ワタクシが猫で、アナタがネコで

なずとず

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「待ってくれ、待って、少し整理させてくれ……」

 トウマは頭を抱えていた。

 とりあえず部屋の灯りを付けたところ、相手が全裸なのがはっきりわかったので、トウマはまた悲鳴を上げて目を逸らした。それを見て、ユンユンと名乗った男は「ああ、ゴメンネ」と呟き、迷いなくトウマのタンスを漁り始める。おい、ちょっと、と声をかけている間に、彼はタンスから、トウマが買った覚えの無い下着や服を探り出すと身に着ける。

 それは黒い長袖のチャイナ服だった。立つと2メートルはあろうかという大男でありながら、細身でしなやかな太腿付近までを隠す上だけを着て、彼はまたトウマのところに戻って来る。

「待て待て、下、下は⁉」

「部屋着アルから、着心地の良い恰好でいたいネ」

「初対面の人間の前で生足はまずいだろ⁉」

「初対面だなんて、酷いアル。もう一か月も寝食を共にした仲ヨ? それにご主人サマ、口調が怖いネ。猫のワタクシにはいつも優しく接してくれていたのニ……」

「そりゃ、だって、それは……」

 子供とペットには、大概の人は優しくなるものではないだろうか? 人によったら大人や飼い主のほうが赤ちゃんのような喋り方をすることも有るし……。トウマはそう考える。

 確かに、トウマはユンユンを大変甘やかした。十何年も夢に見てきた、念願の飼い猫なのだから当然だ。トウマも大人しい性格とはいえ、日頃は一般的な男性とそう変わらない喋り方をしている。ただ人と接する機会が少ないだけで。猫に対する言葉遣いが柔らかかったのは間違いないだろうし、それに対して、その猫だった人物に「当たりが強い」と思われるのも仕方ないかもしれない。

 それは、そうとして。

「……お前、本当にユンユン、なのか……?」

「そうヨ。見るからにユンユンと同じデショ? 普通の人間がこんな格好して人の家に上がり込んだりするアルか? だとしたらよほどの変態ネ」

 いや、よほどの変態だと思ったから逃げたんだけれども。トウマはその言葉を言えないまま、彼をマジマジと見た。長い睫の向こうに、深い青の瞳が煌めいている。その視線は妖艶で、瞳孔も猫のように細く見えた。柔らかい唇は微笑みを絶やさない。前半分が白、後ろ半分が黒の不思議な配色の髪は、言われてみれば同じ名前の猫にそっくりだ。普通、強盗や空き巣、またはただの変態がここまで手の込んだことをするだろうか?

「じゃ、じゃあだ。お前がユンユンだとして、それがどうしてこうなった? まさか妖怪とかそういうわけじゃないよな、『幻想小説』じゃあるまいし……」

 トウマの言葉に、ユンユンは「まさか」と笑い返した。

「妖怪だなんてとんでもないアル。ワタクシはただの猫又ネ」

「猫又」

 猫又は妖怪だろ、という言葉をトウマが発する間は無かった。

「そうヨ。ナントカカントカっていう神様だか仏様だか知らないケド、人間の崇めるナニかに妖力を与えてもらった、何の変哲も無いただの可愛い猫ちゃんアル」

「ええ? 何の変哲も無い……かあ⁉ 大体、その喋り方はなんなんだ」

「これはエセ中国人イメージバーで働いた時の癖アルネ」

「エセ中国人イメージバー」

 飼い猫から妙な言葉が飛び出して、トウマは眉を寄せた。今日だけで情報量が多すぎる。いい加減、一連のできごとは悪い夢ということにして眠って朝を迎えたい気さえしてきた。

「猫又が……労働……」

「ご主人サマ、知らないアルカ? 猫も生きて行くのは大変ネ。飼い主と言っても、考え方も経済力もピンキリ。ワタクシのような猫又は、猫としてヒトに飼われるより、ヒトに混ざって働いたほうが幸せに暮らせることも有るほどネ」

「な、なんかシビアな現実なんだな……」

 とは言いつつ、ユンユンの言い分もわからなくはなかった。動物愛護の法律や啓発が盛んに行われるのは、それだけ人間側がそれらに無関心あるいは相反する行動をするからだろう。

 トウマも動物虐待のニュースに何度も胸を痛めたものだ。保護された動物たちを引き取れたらと思ったことも、何度だって有る。これまでそうしてこなかったのは、その責任が自分にも果たせるかわからなかったからだ。そんなトウマでさえ、目の前で震えていた子猫を見捨てられなかったというだけの話で。

 しかし、しかしだ。

(そんな子猫を拾ったと思ってたのに、なんかマニアックなバーで働いてる猫又だったとか……)

 なかなか受け入れ難い情報だ。良く懐いて甘えてくれていたのも、夜に布団の中へ一緒に潜り込んできたのも、全て計算されたこと、なのだろうか? それにまんまと乗せられてしまった自分……という構図を考えて、頭が痛くなりそうだ。

「そんなワケで、ワタクシはアナタに類稀な良い飼い主の気配を感じ、子猫のフリをして近付いたアル。騙してしまったことは素直に謝罪させてもらいたいネ。ごめんなさいアル」

「え、あ、いやあ……」

 ぺこり、とユンユンが深々と頭を下げるから、トウマは困ってしまった。確かにただの猫だと思っていた事については騙されていたかもしれない。しかし、その後満たされた時間を与えてもらっていたのも事実なのだ。猫と暮らす日々の充足感と幸福感は、言いようの無いものだった。

「それに! ワタクシのようなブッサイクな猫を、こんなにも大事にしてくれるおヒト、そうはいないアル!」

「いや、ユンユンは世界一かわいい猫……」

「またまたご謙遜をネ!」

「いや、その言葉は使いかたが間違って……」

 どうにもこうにも、ツッコミが追いつかない。トウマがモゴモゴ言っている間にも、ユンユンは大仰な仕草で胸を押さえ、感激しているように語る。

「とにかく、アナタはとても優しくて心の美しい、この世で一番の飼い主だとワタクシは思ったアル! きっと正体を明かしても、受け入れてくれると!」

「い、いやあ、そんなに褒められると困るな……」

「こんなに愛してくれるご主人サマに、ただ居候するのは申し訳無いネ。そこでワタクシ、アナタのお役に立ちたいと考えたアル!」

「お、俺は別にそんな……」

「ということで、ご主人サマ。一度、『前立腺開発』を体験してみないアルか?」

「……ハア⁈ 何でそうなるんだ、いらないよ! 何で飼い猫に前立腺を開発されなきゃいけないんだ⁈」

 飼い猫からとんでもない言葉が飛び出し、顔を真っ赤にしてトウマは叫んだ。ユンユンのほうはと言えば、ニコニコと嬉しそうに続ける。

「心配いらないネ、ユンユンはこれでもその道のプロ、アルヨ? 安心して任せてもらえれば、一晩5万円の極上を約束するネ!」

「そ、その数字がやけにリアルっていうか、その道のプロって何……いやいやいや! 違う! そうじゃない! どうしてそんなことしなきゃいけないのかって話で……!」

「どうしてって、ご主人サマ」

 ユンユンは一瞬きょとんとしてから、ずいっ顔を寄せてくる。その仕草はまるで距離感が近い猫のようだ。あうあう、と身を引いていると、彼は言った。

「ユンユンはわかってるヨ?」

「な、何を」

「ご主人サマ、『前立腺開発』が何か、知ってるネ?」

「アッ」

 トウマが今更ながら自分の口を塞ぐ。語るに落ちる、とはこのことだった。ユンユンは優しく、ねっとりと、妖艶に囁いた。

「大丈夫。ユンユンが、ご主人サマをたっぷり可愛がってあげるネ……。ワタクシの腕は確かヨ? だから、安心して全部任せてほしいアル」

 ワタクシにもご主人サマを愛でさせて?

 ユンユンは語尾の全てにハートマークが付きそうなほどにうっとりとした様子で、そうトウマの赤く染まった頬を撫でる。そして、それをトウマは振りほどけなかった。







 トウマのこれまでは、少々不憫なものだったと言えるかもしれない。

 まず肌の色が濃く、グレイがかった髪、そしてじとりとした三白眼。見た目からしてあまり信用もされなかったし、女性にモテたということもない。おまけにそんな見た目ながら彼は大人しい文系であるから、彼のほうから何かそういう機会を作ろうともしてこなかった。

 しかし、トウマだって真っ当な男だ。欲求自体は有ったけれど、どうにも女性とそういうことをしたいとか、お金を払えばとか、そうした発想が湧いても実行する気にはならなかった。もしかしたら自分は女性が苦手なのではないか、と気付くまでにも相当な時間がかかったものだ。

 だからと言って、男が好きなのかというと、それも違う気がする。なんにせよ、トウマは少し前まで純真に、無垢に生きていたのだ。

 それはインターネット時代の弊害だろう。トウマはネットの海をボンヤリと漂ううちに、彼の性的好奇心をくすぐる事柄を知ったのだ。

 つまるところ、前立腺――要するに、アナルでの快楽を得ることである。





「うう、う、う……」

 ちゅ、ちゅと頬にたくさんのキスを落とされる。その行為自体は、そういえば猫のユンユンにもされていた気がする。鼻先を押し付けられると、ヒヤリとした感覚がくすぐったかった。名前を呼んでもなかなかやめてくれなくて、それでもその時間が心地よく、よしよしと背中を撫でてやったものだ。

 それと同じことを、身長2メートルの男にされている。全てが初体験で、彼は頬を染めぎゅっと目を閉じていた。

 トウマも色々と反論はした。女性とだってしたことないだとか、猫とそんなことする奴がいるかとか。その全てを、ユンユンは巧みに説き伏せた。誰にだって初めてはあるだとか、今はヒトの姿だとかそんな風に。彼の話術が長けていたのもあるだろうが、正直に言えば、トウマは少しばかり期待してしまっていた。

(俺の馬鹿……飼い猫と、――ユンユンとこんなことするなんて、どうかしてる……)

 そうは思いつつも、頬は熱いし、鼓動は先程から高鳴ってしまうのだ。インターネットで見た、あの男として最大の快楽とまで言われていた場所に触れられるのだと想像するだけで、そんな器官など無いのに『濡れる』ような心地だった。

 ユンユンは、全く見えないのは不安だろうからと、常夜灯のみをつけて部屋を暗くしてくれた。うっすらと見えるユンユンはずっと微笑んでくれていて、仰向けに横たわったトウマに覆い被さっても「大丈夫、安心シテ。リラックス、アルヨ」と優しく囁く。そうしながら、体をやんわりとマッサージされたり、緊張をほぐすようにキスを落とされたりしているうちに、トウマは次第にトロンとした心地になる。

「大丈夫、ワタクシ、いきなりアナタに挿れたりしないアルヨ」

「それじゃあ、触る、だけ?」

「そうアル。触るだけ。アナタを満足させるためにするアル。酷いことも痛いことも、一切しないと約束するネ。ワタクシはこれでも仕事のできる猫又アル、前の職場ではよく指名が――」

「いや、いやいい、いい、仕事の話は、今いい」

 色々考えたらようやく昂ってきた気持ちが落ち着いてしまいそうだ。正気に戻ったらこんな状況、受け入れられない。ユンユンを突き飛ばし、警察を呼ぶかもしれない。そうしないのは、半ばそれをよくできた夢だと思いたかったところもあるし、そしてその機会が与えられたのなら、溺れてみたいのかもしれない。

 ユンユンは何度も「いい子ネ」「力を抜いて」「そう、上手アル、かわいい子ネ」と甘く囁きながら、トウマの服を脱がせていった。前立腺開発をする、と言った時のノリでは、ここまで優しく前戯をしてくれるイメージが無かったが。今、トウマはドロドロに蕩けていきそうなほど心地良くて、身も心もユンユンに任せていた。

「ご主人サマ、うつ伏せになって、腰を上げるアル。大丈夫、お布団かけるから、恥ずかしくないヨ」

 そう囁かれて、おずおずと従った。そうして尻だけを持ち上げるようなポーズになったことを自覚して、顔が真っ赤になる。恥ずかしいに決まっている、こんな姿。

「大丈夫、かわいいヨ。ご主人様がネコちゃんみたいネ……」

 正気に戻って逃げようとする前に耳元で囁かれると、ゾクゾクして身動きが取れなくなる。ツツ、と指が背中をなぞりながら、ゆっくりと臀部へと向かう。ひっ、と息を呑んだけれど、ユンユンは優しく撫でた後で、そのままスルスルと手を動かして。

「あっ、あ」

 そのまま、トウマの既に固くなり始めている陰茎へと触れた。やんわりと包み込まれると、期待にぎゅっと目を瞑る。ソコが気持ちいいということは、既に経験で知っているのだから。

「まずはココで気持ち良くなって、リラックスしようネ? ご主人サマ……」

 甘く耳元で囁かれ、トウマは耳まで赤くしながら、それでも小さく頷いた。
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