高慢エルフはルームシェアに向いてない!

なずとず

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5-3 気性の荒いハムスター

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「あ、アズマっち~、おかえり~」

 全力で走って帰宅すると、俺たちの部屋の前にはライガの姿があった。笑顔でひらひら手を振っているライガに、俺は肩で息をしながら問いかける。

「ら、ライガ、お前、なんで、」

「いや~、服を買いに街へ出てたらさ~、なんか迷子っぽいエルフを見つけちゃって。もしかしてもしかするかな~って、アズマっちの名前を出したら、マジ大当たりだべ? そんで話聞いたらガチ迷子だったから、住所聞いてここまで案内したってワケよ」

「…………あ、ありがとな……」

 酸素不足と疲労と心労で、とりあえずそれぐらいしか言えなかった。ライガはケラケラ笑って、俺の肩を叩く。

「まー、なんかたぶん取り込み中なんしょ? 早く部屋入っちゃいなって、暖房効いてて温けーよ」

 ライガはそう促す。俺も確かに、今はセレと話し合いがしたい。「悪い、今度お礼する」と言い残して、俺は恐る恐る玄関の扉を開いた。

 いつものリビングはライガの言う通り暖房が効き、冷え切った頬や耳が優しく温められる。そしてそこには、ちゃんとセレの姿があった。視線が合った瞬間、お互いほっと安堵の溜息を漏らしたような気がする。

「アズマ、一体どこへ?」

「それはこっちのセリフなんだけど……。俺はお前を探してエルフ村まで行って……」

「エルフ村まで? 私を探して? 何故だ?」

「なんでって。そりゃ探すだろ。同居人が──、か、家族が急にいなくなったら……」

「家族」

 その言葉に、セレは目を丸くする。そんなセレに、俺は姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「セレ、昨日は本当にごめん!」

「アズマ?」

「俺、確かにセレの言う通り、呪いの影響を受けてたらしくて……前後不覚になって、いきなりとんでもないことをしちゃって……」

「それは……仕方のないことだろう。君たち脆弱な人間はマナや精霊の守りを受けられない。邪悪な魔族の呪いにかかれば、理性でどうにかなるものではないからね」

 セレはそう言ってくれるけど、でも事実は似て非なるものだ。俺は首を横に振った。

「実は……あれは知らないマナランダーから受けた呪いとかじゃないんだ。友達が……良かれと思ってかけた、おまじないだったんだよ」

「……良かれと思って? あのような、理性を失う呪いを? それは本当に友人か? 失礼なようだが、私は君の交友関係に大きな疑問を抱くよ」

 眉をひそめるセレの言うことはもっともだ。俺は苦笑しながら、小さく頷いた。

「ホントにな、でも悪い奴じゃないんだ。マナランダーってのも、他の人類と違って価値観とか習慣が違う。それに一括りにマナランダーといったって、色んな種族がいるからな。俺の友達は、……いわゆる淫魔っていう奴で……」

「淫魔」

 真顔でその単語だけ返したセレが、ニルジールのことを悪く思っているのはひしひしと感じるけど、正直そこは本題じゃない。だから伝えないといけない。だけど、俺はどうにも、本当のことを伝えるのが怖かった。

 だって嫌じゃないか? ただの同居人だと思って仲良くしていた相手が、いきなり告白してきたら。もしかしたらセレにとって俺はペットのハムスターだから、勝手に盛られて気持ち悪がられるかもしれないし。いや、同種だと勘違いしててかわいいとか思われるかもしれない。どっちに転んでもちょっと悲しい。

 それでも、このままにはしておけない。俺にとって、セレは家族と呼んでくれた、好きな相手だから。鼓動がどんどん早くなって、変な汗が滲んでくる。俺はひとつ大きく息をして、それから切り出した。

「……そのおまじないっていうのが、……好意を寄せている相手に触れると、どうしようもなく、その、先に進みたくなるっていうやつで……」

「…………」

「つまり、……その。お、俺、……セレのこと、す、好き、みたいで……」

「…………」

 セレは真顔のまま、なにもリアクションをしない。彼がどう思っているのか想像もつかなくて、心臓がバクバクする。沈黙が怖い。目が合わせられなくなって、視線を彷徨わせながら、俺は思わず口を開いた。

「俺さ、なんでそうなっちゃったのか考えたんだけど。セレは俺と初めて会った日から、もう家族だって思って歓迎してくれてただろ? それはエルフの習慣とか文化なだけかもしれないけど、だとしても俺にとってはすごく嬉しいことでさ。俺、孤児だったから」

 遠いあの日、突然両親が冷たい棺に入ってしまって。家族と一緒に、それまで住んでいた家も暮らしも、なにもかも失った。すぐに保護施設は見つかって、そこでは優しい管理人のおじいちゃんとおばあちゃん、たくさんの「兄弟」に恵まれた。第二の家族、だったと思う。でもおじいちゃんも、もういなくなってしまった。施設の兄弟たちとも離れ離れだ。

 ひとりで学校に行き、ひとりで仕事をして、ひとりで暮らす。ひとりで生きていた。失業した俺が安さからルームシェアを決めたのは事実だ。でも、もしかしたらどこかで求めていたのかもしれない。一緒にいてくれる相手を、家族を。

 そんな時に、セレは……初対面のセレは、俺を家族だと。エルフのことを何も知らなくて、ひどい態度をとった俺を、迎え入れてくれた。

 それが、とても嬉しかったんだ。

「だからその、セレのこと意識しちゃったんだと思う。セレにしたら迷惑な話かもしれないけど……俺、お前のことが好きだし、できればこれからもずっと一緒に過ごしたいと思ってるんだ。でもそれがセレにとって重荷だったり、嫌なことなら俺も諦める。だとしても、ちゃんと伝えておきたかったんだ……」

 胸が熱く、ドキドキが止まらない。これまでのことを思い出して、なんだか苦しい。

 初めて会ったときにはすれ違ったけど、わかりあえた時のハグは優しかった。食事を共にできたときの、セレの嬉しそうな表情は穏やかで綺麗だった。家族も仕事も無いし、エルフのことも何も知らない俺にセレはずっとずっと優しかった。それは好きになっちゃうだろ、俺の勝手な勘違いだとしても。

 だけど、セレが嫌だというなら俺だってこの気持ちはどうにかしなきゃいけない。もう一緒に暮らせないと言われたら絶望的な気持ちにもなるけど、それも仕方ない、諦めなきゃいけない。

 そう覚悟を決めて、恐る恐るセレの顔を見上げる。

 セレは、曖昧な微笑みを浮かべて俺を見つめていた。

「……アズマ」

「う、うん」

「私は君に、感謝を、しなければいけない」

「え? な、なにを?」

 予想外の話が始まって、困惑する俺をよそに、セレは静かに目を閉じて、胸に手を当てる。

「君という、大切な人間と、出会えたことを。……ああ、この言い方では神に感謝をしているかのようだね」

 セレは苦笑して、小さく首を振った。

「アズマ、私は君にできる限り、誤解のないよう言葉を選びたい。少し稚拙な話しかたになってしまうが、許したまえ」

 高慢さの見え隠れする言葉を口にしてから、セレはひとつひとつ単語を選ぶように語り始めた。

「私は確かに、以前は君たち人間のことを、我々よりも……幼い、君の言いかたを借りれば、ハムスターのように感じていた。君はとても愛らしい。短命な小さく弱い体を持ちながら健気で、優しくて、けれど気性は荒い」

「き、気性、荒かった?」

 不安になって尋ねると、セレは言葉を間違えたと思ったのか「我々エルフに比べれば、大抵の種はそうだ」とフォローを入れた。確かに、セレは穏やかだ。若干穏やか過ぎる気はする。ぽやぽやしている、というか。

 なるほど、とうなずいてみせると、セレも微笑む。

「けれど、今はそうではない。君を私と同じ種だと、考えている。つまり……対等な、存在だと。だから……」

 セレは言葉に迷うようにしばらく思案し、それから僅かに視線を逸らせて。

「だから、昨夜……君にされたことも、嫌、ではなかったよ」

「…………それって……」

 瞬きを繰り返して、セレに続きを促したけど、彼は口を開かない。代わりといってはなんだけど、セレの頬が少しだけ赤いような。長い耳も僅かに血色を増しているような。

 それはつまり。 うぬぼれても、いいんだろうか?

「……私が部屋から出たのは、気持ちを整理するためで、……一度はエルフ村の兄へ、助言を請おうかとも考えたが、……こうしたことは、自分で決めたほうが、良いと思ってね。考えを巡らせていたら、……つまり、迷子になった。そこを君の友人が」

「なるほど、それでライガが道案内してくれたってことか……」

「ああ。実を言うと、家に帰ってからもまだ、考えを決めかねていてね。けれど君の言葉を聞いて、私も、覚悟を決めたよ」

 セレはそう言って、自分の首に手をかける。その首元についているチョーカー……プリュネルとかいう防犯ブザーを、丁寧に外した。急に何を始めたのかと思っていると、セレは繊細な作りのそれを、俺に差し出してくる。

「え?」

 どうしてそんなことをしているのか、理解が追い付かなくて間の抜けた声が出た。セレは「これを君に」としか言わない。説明がなさすぎる。

「でもこれ、セレの護身用なんだろ? 外しちゃ意味が……」

「昨夜のことに反応してしまった。私の家族は、私の身を案じている。次に作動するようなことがあれば、私を強制的にエルフの郷へ連れ戻そうとするだろうね。人間との暮らしは危険だと判断されて」

「そんな……」

 俺が前後不覚になったせいで、セレはどの道ここにはいられなくなってしまうなんて。後悔に胸が苦しくなるけど、だとしたらセレがプリュネルを俺に差し出す理由はひとつしかない。でも、それでセレは本当にいいんだろうか。

「私は君と今後、何があったとしても。それを受け入れるつもりだよ、アズマ」

 俺に答えるように、セレは微笑んだ。

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