コトバミズ

白美希結

文字の大きさ
3 / 9

水道字

しおりを挟む
水道字

『現場からは以上です』
 
「おい、康太。今のニュース見てたか?」
 口の中に漬物を放り込み、割り箸を皿の上に置いた。
「食べるのに夢中で見てませんでした。どうかしました?」
「駅に行く途中で、警察官と揉めてた人がいただろ。死んだんだってさ」
「何でニュースになっているんですか?変な死に方でもしたんですかね」
「警察官が危害を加えたって通報があったらしい。話してる最中に突然苦しみだして、泡を吹いたんだと」
 ……泡?背中がゾクッとした。その時の様子が、ネットで拡散されているらしい。
 
 『だから、俺はしっかり停止線で止まったって言ってるだろ。っていうか、なんで隠れて見てるんだよ。それがまず、おかしいだろ。もっと堂々と立ってろよ。税金で飯食ってるくせに、やることも卑怯なんだな』
 今の時代、すぐに動画を撮る人が多い。警察官と揉めているのを面白がっていたらしい。
 『交通違反をしたのは貴方です。そもそもルールなのですから、僕たち警察官が見ていなくても守ってください。みなさん一人、一人がしっかりと守って頂けてれば、取り締まる必要なんてないのです』
 警察官の言っている事は正しい。だが、捕まると何故か腹が立ってしまう。
 『偉そうにしやがって。お前は一度もルールを破ったことのない完璧な人間なんだな』
 横断歩道を歩く人たちが映し出され、周りの様子も確認できる。相変わらず男性が罵っている場面が続き、警察官の表情も呆れている。
 
 (ドクン……)
 ……まさか。心臓の鼓動が激しくなり、口から飛び出してきそうだ。
 「せ、先輩。少し戻してもらえませんか」
 「何だよ、どの辺だよ。この先が早く見たいのによぉ」
 「歩行者信号が変わった辺りで止めてください」
 寒気がした。見間違いではない。絶対にあの少年だ。肌寒くなってきたのにタンクトップに半ズボン……。季節感ゼロな感じ……。それと、マスクの母親……。
 「ありがとうございます」
 自分のスマホでじっくりと見ることにした。思った通り、男性は苦しみ始める前にペットボトルの水を飲んでいた。突然胸を抑え始め、勢いよく何かを口から吐き出していた。
 
 「康太、どう思う?この動画を見る限り、警察官は何もしてないと思うんだけどな。そんな事より、さっき電車の中でも女の人が同じような感じで倒れたよな」
 ただの偶然とは思えない。僕の周りで同じような死に方をしている人が多すぎる。それも、この短期間で。先輩が言うように、電車内で倒れた女性もその一人だ。
 「何もしていないと思います。警察官がかわいそうですよ。この男性もやっぱり、泡を吐いてますよね」
 「さっきから何だよ。どう見ても泡だろ。本当に大丈夫かよ」
 「ですよね。大丈夫です。僕も泡に見えますから」
 『違』『悪』『注』『守』など黄色の文字が見える。何かを警告されているような気持ちになる。
 本当の事を言っても信じてもらえないだろう。僕は頭がイカれてしまったのかもしれない。
 
 動画を見終わった先輩がニヤニヤしている。不謹慎な人だなと思ってしまった。
「帰りに、この現場見てみようぜ」
 「嫌ですよ。そんな野次馬精神、持ち合わせてないです」
 「いちいち、変な言い方するな。ったく小説家気取りが」
 そう言いながらも、どこか楽しそうな表情をしている。
 「まだ飲み足りないが終電の時間になるし、そろそろ出よう。今日は俺が奢るよ」
 「いいんですか?ご馳走様です!」
 「その代わり、帰りに現場を通って俺の家で飲み直そうぜ」
 「あ、はい……」
 金欠な僕は二つ返事以外の選択肢はなかった。

 遅い時間になると冷え込みも強くなり、酔いが覚めてきた。もう一度動画を見てみたが、やっぱり少年と母親は映っている。酔っていたから見えたわけではない。その事実に落胆した。
 現場近くになってきたが、もう人は集まっていなかった。
 「何にもないな。黄色いテープとか張られて人が集まってるかと思った」
 「もう随分と時間経ってますし、動画も拡散されてますから現場に来る人はいないのかもしれないですね。寒いですし」
 「そうだな。警察官はどうなったんだろう。それにしても仕事してるだけなのに気の毒だよな。絶対になりたくない職業だ」
 「ですから……」
 言いかけたところで、制止された。
 「言われなくてもわかってるわ!」
 大きな笑い声が夜空に響いた。僕も声を出し笑っていると、光る何かが視界の端にちらついた。迷わず近づき、手に取った。先輩が覗き込んできた。
 「星型のキーホルダーか。随分と色褪せてるな」
 「僕、どこかで見たような気がするんです」
 「まぁ、どこにでもありそうな物だからな。まさか、持って帰る気か?やめとけよ。汚ねえし」
 返事をせず、ポケットに入れた。はっきりとした理由はわからないが、捨ててはダメだと直感的に思った。

 コンビニで酒やつまみを買い、先輩の家に着いた頃には日付が変わっていた。
 「お邪魔します。意外と綺麗にしてるんですね」
 「失礼だな。俺って結構、綺麗好きなんだよ」
 「そうだったんですね。先輩のイメージ変わりました」
 「どんな奴だと思ってたんだよ。一応、仕事でもリーダーだぜ」
 
 体力的には辛いが、執筆活動の為に引っ越しのバイトをしている。それぞれの家庭には色々な事情があり、お陰様でネタに困った事はない。思った通りだった。
 ソファーに座り、缶酎ハイを開けながら先輩が真面目な表情をしている。
 「正直さ、康太が来た時『続いて三日だな』って思った。貧弱な体で背も小さいから、体力的に無理だろって」
 「僕も続くか心配でしたよ。今でも、毎日クタクタです」
 「でも、根性ある奴だった。康太が小説家の夢を話してくれた時、心から応援したくなったんだよ。この仕事を選んだ理由も夢の為だもんな」
 「なんか照れるから、やめてくださいよ。……実は、何回も辞めようと思ったんです。人間関係も苦手だし、体力もないし……。でも先輩が僕の事を認めてくれたから頑張れたんです」
 「な、なんか今度は俺が恥ずかしくなってきた。喉が乾いちゃったよ。水をがぶ飲みしたい気分だ」
 そう言って、先輩はキッチンの蛇口を捻った。
 
 ……嘘だろ。
 「先輩!飲んだらダメです!」
 「やめろよ。大きな声出して。びっくりするだろ。なんで水飲んだらダメなんだよ」
 (ゴクゴク……)
 先輩の顔は眉間に皺が寄っている。
 (ゴ、ゴホ、ゴ……)

 どうして……。親子の姿は見ていない。いや、部屋に入って来れないだろう。なのにどうして、蛇口から水ではなく文字なんだ……。止めたのに飲んでしまった……。
「せ、先輩……」
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

処理中です...