飛べない狸の七つ芸

月澄狸

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焼きゴキブリ

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 急に熱々ホクホクの焼きゴキブリを食べたくなった。

 同僚たちを焼きゴキブリに誘ってみたが、「ええ、こんなに暑いのに?」と断られた。つれない奴らだ。彼らは寒いときにしか焼きゴキブリを食べられないのだろうか。可哀想に。俺は食いたくなったらいつだって食うのだ。


 仕事の帰り道、いつもの店。
「おっちゃん、焼きゴキブリ2パックお願い」

「2パック? 仲間と分けるのか?」
「いや、一人で」
「一人で2パックも?」

 たしかに2パックは欲張りすぎた気もする。が、今ならいける。ここのは超美味しいのだ。

「天然と養殖どっちにする?」
 おっちゃんがふざけてきたので「天然で」と返した。
 おっちゃんはガハハと笑って、熱々の焼きゴキブリをパックにこんもりと盛った。
「はいよ、天然2パックね」
 当然、天然ものなどではない。
「熱いうちに食ってくれよ」


 俺は公園でモリモリと焼きゴキブリを頬張った。
 パリッと弾ける外側。とろける熱々の白身。口内に溢れるゴキブリ液。はふはふと口から熱気を逃がす。

 夜とはいえ、夏の気温はなかなか下がらない。今日は風もない。汗が吹き出る。それでも……。
 うまい。ただこれだけで、俺は幸せだ。

「お、子持ち」
 身と卵をありがたく噛み締める。当たりを得た気分だ。

 ここの焼きゴキブリは珍しく羽つきである。ゴキブリの羽根はエビフライの尻尾と同じ成分、らしい。通りで香ばしく美味しいわけだ。

 リュウキュウクチキゴキブリというゴキブリは、オスとメスが互いに羽を食い合い、生涯同じペアで子育てするらしい。俺が食べているのはクロゴキブリであり、子育てゴキブリとは関係ないが、なんだか崇高な生き物を食っているような申し訳ない気持ちになってくる。リュウキュウクチキゴキブリが食べる羽の味も、こんなのだろうか。

 俺は焼きゴキブリを食らい尽くし、最後にパックに残っていた脚や頭を、名残惜しくちまちま食った。
 幸せな時間は終わり、もわっとした熱気と汗だけが残った。

 ゴキブリの生涯は俺たち人間に比べて短い。しかし尊い命だ。それを2パックも食い尽くした。
 自分が食ったゴキブリたちの分まで、俺はカサコソと生きねばならない。心に誓いながら、自販機に向かって歩いていった。生きるとは、命の重みを背負うことなのだなぁ。

 ……明日は冷やしゴキブリでも良いかもな。


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