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96 倉庫3

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 破壊音と共に直ぐに身を潜める。突然の壁の崩壊で室内は騒然としている。
   
 土魔法を使ったマンタルは倉庫の中の気配をしっかりと探っていたようだ。壁の崩落場所には人は見当たらない。

「おい!どうなってる。」
 
「敵襲か?」

 いや、今は戦時中では無い。
 建物内にいた男達が様子を見に集まって来る。透かさず煙玉を2つ3つ投げ入れれば穴の周囲は騒然としだす。

 互いの姿もはっきりしない程煙が焚かれては侵入するのも容易いだろう。素早く室内に入り込めば建物の奥の壁周辺に固まって座っている人々を確認する。皆同様に縛られているし、かどわかされた人々で間違えはないようだ。

 中の男達は計6名。気づかれる前に拐かされた人達の前に見張りで立っていた男を床に沈めた。

 ソウ、ネイバーは倉庫入口より侵入し壁の穴に注視している男達を次々と沈めて行く。
 どうやらこの男達には魔法が効くようで、マンタルが土魔法で残った者の足を拘束し始めた横で暗部ナダンが男達の手足を縛り上げて行く。

「中は終わりか?」
 拐かされた人々の束縛を解きながら辺りを見回すも此方に敵意がある者はいない様だ。

「ガイ!」
 そうだ、まだ外には伏兵が潜んでるかもしれないのだ。一人であの手練れの少年とだけでも遣り合うのはきついはず。

 室内から駆け出した所で横から強烈な蹴りに見舞われ吹き飛ばされて荷馬車に激突するソウ。

「おい、どうなってるの?お前達打っても切っても起き上がって来るし。本当に死人みたいだな…」

 先程ガイと遣り合っていた少年だ。少し汗で髪が乱れたくらいで此方も無傷とは…

「あ~ぁ、倉庫の中は制圧されちゃったのか。」
 眉を寄せただけでつまらなそうに呟く。

「ガイは?」
 荷馬車の方からソウが近寄る。

「フッそれよりどうなってる?僕は思い切りあいつの胸に刃を突き立てたのに一筋も跡になっていないなんて?」

 剣を握りしめソウは更に近づく。

「誰に言われてやった?」

「君もか…そう言えば先程と同じだな。」
 嫌と言うほどの呆れ顔には周りに詰め寄られていると言う緊張感が全くない。暗部4人剣を構えて詰め寄っているのだが…

「もう一度聞くぞ?お前の名と、国名は?」
 マンタルが少年の足の拘束を試みる。

「それを知ってどうするのさ?」
 余裕の少年に対しマンタルの眉間は険しくなる。拘束しようと仕掛ける魔法全てが消え去るのだ。大地の反応はしっかりあるのに少年に触れた瞬間に陽炎のように消えてゆく。長年暗部に籍を置いてもこんな事は始めてだ。

「ガイをどうした?」
 ソウの表情も険しくなる。此方は落ち着いたのにガイが来ない。何かある時には合図を送り意思疎通を図るのに今回はそれも無い。

 何かあったのだ。

 少年の碧眼は何か問いかけたそうにジッとソウを見つめている。

「何もしていないよ。ただちょこまか煩いから埋まってもらっただけさ。」

 ソウ、他暗部メンバーが構える。真偽は定かではないがここを速やかに片付けて探しに行かなくてはならない様だ。


「良いのですか?今急いで行かなければ中の人達もどうなるか分かりませんよ?」
 いつの間に倉庫に入っていたのか、フードを被った男の一人が壁の穴から姿を表す。その肩にはもう一人のフードの男を担ぎ上げている。
 ゆったりと優しげな声は一番この場に相応しくない。

 バッと男に向き直り見つめてもフードの男だ。
 一瞬ルーシウスかと思うほど声質の響きが似ていた。

 目を丸くしているソウにフードの男の口元は笑みを作った様だった。

「中に痺れ薬を撒きました。今はいいでしょうが早く解毒した方が良いですね。呼吸まで抑制してしまうかもしれませんよ?」
 優しげな声とは裏腹に恐ろしい事をサラリと言ってのけた。

「お前、本当に嬉しそうだね?僕にはその気が知れないけどさ。」
 
「貴方もここまでですよ?中の動きは止めましたけど、そろそろ援軍が来てもおかしくないですからね。」

「分かっているよ。退屈だが今日はこれで引くとしよう。」
 それだけ言うと周りを警戒する事もせずクルリと踵を返してスタスタと歩いて行ってしまう。


「あぁ、忘れる所でした。貴方たちの周りにも痺れ薬を撒かせてもらいましたよ。」
 
「なにを!」
 屋外だからか薬の回りがやや遅い様だが、それでも確実に四肢の感覚を奪い始めていたのだ。
 マンタル、ナダンは眉を寄せて表情は険しい。

「おや、どうやら貴方達には効いていないのが不思議ですが?」
 ソウ、ネイバーは構えを崩さない。

「今日はこれで失礼しましょう。お早く中の人達を見て差し上げてください。」
 それだけ言うとフードの男も踵を返し闇夜に消えて行く。

「チッ!」
 ネイバーは舌打ちして剣を鞘にしまう。ソウはそのまま倉庫内へ走り込む。

 壁側で座り込んでいた人々は拘束を解かれた後も固まって座っていたらしい。皆集まって倒れ込んでいる。周囲に甘ったるい様な匂いが微かに香っている。
 
 これが痺れ薬?懐かしい様な匂いがするが…

 一人に近づくと息はまだある。部屋の隅には大きな袋が2つ無造作に転がされていた。ネイバーが袋を切り裂くと中にはキリシーとメイド役の女騎士だった。
まだ大丈夫だ。ソウは手にしていた剣を鞘に戻すと一気に癒しの魔法を使って行く。

 倉庫の中から白金に輝く光が漏れた…








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