悲嘆の森に住まうもの

なずとず

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第5話

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 ランプの灯りが僅かに照らすばかりの薄暗い部屋。寝台の上では裸になった二人が身を絡めている。褐色の背中は僅かに汗ばみ震えていて、うなじが妙に色っぽく、ユウは何度も首筋や背中の窪みにキスを落とした。その度にシャンティの喉からは甘い声が漏れる。

 シャンティの体を愛撫するユウの手はあまりに白い。まるで木に絡みつく白蛇のようだ。背後からシャンティの身体を撫で、胸の頂きを弄び、そして熱く絡みつく胎内を穿つ。シャンティはまるで痛みや苦しみを忘れたようにそれを受け入れ、快楽と熱に溺れ、シーツを掴み甘く鳴く。その背中に歯を立て、僅かに支配の証をつける。すぐ消えてしまうとわかっていて、尚、自分の存在を刻みつけたくなる衝動は抑えきれなかった。

 エルフという生き物は、悲しみを飼っている。

 ユウはそう考えていた。彼らは人間に対し愛情が深い。故に、長い寿命のうちに何度となく老い、病み、死んでいく人間達を見ることで、心に悲しい思い出と深い喪失感を満たしている。

 人間が人生で何度別れを経験しても慣れないように。死別を重ねる度に心が痛むように。彼らは何度も悲しみに胸を貫かれ、軋んでいる。シャンティがユウの村を出たのも、それが理由だと聞いていた。

 最も愛した人が旅立つのを見送り。その子供達さえ老い、死んでいくのを見守り。そうして降り積もっていった悲しみが、徐々にシャンティの心を蝕み、月日と共にその痛みは耐えがたいものになっていった。そして彼は、僅かな形見を彼らに預けて、遠いこの森へ独り旅立ったのだ。悲しみを和らげる薬を片手に、時も場所も忘れて酔い、ただ揺れるように暮らすことを選んだ。

 それでも、それでも。

「あ、……っ、う、……ユウ……っ」

 腰を揺らして、身を捩り、甘い声で名を呼ぶ。もがくようにシーツを掴む手に己の手を重ねて、シャンティの長い耳を甘く食む。シャンティ、と名を呼ぶと、熱い胎内が応えて絡みつく。緩く突き上げると、甲高い声を漏らし、その快楽に溺れて、名を呼び続ける。

 シャンティは、孤独を求めながら、独りを選べない。本質的に寂しがりなのだ。森の奥に住みながら、一月に一度は街に出てしまうほどに。求められれば、薬だろうが身体だろうが差し出してしまうほどに。こんなにも悲しみに心を痛めていながら、それでも、それでも、人との交わりを求めてしまうのだ。

 かわいそうで、愛しくて。ユウはその身体を、心を、胸を抱く。薬と愛と肉欲に溺れている間は、きっと彼の痛みは何処かへ消えているのだろうから。何故だか背中からしか抱かせてくれない男を、それでも愛する。何度も、何度も、何時間でも。

 その瞳が、ユウより遥か昔に死んだ人を見つめていたとしても。ユウはシャンティを想っている。彼が思うより深く、強く。ただ、シャンティがこちらを見つめてくれない限りは、それを伝えるつもりはない。

 きっと、自分が寿命で死ぬ時、シャンティをまた深く傷付けてしまうだろうから。

「ユウ、……ユウ……っ」

 それでも、シャンティは甘い声で、愛しげに名を呼んでくれる。だからユウも彼を愛する。何もかも忘れて溺れたらいい。心地良いことだけで満たされて、溶けてしまえばいい。ユウはシャンティのもとを訪れる度に、彼を抱いた。何度も、何度も、彼が応じるまま、求めるまま。








 
 微睡の中、僅かな身動ぎを感じて目を覚ます。気付くとシャンティの腕に抱かれていた。身体を重ねた後、シャンティはこうして赤子でも愛するようにユウのことを抱きしめて離さない。離したら何処かに行くとでも、死んでしまうとでも思っているのか、それはそれは強く抱きしめて、離してくれない。そのまま眠られるものだから、身体が変に軋んで仕方ない。

 それでもしたいようにさせている。うとうとしながら身を任せていると、シャンティが小さく、掠れた声で名を呼んだ。

「……ヴィント……」

 それが知らない男の名前だから。ユウはいつも、いつも胸が締め付けられるような、グツグツと煮立つような、言葉にしがたいものを感じるのだ。

 シャンティは、俺の遥か祖先の男を今でも愛している。だから、その血を継ぐ俺を愛しているんだ。俺じゃなくて、俺に流れる血を。

 それは、ユウの中にずっと巣食っている言葉だった。


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