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32.真実
しおりを挟む校舎の屋上では基樹と姫月が、お互いの体に宿っていた転生者を失い、今やただの人間に戻っていた。基樹は屋上から落下し、ラファトゥマの追撃を受けたイグラシアスの身を案じて、グラウンドの様子を見ていたが、立ち上る土煙に邪魔されて状況が把握出来ずにいた。
かたや姫月絵玲奈は、自分の中から勝手に出ていったラファトゥマに失望と怒りを感じて、茫然としていた。
「イグラシアス……、無事だろうか」
「転生者の身を案じているなんて、変わってるわね」
「姫月は気にならないのか?数ヶ月の付き合いだけど、僕は気になる。イグラシアスには何度も助けられたし、彼女には恩がある」
「……ワタシにはそこまでの肩入れはないわね。ラフとは利害関係が一致していたから一緒にいたに過ぎないし。ワタシもアイツを利用していたけど、アイツもワタシを利用して、イグラシアスに近付いたわけだし、お互い様よ」
「……僕と姫月じゃ、彼女らへの考え方も全く違うんだな」
「ワタシはあんたが雄平と直哉を殺した夜に、アイツに出会って、『手を組まないか』って誘われたから一緒にいただけだし」
姫月絵玲奈は淡々とラファトゥマとの出会いを語った。そこに情は感じない。互いに利用し合っていただけの乾いた付き合いだと断じた。
「なんで僕は姫月にそこまで恨まれているんだ?」
「……あんたと出会った時に、ワタシは生まれて始めて自分と気持ちが共有できる人と出会えたって嬉しかった」
「僕も嬉しかった。母親と2人で生活している境遇が同じ人とは始めてだったから」
「……境遇が同じ?冗談でも笑えない。あんたとワタシのどこが同じなのよ?あんたはあんなに優しいお母さんに大切にしてもらって、さぞかし幸せだったでしょうけど、ワタシはママから愛された記憶なんてないの!人間として認められない人生がどんなに辛いか、あんたには分かるわけない!」
「……だから腹いせに、僕にあんな仕打ちをしたんだな?」
「仕打ち?悪いけど、ワタシは何もしてないの。雄平とか夜寿華が勝手にやった事よ。ワタシはあんたをいたぶってくれなんて頼んでもいないし、命令もしてない!直哉だってそう!!勝手にワタシを好きになって、雄平と2人であんたを虐めてただけよ!」
「でも、知ってたよね?分かっていたけど何もしなかった。傍観者に徹して、しかも、そういう状況だって分かっていながら、わざとらしく優しく接してきたりして。笑ってたんだろ?ずっと。転生者に憑かれる前から。ずっと、ずっとこの数ヶ月してきた事と同じように、僕が苦しむ様をいつも近くで見て、卑屈に笑ってたんだよな!?」
「全部あんたのせいよ……あんたは幸せなのに、なんで同じ境遇のはずなのに、ワタシはずっと不幸じゃなきゃいけなかったの!?」
姫月絵玲奈は基樹の方に向かってゆっくりと歩いてくる。先よりも顔色が悪い。若干、体もよろめいていた。
「あんたはワタシよりもヒルコを選んだじゃない!」
「……蛭子を?僕は、蛭子に良く思われていないよ。ずっと見下されていたし、なんか弟分みたいで、えらそうに何回も説教されて……」
「ホントにあんたはバカだわ!ずっと守られていたくせに!誰も相手にしなかったあんたに、ヒルコはずっと一緒にいてくれてたでしょ!?分からないの?ワタシだって……ワタシだって……あんたの事がっ、あんたの事がっ、大好きだったのに!!」
姫月絵玲奈はワナワナと震えながら、基樹の胸ぐらをグッと強く掴む。姫月の顔色はだんだんと悪くなっていた。基樹は、姫月に胸ぐらを掴まれ、咄嗟に下を向いた。その時、姫月の左足から血が流れている事に気が付いた。
「……そうやってすぐに目を反らす。目を見なさいよ、いくじなしッ!!」
「姫月、血が……」
「うるさい、ハァ、ハァッ。ヒルコはね、あんたの事が好きだってさ!今でもね!こんななさけない奴を、今でも大切に思ってる!」
「……蛭子はオマエが殺したんだろうが!」
基樹を掴む姫月の右手が震えている。呼吸もかなり粗くなってきていた。
「なんでワタシの願いは一つも叶わないの?ワタシは人間じゃないの?ワタシは愛されちゃいけないの?ねぇ、なんで……?」
「姫月……お前、さっきの僕の攻撃、あたってたのか?」
「ワタシの想いはもう永遠に届かない。だって、……絶対に叶わない気持ちだって分かっているから……!」
「……言ってる事が、支離滅裂だよ!何を言ってるんだ」
「なんで……あんたの写真にワタシのパパが写ってるの……?」
「は……!?」
「ワタシはずっと待ってた、ママがおかしくなって、人生がぐちゃぐちゃになって……。でも、パパがパパが、いつか必ず迎えに来てくれる。ワタシを救ってくれるって、それだけを信じて生きてきたの。でも、いつまでたってもパパは迎えには来なかった。誰も、ワタシを助けてくれない、愛してくれない!!」
「……姫月、落ち着け。落ち着いて聞いてくれ。それって、……僕と姫月の父親は同じだって事……?」
「そうよ、ハァ、ハァ……、あんたとワタシは、異母兄妹ってこと……」
「死んだんだ……」
「え……?」
「父さんは、もう、死んだんだ……」
「ウソ……」
「嘘じゃない。僕が保育園に通っていた頃に離婚して、その後に事故で死んだんだ……」
「ウソよおおおおッ!!!」
姫月は遂に掴んでいた右手にも力が入らなくなり、襟ぐりから手を離すと、その場に倒れ込んだ。酷い出血だった。めくれ上がった、破れたダウンジャケットの下に着ていた白いセーターは真っ赤に染まっていた。左足をつたって流れる血で、ニーソックスも真っ赤になっていた。
「ゼェ、ゼェ……が、ガハッ……ハァハァ……ッ」
「姫月……」
「ウソよ、パパ……。嘘だと言ってよ……」
姫月絵玲奈の目から、止めどなく涙が溢れ出していた。
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