかわいてない?このおみず、のんで」
「おじさんにくれるのか?」
ペットボトルの蓋を空け、ゴクゴクと水を飲み干した。小さな子供から、何の遠慮もなく水をもらう図々しさに溜め息が出る。
「あんなにたくさん、お話したら喉が渇くでしょ」
「なんて気が利く子だ。君の親は立派なんだろうな。困っている人に手を差し伸べられる子に育てたのだから」
店員にいつまでも文句を言っている爺さんこそ、一体どんな親に育てられたんだと突っ込みたくなる。
(こくり……)
男の子はゆっくりと頷いた。
「……ぐ、苦しい。い、痛い……」
……ゴボゴボゴボという音と同時に、爺さんの口から何かが大量に吐き出されている。
「……ぐ、ぐ、くるし……」
「い」を言い切れぬまま、爺さんはその場に倒れた。
次から次へ、何かが吐き出されている。
「キャー!」
「救急車を!」
店内にいた人達の悲鳴が飛び交う中、僕は爺さんに近づき、吐き出されているものを確かめた。残念ながら、息絶えてしまったようだ。
「文字?そんなわけないよな」
いや、絶対に文字だ。爺さんの周りには真っ黒な字が溢れている。口元を凝視していると、テロップのように『マニュアル』『番号』『迷惑』などの単語が吐き出されてくる。ゴツゴツしている文字からして、書体はゴシック体だろう。
「ペットボトルを渡していた男の子は、どこに行ったのかしら」
「母親もいないのよ。あのお爺さん、お水飲んだ後に倒れたわよね」
「きっと偶然よ。怒りすぎて血管でも切れちゃったんでしょ。理不尽に怒鳴ったりしてるからバチが当たったのよ」
おばさんたちの会話を聞いている限り、文字が見えていないらしい。ひょっとして、僕だけが見えている?
「あの、すみません。お爺さんは何か吐き出しているように見えませんか?」
「泡よ。嘔吐物なら匂いでわかるし、見るからに白いでしょ。泡でしょ。泡」
そんなに何度も『泡』と言わなくても……。
「それにしても嫌な人生の終わり方よね」
「本当よね。せめて家族に見守られて逝きたいわ」
このままだとさらに、話が逸れる。
「泡ですよね。変な質問してすみませんでした」
「あなた、よくそばで見られるわね。変な感染症とかだったら怖いじゃない」
「そうですよね……。そこまで考えませんでした。すみません」
注意されてしまった。
やっぱり僕にしか見えていないらしい。小説家志望の僕はついに頭がおかしくなったのだろうか……。
店員が通報した為、救急車とパトカーが到着した。現場検証、事情聴取などにより、店は臨時休業となった。
「だから、みんなが言ってるだろ。急に倒れたんだよ。忙しいんだ。勘弁してもらえないかなぁ」
「お爺さんにお水をあげた男の子は、何歳位だったかな」
「スマホでお客さんとやり取りをしていたから、しっかりと見ていない。俺らに聞くより防犯カメラを見ればわかることだろ」
スーツを着たサラリーマン風の人が、貧乏ゆすりをしながら訴えている。
確かに迷惑な話である。勝手に怒った爺さんが何らかの原因で倒れ、店内で死亡した。亡くなった人を悪く言いたくないが、彼以外にもそう思っている人はいるだろう。
現場に居合わせた人達は、警察官に連絡先を伝え、やっと解放された。
後に聞いた話だが、事件性はなく心臓発作による、病死で解決した。死因に違和感を感じた。喉からとめどなく吐き出された文字が現実であれば、窒息死なはずだ。やっぱり僕は、幻覚を見たのだろう。
僕は幼い頃から活字が大好きだ。新学期に配られる国語の教科書を、ずっと心待ちにしていた。新しい物語に出会えるワクワク感がたまらなかった。しかし、あっという間に読み終わってしまう。
裕福な家庭ではなかった為、本を買ってもらえるはずもなく図書館で読み漁っていた。僕にとって天国そのものの場所だった。
しかしそのせいで、いじめの対象にもなった。
『男のくせに』『本ばかり読んでいて暗いやつだ』『頭がイカれている』そんな言葉をたくさん浴びてきた。
好きなことをしているだけなのに、どうして非難されなければならないのか不思議だった。
『言葉』というものはとても素晴らしいものだ。自分の気持ちを伝えられる唯一の手段なのだから。
今なら分かる。こんな風に、文学的な考えをしてしまうのが、いじめられた要因の一つだ。という訳で、中森康太。三十五歳。小説家志望のフリーター。僕には友達がいない。
あれから数週間経ち、爺さんの事などすっかり忘れていた。
「たまにはさ、飯食って帰ろうぜ。康太どうせ暇だろ」
「暇ですけど……。どうせって、ひどくないですか?」
「ほら、暇じゃんか。本当のことだろ」
「そうですね。食べて帰ります」
「よしきた!」
今まで友達が居なかったので、人との距離感がイマイチ分からない。しかし、バイト先の赤堀先輩は、細かいことを気にしない人だ。そのおかげで僕は自然体でいられる。
交差点を曲がろうとした時、警察官と運転手が停止線の近くで揉めていた。
「何をこんなところで揉めてるんだよ。警察官は大変だよな。俺は絶対になりたくない」
「大丈夫ですよ。赤堀先輩はなれませんから」
「失礼なやつだな、俺だって本気になればなんでもなれるさ」
「なんか、そんな映画ありましたよね。いい歳したおじさんが、漫画家を目指しているとかって話だったかなぁ」
「もう、お前がその類の話をすると長くなるから終わり!早く行くぞ」
先輩がお気に入りの居酒屋は一駅先にある。
「わざわざ、電車に乗るんですか?」
「歩いて行くよりマシだろ」
「そうですけど、その辺の居酒屋でいいですよ」
「お前は、先輩の言うことが聞けないのか」
「すいません。でも、割り勘なんですから僕にも意見する権利はあると思います」
「康太に、なぜ友達が居ないのか分かった気がするよ。俺がいてよかったなぁ」
「先輩の方こそ、後輩の僕ばっかりと一緒にいて、本当は友達いないんじゃないですか」
意地悪な顔をしてやった。腹が減ったなと考えていたら、突然ドアのそばに立っていた若い女性が倒れた。
一瞬でその場が凍りつき、何が起きたのか理解するまでに数秒を要した。
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