[完]田舎からの贈り物

小葉石

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「これで良いですか?九郎さん?」

 次の日の朝、九郎は鼻をくすぐる味噌汁の匂いで目を覚ました。静香の作るものとは、また違う風味を持つその香り…

「ん~~~今、何時………?」

「まだ、6時30分ですから食事を取る時間もありますよ?シャツ、出しておきましたから着替えて来て下さいね?」

 ここは山岸のアパートで、昨日の飲み会後そのまま泊まった事になる。

「悪いな~…飲みすぎたわ………」

 すっかりと二日酔いの九郎はまだベッドで沈んでいる。

「羽目を外しすぎましたね?九郎さんそんなにお酒強くないのに…」

「君が羨ましい……」

「ふふふ…休ませて上げたいけど、今日はダメですね!私は休みなので、美味しいもの作って待ってますから、さ、九郎さん起きてください。」

 優しく柔らかい手に腕を引かれては、そのままベッドに引き摺り込みたくもなるのだが、時間が時間だ…

「残念だけど、起きるか…」

 やっとの事で身体を起こし、九郎は熱いシャワーを浴びに行った。時折、出張のついでや週末出勤に合わせて、もう何年も九郎はこのアパートを訪れていた。
 妻も子供も居ない今なら、帰る時間を考えずに泊まる事ができると思って、昨日は少しだけ飲みすぎた様だ。
  
 熱いシャワーは頭をハッキリとさせていく。

 今日から続く研修に集中しなければならない、と気を引き締める様に頭から勢い良く湯をかけていく…


「帰りの時間はいつも通り?」

 食事が終われば山岸に送り出して貰うのが九郎と山岸の恒例だ。文句も言わず、山岸はいつも付き合ってくれるのだ。

「そうだな…今日は講義だけだから、定時には向こうを出られるな。」

「なら、いつもよりも早いですね!よし!今日は腕によりをかけて夕飯の準備してますから!頑張って行ってらっしゃい!」

 優しい笑顔に送り出されて、手を振りながら九郎は出勤して行く。もし静香と結婚していなければ、山岸とのこんな生活もあっただろうかと九郎の頭にふと浮かんでくるのだが、その考えを美沙の存在が綺麗に吹き消した。どうあっても美沙と静香と離れて生活する自分が想像出来ない。毎日仕事をして、時々同僚と飲みにも行って、こうして息抜きに一時の夢を貪れるのも、静香と美沙がいてくれるからだと九郎は思うのだ。二人が居なくなる生活など思い描けない。静香の代わりに山岸がいつも隣にいることなど九郎は考えたこともなかった。
 静香と美沙が居てくれてこそ、九郎は充実した生活が送れていると思っている。だからいつも静香に感謝が尽きない。

「あぁ!静香?おはよう。起きてたか?美沙は?」

 山岸の家を出てから九郎はiPhoneで妻に連絡をする。

「昨日は済まなかった。飲み会で飲みすぎて、帰ってそのまま寝ちゃってさ~。」

 聞いている方にもたわいも無い日常の報告だ。静香の方も何時ごろに着いて、何を食べたとか、祖母と一緒の部屋で寝たとかそんな報告だった。

「母さん元気にしているか?この頃帰れてないから怒ってるんだろうとは思うんだけど……」

 親不孝をしている自覚はあるものの、仕事の都合は自分でも調整できない事もある。仕方ないと言えば仕方ない。が、母親は寂しい思いをしているだろうと思うと少し胸も痛んだ…

「そうか…元気でやってたか…庭の草むしりは無理するなって伝えてよ。今晩また電話するからその時母さんとも話すよ。」

 研修時は定時に終わる事がほとんどだ。山岸の家に行く約束はしていても、電話で話す時間くらいは取れる。どんな事を言われるか、少しビクビクする所もあるが、美沙と母が仲良く電話の前で話しているのは聞いてみたい。九郎は今夜が楽しみになった。



「お!山田来たな!」

「おはよう、青木。お前元気だな?」

 昨日かなり飲んでいたと思われる青木も今日の研修の参加者だ。ベロベロになっていたはずなのになぜ、奴はあんなに爽やかな顔をしているんだ?

「お前、二日酔いないの?」

「ん?山田は二日酔いか?」

「まぁね……」

「ほい。」

 ポイッと渡されたのは栄養ドリンク。今日は講義ばかりだから途中で眠るわけにはいかないし、これで乗り切れっていう意味かもしれない。

「朝飯なら食って来たよ?」

「え?奥さん達居ないだろ?」

「あ……作り置き、みたいな。」

「ふ~~ん。流石に出来た奥さんだな。」

 山岸の事は流石に同僚には話していない。話せば真面目な青木の事だ。うるさく余計な事に口を挟むに違いなかった。

「ん、そうだろ?これ、サンキュー……」

 これ以上突っ込まれるとボロが出そうで、九郎は早々に講義の支度をし始める。九郎のiPhoneには山岸から頑張って!と妻静香からファイトー!などの応援メッセージが来ていた。
 これだけでも頑張ろう!と思える九郎は自他共に認める単純な男だった。
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