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94 倉庫

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 定期連絡の為、ジザイエ国とナリアナ国の国境へキリシー隊の道順を逆行する形で帰路を取る。途中路でキリシー隊と合流出来るはずであったのに、途中に出会ったのは数台の荷を積んだ幌付きの荷馬車のみだった。


 ドカ、ドカドカドカッ

「前方から早馬?」

「暗部だ!」
 ガイが低く叫ぶ。

 彼方あちらから来る日程では早馬を走らせる様なものは無かった筈だ。前方から来る3騎はサウスバーゲンの伝令の旗を掲げている。騎士が他国を堂々と闊歩かっぽする事ははばかられる為、今回の任務中の暗部は伝令の旗を掲げる事でカモフラージュしている。これならば非常事態にも検問などで止められる事はない。

 向こうも此方こちらに気が付いた様だ。すれ違い様に街道を外れた草原を走っていたガイ以下3名にチラリと視線を送るが馬は止めない。キリシー隊の護衛の者達だ。
 ガイ、ソウは踵を返す。早馬が走り去った方向に2名も同じく走らせる。この様な時のためにソウも必死で早駆けの訓練も積んだのだ。
 報告場所へはバートが直行する。

 早駆けの騎馬はある程度荷馬車から距離をとっている。どうやら追って居るのは先程すれ違った荷馬車の様だ。

 荷馬車はナリアナ国からワラマイル国へと向かう道を真っ直ぐに進んでいった。東側各国を結ぶ太い街道は整備もしっかりとされており、大きな荷馬車が通ったとしても違和感も無い。

 ナリアナ国境付近でも荷馬車は止まらず、このままワラマイル国へと向かう道をひた走る。

 ガイとソウは伝令の旗を上げ、荷馬車を追い越し、一足先にワラマイル国へと入る。入国後は身分を隠し周辺を探るが新たな馬車や荷馬車はなく、どうやら馬も変えずにこのまま通過する様だ。

 街中を通過するため荷馬車の速度も落ちる。護衛暗部の入国と共にソッと近づき事情を確認した。



 キリシー隊はジザイエに入った後、買い付け商人として幾つかの問屋を回り順調に進んでいた。キリシーは宿屋以外ではほぼ一人で行動し、積極的に色々な問屋を回っていた様だ。その中のある問屋から外国から入った珍しい商品が夕方の便で届くので見に来ないかと持ちかけられたのだそうで、夕食前にメイドに扮した騎士を連れ約束の倉庫に訪れた後に消息を絶ったとの事だった。

 宿に残されたメイド騎士によると、珍しい色の水晶が手に入ったので、女性様の宝飾品としては目を引く物になるのではないかと持ちかけられたとキリシーが話していたらしい。
 此方こちらの様に身元を偽っていなければ、キリシーをかどわかした相手は宝石問屋ということになる。

 その倉庫からキリシー達の姿が出たのは確認出来ず、出て来たのは倉庫の中から幌付きの荷馬車が2輌。その後持ち主と思われる人物は倉庫に厳重に施錠を始めた。

 もしや、倉庫の中に拘束されていることも考えられる為、一人が内部を確認し、後の者が荷馬車を追って先程やっと3騎合流したのだそうだ。

 倉庫の中にも潜入したが、どうやら争った形跡は無いため不意を突かれたか、薬物を盛られたのかもしれないとの事。未だ2人の安否は確認出来ていないのだ。
 
 キリシー護衛の3人はこのまま付かず離れず荷馬車を追い、ガイは時折バートに詳細メモを飛ばしながらソウと共に周囲に警戒し距離を置きつつ並走して行く。

 もう日も落ち闇夜が迫るが、荷馬車は一向に目的地と思われる場所にもまた宿屋にも止まろうともせず休憩も取らずに走っている。
 どうやら1輌に数名ずつ乗車し交代で進んでいるようだ。休憩も取れない暗部隊員は馬を操りながら馬上で携帯食を摂る。


 荷馬車に付けられたランプの揺れが大きくなる。大きな街道はもう直ぐ分かれ道となって北部へ向かえばアルターヤ国、南部へ向かえばパザン国だ。

 雲が出て月夜の光が届かぬ事を物ともせずに馬車はパザンに向かって吸い込まれるように進んで行った。
 




 ううむ…
 1通の報告書を読み、アッパンダー公爵は1人唸る。 
未だ、各国に散らせていた部下に全ての指示が通っていないらしい。一時魔力持ちの捕獲を控える様に通達したはずだが…他国から新たな魔力持ちと思しき者を2名捉え倉庫に運搬されて来たと言うのだ。

 これをいつまで続けて、どの様にあの方に近づける様な手を打つかだ。

 大事にすれば王が出てくるまでもなくこの地には軍隊が来るだろう。いや、既に捜索隊が出ている国もある。いずれこの国でも捜索の声は上がるだろう。
 その前に次なる手を打つべきである。

 自室にあるゆったりした椅子に深く腰掛けながらアッパンダー公爵が見つめる物は新年の折に家族揃った所を画家に描かせた、壁に飾っている家族の絵だ。

 愛おしそうに見つめる視線は酷く優しい。暫し見つめてから目をつむり長い長い溜息を吐く。
  
 ギッと音を立てながら椅子から立ち上がり燭台しょくだい蝋燭ろうそくから先ほど読んだ報告書に火を付け火の無い暖炉に放り込む。

 もう一度だけ絵姿を見つめては、意を決した様に呼び鈴を鳴らす。

「旦那様お呼びでございましょうか?」

「アレーネを。孫娘をここに呼ぶ様に…」

 静かに入室して来た執事に告げた。
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