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20 王の手紙2

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 翌朝は早く目覚めてしまった。
 まだ夜も開けぬうちに、サウラは布団の中で考える。

 昨日王から貰った手紙には、城下町にいつ行くのか、とは書いていなかった。王も執務があって忙しいだろう。あの約束は今直ぐと言う物ではないかもしれない。仕事が一段楽ついてから、と言うものかもしれない。

 朝から一人で浮かれていては、また恥ずかしい姿を見せる事になる。

 もしかしたら、社交辞令で書いたのかしら?
 人との付き合いの中で心にもない事を口にすることがあると本に書いてあった。
 とりあえずは喜ばせておこうと機嫌をとる様な手紙だったのかもしれない。

 ベッドの中で悶々と考えてはまたもや時間が過ぎる。
 手紙の真意と、自分の好奇心、勝つのは一体どちらだろう。
 
 サウラはそれを確かめるために、今日は足取りも軽く、ルーシウスの部屋に行くのであった。

 例えあの手紙が機嫌とりの物でも、しっかりご機嫌にしてもらっている自分にとっては、効果覿面てきめんだと思った。
 
 近衛に一礼し部屋に入る。丁度ルーシウスも寝室から出て来る所であった。

「おはようございます。」

「城下町に連れて行って下さるって言うのは本当ですか?」

 ルーシウスの顔を見るなり心の内が漏れた。
 圧倒的にサウラの好奇心の勝利である。
 
「おはよう、サウラ。手紙を読んでくれたのか?」
 一瞬驚いた様な顔をしたルーシウスだが直ぐに相好を崩す。
 昨日とは打って変わったサウラの態度である。

「はい。あれは約束と信じてもいいのですか?」

 声が少し弾んでいる。ご褒美を貰える子供みたいに楽しみにしている事を隠そうともしない。瞳がキラキラと輝いて微笑ましい。

「ああ、あのスープは旨かった。その礼だが、フフ、待ちきれない様だな。」

 子供の様に今にもはしゃぎ出しそうなサウラを見て耐えられなくてクスクスと笑い出す。

「町は初めてなのです。どんな所ですか?川はあります?魚を採ってもいいですか?」

「魚を採るのか?」

 矢継ぎ早に質問し出すサウラが輝いて見えてしまうルーシウスである。

 何度も兄達に付いて城下に出たが流石に川で釣り等したことはないな、と振り返る。
 サウラとなら何でも楽しそうだし、何をしても良いとさえ思えてくるから不思議だ。

「川はあるが、あまり魚を採っているものは見かけないかな?海が近い故、海に漁に出かける。海の魚は豊富だぞ?新鮮で生で食べることもできるな。」

 どうやらサウラは魚が好きな様だ。数度共に朝食を取っているが、見ていた所好き嫌いせずになんでも食べていた。

 テーブルマナーは肩が凝るだろうと、マナーに関係ないメニューを用意してあるが、料理の名前は知らなくても、使ってる食材名を聞いてきたり、こんな調理法があるのかと、感想を述べたり王宮の食事に対する反応は悪くなかった。

 城下町に食べ歩きにでも誘ったら嬉々として付いてきてくれそうだ。

 どこへ行こうか、何を見せようか、行動計画を立てるのがこんなに楽しいとはついぞ思ったことがなかったな。

 いつもの回復魔法をかける前に呼び鈴にて侍女を呼び、2人分の朝食の準備を申し付ける。

「朝食を食べながら、詳しい日程を詰めよう。」
 ルーシウスは昨日のわだかまり無くサウラと会話が出来る事がいたく嬉しかった。今日は難なくサウラと一緒の朝食時間をゲットしたのである。

 こんな事ならもっと早くに誘うのだった。
 若き王は心の中で独りごちた。

 朝食が終われば、サウラとはしばし(明日の朝まで)
お別れだ。
 身支度を整え、執務室に行き、本日の執務を熟さなければならない。

 しかし、大切な約束はしっかり守れと躾けられているのだ。早急に叶えなければなるまい。

 執務室に入るなり、シガレットの挨拶を早々に打ち切り、日程の調整と、護衛候補を募る様に伝える。

 経緯を把握したシガレットの動きは速い。呼び鈴で侍従を呼び騎士団本部へ暗部を呼ぶ様伝え走らせる。

 シガレットの頭の中には2週先までの陛下のスケジュールがしっかり入っており、即座に日程を組み直す。

「3日も有れば、城下の安全確認と、陛下の執務調整は可能でしょう。西への視察遠征の事も考えると、他の件を蔑ろには出来ませんので、お時間としては1日が限度ですよ。」
 ざっと計算してもこれ以上は時間が惜しい。

 何やら西の結界がいよいよ怪しくなってきた。一度でも決壊させてしまっては大事になる。

 全てに勝り結界補強に力を入れるべきではあるが、城にいる重鎮達に取って、番との親睦を深めるチャンスを逃す行為は、何よりもの愚策であった。

 しばらくして侍従に呼ばれたのは騎士らしく無い容姿の者である。

 騎士団の制服ではなく、黒のスダンドカラーのシャツに深緑のロングコートをベルトで締め、黒のパンツにブーツだ。近衛特有の、獅子と翼を模した印が刻まれた胸当てや、揃いの作りの剣は持っていない。

 赤髪、褐色のこの者は騎士団所属ではあるが、その中でも精鋭を集めた暗部に所属する。
 
「ああ、バートも帰って来ていましたか。」

「ええ、シエラ様率いる捜索隊は全員無傷で帰城しましたよ。」

 バート以下10名の騎士団暗部はシエラに付きサウラ捜索の為城を離れていた。シエラが先に転移魔法で帰城し、残った者は他の手段で帰城の帰路に着いたのである。

「自分だけが本部にいましたので呼ばれましたが、急ぎの案件ですか?」

 彼らが帰城したのは数日前であって、これから直ぐに遠方等への遠征であれば準備に間に合わない物も出てくる。
 今急を要すると言えば西の結界が筆頭に上がるが、それ以外は均衡を保っていたはず。

 バートは自分の知り得る情報を駆使しどの様な任務かと憶測する。

「いえ、貴方達には城下の安全確認とサウラ様の護衛です。」

 これならば暗部で無くとも良いのでは?と思われる任務だ。常任の近衛で十分であろうと思われるが、成る程、護衛の相手が、番である姫様、か。

「いや、姫様はそもそも護衛要らないですよね?」

 執務室内の温度が一気に下がる。

 バートの発言はどうやら問題発言であったらしい。

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