4 / 37
第4話 牧野・ハロルド・エリス
しおりを挟む
「いやー、勇気君、何もかも誤解だったみたいで、本当に良かったよ!」
先日は通夜みたいな顔をしていた部長が、ケラケラと笑いながら肩を叩いてくる。勇気が出社する頃には、マキノ商事の社長の脅しは勘違いで、まして御息女ではなく御子息だったし、友人を探していただけらしい、という話で、上層部はまとまっているらしかった。
勇気は「はあ、そうですね」と生返事をしながら、仕事場の机に向かった。テメェらが人を生贄にしようとしたことは一生忘れねえからな、と思いつつ、パソコンを立ち上げる。
医療・介護関係のシステム開発や運用を行う会社の中で、勇気の仕事は主に雑用だ。と言ってもお茶汲み等ではない。先輩達が時間を割くほどでもない文章を作成したり、表を作ったりとパソコンに向かっている時間がとても長い。その合間に、勇気はコソコソとエリスの事を調べた。
そもそもエリスの事を知るには、マキノ商事について知らなければならない。マキノ商事はその名の通り牧野何某なにがしという日本人の作った会社だ。元々は運送業だったようだが、色々あって倒産の危機だったところ、今の社長であるアメリカ人の男、つまりエリスの「頭がクレイジーなパパン」が婿養子にやって来たというわけだ。
そのパパンの経営手腕は凄まじく、社長になって数年で会社は黒字化どころか他社を買収して拡大し始めた。それもそのはず、アメリカでは敏腕若手経営者として世間を騒がせていたらしい。マキノ商事が安定すると彼は本国に戻って活動をしていたが、今年に入って愛息子の牧野・ハロルド・エリスを連れて帰国した。
エリスは父親の白人らしさと母親の美しさを兼ね備えた超人で、某有名大学を主席で卒業、すぐに父に倣って経営者を始め、本国では21歳にして既に3社の代表をしているらしい。日本に来たのはマキノ商事の社長を交代するためだとか噂されているが、真相はわからない。とにかく、そんな色んな寵愛を一身に受けた天才児なのだ。
そして勇気は、そういう男を、いつの間にか抱いてしまった。
「あああぁああ」
時々思い出して頭を抱える。酒の席での過ちとはいえ、本当に最悪のことをした。人としてあってはならない事だ。エリスが全く嫌がっていないからよかったものの、下手をしたら国際犯罪だ。勇気はもう二度と酒は飲まないと名も知らぬ神に誓った。
と。
「勇気君、お客さんだよ」
同僚に声をかけられて、勇気は驚いた。平ひらの新入社員である勇気に、来客など有り得ない。思わず「私にですか?」と問い直すと、「今、応接間に居るみたいだけど、なんでも外国人らしくて」
と言われて、勇気は青褪めて立ち上がった。
「あ、ユウキ」
応接室には案の定エリスが座っていた。ブランドものなのか小綺麗なスーツスタイルの彼は、モデルのように美しい。このまま雑誌の表紙やポスターになりそうなほどだ。勇気はといえば、「新社会人のスーツ5点セット1万円!」とかそういう売り文句が似合いそうだ。
「あ、あの、エリスさん」
「エル、でいいよ」
「……え、エル、どうしてここに……?」
「だって、ユウキが、オトモダチしよっていうのに、連絡、教えてくれないから……」
そういえばそうだった。結局後悔と共に別れただけで、連絡先の一つも交換しなかった。それは、そうだが。
「そ、……あの、それは悪かったですけど、私、今、仕事中なんですよ……!」
職場に客として押しかけてまで連絡先を聞きに来るなど、横暴にも程がある。ユウキの望むと望まないとに関わらず、バレたら大変なことだ。
「あー! そうか、ごめんね、ユウキ」
「ごめんね、って、か、軽……」
「パパンに、ユウキの会社、イイトコって、伝えておくから、許して?」
「それ大丈夫なやつなんですか?! と、とにかく、連絡先なら教えますよ、えっと、SNSでいいですか? 何ならわかるんだろう……」
スマホを開いてSNSの一覧を見ながら言うと、「ニャイン、使える」と某SNSの名前を言ったので、それで友達登録を手短に済ませた。「おー」と嬉しそうに笑ったエリスは子供のようで、勇気も思わず笑いそうになってまた首を振った。このおかしな外国人のペースに乗せられては、どこまでもズルズル流されてしまう。
「とにかく、これでもう用は終わりましたよね? お引き取り頂いて……」
「ユウキ」
「まだ何か有るんですか」
「オトモダチ、しよ」
お友達をしよう、と言われても。勇気が困惑していると、エリスがずいと身を寄せてきた。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。キスか、それともスキンシップやそれ以上のことを求められるのかと焦っていると、エリスは微笑んで言った。
「今夜、メシ、いこ?」
「め、メシ」
「? メシ、違った? 夜の、ごはん」
「や、合ってる、合ってます……。……わ、わかりました、今夜、ですね、……19時なら行けますよ」
「ジュークジ」
「あ、えーと」
19時ってなんていうんだっけ、と英語を思い出していると、エリスがスマホに向かって「くっくどぅーどぅるどぅー!」と鳴き始めた。
最近大手検索サイト「ドゥードゥル」が始めたスマホアプリを起動する呪文だ。英語でニワトリの鳴き声、「クックドゥードゥルドゥー」と言えば、アシスタントが助けてくれる。便利なものだが、何故人類はスマホに向かってニワトリの声真似をしなければいけなくなったのだろうか。不可思議だ。
「ジュークジ、を、英語で」
エリスがスマホに向かってカタコトの日本語で英語を聞いている、なんとも意味のわからない状況だ。それでも伝わったらしい。エリスは「OK」と嬉しそうに勇気に微笑んだ。
そんなこんなでエリスは帰って行った。アイツ、本当に連絡先だけ聞きに来たんだ……と呆れながら、勇気は応接室を後にする。
「勇気君、終わったの?」
エリスを案内したらしい受付の女性が声をかけてくる。「あ、はい、すいません、ありがとうございます」と頭を下げていると「よかったあ」と彼女は苦笑した。
「なんていうか、外国人ってやたらテンション高かったり、いつも笑顔って感じじゃない?」
「ああ、まあ、そうですよね」
「彼ってば、蝋人形みたいに無表情だし、リスニングのテストみたいに無機質で抑揚の無い喋り方なんだもの、あんな怖い外国人初めてよ。勇気君、大丈夫? いじめられなかった?」
「……え?」
無表情、無機質。
それはエリスとは正反対の言葉で、勇気は目を丸くした。
先日は通夜みたいな顔をしていた部長が、ケラケラと笑いながら肩を叩いてくる。勇気が出社する頃には、マキノ商事の社長の脅しは勘違いで、まして御息女ではなく御子息だったし、友人を探していただけらしい、という話で、上層部はまとまっているらしかった。
勇気は「はあ、そうですね」と生返事をしながら、仕事場の机に向かった。テメェらが人を生贄にしようとしたことは一生忘れねえからな、と思いつつ、パソコンを立ち上げる。
医療・介護関係のシステム開発や運用を行う会社の中で、勇気の仕事は主に雑用だ。と言ってもお茶汲み等ではない。先輩達が時間を割くほどでもない文章を作成したり、表を作ったりとパソコンに向かっている時間がとても長い。その合間に、勇気はコソコソとエリスの事を調べた。
そもそもエリスの事を知るには、マキノ商事について知らなければならない。マキノ商事はその名の通り牧野何某なにがしという日本人の作った会社だ。元々は運送業だったようだが、色々あって倒産の危機だったところ、今の社長であるアメリカ人の男、つまりエリスの「頭がクレイジーなパパン」が婿養子にやって来たというわけだ。
そのパパンの経営手腕は凄まじく、社長になって数年で会社は黒字化どころか他社を買収して拡大し始めた。それもそのはず、アメリカでは敏腕若手経営者として世間を騒がせていたらしい。マキノ商事が安定すると彼は本国に戻って活動をしていたが、今年に入って愛息子の牧野・ハロルド・エリスを連れて帰国した。
エリスは父親の白人らしさと母親の美しさを兼ね備えた超人で、某有名大学を主席で卒業、すぐに父に倣って経営者を始め、本国では21歳にして既に3社の代表をしているらしい。日本に来たのはマキノ商事の社長を交代するためだとか噂されているが、真相はわからない。とにかく、そんな色んな寵愛を一身に受けた天才児なのだ。
そして勇気は、そういう男を、いつの間にか抱いてしまった。
「あああぁああ」
時々思い出して頭を抱える。酒の席での過ちとはいえ、本当に最悪のことをした。人としてあってはならない事だ。エリスが全く嫌がっていないからよかったものの、下手をしたら国際犯罪だ。勇気はもう二度と酒は飲まないと名も知らぬ神に誓った。
と。
「勇気君、お客さんだよ」
同僚に声をかけられて、勇気は驚いた。平ひらの新入社員である勇気に、来客など有り得ない。思わず「私にですか?」と問い直すと、「今、応接間に居るみたいだけど、なんでも外国人らしくて」
と言われて、勇気は青褪めて立ち上がった。
「あ、ユウキ」
応接室には案の定エリスが座っていた。ブランドものなのか小綺麗なスーツスタイルの彼は、モデルのように美しい。このまま雑誌の表紙やポスターになりそうなほどだ。勇気はといえば、「新社会人のスーツ5点セット1万円!」とかそういう売り文句が似合いそうだ。
「あ、あの、エリスさん」
「エル、でいいよ」
「……え、エル、どうしてここに……?」
「だって、ユウキが、オトモダチしよっていうのに、連絡、教えてくれないから……」
そういえばそうだった。結局後悔と共に別れただけで、連絡先の一つも交換しなかった。それは、そうだが。
「そ、……あの、それは悪かったですけど、私、今、仕事中なんですよ……!」
職場に客として押しかけてまで連絡先を聞きに来るなど、横暴にも程がある。ユウキの望むと望まないとに関わらず、バレたら大変なことだ。
「あー! そうか、ごめんね、ユウキ」
「ごめんね、って、か、軽……」
「パパンに、ユウキの会社、イイトコって、伝えておくから、許して?」
「それ大丈夫なやつなんですか?! と、とにかく、連絡先なら教えますよ、えっと、SNSでいいですか? 何ならわかるんだろう……」
スマホを開いてSNSの一覧を見ながら言うと、「ニャイン、使える」と某SNSの名前を言ったので、それで友達登録を手短に済ませた。「おー」と嬉しそうに笑ったエリスは子供のようで、勇気も思わず笑いそうになってまた首を振った。このおかしな外国人のペースに乗せられては、どこまでもズルズル流されてしまう。
「とにかく、これでもう用は終わりましたよね? お引き取り頂いて……」
「ユウキ」
「まだ何か有るんですか」
「オトモダチ、しよ」
お友達をしよう、と言われても。勇気が困惑していると、エリスがずいと身を寄せてきた。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。キスか、それともスキンシップやそれ以上のことを求められるのかと焦っていると、エリスは微笑んで言った。
「今夜、メシ、いこ?」
「め、メシ」
「? メシ、違った? 夜の、ごはん」
「や、合ってる、合ってます……。……わ、わかりました、今夜、ですね、……19時なら行けますよ」
「ジュークジ」
「あ、えーと」
19時ってなんていうんだっけ、と英語を思い出していると、エリスがスマホに向かって「くっくどぅーどぅるどぅー!」と鳴き始めた。
最近大手検索サイト「ドゥードゥル」が始めたスマホアプリを起動する呪文だ。英語でニワトリの鳴き声、「クックドゥードゥルドゥー」と言えば、アシスタントが助けてくれる。便利なものだが、何故人類はスマホに向かってニワトリの声真似をしなければいけなくなったのだろうか。不可思議だ。
「ジュークジ、を、英語で」
エリスがスマホに向かってカタコトの日本語で英語を聞いている、なんとも意味のわからない状況だ。それでも伝わったらしい。エリスは「OK」と嬉しそうに勇気に微笑んだ。
そんなこんなでエリスは帰って行った。アイツ、本当に連絡先だけ聞きに来たんだ……と呆れながら、勇気は応接室を後にする。
「勇気君、終わったの?」
エリスを案内したらしい受付の女性が声をかけてくる。「あ、はい、すいません、ありがとうございます」と頭を下げていると「よかったあ」と彼女は苦笑した。
「なんていうか、外国人ってやたらテンション高かったり、いつも笑顔って感じじゃない?」
「ああ、まあ、そうですよね」
「彼ってば、蝋人形みたいに無表情だし、リスニングのテストみたいに無機質で抑揚の無い喋り方なんだもの、あんな怖い外国人初めてよ。勇気君、大丈夫? いじめられなかった?」
「……え?」
無表情、無機質。
それはエリスとは正反対の言葉で、勇気は目を丸くした。
45
あなたにおすすめの小説
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
とあるΩ達の試練
如月圭
BL
吉住クレハは私立成城学園に通う中学三年生の男のオメガだった。同じ学園に通う男のオメガの月城真とは、転校して初めてできた同じオメガの友達だった。そんな真には、番のアルファが居て、クレハはうらやましいと思う。しかし、ベータの女子にとある事で目をつけられてしまい……。
この話はフィクションです。更新は、不定期です。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる