35 / 44
35
しおりを挟む「え……」
何を言われたのかわからない様子の薫に、和真は苦笑して続けた。
「少し前までね、毎週、違う男と寝てたんですよ。ほら、薫さんに教えたバーが、そういう場所だったじゃないすか。あそこで相手を探して」
「……」
「あ、でも別になんか病気になったりとか、違法なこととかは全然してないんで! ……って言っても、まあ普通は色んな人と寝たりなんかしないすよね。だけど、なんていうか俺……すげえ寂しかったんです」
あの、ひとりの夜の底知れない寂しさを思い出す。まるで深い夜の森の中、自分だけが泉にでも取り残されているような。助けを求めて縋る様に伸ばした手が、たとえどんな男の手を取ったとしても、夜が明ければ虚しく消えていく。そんな数えきれない夜のことを。
それでも、繋がらずにはいられなかった。ひとときしか安らげないと知っていて、なお。
「自分じゃどうしようもないぐらい、ひとりになるのが辛くて。一応、恋人みたいな人もできたんです、それだって会えない日に耐えらんなくて、他の男と寝ちゃったりして。おまけに、それが悪いことだなんて思ってなくて。クリスマスイヴに俺、廊下で泣いて薫さんに迷惑までかけましたけど……あれ、ホントに身から出た錆っていうか。俺がクズのクソ野郎だっただけなんです。だから薫さんには申し訳ないことをしたと思ってて」
「和真君……」
「今は……好きな人ができて。ちょっとは色んな事がマシになってますけど。だからこそ、自分がクソ野郎だったってわかるんすよ。今が、前より良いからこそわかるんです」
「……今が、前より良いから?」
「そです。でね、俺、親いないんすよ」
「え……」
「あ、育ての親はいて、いい人たちなんすよ。でも、……本当の両親は、何処の誰かも知らなくて。だから、寂しかったのかもしれないな~、なんて思ってはいます。ま、原因なんてわかったってそれこそ仕方ないんすけど。人間って結局、どんなバックボーンが有るかってより、今どういう人間かのが大事じゃないすか」
「あ……」
薫が何かに気付いたように、息を呑む。そんな彼に、和真は一度深呼吸をして。覚悟を決めると、微笑んで尋ねた。
「で……嘘とかいらないです、今の話聞いて率直に答えて欲しいんすけど。薫さんは俺のこと、クズ野郎だと思います?」
努めて軽く尋ねたけれど。とても怖い質問をした。
まず率直にクズ野郎だと言われれば傷付く。そんなことないと否定されれば、気を遣われたと疑ってしまう。薫を試すような質問のくせに、どのみち自分も傷付く。そういうことを聞いているのだ。
そしてそれがわかっていて、今の和真にはそうすることしか思い浮かばなかったのだ。
「私は……」
薫は少し考えるように目を伏せて、それから真っ直ぐに和真を見つめた。
「私は、和真君のことを、優しくて勇敢な子だと思っているよ。それは今でも変わらない」
「……」
「確かに君のしてきたことは、世間一般にあまり聞こえの良くないことかもしれない。君の言うとおり恋人を裏切ったのだとしたら、それは人を傷つけるようなことだしね。でも……だけど、……うまく言えないけど……」
薫は何度も言葉を詰まらせながら、それでも続けた。
「君が寂しいと感じてしまうことは、きっと仕方のないことだよ。それ自体が悪いなんてことはない、だって和真君は人間なんだから、色んな事で気持ちは動いてしまうのは当たり前で……」
「はい」
「それに君は、……君は何度も私を、見ず知らずの私のことだって助けてくれた、優しくて勇敢な……私の特別な人なのも事実だし……。だから、……君の一面だけを見て、クズと切り捨てるのも、君が素晴らしい子だと言うのも、何か違う気がして……」
「……」
「……だからきっと君が言いたいのは、……私も同じ、ってこと、だね……?」
不安げに尋ねる薫へ、和真はゆっくりと、けれど大きく頷いた。
人間は感情を持つものだ。そしてそれを、時には持て余す。抑えきれなかったと言い訳すれば許されるというものでもない。けれど、そうした瞬間は誰にでも起こり得ることだ。
ましてそれが無意識で無自覚だったなら。自分で「気付く」までどうしようもないことすらある。周りを傷付けることも、巻き込むことも当然有るだろう。それがいつでも全て許されるわけでもない。報いを受けることも、罰されることもあるだろうし――逆に、全て気付かないまま過ごし続けることだって。
しかしそれ自体は、誰にでも起こること。複雑な心を持つ人間同士が存在すれば、避けては通れない道で。
そして、そんな感情、過去、現在を含めて全てが、その「人間」を構成しているのだから。
「薫さんは、悪いことしてるかもしれないです。心配するとわかっていてご家族に何も相談しなかったり、皆が迷惑してないって言っても信じなかったり。そういうところは、ちょっとなんとかしたほうがお互いのためかもしれないです。でも、だからって薫さんが嫌な奴なんて、俺は少しも思いません。そうなるだけのことが有るんだろうって思うし、……人はそんなすぐ変わんないです、何かでっかいきっかけでもあれば別かもしれないすけど」
和真は苦笑して続ける。
「でも、どんな人間も綺麗で素晴らしくて美しいばっかじゃいられないすよ。どんなイケメンだってベッドに入ったら同じですし、たまにすげえ性癖隠してたりしますし」
「……性癖?」
「あ! いや、こっちの話、ええと、つまり……汚い面、綺麗な面、すごく強い面、めちゃくちゃ弱い面、全部ひっくるめてひとりの人間ってわけで。だからつまり――」
つまり。
和真は一瞬躊躇してから、薫の様子を窺った。
薫はいつもの柔らかな顔で、僅かに瞳を潤ませているようだ。多少なりと、彼に何か良いことのひとつでも言えたならよかったのだが。和真はそんなことを考えながら、大きく頷いた。
「つまり、薫さんは悪い人間でも嫌な人間でもなくて、普通の、……そう、普通の人間です。嫌な気持ちにもなって、悩んだり、取り繕ったりして。でも優しくて、面倒見のいいところもある、それ全部ひっくるめて薫さんです。そして俺は、そんな薫さんのことが好きで、ここにいます」
「…………和真君……」
「だってこんな時代すよ? 外に出りゃいくらでも人はいるし、なんならインターネットでも気の合う人なんていくらでも探せます。好きじゃなかったら、もし嫌いだったらもうここにはいないすよ! 薫さんのことが大好きだから、こうやって話もするし、そばにいるんです!」
「…………ありがとう……」
薫が涙ぐんだまま微笑んで言った。
「私も、君のことが大好きだよ、和真君……」
そして和真は、その言葉の意味を、取り違えた。
「……少しは薫さんの力になれましたか?」
「ううん、すごく気持ちが楽になったよ。本当にありがとう。……君は優しいね。いつも助けられてばかりだよ」
「そんなことないすよ。俺だって薫さんに救われてますから」
「本当に?」
「はい、ホントです」
「なら、いいんだけど……」
不安そうな薫に、和真は笑顔で念押しする。
「大丈夫です、薫さんは迷惑じゃないし、俺もたくさん良くしてもらってます。持ちつ持たれつ、ですよ。だから、もっともっと頼ってくれていいんです。むしろ、無理して我慢してたらそっちのほうが俺も辛いんで」
「……そ、うなんだね……」
薫はそれからしばらく黙り込んで、何かを考えているようだった。部屋が静けさに満ちたけれど、不思議と嫌な感じはしない。和真は穏やかな気持ちで薫の言葉を待った。
「和真君、じゃあ迷惑ついでに……あ、迷惑じゃないんだったね。その、ええと……もう少し、君のことを頼っても、いいかな?」
その言葉に、和真は迷いなく頷いた。
1
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
クリスマスには✖✖✖のプレゼントを♡
濃子
BL
ぼくの初恋はいつまでたっても終わらないーー。
瀬戸実律(みのり)、大学1年生の冬……。ぼくにはずっと恋をしているひとがいる。そのひとは、生まれたときから家が隣りで、家族ぐるみの付き合いをしてきた4つ年上の成瀬景(けい)君。
景君や家族を失望させたくないから、ぼくの気持ちは隠しておくって決めている……。
でも、ある日、ぼくの気持ちが景君の弟の光(ひかる)にバレてしまって、黙っている代わりに、光がある条件をだしてきたんだーー。
※※✖✖✖には何が入るのかーー?季節に合うようなしっとりしたお話が書きたかったのですが、どうでしょうか?感想をいただけたら、超うれしいです。
※挿絵にAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。
【第一部完結】カフェと雪の女王と、多分、恋の話
凍星
BL
親の店を継ぎ、運河沿いのカフェで見習店長をつとめる高槻泉水には、人に言えない悩みがあった。
誰かを好きになっても、踏み込んだ関係になれない。つまり、SEXが苦手で体の関係にまで進めないこと。
それは過去の手酷い失恋によるものなのだが、それをどうしたら解消できるのか分からなくて……
呪いのような心の傷と、二人の男性との出会い。自分を変えたい泉水の葛藤と、彼を好きになった年下ホスト蓮のもだもだした両片想いの物語。BLです。
「*」マーク付きの話は、性的描写ありです。閲覧にご注意ください。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
海のそばの音楽少年~あの日のキミ
夏目奈緖
BL
☆久田悠人(18)は大学1年生。そそかっしい自分の性格が前向きになれればと思い、ロックバンドのギタリストをしている。会社員の早瀬裕理(30)と恋人同士になり、同棲生活をスタートさせた。別居生活の長い両親が巻き起こす出来事に心が揺さぶられ、早瀬から優しく包み込まれる。
次第に悠人は早瀬が無理に自分のことを笑わせてくれているのではないかと気づき始める。子供の頃から『いい子』であろうとした早瀬に寄り添い、彼の心を開く。また、早瀬の幼馴染み兼元恋人でミュージシャンの佐久弥に会い、心が揺れる。そして、バンドコンテストに参加する。甘々な二人が永遠の誓いを立てるストーリー。眠れる森の星空少年~あの日のキミの続編です。
<作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→本作「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる