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第98話 文化祭で、努力が“人に届いた”瞬間
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10月25日――文化祭前日、放課後。
体育館横・情報処理部ブース。
パーテーションと長机、延長コード。
白いボードに仮ポスターを貼りながら、吉田がカッターでパネルを切っていく。
村上は電源タップを差し込み、ケーブルを床に這わせて固定していた。
相川はノートPCを開き、画面と配線図を交互に見比べている。
体育館横の一角。準備を進める手の音と、テープをちぎる音だけが響いていた。
「電源よし、接続確認よし。……佐久間、デモ起動」
「はい」
タブレットに触れると、TRY-LOGのトップ画面が立ち上がる。
『今日の記録』/『グラフ』/『ことば』――三つのボタンだけの、シンプルな画面。
その中央に、小さなキャラクターが立っていた。
丸い体に、少し寝ぐせのような前髪。名前は“トライ”。
努力を記録するたびに、表情や姿が変わっていく。
「これが“トライ”。努力の化身みたいなもんだ」
相川が画面を指さす。
「運動を続けたら元気系に、勉強を頑張ったら知的系に。
頑張る方向で、見た目が少しずつ進化するようにしてある」
トライが画面の中で軽くジャンプし、“おつかれさま!”と吹き出しを出す。
佐藤が笑う。
「かわいいじゃん。こういうの、続けたくなるよな」
「うん。努力を数字で見るだけじゃなくて、
“自分の成長”を感じられるようにしたかったんだ」
相川の声は、いつもより少し柔らかかった。
俺は画面のトライを見つめながら、ゆっくり息を吸った。
(……動いてる。俺たちのTRY-LOGが、ちゃんと“生きてる”)
「体験は“一分で終わる”が合言葉だ」
相川がホワイトボードを叩きながら言う。
「スクワット10回をしてもらう → “今日の記録”で入力 → グラフが動く → トライがコメントを返す → QRカードを渡して終了。ここまでで約60秒」
「なるほど、テンポ勝負ですね」
俺がうなずくと、佐藤がパンフレットの束を持ち上げた。
「俺は入口で声かけする。人を回すのは任せろ」
吉田がロゴパネルを掲げる。
「見出しは“大きくTRY-LOG”。下に『見えるって、続けやすい。』のキャッチ入れるね」
村上が笑いながらタブレットを確認した。
「予備の端末、三台用意してある。落ちてもすぐ復旧できる」
そのとき、デモ画面のトライが“ピコン”と点滅した。
『がんばってるね! 本番もファイト!』という吹き出しが出る。
「お、出た。テストコメント、ちゃんと動いてるな」
相川が笑ってモニターを覗き込む。
「昨日、テスト用に入れておいたんだ。“応援メッセージ機能”の試作」
佐藤が吹き出しを見て笑う。
「なんか、こっちまで元気出るな」
「うん。こういう細かい演出が、印象に残るんだよ」
相川も珍しく口元を緩めた。
「本番もこれくらい明るくいこう。体験してくれる人に、
“楽しかった”って思ってもらうのが一番大事だからな」
画面のトライがもう一度小さく跳ねる。
まるで俺たちを見守っているようだった。
(……ちゃんと“生きてる”みたいだな。俺たちのアプリ)
「よし、前日リハはここまで」
相川の声が落ち着いて響いた。
(いよいよだ……TRY-LOGが、ちゃんと“人に届く”日が来る)
空気が静まり、全員の視線が自然と交わる。
俺は軽く息を吸って、笑った。
「――明日、全力でいこう。
TRY-LOGを見に来た人、全員に“伝わる”ように」
佐藤が親指を立て、吉田が「了解」と笑い、村上が静かにうなずく。
相川も短く言った。
「……ああ。いよいよ本番だな」
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
オレンジ色の光の中で、パソコンのモニターが静かに輝いている。
―
――文化祭・当日 午前。
開場のアナウンス。通路が一気にざわつく。
隣の“わたあめ&フォトスポット”は開始五分で長蛇の列。
こちらは――静かだ。パネルの前に、風だけが通り抜けていく。
「……しーん、だな」佐藤が苦笑する。
「最初はこんなものさ」相川は時計を見て言うが、目だけは鋭い。
吉田がポスターの位置を少し下げ、村上がモニターの明るさを上げた。
(このままじゃ、埋もれる)
椅子から立ち上がる。胸の奥で、スイッチが入る感覚。
―
【スキル展開】
→《カリスマ性Lv1》《会話術Lv1》《笑顔強化Lv1》同時発動。
―
空気がわずかに澄む。声の芯が、自然に前へ出た。
「こんにちは! 一分だけ、あなたの“がんばり”を見える化します!
スクワット10回で、あなた専用のグラフと“励ましのことば”をお渡しします!」
通りかかった女子2人が足を止める。
「一分で終わるの?」「やってみよっか」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
姿勢、手の誘導、視線の置きどころ――《会話術》が自然に導く。
二人がスクワットを終える。俺がタブレットに“スクワット10回”を入力。
グラフがポンと立ち上がり、画面に文字が浮かぶ。
『初日クリア! “はじめの一歩”は想像よりずっと大きい!』
その下に、小さな数値が表示される。
【筋力+0.2】
「え、なにこれ!?」「なんかゲームみたい!」
二人が笑い合い、画面のトライが小さくガッツポーズを取る。
QRカードを手渡す。「これ、あとで読み込むと“今日の記録”が見られます」
立ち止まる人が一人、また一人と増えていく。
「え、あの人……雑誌に出てたよね!?」「星野瑠奈とカップル企画で載ってた人じゃない?」
「そのキャラクター、何のアプリ?」
スマホが上がり、ざわめきが波のように広がっていく。
「うそ……本物?」「めっちゃイケメン!」
声が混じり、会場の空気が少しずつ熱を帯びていく。
画面の中の“トライ”がぴょこんと跳ねた。
その瞬間、視線が一斉にブースへと集まった。
「年配のお客さん来たぞ」村上が小声で告げる。
「任せろ!」佐藤が前へ出た。
「いらっしゃいませ! 膝に負担ない範囲で“その場足踏み10回”にしましょう。
“毎日の習慣も立派な努力”って、数字にするとわかりやすいんです」
笑いが起きる。「じゃあやってみるか」
画面に結果が表示される。
画面の中の“トライ”が手を振りながら、
『いい調子だね! その一歩が、明日の元気になるよ!』
その下に、小さな数値がぽん、と浮かぶ。
【耐久+0.2】
「なんだい、ちょっと嬉しいねぇ」
「これ、あとでお孫さんにも見せられますよ」
佐藤がにこやかにカードを差し出す。
「この紙に記録が残ります。QRコードっていって、スマホで読み取ると今日の結果が見返せるんです」
「へぇ、そんなことできるのかい」
「はい。最近は市の広報でも使ってるんですよ」
「なるほどねぇ。じゃあ孫にやらせてみようかね」
年配の客の頬がゆるむ。
周囲で見ていた数人も笑いながら近づいてきた。
その時、佐藤が通路の向こうを見て目を細めた。
「……あれ、商工会の腕章つけた人たちじゃね?」
「マジで?」俺がつぶやくと、佐藤はパンフを持って軽快に向かう。
「こんにちは! 地元の学生が“続けやすい記録アプリ”を作ってまして。
よかったら“一分だけ”体験どうです? 地域イベントにも相性いいんです」
数分後――腕章をつけた来場者の大人たちが三人、ブースの前に立っていた。
相川が一歩前に出る。
「本日はお越しいただきありがとうございます。“TRY-LOG”開発チームの相川です」
「代表の佐久間です。今日は体験版のデモをご覧いただけたらと思います」
一人が軽く会釈した。
「君たちがこのアプリを? 高校生が作ったんだってね。面白そうだ」
「どれどれ」
“階段の上り下り10回”――結果が出る。
『ナイス努力! 毎日の“ちょっと”が、明日のスピードになるよ!』
画面の下に、やわらかな効果音とともに小さく数値が浮かぶ。
【筋力+0.1】【耐久+0.1】
「……面白い。健康づくりイベントで使えそうだね」
「地域の中学校の職員研修とか、PTA講座でも受けそうだな」
メモを取る手。名刺ケースがちらりと見えた。
相川がすぐに反応した。
テーブルの端に置いていた資料を取り上げ、丁寧に差し出す。
「こちら、TRY-LOGの概要資料です。簡単な仕組みと利用イメージをまとめています」
佐藤がにやりと笑い、自然に言葉を継ぐ。
「今日の体験データも、匿名でまとめてグラフ化できます。
来場者の反応も、あとでお見せしますよ」
「ほう、それはいいね」
男性が目を細める。
「よかったら後日、商工会の担当にも紹介してもいいかな?」
「もちろんです」
相川が深くうなずく。
「連絡先はこちらにあります」
名刺代わりのTRY-LOGカードを渡すと、
「若いのにしっかりしてるね」と笑い声が返ってきた。
去っていく背中を見送りながら、佐藤が小声でつぶやく。
「……これ、マジで仕事に繋がるんじゃね?」
「さあな。でも――」
俺は小さく笑った。
「努力の形を見せるって、そういうことかもしれないな」
―
気づけば、ブース前は人だかりだ。
QRカードの束が減り、体験待ちの列がのびている。
吉田はパネル前で写真を撮る来場者の列整理、村上は端末を一台交換して即復帰。
相川はログを監視しつつ、時折短く説明を差し込む。
「“できなかった日”も記録できるようにしています。
そのほうが、また始めやすいからです」
「コメントは同じじゃなくて、記録の内容に合わせて変わります」
「数字が小さくても、続ければ“線”になります。
線がつながれば、それが“自信”になる――そんな設計です」
俺は入口側で、笑顔を絶やさず声をかけ続ける。
「一分で終わります。よかったら、あなたの“はじめの一歩”を!」
視線が合うたび、足が止まる。手が伸びる。
《カリスマ性》が空気を押し、《会話術》が輪をつなぎ、《笑顔》が背中を押す。
――気づけば、TRY-LOGの大型モニターには、午前だけで積み上がった棒グラフが連なっていた。
“今日ここで、誰かが始めた一本の線”。
それが螺旋のように重なり、光って見える。
「……完全に、軌道に乗ったな」相川が小さく言う。
「まだ始まったばかりですよ」俺は息を整えて笑った。
(見えない努力が、ここで光になっている)
―
アナウンスが昼休みを告げ、列がいったん途切れる。
佐藤がペットボトルを差し出した。「水分」
「助かる」
吉田が親指を立て、村上がノートPCの温度を確認する。
商工会の名刺が、胸ポケットに一枚。
次へつながる重みが、確かにあった。
(午後は――もっと人を巻き込もう)
TRY-LOGの画面が、静かに瞬いていた。
―
【Project Re:Try:実際に“試す”/第三段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:10月26日
◆目標:文化祭での正式発表
◆進行状況:Phase.03 進行中
◆目的
「“努力の記録”を、実際に“人へ伝わる形”として検証する」
――“触れる”努力から、“伝わる”努力へ。
◆メンバー構成
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):38.5/継続性(耐久力):34.0/構想力(知力):34.2/共感力(魅力):48.2
SP:30/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO/営業統括)/信頼度:83
・相川蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:58
◆資産状況
総資産:600,000円
内訳:文化祭関連費用 20,000円(パネル・印刷・備品)
◆進行状況
・文化祭展示発表実施(テーマ:「その努力、数字にしてみない?」)
・TRY-LOG体験版 Ver.0.1 稼働
・来場者体験数:約70名
・商工会関係者から次回打ち合わせの打診あり
◆次段階の検討項目(Phase.04 構想中)
・商工会のイベントへの参加検討
・TRY-LOGを“もっと多くの人に使ってもらう”ための改良
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
体育館横・情報処理部ブース。
パーテーションと長机、延長コード。
白いボードに仮ポスターを貼りながら、吉田がカッターでパネルを切っていく。
村上は電源タップを差し込み、ケーブルを床に這わせて固定していた。
相川はノートPCを開き、画面と配線図を交互に見比べている。
体育館横の一角。準備を進める手の音と、テープをちぎる音だけが響いていた。
「電源よし、接続確認よし。……佐久間、デモ起動」
「はい」
タブレットに触れると、TRY-LOGのトップ画面が立ち上がる。
『今日の記録』/『グラフ』/『ことば』――三つのボタンだけの、シンプルな画面。
その中央に、小さなキャラクターが立っていた。
丸い体に、少し寝ぐせのような前髪。名前は“トライ”。
努力を記録するたびに、表情や姿が変わっていく。
「これが“トライ”。努力の化身みたいなもんだ」
相川が画面を指さす。
「運動を続けたら元気系に、勉強を頑張ったら知的系に。
頑張る方向で、見た目が少しずつ進化するようにしてある」
トライが画面の中で軽くジャンプし、“おつかれさま!”と吹き出しを出す。
佐藤が笑う。
「かわいいじゃん。こういうの、続けたくなるよな」
「うん。努力を数字で見るだけじゃなくて、
“自分の成長”を感じられるようにしたかったんだ」
相川の声は、いつもより少し柔らかかった。
俺は画面のトライを見つめながら、ゆっくり息を吸った。
(……動いてる。俺たちのTRY-LOGが、ちゃんと“生きてる”)
「体験は“一分で終わる”が合言葉だ」
相川がホワイトボードを叩きながら言う。
「スクワット10回をしてもらう → “今日の記録”で入力 → グラフが動く → トライがコメントを返す → QRカードを渡して終了。ここまでで約60秒」
「なるほど、テンポ勝負ですね」
俺がうなずくと、佐藤がパンフレットの束を持ち上げた。
「俺は入口で声かけする。人を回すのは任せろ」
吉田がロゴパネルを掲げる。
「見出しは“大きくTRY-LOG”。下に『見えるって、続けやすい。』のキャッチ入れるね」
村上が笑いながらタブレットを確認した。
「予備の端末、三台用意してある。落ちてもすぐ復旧できる」
そのとき、デモ画面のトライが“ピコン”と点滅した。
『がんばってるね! 本番もファイト!』という吹き出しが出る。
「お、出た。テストコメント、ちゃんと動いてるな」
相川が笑ってモニターを覗き込む。
「昨日、テスト用に入れておいたんだ。“応援メッセージ機能”の試作」
佐藤が吹き出しを見て笑う。
「なんか、こっちまで元気出るな」
「うん。こういう細かい演出が、印象に残るんだよ」
相川も珍しく口元を緩めた。
「本番もこれくらい明るくいこう。体験してくれる人に、
“楽しかった”って思ってもらうのが一番大事だからな」
画面のトライがもう一度小さく跳ねる。
まるで俺たちを見守っているようだった。
(……ちゃんと“生きてる”みたいだな。俺たちのアプリ)
「よし、前日リハはここまで」
相川の声が落ち着いて響いた。
(いよいよだ……TRY-LOGが、ちゃんと“人に届く”日が来る)
空気が静まり、全員の視線が自然と交わる。
俺は軽く息を吸って、笑った。
「――明日、全力でいこう。
TRY-LOGを見に来た人、全員に“伝わる”ように」
佐藤が親指を立て、吉田が「了解」と笑い、村上が静かにうなずく。
相川も短く言った。
「……ああ。いよいよ本番だな」
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
オレンジ色の光の中で、パソコンのモニターが静かに輝いている。
―
――文化祭・当日 午前。
開場のアナウンス。通路が一気にざわつく。
隣の“わたあめ&フォトスポット”は開始五分で長蛇の列。
こちらは――静かだ。パネルの前に、風だけが通り抜けていく。
「……しーん、だな」佐藤が苦笑する。
「最初はこんなものさ」相川は時計を見て言うが、目だけは鋭い。
吉田がポスターの位置を少し下げ、村上がモニターの明るさを上げた。
(このままじゃ、埋もれる)
椅子から立ち上がる。胸の奥で、スイッチが入る感覚。
―
【スキル展開】
→《カリスマ性Lv1》《会話術Lv1》《笑顔強化Lv1》同時発動。
―
空気がわずかに澄む。声の芯が、自然に前へ出た。
「こんにちは! 一分だけ、あなたの“がんばり”を見える化します!
スクワット10回で、あなた専用のグラフと“励ましのことば”をお渡しします!」
通りかかった女子2人が足を止める。
「一分で終わるの?」「やってみよっか」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
姿勢、手の誘導、視線の置きどころ――《会話術》が自然に導く。
二人がスクワットを終える。俺がタブレットに“スクワット10回”を入力。
グラフがポンと立ち上がり、画面に文字が浮かぶ。
『初日クリア! “はじめの一歩”は想像よりずっと大きい!』
その下に、小さな数値が表示される。
【筋力+0.2】
「え、なにこれ!?」「なんかゲームみたい!」
二人が笑い合い、画面のトライが小さくガッツポーズを取る。
QRカードを手渡す。「これ、あとで読み込むと“今日の記録”が見られます」
立ち止まる人が一人、また一人と増えていく。
「え、あの人……雑誌に出てたよね!?」「星野瑠奈とカップル企画で載ってた人じゃない?」
「そのキャラクター、何のアプリ?」
スマホが上がり、ざわめきが波のように広がっていく。
「うそ……本物?」「めっちゃイケメン!」
声が混じり、会場の空気が少しずつ熱を帯びていく。
画面の中の“トライ”がぴょこんと跳ねた。
その瞬間、視線が一斉にブースへと集まった。
「年配のお客さん来たぞ」村上が小声で告げる。
「任せろ!」佐藤が前へ出た。
「いらっしゃいませ! 膝に負担ない範囲で“その場足踏み10回”にしましょう。
“毎日の習慣も立派な努力”って、数字にするとわかりやすいんです」
笑いが起きる。「じゃあやってみるか」
画面に結果が表示される。
画面の中の“トライ”が手を振りながら、
『いい調子だね! その一歩が、明日の元気になるよ!』
その下に、小さな数値がぽん、と浮かぶ。
【耐久+0.2】
「なんだい、ちょっと嬉しいねぇ」
「これ、あとでお孫さんにも見せられますよ」
佐藤がにこやかにカードを差し出す。
「この紙に記録が残ります。QRコードっていって、スマホで読み取ると今日の結果が見返せるんです」
「へぇ、そんなことできるのかい」
「はい。最近は市の広報でも使ってるんですよ」
「なるほどねぇ。じゃあ孫にやらせてみようかね」
年配の客の頬がゆるむ。
周囲で見ていた数人も笑いながら近づいてきた。
その時、佐藤が通路の向こうを見て目を細めた。
「……あれ、商工会の腕章つけた人たちじゃね?」
「マジで?」俺がつぶやくと、佐藤はパンフを持って軽快に向かう。
「こんにちは! 地元の学生が“続けやすい記録アプリ”を作ってまして。
よかったら“一分だけ”体験どうです? 地域イベントにも相性いいんです」
数分後――腕章をつけた来場者の大人たちが三人、ブースの前に立っていた。
相川が一歩前に出る。
「本日はお越しいただきありがとうございます。“TRY-LOG”開発チームの相川です」
「代表の佐久間です。今日は体験版のデモをご覧いただけたらと思います」
一人が軽く会釈した。
「君たちがこのアプリを? 高校生が作ったんだってね。面白そうだ」
「どれどれ」
“階段の上り下り10回”――結果が出る。
『ナイス努力! 毎日の“ちょっと”が、明日のスピードになるよ!』
画面の下に、やわらかな効果音とともに小さく数値が浮かぶ。
【筋力+0.1】【耐久+0.1】
「……面白い。健康づくりイベントで使えそうだね」
「地域の中学校の職員研修とか、PTA講座でも受けそうだな」
メモを取る手。名刺ケースがちらりと見えた。
相川がすぐに反応した。
テーブルの端に置いていた資料を取り上げ、丁寧に差し出す。
「こちら、TRY-LOGの概要資料です。簡単な仕組みと利用イメージをまとめています」
佐藤がにやりと笑い、自然に言葉を継ぐ。
「今日の体験データも、匿名でまとめてグラフ化できます。
来場者の反応も、あとでお見せしますよ」
「ほう、それはいいね」
男性が目を細める。
「よかったら後日、商工会の担当にも紹介してもいいかな?」
「もちろんです」
相川が深くうなずく。
「連絡先はこちらにあります」
名刺代わりのTRY-LOGカードを渡すと、
「若いのにしっかりしてるね」と笑い声が返ってきた。
去っていく背中を見送りながら、佐藤が小声でつぶやく。
「……これ、マジで仕事に繋がるんじゃね?」
「さあな。でも――」
俺は小さく笑った。
「努力の形を見せるって、そういうことかもしれないな」
―
気づけば、ブース前は人だかりだ。
QRカードの束が減り、体験待ちの列がのびている。
吉田はパネル前で写真を撮る来場者の列整理、村上は端末を一台交換して即復帰。
相川はログを監視しつつ、時折短く説明を差し込む。
「“できなかった日”も記録できるようにしています。
そのほうが、また始めやすいからです」
「コメントは同じじゃなくて、記録の内容に合わせて変わります」
「数字が小さくても、続ければ“線”になります。
線がつながれば、それが“自信”になる――そんな設計です」
俺は入口側で、笑顔を絶やさず声をかけ続ける。
「一分で終わります。よかったら、あなたの“はじめの一歩”を!」
視線が合うたび、足が止まる。手が伸びる。
《カリスマ性》が空気を押し、《会話術》が輪をつなぎ、《笑顔》が背中を押す。
――気づけば、TRY-LOGの大型モニターには、午前だけで積み上がった棒グラフが連なっていた。
“今日ここで、誰かが始めた一本の線”。
それが螺旋のように重なり、光って見える。
「……完全に、軌道に乗ったな」相川が小さく言う。
「まだ始まったばかりですよ」俺は息を整えて笑った。
(見えない努力が、ここで光になっている)
―
アナウンスが昼休みを告げ、列がいったん途切れる。
佐藤がペットボトルを差し出した。「水分」
「助かる」
吉田が親指を立て、村上がノートPCの温度を確認する。
商工会の名刺が、胸ポケットに一枚。
次へつながる重みが、確かにあった。
(午後は――もっと人を巻き込もう)
TRY-LOGの画面が、静かに瞬いていた。
―
【Project Re:Try:実際に“試す”/第三段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:10月26日
◆目標:文化祭での正式発表
◆進行状況:Phase.03 進行中
◆目的
「“努力の記録”を、実際に“人へ伝わる形”として検証する」
――“触れる”努力から、“伝わる”努力へ。
◆メンバー構成
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):38.5/継続性(耐久力):34.0/構想力(知力):34.2/共感力(魅力):48.2
SP:30/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO/営業統括)/信頼度:83
・相川蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:58
◆資産状況
総資産:600,000円
内訳:文化祭関連費用 20,000円(パネル・印刷・備品)
◆進行状況
・文化祭展示発表実施(テーマ:「その努力、数字にしてみない?」)
・TRY-LOG体験版 Ver.0.1 稼働
・来場者体験数:約70名
・商工会関係者から次回打ち合わせの打診あり
◆次段階の検討項目(Phase.04 構想中)
・商工会のイベントへの参加検討
・TRY-LOGを“もっと多くの人に使ってもらう”ための改良
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
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お姉ちゃんを病気から救うのに必要なのは陰陽師の中でも本当にトップにならなくては扱えない特別な道具を使うこと。
ならば、有馬優斗は望む。己が最強になることを。
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スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~
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幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。
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「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」
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「幸運の強化って……」
幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。
そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
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しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
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