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3-2 美しき蒼白の森
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「えっ? あっ? え?!」
数秒遅れて、驚きの声を上げ、辺りを見回す。先程までいたはずのシェアハウスの姿は跡形もない。そこにはただ、青白い光のさす森が広がっている。
「ど、どうなってるんだ……? え?」
思わず自分の顔を叩いてみても、普通に痛いし。足元の下草に触れてみると、確かに柔らかい草の感触がする。ちぎってみると、新鮮な植物の香りもする。
夢ではなさそうだ。幻なんかでもないだろう。俺は正真正銘、どこかの森へまよいこんでしまったようだ。
いや、そんなことあるか? どうせこれはエルフ特有のアレやソレに違いない。よく知らないけど、セレの部屋に入った瞬間、こうなったんだから。たぶんだけどここにセレもいる。今は姿が見えないけど、きっと。
セレを探すしかない。引き返そうにも、今くぐったはずのドアもないんだから。
「セレー、セレ、どこだー」
仕方なく、声を出しながら森の中を探索する。幸い近くに、誰かが土を踏み慣らしたような小道があった。その先には誰かいるかもしれない。俺はいそいそとその道を辿って進む。
「うわぁ……」
進む程に、俺の前には夢のような世界が広がっていく。
一見、暗く鬱蒼とした森のはずなのに、その葉は幻想的な光を纏っていて、まるでナイトイルミネーションのように美しい。紫や白の光が星屑のようにきらめいていて、思わず近付いて手を伸ばせばホタルが逃げるように散って光も消えてしまった。
道の周りには柔らかな草と、スズランのような可憐で小さな花が満ちている。それらも僅かに発光しているみたいで、本当に夢の国へ来たみたいな気持ちになった。
ここはいったい何処なんだろう。首を傾げながらも進むと、澄みきった青い泉が現れた。そこで道は途切れていて、辺りに人や家の気配はないから、たぶん俺は反対に進んだのだと思う。引き返さなくては、と思いつつも、その泉が気になって近付く。
桟橋や柵のようなものも何もない。夜空を映し込んだような深い青の泉にも、不思議な光が満ちていて、まるで泳ぐように揺らめいている。魅入っているうちに、俺の体はどんどん泉のほうへ引き寄せられていっていた。
「……あれっ?!」
右足に触れた水の冷たさに、俺は驚いて声を上げる。本当にいつの間にか、その泉へ入ろうとしていたのだ。氷水のように冷え切った泉から、慌てて足を抜く。どうして俺は、泉に入ろうと思ったんだろう。いやそもそも、そんなこと思ったか?
「ひゃ!」
首を傾げているうちに、また右足が泉に入っている。まるで、体が勝手にそこへ入ろうとしているみたいだ。怖くなって、俺は必死に泉から離れた。あんな冷え切った水に飛び込んだら、どうなるかわからない。
来た道を戻って、人を探さないと。家へ帰らないと。そう思うのに、油断していると泉のほうへ引き返しているし、そうでなくても道を外れて星屑の森へと進もうとしている。まるでなにかに誘い込まれているみたいだった。
「……っ、せ、セレ! セレ、どこだよ! なんだかこの森、変だ!」
何度も何度も小道に戻りながら、声を上げる。幻想的な森に俺の声がこだまするばかりで、なんだかどんどん怖い場所に思えてきた。たとえば深海魚の中で、光ることでエサを惹きつけるやつもいるらしい。その光も深海で見たらすごく綺麗なんだろう。たぶん、今俺はそういう状況なんじゃないか。
じゃあ、この後俺は……。そう考えるとどうしようもなく怖くなって、「セレ!」と名前を叫んだ。当然、返事はない。
その代わり。
「……ねえねえ……、遊び……ましょ……」
まるで幽霊のようにか細く揺れる、少女の声が聞こえて。俺はありったけの叫び声をあげて、逃げ惑った。
「セレ、助けてくれよっ、セレ! うわっ!」
あまりに慌てていたからだろう。強い勢いで転んでしまい、したたか地面に身体を打ち付けた。頭がグラグラする。なんだか体も冷たいし、クスクス笑う女の声が聞こえる。俺はどうにか身を守るように地面にうつ伏せたけど、どんどん意識が遠くなっているのを感じる。
「アズマ!」
聞き慣れたセレの声が聞こえたような気がしたけど、俺はそのまま意識を失ってしまった。
「んん……?」
なんだか揺すられているような気がして、ゆっくりと目が覚める。すると、またしても超至近距離にセレの美しすぎる顔があって、俺は「うわっ」と声を上げ逃げようとした。
ところが、今回は彼に抱き起されている形だったもんだから、暴れたことで地面にひっくり返って、軽く頭をぶつけた。
「いたっ、いてて」
「アズマ、頭は大丈夫か。どうしてここに。何故私の言いつけを守らなかった」
セレは俺を気遣うようにしながらも、真剣な語気でそう尋ねた。「頭は大丈夫か」っていう言葉は、もしかしたら2重の意味かもしれない。馬鹿じゃないか、と責められているのかも。
改めて見ると、そこは森の中にある庭園のようだった。奥のほうにはテーブルセットがあって、セレのようなエルフが妙に人間じみた服装でお茶を飲んでいるのが見える。俺はわけもわからず起き上がってセレを見た。
その表情は心配と怒りと、悲しみの混ざった複雑なもので。まるで悪さをした子供を叱る親みたいだな、とぼんやり思う。親なんて人、俺にはいなかったけど。
「ど、どうしてここにって言われても、マナゾンから冷蔵の宅配がきて……。セレに声をかけたけど、出てこなかったから、なにかあったのかと思ってドアを開けて。そしたらここにいたんだよ。変な森とか泉とかに引っ張られるみたいだし、なんか幽霊みたいな声が聞こえるし大変だったんだ。ここ、どこなんだ?」
森を見上げながら問うと、セレは「ああ……」と額を押さえながら溜息を吐く。呆れているような、悔いているような、そんな印象を覚えた。
「愚かで無知なアヅマ……君が愚かで無知なのはよくわかった。君は、人間はなんて愚かで無知なんだ」
「めちゃくちゃ愚かで無知って言うじゃん……」
エルフに比べたら、確かにそうなのかもしれないけど。たぶん、この言葉はそのまま受け取るべきやつだ。大人にとっての子ども、飼い主にとってのペット。暴言ではなく、もののわからない相手に対してどうするべきか考えてるだけの言葉だとは思う。
わかっているけど、やっぱり気分は悪い。宅配の人があんな顔をしたのも、わかる気はする。エルフの喋り方は、俺たちにとってキツイ。そう知っていたって、いつでも彼の言葉を正しく受け取ってやれる余裕が俺にあるとは限らない。
「そもそもセレがちゃんと部屋から出てきてくれたら、俺だってドアを開けずに済んだんだからな」
そしたら、こんな怖い目にも合わずに済んだんだ。不満を口にすると、セレは驚いたような顔をして、それからなんともいえない渋い表情を浮かべた。口を開いては、なにも言わずに噤むを繰り返した後、セレは後ろのエルフに視線を送った。俺もつられてそっちを見ると、知らないエルフがニコッと笑い、手をひらひら振るのが見える。
「アズマ、ひとまず帰ろう」
「帰るって言ったって、どうやって」
「私の指示に従いたまえ」
セレがそう言って、俺の手を掴み引き寄せる。何をする気なんだかわからない俺は、困惑しながらセレの腕の中へ包まれてしまった。
もしかしなくて、また抱きしめられているのでは。驚きと羞恥が沸き上がり、顔が熱くなる。けどセレは気にした様子もなく、「目を閉じるように」と促した。おずおず、それに従う。
これから何をされるんだ、何でそもそも抱きしめられてるんだ。わからなくて胸がドキドキする。視界が失われたことで、セレの身体のいい香りや、体温が優しいのを強く感じる。
もしかして。母親とか父親に愛されるって、こういう感じなのかな。そんなことをボンヤリ考えていると。
額に、柔らかなものが触れた。優しく優しく落とされたそれが、セレのキスだということに気付くまでに少しかかって。
「う、うわっ!」
思わず声を上げて、セレの腕から逃げ出そうと身体を跳ね上げた俺は。
「……えっ? え、……あれ?」
次の瞬間には、見慣れた共用リビングの床に転がっていた。
数秒遅れて、驚きの声を上げ、辺りを見回す。先程までいたはずのシェアハウスの姿は跡形もない。そこにはただ、青白い光のさす森が広がっている。
「ど、どうなってるんだ……? え?」
思わず自分の顔を叩いてみても、普通に痛いし。足元の下草に触れてみると、確かに柔らかい草の感触がする。ちぎってみると、新鮮な植物の香りもする。
夢ではなさそうだ。幻なんかでもないだろう。俺は正真正銘、どこかの森へまよいこんでしまったようだ。
いや、そんなことあるか? どうせこれはエルフ特有のアレやソレに違いない。よく知らないけど、セレの部屋に入った瞬間、こうなったんだから。たぶんだけどここにセレもいる。今は姿が見えないけど、きっと。
セレを探すしかない。引き返そうにも、今くぐったはずのドアもないんだから。
「セレー、セレ、どこだー」
仕方なく、声を出しながら森の中を探索する。幸い近くに、誰かが土を踏み慣らしたような小道があった。その先には誰かいるかもしれない。俺はいそいそとその道を辿って進む。
「うわぁ……」
進む程に、俺の前には夢のような世界が広がっていく。
一見、暗く鬱蒼とした森のはずなのに、その葉は幻想的な光を纏っていて、まるでナイトイルミネーションのように美しい。紫や白の光が星屑のようにきらめいていて、思わず近付いて手を伸ばせばホタルが逃げるように散って光も消えてしまった。
道の周りには柔らかな草と、スズランのような可憐で小さな花が満ちている。それらも僅かに発光しているみたいで、本当に夢の国へ来たみたいな気持ちになった。
ここはいったい何処なんだろう。首を傾げながらも進むと、澄みきった青い泉が現れた。そこで道は途切れていて、辺りに人や家の気配はないから、たぶん俺は反対に進んだのだと思う。引き返さなくては、と思いつつも、その泉が気になって近付く。
桟橋や柵のようなものも何もない。夜空を映し込んだような深い青の泉にも、不思議な光が満ちていて、まるで泳ぐように揺らめいている。魅入っているうちに、俺の体はどんどん泉のほうへ引き寄せられていっていた。
「……あれっ?!」
右足に触れた水の冷たさに、俺は驚いて声を上げる。本当にいつの間にか、その泉へ入ろうとしていたのだ。氷水のように冷え切った泉から、慌てて足を抜く。どうして俺は、泉に入ろうと思ったんだろう。いやそもそも、そんなこと思ったか?
「ひゃ!」
首を傾げているうちに、また右足が泉に入っている。まるで、体が勝手にそこへ入ろうとしているみたいだ。怖くなって、俺は必死に泉から離れた。あんな冷え切った水に飛び込んだら、どうなるかわからない。
来た道を戻って、人を探さないと。家へ帰らないと。そう思うのに、油断していると泉のほうへ引き返しているし、そうでなくても道を外れて星屑の森へと進もうとしている。まるでなにかに誘い込まれているみたいだった。
「……っ、せ、セレ! セレ、どこだよ! なんだかこの森、変だ!」
何度も何度も小道に戻りながら、声を上げる。幻想的な森に俺の声がこだまするばかりで、なんだかどんどん怖い場所に思えてきた。たとえば深海魚の中で、光ることでエサを惹きつけるやつもいるらしい。その光も深海で見たらすごく綺麗なんだろう。たぶん、今俺はそういう状況なんじゃないか。
じゃあ、この後俺は……。そう考えるとどうしようもなく怖くなって、「セレ!」と名前を叫んだ。当然、返事はない。
その代わり。
「……ねえねえ……、遊び……ましょ……」
まるで幽霊のようにか細く揺れる、少女の声が聞こえて。俺はありったけの叫び声をあげて、逃げ惑った。
「セレ、助けてくれよっ、セレ! うわっ!」
あまりに慌てていたからだろう。強い勢いで転んでしまい、したたか地面に身体を打ち付けた。頭がグラグラする。なんだか体も冷たいし、クスクス笑う女の声が聞こえる。俺はどうにか身を守るように地面にうつ伏せたけど、どんどん意識が遠くなっているのを感じる。
「アズマ!」
聞き慣れたセレの声が聞こえたような気がしたけど、俺はそのまま意識を失ってしまった。
「んん……?」
なんだか揺すられているような気がして、ゆっくりと目が覚める。すると、またしても超至近距離にセレの美しすぎる顔があって、俺は「うわっ」と声を上げ逃げようとした。
ところが、今回は彼に抱き起されている形だったもんだから、暴れたことで地面にひっくり返って、軽く頭をぶつけた。
「いたっ、いてて」
「アズマ、頭は大丈夫か。どうしてここに。何故私の言いつけを守らなかった」
セレは俺を気遣うようにしながらも、真剣な語気でそう尋ねた。「頭は大丈夫か」っていう言葉は、もしかしたら2重の意味かもしれない。馬鹿じゃないか、と責められているのかも。
改めて見ると、そこは森の中にある庭園のようだった。奥のほうにはテーブルセットがあって、セレのようなエルフが妙に人間じみた服装でお茶を飲んでいるのが見える。俺はわけもわからず起き上がってセレを見た。
その表情は心配と怒りと、悲しみの混ざった複雑なもので。まるで悪さをした子供を叱る親みたいだな、とぼんやり思う。親なんて人、俺にはいなかったけど。
「ど、どうしてここにって言われても、マナゾンから冷蔵の宅配がきて……。セレに声をかけたけど、出てこなかったから、なにかあったのかと思ってドアを開けて。そしたらここにいたんだよ。変な森とか泉とかに引っ張られるみたいだし、なんか幽霊みたいな声が聞こえるし大変だったんだ。ここ、どこなんだ?」
森を見上げながら問うと、セレは「ああ……」と額を押さえながら溜息を吐く。呆れているような、悔いているような、そんな印象を覚えた。
「愚かで無知なアヅマ……君が愚かで無知なのはよくわかった。君は、人間はなんて愚かで無知なんだ」
「めちゃくちゃ愚かで無知って言うじゃん……」
エルフに比べたら、確かにそうなのかもしれないけど。たぶん、この言葉はそのまま受け取るべきやつだ。大人にとっての子ども、飼い主にとってのペット。暴言ではなく、もののわからない相手に対してどうするべきか考えてるだけの言葉だとは思う。
わかっているけど、やっぱり気分は悪い。宅配の人があんな顔をしたのも、わかる気はする。エルフの喋り方は、俺たちにとってキツイ。そう知っていたって、いつでも彼の言葉を正しく受け取ってやれる余裕が俺にあるとは限らない。
「そもそもセレがちゃんと部屋から出てきてくれたら、俺だってドアを開けずに済んだんだからな」
そしたら、こんな怖い目にも合わずに済んだんだ。不満を口にすると、セレは驚いたような顔をして、それからなんともいえない渋い表情を浮かべた。口を開いては、なにも言わずに噤むを繰り返した後、セレは後ろのエルフに視線を送った。俺もつられてそっちを見ると、知らないエルフがニコッと笑い、手をひらひら振るのが見える。
「アズマ、ひとまず帰ろう」
「帰るって言ったって、どうやって」
「私の指示に従いたまえ」
セレがそう言って、俺の手を掴み引き寄せる。何をする気なんだかわからない俺は、困惑しながらセレの腕の中へ包まれてしまった。
もしかしなくて、また抱きしめられているのでは。驚きと羞恥が沸き上がり、顔が熱くなる。けどセレは気にした様子もなく、「目を閉じるように」と促した。おずおず、それに従う。
これから何をされるんだ、何でそもそも抱きしめられてるんだ。わからなくて胸がドキドキする。視界が失われたことで、セレの身体のいい香りや、体温が優しいのを強く感じる。
もしかして。母親とか父親に愛されるって、こういう感じなのかな。そんなことをボンヤリ考えていると。
額に、柔らかなものが触れた。優しく優しく落とされたそれが、セレのキスだということに気付くまでに少しかかって。
「う、うわっ!」
思わず声を上げて、セレの腕から逃げ出そうと身体を跳ね上げた俺は。
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