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15.凪③

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 私の後についてきているのは、間違いなく父親だろう。どこかで、修一と別れなければ、彼に危害を加えられるかも知れない。それだけは避けたかった。

「……この辺で、大丈夫です」

「そうだな、人気ひとけもないし、丁度いい」

 私が修一の顔を見ると、彼は薄く笑っていた。

「……凪?」

「これ、わざと誘導したんなら、おまえ天才だわ」

「誘導……?」

「ひゃはっ」

 先程まで「修一だったはずの者」が、くるりと踵を返すと、後で息を荒くしている男に向かって走り出した。

 正臣は正面から突っ込んでくる異様な動きをしている男に咄嗟に反応できず、凪の飛び蹴りをモロに顔面にくらって転倒した。

「ぐはあっ!」

 転倒した正臣の横腹に容赦なく蹴りを数発叩き込む。悶絶する正臣に馬乗りになり、何度も何度も拳を振り下ろす。正臣の顔面は血だらけになり、もはや原型を留めないぐらいに歪みきっていた。

「……うそ」

 私は自分の中に、とてつもない高揚感が湧き上がってきているのを抑えることが出来ず、凪が憎くて憎くて仕方のない男を撲殺寸前まで追い込んでいる姿に身震いすら感じた。

「……あらよっと」

 凪はポケットから取り出したバタフライナイフを正臣の脇腹に数回突き刺す。ぐああ、という声とも言えない声を絞り出す正臣。それでも飽き足りる様子のない凪は、更に何度も何度もナイフを胸、腹、首、腕に突き刺して、嬉しそうに笑っていた。

 私の顔も、笑っていた

 興奮しすぎて、私も息が荒くなる。はあっ、はあっ、と、性交で絶頂に達するより、はるかに激しいエクスタシーを全身に感じて、私の股間がじっとりと濡れていた。立っていられないぐらいにイッてしまった私はその場に座り込み、よだれを垂らして、はあはあと息をしている。

「動かなくなったな」

 知らないうちに雨が降ってきていた。雨はどんどん激しくなり、私も凪も、「ソレ」もずぶ濡れになっていた。周りに飛散した血飛沫も、流れ広がった血も雨が綺麗に洗い流してくれた。

「おい、変態女」

「は、はい」

「ビクビク痙攣して、一人でイッてねえで、手伝え」

 凪は「父親だったソレ」の足を掴んでズルズルと引きずっていく。周りは大雨で人が誰もいなかった。橋の上から2人がかりで、まるでゴミでも廃棄するように、後先考えず、川の中に放り込んだ。

 死体は川の中に落ち、雨で流れの勢いが増した水流に飲まれて流されていく。横目で凪の表情を伺った。

 嬉しそうに、ケタケタと笑っていた

 私もつられて、ケタケタと笑った

 ひとしきり笑って、凪は落ちついたらしく、私の方をじっと見つめていた。目をじっと見つめられていたら、だんだん体が麻痺したように、動かなくなってきた。

「……え?」

 私は最後に、間抜けな声をあげて、その場に倒れ込んだ。

「……下品な声で笑うって、好きになれないな」

 修一の姿をした男は、その場に倒れ伏す薄いピンク色の髪色をした少女を担ぎ上げると、そのまま暗い道を歩き続けて、マンションの入り口付近で下ろすと、まるで酔っ払いを介抱するかのように肩を貸した状態で、自室のドアを開けて、中に入っていった。



 

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