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53.発現 5
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「奥様!奥様!大変でございます!」
静かな離宮の爽やかな朝の時間を引き裂く様な侍女の声が屋敷中に響き渡る。この屋敷の侍女達は側妃の位を与えられていないミライエの事を奥様と呼ぶのだ。
「どうしたのです?」
ゆっくりとサシュの髪を梳かしつつ朝の支度をしていたミライエは怪訝な表情で侍女を迎える。
「ほ、本城、本城から…陛下、陛下からの使いの者が!」
城勤めで教育の行き届いている侍女のこの慌てぶりは尋常ではない。
「落ち着きなさいな…陛下から、なんと?」
ミライエの部屋まで休まず疾走して来たかの様に侍女の息は切れ、激しく肩で呼吸をしていた。
「さ、先程、数名の騎士を伴って、今直ぐにリーシュレイト王子殿下に本城に参るようにと、迎えに来られて…」
「リリーを?では、リリーは?」
「はい。お支度もままならぬまま使いの者達と本城へ……」
「何ですって……?あの方が、リリーを呼んだの?」
カタン……サシュの髪を梳いていた櫛が床に落ちる。
「母上…?」
どうしたのかとまだ眠たそうなサシュは大きな目をこすりながら母を見上げる。
「左様にございます。」
側に控えていた者がサシュの櫛を拾ってミライエの様子を伺いつつ入り口に立って報告に来た侍女にも視線を送りどうしたものかと戸惑っている様子だ。
「私は…やはり、呼ばれないのですね……」
震える声でミライエはやっとそう絞り出す。ここ数日部屋に篭りきりのミライエは更に痩せた様に感じる。
「母上?兄上は?」
母の表情から不穏なものを読み取ってサシュの表情も曇ってくる。
「大丈夫でございますよ、お嬢様……こちらに来た騎士は近衞騎士の様でございました。陛下がお呼びであるとそれだけを伝えて…」
「リリー……」
フラリと立ち上がりミライエは離宮の出口に向かっていく。
「奥様!?どうなされました?奥様!?召し出されたのは王子殿下だけでございます!」
常ならば自ら本城へ向かおうとさえ、それを口に出すことさえもしないミライエであったはずなのに、この日ばかりは何を思ったのか身支度もそのままにフラフラと離宮から出て行こうとするのだ。
「側妃殿下!?」
「お止め下さいませ!!医官殿!どれだけ望もうとも奥様は今まで厳しくご自分を律して来られたのです!ご自身を殺してでもお子様達のために……!」
ゼス国王には有力貴族出身の正妃がいるのだ。後からフラリと現れて国王の本当の番などと言われまたその事実を突きつけられて面白いはずがない。いくら国王と言えども正妃を差し置いて番と仲睦まじくする様な事に耐えられるはずはないのである。
だから正妃はミライエにある条件を突きつけた。番になった事は認めてやろう。だが子をもうけた後は今後一切褥を共にする事を禁ずる、これを破るのであれば王の子供と言えども安全は保証しないと。
ミライエには従う道しかなかった…けれどもΩの性は身体は番を求める。子供達をゼス国王に合わせなかったのはミライエの望みでもあったのだ。リーシュレイトやサシュが父王に会えば必ず残り香も付いてくるだろう。その香りを嗅いで番を求める自分を抑えられるか、きっと浅ましくも発情してしまうだろう自分の性に抗えるか…抗える自信などなかった……
だから離宮へ閉じ籠り、番の姿も目に入れない様にして……
「奥様!?」
明らかに様子のおかしいミライエに侍女は戸惑うばかりである。侍女の声も耳に入らない様子で離宮を離れようとするミライエを侍女が泣きながら押しとどめる。
「奥様…!ご自分の努力を無駄になさってはなりません!奥様!」
離宮に努める侍女、侍従はほぼβである。だからΩの性の本当の辛さを知る事はできないが、今まで子供達の見えない所でどれだけ声を殺して耐えて来たのかを侍女達は目にして来ているのだ。その姿を思えばこそ、ここで王妃の怒りを買う様な事はあってならない事であった。
「替わりましょう!鎮静剤を使います!」
どう見ても錯乱状態にあるミライエには鎮静を図る必要があった。
「来たか……」
リーシュレイトは王の間ではなく客間の様な部屋に通された。客間といっても離宮の部屋に比べたら比べようもない程に誂えてある物全てが最高級の物とわかるほど立派な物であった。
部屋に入ると正面の執務机に父である国王が座っている。国王の他には先日リーシュレイトに最後まで責を負わすべきと公言して止まなかったワース公爵の他、あの日もしかしたら王の間にいたかも知れないがリーシュレイトはほぼ覚えていない高位貴族と思しき者があと3名。それに書記官と侍従、リーシュレイトと共に来た騎士と広い部屋はリーシュレイトの知らない人々で埋まっていた。
父王はやはり今日も険しい顔をしている…
「……参りました……」
小さな声でリーシュレイトは父に答えた。
「其方の処分が決まった…」
良く来たとも今まで何をしていたのだとも聞かれない、あの日追って伝えると言われていた王子への処分内容を伝える為だけにここに呼ばれたのだ。
静かな離宮の爽やかな朝の時間を引き裂く様な侍女の声が屋敷中に響き渡る。この屋敷の侍女達は側妃の位を与えられていないミライエの事を奥様と呼ぶのだ。
「どうしたのです?」
ゆっくりとサシュの髪を梳かしつつ朝の支度をしていたミライエは怪訝な表情で侍女を迎える。
「ほ、本城、本城から…陛下、陛下からの使いの者が!」
城勤めで教育の行き届いている侍女のこの慌てぶりは尋常ではない。
「落ち着きなさいな…陛下から、なんと?」
ミライエの部屋まで休まず疾走して来たかの様に侍女の息は切れ、激しく肩で呼吸をしていた。
「さ、先程、数名の騎士を伴って、今直ぐにリーシュレイト王子殿下に本城に参るようにと、迎えに来られて…」
「リリーを?では、リリーは?」
「はい。お支度もままならぬまま使いの者達と本城へ……」
「何ですって……?あの方が、リリーを呼んだの?」
カタン……サシュの髪を梳いていた櫛が床に落ちる。
「母上…?」
どうしたのかとまだ眠たそうなサシュは大きな目をこすりながら母を見上げる。
「左様にございます。」
側に控えていた者がサシュの櫛を拾ってミライエの様子を伺いつつ入り口に立って報告に来た侍女にも視線を送りどうしたものかと戸惑っている様子だ。
「私は…やはり、呼ばれないのですね……」
震える声でミライエはやっとそう絞り出す。ここ数日部屋に篭りきりのミライエは更に痩せた様に感じる。
「母上?兄上は?」
母の表情から不穏なものを読み取ってサシュの表情も曇ってくる。
「大丈夫でございますよ、お嬢様……こちらに来た騎士は近衞騎士の様でございました。陛下がお呼びであるとそれだけを伝えて…」
「リリー……」
フラリと立ち上がりミライエは離宮の出口に向かっていく。
「奥様!?どうなされました?奥様!?召し出されたのは王子殿下だけでございます!」
常ならば自ら本城へ向かおうとさえ、それを口に出すことさえもしないミライエであったはずなのに、この日ばかりは何を思ったのか身支度もそのままにフラフラと離宮から出て行こうとするのだ。
「側妃殿下!?」
「お止め下さいませ!!医官殿!どれだけ望もうとも奥様は今まで厳しくご自分を律して来られたのです!ご自身を殺してでもお子様達のために……!」
ゼス国王には有力貴族出身の正妃がいるのだ。後からフラリと現れて国王の本当の番などと言われまたその事実を突きつけられて面白いはずがない。いくら国王と言えども正妃を差し置いて番と仲睦まじくする様な事に耐えられるはずはないのである。
だから正妃はミライエにある条件を突きつけた。番になった事は認めてやろう。だが子をもうけた後は今後一切褥を共にする事を禁ずる、これを破るのであれば王の子供と言えども安全は保証しないと。
ミライエには従う道しかなかった…けれどもΩの性は身体は番を求める。子供達をゼス国王に合わせなかったのはミライエの望みでもあったのだ。リーシュレイトやサシュが父王に会えば必ず残り香も付いてくるだろう。その香りを嗅いで番を求める自分を抑えられるか、きっと浅ましくも発情してしまうだろう自分の性に抗えるか…抗える自信などなかった……
だから離宮へ閉じ籠り、番の姿も目に入れない様にして……
「奥様!?」
明らかに様子のおかしいミライエに侍女は戸惑うばかりである。侍女の声も耳に入らない様子で離宮を離れようとするミライエを侍女が泣きながら押しとどめる。
「奥様…!ご自分の努力を無駄になさってはなりません!奥様!」
離宮に努める侍女、侍従はほぼβである。だからΩの性の本当の辛さを知る事はできないが、今まで子供達の見えない所でどれだけ声を殺して耐えて来たのかを侍女達は目にして来ているのだ。その姿を思えばこそ、ここで王妃の怒りを買う様な事はあってならない事であった。
「替わりましょう!鎮静剤を使います!」
どう見ても錯乱状態にあるミライエには鎮静を図る必要があった。
「来たか……」
リーシュレイトは王の間ではなく客間の様な部屋に通された。客間といっても離宮の部屋に比べたら比べようもない程に誂えてある物全てが最高級の物とわかるほど立派な物であった。
部屋に入ると正面の執務机に父である国王が座っている。国王の他には先日リーシュレイトに最後まで責を負わすべきと公言して止まなかったワース公爵の他、あの日もしかしたら王の間にいたかも知れないがリーシュレイトはほぼ覚えていない高位貴族と思しき者があと3名。それに書記官と侍従、リーシュレイトと共に来た騎士と広い部屋はリーシュレイトの知らない人々で埋まっていた。
父王はやはり今日も険しい顔をしている…
「……参りました……」
小さな声でリーシュレイトは父に答えた。
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